第16話 ロア、進撃(4)

 C型汎用兵装を装備したツァラはティファのいる自分の部屋に向かっている。

 会議室から宿舎のある階までは四階分の階段を登らなければならないが、C型の腕に装備されたワイヤーのついたダガーをうまく使い、階段の隙間を縫うように駆け上がっていく。

 空間把握能力に優れているからか、フェンリル用の兵装がそうであったように彼は三次元的な動きをするのが得意なようだ。

 そして、最後の階段を抜け、廊下に出る。そこは他の階とは違いまだ被害が出ていない。敵は下から順に攻めているようだ。

 ティファの身を案じ、急いで自室へ向かう。

 が、そんな彼を一発の銃弾が襲う。

 聴こえた銃声を頼りに身を捩るツァラ。マスクの側面に当たったおかげで軌道が逸れたが、直撃していたらマスクを貫通していただろう。

 振り返るとそこには、見たことのある男が立っていた。

「マジか、今の避けるのかよ? 正面切って戦うのは苦手なんだよなぁ……」

 ぼやきながら癖毛の頭を掻く男。煙草の煙を振りまきながら面倒そうにオーバーな反応をする男。聞き覚えのある渋く低い声にツァラトゥストラは眉をひそめた。

「お前は……!!」

 昨日、あの砂漠の中で出会った男、ジキタリスだった。。

 男はツァラの声を聞いた途端少し嬉しそうにした。

「おぉ、誰かと思えば昨日の坊主か、奇遇だな?」

 まるで旧知の友にあったかのような反応に、ツァラトゥストラは腰の短剣に手を伸ばし投擲する。

 首を傾けて避けるジキタリス。

「おいおい、いきなりかよ。少しはお話しようぜ坊主」

 苛立つツァラを宥める様な素振りのジキタリス。ツァラは構わず次の短剣を手に突撃する。

 ジキタリスはまっすぐ突撃するツァラに『M1911A1』を向けるが、その瞬間に蛇行する動きに代わり照準が定まらない。

 ならばとジキタリスは銃弾を出鱈目に打つ。放たれた弾丸は面となり、ツァラの動きを制約する為の罠となる。

 ツァラは弾幕の薄い左に避ける。ジギタリスはそこに追撃の弾丸を放った。

 必中とも思えた弾丸を身を屈めることで避けるツァラ。バイザーの予測演算があると言えど、その動きは人間というよりも獣に近い。

 ジギタリスは舌打ちをすると、後ろに跳びながらツァラの動きを止めようと再び弾幕を張る。

 だが、当たらない。

 ジギタリスとの距離が後、三メートルをきった。あと数歩でツァラトゥストラの間合いだ。

 瞬間、ツァラの肩から血が噴き出した。体勢を崩したツァラは床に体を打ち付ける。

 ジギタリスは大きく息を吐き、銃を降ろす。

「俺の能力は地味だからあんま使いたくねえんだけどな、立ち上がるなよ坊主」

 ジギタリスの静止を無視し、立ち上がるツァラトゥストラ。

 息は上がり、痛みは熱をもつ。

「……ここから先に行かせるわけにはいかない」

 ジギタリスは少し寂し気に銃を構える。

 何をされたかはわからないが、銃弾操作の類だろうとツァラは考えた。

「通さない、か。お前の所為でこうなってるんだもんなぁ、そりゃ自責の念も産まれるってわけだ?」

 ジギタリスは皮肉交じりに鼻で笑った。

 だが、それはツァラの動揺を誘うのには十分すぎる言葉だった。

「俺の、所為……?」

 ツァラの言葉から力が消える。

 多くの仲間の悲鳴。燃え上がる本部の局内。これらの事象の引き金が自分なのだとしたら……。

「当たり前だろ、お前が昨日教えてくれたじゃねえか、俺たちの仲間がいるってなぁ? 俺の仕事はソイツを探すことだったんだ。まあ、それ以外にも理由はあるが、そっちは言ったところでわからねえだろうからな」

 あの砂漠で放った一言が、今回の引き金になった。

 受け入れきれない現実に吐き気を覚える。襲い来る現実が彼の感情を貪るのにはそれほど時間は掛からなかった。

「だから、さっさとフリティルスを渡せ、そしたらお前くらいは見逃してやるよ」

 ジギタリスは諭すように言った。

 彼らがそれで買えるのならば、これ以上仲間たちが傷つかずに済むのならば、渡してしまった方が賢明だろう。

 だが、それでも……。

「渡せない、渡したとして、お前たちがこれ以上暴れない保証がどこにある?」

 ティファを渡すという選択肢をツァラが取れるはずもなかった。

 彼女はツァラをパパと呼んで慕ってくれている。それが彼には嬉しかった。

 人間や空気や世界そのものがどうしても汚く思えてしまう彼にとって、ティファという存在だけが純粋で綺麗な存在だった。

 それを失いたくない、だから。

「……お前たちを殺せばいいだけの話だ」

 ツァラトゥストラはナイフを握り、構え直す。

「そうか、残念だよ」

 落胆した表情で銃を突きつけるジギタリス。

「少年、名前は?」

 男は少年に名前を尋ねる。

「ツァラトゥストラだ」

「そうか、俺はジギタリスだ」

 二人は見合い、睨み合う。相容れぬと知ったからこそ、最早二人に言葉は不要だった。

 ツァラトゥストラは地面を強く踏みしめて距離を詰める。ジギタリスの銃から放たれる弾丸は弧を描いて彼に襲い掛かる。

 避けようと襲い来る弾丸。ならばとツァラはそれらをナイフで切り落とす。

 バイザーの予測演算と彼の技量合わされば、例え音よりも早いものであろうと切り落とせる。

 右腕のワイヤーを壁に向かって発射する。ダガーのついたワイヤーは壁に刺さるとソレの収縮を使ってツァラの動きは加速する。

 足を延ばしてジギタリスの腹に蹴りを放つ。

 ジギタリスは寸でのところで躱したが、そこは既にツァラの間合いだ。

 銃を構える隙を与えずにナイフと格闘術を交えた近接戦闘でジギタリスを追い詰めていく。

 致命傷だけは追わぬように逃げるジギタリスだが、ツァラの間合いから離れることはできず、徐々に追い詰められていく。

 腕や顔に細かい傷が増えていく。

 左腕がほとんど動かない状態でこれであれば、両腕が使えていたとしたらジギタリスは早々に追い詰められていたはずだ。

 ツァラのナイフを屈んで避けたジギタリスの顔面に、膝蹴りが飛び込んできた。

 後ろに転げた敵を逃がさぬようにナイフを投げる。

 避けることのできないジギタリスは、左腕を盾代わりにすることで何とかそれを防いだ。

「やべぇな、コレは」

 致命傷ではない。だが、これはいずれそうなる傷だ。

 このまま避け続けたところで攻勢に回らなければ、待っているのは死という現実だけだ。

 再び距離を詰めるツァラトゥストラ。放たれた拳をジギタリスは避けつつ、二の腕を掴み、引き込みながら肘鉄をツァラの顔面に向かって放つ。

 ツァラは後ろに仰け反る形でそれを避けると、ジギタリスの横腹に蹴りを入れる。

 衝撃で解き放たれた右腕を引き戻すとジギタリスの側面にフックを放った。何とか左腕で庇うが、骨の砕ける音と激しい痛みがジギタリスを襲った。

 しかし、痛みに喘ぐ暇はない。その隙すらもツァラが見逃すはずがない。強い衝撃がジギタリスの腹部を襲い、その体は宙に浮き壁に衝突した。ツァラの突き蹴りがジギタリスの腹部を穿ったのだ。

「これで終わりだ」

 右の籠手に装着されたワイヤーダガーの刃を展開し、動けないジギタリスの首を狙う。

 ジギタリスが死を覚悟した瞬間、白い影が彼の目の前に現れた。

「……間に合ってよかった」

 大きな白い盾。青い鎧を纏った騎士の姿がそこにはあった。

「ワイスか、助かったぜ!」

 彼らの間に割って入った人物はエーデルワイスだった。彼はジギタリスに微笑むと向き直り、ツァラトゥストラを睨む。

 ツァラトゥストラは剣が届かぬ間合いまで距離を取る。

 ツァラの体力は限界に近い。先ほどまでの戦闘に加えて、体を動かしている分、傷から溢れ出す血液の量は尋常ではない。

「行ってください、ジギタリス。彼の相手は僕がします」

 眼前に見据える白い騎士がそう言うと、ジギタリスは傷だらけの体で居住エリアへと向かっていく。

 無論、ツァラにジギタリスを追う術はない。

 ツァラトゥストラの中で焦りが募っていく。

「邪魔をするなぁあああああ!!」

 突貫するツァラトゥストラ。

 ワイスは盾で隠した剣を突き出し、ツァラトゥストラを迎撃しようとする。不意の一撃、しかしそれを躱して突き進むツァラ。

 彼が右拳を振りかぶった瞬間、ワイスは盾を振るいツァラトゥストラを壁に叩きつける。

 ゴミのように転がるツァラトゥストラに目を配ることもなく、ワイスはジギタリスを追いかけた。

 薄れゆく意識。伸ばした腕は何かを掴むこともなく地面に落ちた。

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