第21話 父親として

 エーデルワイスとジギタリスはティファを探し始めてしばらく経った頃。

 二人で手分けをして探しているとはいえ、戦闘員と非戦闘員の住まう居住エリアを一つ一つ探すのは流石に骨の折れる作業だった。

 避難区域の方が楽だったろうと溜め息が零れる。

「これでいなかったら骨折り損だぞ……」

 溜息ついでに愚痴も零すジギタリス。

 エーデルワイスの方に目をやると、部屋を次々手際よく探しているのが見える。何とも生真面目なことだと感心した。

 気分を変えようと煙草を取り出す。しかし、そこに中身はなく、空虚な空箱を握り潰して投げ捨てた。

 幸先の悪さに苛立ちすら覚えるが愚痴を言っていても始まらない。

 せめて少しでも気分を変えたいと思った彼は少し離れたところの扉の前に立つ。

 暗い部屋。生活感の無い最低限の家具が並ぶ綺麗な白い部屋。

「いいこともあるもんだな」

 彼の眼前にいたのは小太りの達磨のような男と彼に抱えられた小さな少女。

 初めて見るはずの少女だが、それでも彼らには自分の仲間だとわかる。

 少女を抱える男、ジョン・タイターに銃を突きつける。

「そいつを渡せ、今なら殺さないでおいてやる」

 怯え、震える男。見るからに非戦闘員と分かる体躯。

「わ……渡すもんか、ツァラと約束したんだ!」

 震えた声。

 あの少年の友人か、とジギタリスの心に小さな罪悪感が芽生える。

「じゃあ、死ね」

 引き金に指をかける。瞬間、鮮やかな肌色の触手が彼の銃を弾き飛ばした。

「……ダ、メ」

 少女が小さく声を発した。

 四肢の代わりに生える触手をうねらせて、ティファはジョンの影からジギタリスを睨みつけている。

 こちらを睨む少女の瞳が、ひどくこわく感じられた。

 ジギタリスは小さな舌打ちをする。

「ジギタリス」

 彼を呼ぶ声、エーデルワイスが彼を心配してこちらに来たようだ。

「ワイスか、見つけたが、少々厄介なことになった」

 ティファ、もといフリティルスはこちらの仲間になってくれると思っていた。しかし、彼女は既に彼らに懐いてしまったようだ。

「フリティルス、こちらに来てはくれませんか?」

 ワイスはティファに手を差し出して声を掛ける。

 少女は首を激しく横に振り、ワイスの手を取ることはなかった。

「どうします、ジギタリス。これでは埒が空きませんよ?」

 彼女を連れ帰ることが今回の作戦の一つ。ならば、取る選択肢は限られる。

「強引に連れ帰るぞ、ライブラに怒られるのは面倒だ」

 ジギタリスは部屋へと入る。ワイスもまた彼に続いた。

 気の引ける話だ。嫌がる少女を無理やり連れ帰るなど傍から見たら悪人そのものではないか。些か心も痛む。

「来ないで!」

 ティファの触手が二人を襲う。

 しかし、所詮は駄々をこねる子供のそれだ。ワイスは盾で受け流し、ジギタリスも軽々と身を躱しながら近づいていく。

「く、来るな! それ以上、僕たちに近づくな!!」

 ジョンはティファを後ろに隠すように身を翻し、震えた手で彼らに銃を突きつける。

 構わず近づく二人。ジョンは引き金を引くが弾は空を切る。

「当たらねえよ、そんな震えた手じゃ」

 乱射するも二人にかすりもしない銃弾。ついには弾も打ち切り、トリガーがロックされる。

 二人は既に目と鼻の先だ。

「フリティルスは貰っていく」

 ワイスが剣を握り、振りかぶる。

 ジョンは必死にティファを守らんと彼女に覆い被さった。


 その時だった。建物が大きな揺れを起こす。

 何かが爆発したのか、壁に罅が入り、その亀裂から部屋の一部が瓦解していく。

 居住エリアの半分が崩れ、外の景色が露わになる。

 ティファの頭を守るように抱きしめて、瓦解した瓦礫と共に落ちていくジョン。

 そして、ジギタリスとワイスは崩壊の中心の方を見る。

 そこには傷だらけのソテツが体の半分を失いながらも空を飛んでいた。

「くそ、がぁ……」

 酷く憎しみの強い表情で爆心地を見下ろす彼。

「ソテツ、大丈夫ですか!?」

 ワイスの声に反応し、ゆっくりとこちらを見るソテツ。

「んなわけあるか、悪いが俺は撤退するぞ」

 血反吐を吐きながら、弱弱しい声で語るソテツはそれだけ言うと彼らの本拠地の方へと飛んで行った。

「ソテツ……」

 傷だらけの仲間を心配するワイス。その肩を叩きジギタリスは大丈夫だと一言言った。

「とりあえず、フリティルを連れ帰るぞ、これ以上はヤバそうだ」

 二人は崩れ落ちた瓦礫の中を見る。

 ジョン・タイターとティファは運よくすぐ近くの階の残った部分に落ちたようで二人とも無事のようだ。

 二人はその階へと降りていき、彼らに近づいていく。

 ジョンは落下の衝撃でどこかの骨を折ったのか、痛みにうめき声を上げている。

 しかし、彼が守ったおかげでティファに怪我はない。

「さぁ、来てもらうぞ、フリティルス」

 ティファに手を伸ばすジギタリス。

 瞬間、何かに気が付いたワイスが飛び出して盾を構える。

 飛んできた短刀が弾かれる音が木霊する。飛んできた方向を見て二人は驚愕した。

 そこにいたのは瓦礫の山の上に立つ、一人の少年だった。

 防護スーツは既に破けており、浄化装置の付いたマスクも失っている。この魔素の濃い環境で普通の人間が過ごしていれば十分と持たずに、呼吸器系がやられ死に至るはずだ。

 だが、その少年はそれでも立つ。頭から血を流し、肩で息をして、ワイヤーの切れた短剣を握っている。

 それでも、彼はそこに立っているのだ。

「―――ティファに触るな」

 眼前の敵を見下ろすツァラトゥストラ。

 その姿に二人は警戒態勢を取る。

「目を覚ますには早すぎるだろ、坊主」

 ジギタリスの額に汗が滲む。彼の警戒心が警笛を鳴らし、先ほどから肌がそばだっている。

 睨み合う二人。ワイスはジギタリスを守るように彼の前に立っている。

「彼の相手は僕がします。ジギタリスはフリティルスを!」

 叫ぶワイス。

 が、そこにもう一つの影が飛び込んできた。

 振り払われる銀色の光。ワイスはそちらに盾を向けて攻撃を受け止める。

「お前の相手はワシじゃ!」

 折れた角の生えた白い面。ドスの効いた女の声にワイスが眉を顰める。

「何故、お前がッ!」

 思わず剣を抜き、シロウに切りかかるワイス。それを返しの刃でシロウが弾く。

 満身創痍の宿敵たちの登場にジギタリスとワイスの表情には焦りが映る。

 瓦礫を飛び降りるツァラトゥストラ。

 ジギタリスが指を鳴らすと、彼の銃が手元に戻ってきた。

退け、ワイス! ここは俺が時間を稼ぐ」

「駄目です、この二人相手にあなた一人では!」

 ジギタリスが叫ぶ。ワイスはそれを拒否し、シロウの剣戟を凌ぐ。

「このままじゃ、共倒れだ。せめて、お前は生きろ」

 ワイスの首元を掴み、外の方へと放り出す。

 ジギタリスを狙った短刀を撃ち落とすが、既に彼はシロウとツァラトゥストラの間合いの中だ。

「ジギタリス!!」

 放り出されたワイスは遠くなっていく仲間の名前を叫ぶ。

 最後に見た彼はとても優しい笑みを浮かべていた。

 ジギタリスは自らのこめかみに銃口を突き当てる。

「――――――末那識、解放」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る