第18話 末那識、覚醒

 飛び散る鮮血。

 音を立てて床に崩れ落ち、死に体となったソテツが背後の敵を一瞥する。

「クソがぁ……」

 続けざまに彼を襲う銃弾。それらを羽根で防ぎ、飛び上がって距離を取る。

 その視線の先、ダノスのさらに奥にいるのはマヤとエレミアだった。

「父さん、助けに来たよ!」

「ダノス隊長、無事ですか?」

 二人はダノスの下へと駆けよる。

 既に防護スーツが破損しているダノスは魔素の影響もあり、息も絶え絶えの状態だ。

 マヤの装備は汎用兵装A型。銃とナイフ、グレネードなどで武装した最も標準的な装備だ。

 エレミアは左腕に装備された円盤型の装備が特徴的な兵装を身に着けている。それ以外には『P50』を二丁装備している。

「ダノス隊長を治している間、敵の相手を頼みます」

 エレミアがマヤに指示を出す。

 彼女の円盤型の装備が回転すると粒子となった魔素がダノスを包んでいく。

 魔素による細胞成長の促進。浄化魔素を使うことにより人体に悪影響を及ぼさずに使うことのできる医療技術を武器に転じたものが彼女の装備『ユダの涙』である。

 しかし、まだ試作品であることもあり、量産体制には至っていない。

 マヤは『AK-203』を構え、牽制の銃撃を行う。

 遮蔽物の無い場所であるが故に狙いやすいが、羽根を盾に突き進んでくる敵を足止めするには至っていない。せめてこの場にツァラがいればもう少し楽だったのだが。

 マヤはまだ弾の残っているマガジンを捨て、別のマガジンを装填する。

「これなら、どう!?」

 放たれた銃弾。ソテツは異にも介さず羽根で受け止める。が、今まで銃弾を通さぬ鋼の鎧だったはずの羽根に弾が貫通した。

 装填された銃弾はジョンの試作品だった浄化弾。魔素の浄化に使われる物質を組み込んだ銃弾が魔素に触れるとそれの効力を弱らせるのだ。

 立て続けに撃ち込まれる弾丸はソテツの体を貫いた。

 再び膝を着くソテツは羽根を仕舞い、銃弾を避けつつ再び下がることを余儀なくされる。

 放たれる銃弾を避けることは難しくない。しかし、それをすると前に進めなくなるというジレンマにソテツは苛立ちを募らせる。

「お待たせ、マヤ」

 ダノス、エレミアがマヤの隣に並び立つ。

「行ける、父さん?」

「任務中は隊長と呼べ、獣狩りと行くぞ」

 勇むダノス。追い込まれゆくソテツは奥歯を噛み締めた。



 イヴとフリティラリアの戦いは一方的というに相応しい。

 フリティラリアの攻撃は届かず、手下の粘液上の怪物も彼女に触れる前に霧散していく。

 死角を突いた攻撃であっても彼女に届く前に消えさり、その杖から放たれる魔素の光によってフリティラリアの体は貫かれていく。

「しぶといな、早く口を割ったらどうだ? 私も暇じゃないんだ」

 ゴミの様に床に這い蹲るフリティラリアはすぐさま起き上がり攻勢に出る。しかし、どの攻撃もイブに当たる前に霧散し消滅する。

 巨大に練り上げた粘性の怪物。巨大な蚯蚓のようなソレを掲げ、振るうようにしてイブにぶつける。

「無駄だよ」

 触れることもできぬ空しい攻撃。

 その黒い怪物が全て霧散した瞬間、その裏に現れるフリティラリアは拳を握る。

「ならこれはどうです?」

 振るわれる拳。

 しかし、その拳もまるで子供の暴力を停めるかのようにいとも簡単に受け止めるイブ。

「少し痛いよ?」

 握った拳を捻り上げ、その腕を杖で殴って骨を折る。

 痛みが走り、顔が歪む。

 解放された腕はぶらりと垂れ下がる。簾のような前髪から覗かせる瞳は憎しみの色を見せている。

「もういい、君に聞き質すのは時間の無駄のようだ」

 イヴは微笑み杖を振るう。上空に浮かぶ方陣が紫の光を放ち、イヴの背後にその方陣と同じものがいくつも出現する。

偽・福音書ヨハネ

 振るわれた杖。その動きと共に発射された光の柱がフリティラリアの体を貫く。

 頭を、胸を、腕を、足を貫き、その体を拘束していく。

 そして、再び杖が振るわれ、巨大な光がフリティラリアを包み込む。

 体の大半を消し飛ばされたフリティラリアの体が朽ちていく。

 イヴは彼にまだ息があることに驚いた。コアだけは守ったのか、それとも運が良かったのか、どちらにせよ蟲の息だ。止めを刺さずともあとは崩れ逝くだろう。

 フリティラリアは最後の力を振り絞り、その右目に手をかざすとその目を抉り抜いた。



―――末那識ブルーム、覚醒



 抉り抜いた眼球を潰し、静かな這うような言葉が零れ落ちる。

 潰された眼球から指の間を滴り落ちる黒い血液が、タールよりも濃い粘液となって部屋全体を覆っていく。

 その落ちた血液の場所から湧きだすのは無数の蟲。百足、蜚蠊、蜘蛛、蜂、虻、蝿、ありとあらゆる毒虫達が湧き出ては彼の体を覆っていく。

 それはまるで開花を待つ花のようにも見える。

 イヴが光線で虫たちを焼き払おうとするが焼き払った先から蟲が覆っていき、留まることを知らない虫たちによってあっという間にフリティラリアの全身が覆われる。

 そして、蟲でできた蕾が花開く。


色即是空龍樹曼荼羅しきそくぜくうりゅうじゅまんだら


 深淵よりも暗い闇の底に人の死骸で作られたユリのような花が咲き誇る。

 蕾から現れたフリティラリアは座禅を組んだ即身仏のような姿でコチラを見下ろしている。

 五条袈裟を身に纏い、それがこの空間を流れる人肌のような生ぬるい風に煽られる。その隙間から見える欠損したはずの箇所は骨で補われており、彼の体には虫たちが這いずり回っていた。

 空間を塗り替える異常性の発露。これがロアと呼ばれる存在にのみ許される偉業である。

 この空間は彼らの産み出した異跡であり、彼らにとって己を示す自我の解放に他ならない。

「怪物のロアたる所以、お見せしましょう」

 イヴは己が体に違和感を覚える。足元を見ると花の隙間から現れた三十センチはあろう百足が彼女の足に絡みついている。

 そして、その蟲の触れた箇所が徐々に腐り落ちる。

 咄嗟に足を撃ち抜き、上空に逃げるイヴ。しかし、今度は天井から落ちてきた虫が彼女の背に触れる。

 腐り始める肌。次々飛びつく虫達がイヴの体を覆っていく。

「盛者必衰。生きとし生けるものは全て死ぬ定めなのですよ」

 フリティラリアの言葉と笑い声が木霊する。

 肉を食む蟲の大群。産めや増やせやとその身を覆っていく死の集団。その集団がイヴを完全に隠してしまった。

 そして、彼女を囲んだ虫たちはしばらくすると飛び散っていく。

 そこにはイブの姿はない。彼女の杖だけが空しく音を立てて闇の底に落ちた。

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