第22話 図書の神

 ―――少し前。

 ジギタリスは集合時間よりも少し早く食堂へと足を運ぶ。白い壁に囲われた豪奢な食堂には既に自分以外のロアたちが席に着いていた。

「んだよ、俺が最後か」

 まだ集合時間前だというのに、これではまるで自分が待たせたかのような気持ちになってしまう。

「まだ我らが主が来ておりませんよ」

 重症だったはずのワイス。もう動けるようになったのか、と彼の回復力に関心する。

 ジギタリスはワイスの隣の席に座る。

「どんな方なんでしょう、お会いできるのが楽しみだわ」

 ワイスの隣ではしゃぐオーニスは足をバタバタと揺らしている。

 ジギタリスはロア達の中で唯一、自分たちの創造主に会っている。一番最初に産み落とされた彼は、昨日まで仲間を探す旅をさせられていた。

 彼以外のロアは今日初めて神と謁見することになる。

「お行儀が悪いですよ、オーニス。神の御前に立つのですから、淑女らしい振る舞いを」

 フリティラリアに諭され、オーニスは少しむくれながらも大人しくなった。

 暫くの間、繰り広げられる談笑。その賑々しい会話を扉の軋む音が引き裂く。

 全員の視線がそちらを向く。その視線の先にいたのは一人の少女だった。

 黒く短いウルフカットの髪、釣り目の茶色い瞳。幼い顔立ちに丸眼鏡を付けていることもあり、だいぶ幼く見える。年齢はロベリアと変わらないくらいだろうか。身長も彼女より少し低いくらいに見えた。

 白のフリルシャツにチェック柄の大きめなジャンパースカート、胸元には灰色のネクタイ。まるで図書館の司書のようだ。

 神というにはあまりにも平凡で、少女というにはあまりにも神秘的だ。

 ハードカバーの本を小脇に抱え、視線を動かすことなく自らの席に歩いていく。

 彼女は本を机の上に置き、自席に座る。

「良く集まってくれたね、皆。手始めに世界を滅ぼす算段から始めよう」

 少女は両肘をテーブルに乗せ、口元を隠すように手を合わせる。その手の奥の口角は心なしか上がっているようにも見えた。

「おい、まずは名を教えろ。俺たちはアンタをなんて呼べばいい?」

 ソテツは少女を睨む。そこに忠義はなく、むしろ疑念や不信感を感じ取れる態度だった。

 少女は少しばかり不思議そうな顔を浮かべるが、すぐに納得したように手を打った。

「そうだね、では、アヤ=ツトゥラと名乗っておこう。えらく名乗るということをしてこなかったから忘れていたよ」

 アヤと名乗る神はソテツの態度を気に掛けることもなく、そのまま話を進めた。

 ジギタリスやロベリアは肝を冷やしたことだろう。万に一つでも彼女の気に触れれば、どうなるかは分かったのもではない。

「今回、君たちがすべきことはフリティルスの奪還、そして……情報統括局の壊滅だ」

 告げられた任務に多くが眉根を顰める。

 仲間であるフリティルスを奪還するのは当然のことだ。しかし、もう一つの方については懸念点が多い。

 ジギタリスは手を上げる。アヤは手のひらを彼に向け、彼の発言を促した。

「昨日の戦闘でワイスの盾を半壊させた者が敵にいます。流石に敵地に乗り込んで壊滅は無理があると思いますが?」

「その子については気にしなくていい、次はワイスが勝つからね。そっちに関しては後で個別に指示を出すからそれに従ってくれればいい」

 アヤは変わらず淡々と言葉を返す。確定事項であるかのような口ぶりは自信や勘とは程遠いものを感じる。

「では続けるよ、気負わなくていい、全ては私の言うとおりになる」

 彼女は作戦を告げていく。

 最初にオーニスの力で威力を上げた攻撃で、生産プラントを破壊すること。

 そこから突入し、接敵した場合、必ず戦うこと。

 ロベリアは武器庫を破壊した後、敗北すること

 彼女が告げたのは作戦というよりも予定のようなものだった。

「えらく詳細がはっきりしてますね?」

 ワイスの零した感想は皆が思うものだった。

 あまりにも詳細がはっきりしすぎており、得体のしれない恐怖すら感じられる。

「私は図書の神だからね、未来視くらい持ち合わせているさ」

 得意げな表情を見せるアヤ。入ってきた時に比べ、素が出てきたのか表情が豊かになってきたように思える。

「あとは個別に指示を出す。各々部屋に戻って待機してくれ、では解散だ」

 アヤは席を立ち、部屋を後にする。

 短いミーティングを終えたロア達もまた席を立ち、部屋を後にしていく。

「正直驚きましたね、もっと髭の生えた老人が出てくるのかと思ってましたよ」

 ワイスの感想にジギタリスも頷く。

「神様なんてのは得てして珍妙なもんさ、縋るなら人臭い方がいいだろ?」

「では、あの姿は偽物だと?」

 罰当たりですねと付け加えるワイスにジギタリスはしばし沈黙する。

「少なくとも借りものだろうな、神が人の姿をしてるなんてのは人の幻想だ。目に見える時に同じ姿の方が親しみやすい。少なくとも俺のしきはそう言ってる」

 短い廊下にある一つの部屋の前で歩みを止める。

「まあ、信じるには値するさ。だが祈るなよ、それは人間にだけ許された行為だ」

 彼はそれだけ言い残すと部屋の中へと入っていく。その言葉は忠告のようにも、怒りのようにも聞こえた。


 暫くして部屋をノックする音が聞こえた。

 扉を開けたのは先刻の神を自称する少女、アヤ=ツトゥラその人だ。

 彼女は眉根を顰め、鼻を摘まんで中に入ってくる。

「煙草臭いな、場所を変えよう。具合が悪くなりそうだ」

 不機嫌な少女はそれだけ言うと踵を返し、部屋を後にする。ジギタリスも彼女に続いて部屋を出た。

 廊下に出るとアヤは少し前を歩いていた。ジギタリスはその小さな背中を追いかける。

 小さな背中。その背中に背負うには不釣り合いな野望にジギタリスは興味があった。

 何故、彼女は世界を滅ぼしたがるのか。何故、自分たちのような手駒を用意したのか。それを知る機会があるのなら聞いてみたい。

 だが、それを聞くことはないのだろうという予感も彼にはあったのだ。

「ここにしようか」

 少女はそう言うと空き部屋の一室に入っていく。

 閑散とした部屋にはベッドと机と椅子が一つずつ。客間のようなものだろうか。客など来るはずもないだろうに、その部屋はえらく綺麗で埃もない。

 少女は迷わずに椅子に腰かける。

 ジギタリスは仕方なさそうにベッドに腰を掛けた。

「で、俺は死ぬのか?」

 ジギタリスの言葉にアヤは目を丸くした。

 パチパチと何度か瞬きをする彼女に、ジギタリスは溜息を吐く。

「わざわざ個別に話すってことはそう言うことだろ? 仲間の誰かが死ぬとわかったらオーニスやワイスは作戦そのものを拒否する恐れがある。だからわざわざ個別に話すんだろ?」

 ジギタリスは天井を仰ぐ。剥がれかけた壁紙が首を擡げるように垂れ下がっていた。

「驚いた、君は勘がいいと思ったが、そこまでとは思わなかったよ」

 正直な言葉を吐き、観念したかのように微笑んだ。

「あぁ、君は死ぬかもしれないね。フリティルスが彼らの手に渡った時点で世界は君を拒絶する道を選んだ」

 歯切れの悪い言葉。内心、ジギタリスはその言葉が出るとどこかで感じていた。

「で、俺はどうしたらいい?」

 未来は決まった。

 あとは選択するだけだ。


 ―――現在。

 目の前には強敵と宿敵。

 迫りくる剣戟を前に彼がとる行動は既に決まっていた。


『君は、エーデルワイスを助けろ』


 ジギタリスはワイスの首元を掴み、外へと投げる。

 彼を生かす。これは命令だからではない。

 彼自身の意思だ。


 覚悟は決まっているだろう、”不誠実”?


「――――――末那識、解放」

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