第13話 ロア、進撃(1)
荒れ果てた荒野。
生物すらも死に果てる魔素の蔓延る大地には草木すら生えない。
その果てにある白い城。この世の全ての記憶を包するその城のこそ、彼らの狙う敵の居城である。
「世界の終わりにしては随分と趣味の悪い建物だな」
ジギタリスは言葉を零す。
居城を臨むはロアの面々。
いつもの面々に加えて、落ちた影の様な男と白い髪の青年がいる。
その黒い巨木の枝の様な四肢を根のように垂らす猫背の男。黒く長い髪がその不気味さに拍車をかける。細身ではあるものの、その四肢は浮き出た血管と隆起した筋肉を見せている。
対する白い髪の青年はなんといったものか。獣の様なボサボサとした髪、鋭い犬歯を覗かせる口元、触れることを許さぬ気配はやはり獣と表現するに相応しいのだろう。
「それにしても、ここまで近づいても気取られないなんてすごいですね、フリティラリア」
フリティラリアと呼ばれた影の様な男はワイスの言葉に反応せず、依然として敵の居城を見つめるのみだ。
「オーニスまで連れてくる必要はあったのかよ旦那?」
獣の様な青年、ソテツはジギタリスに問うた。
「この距離だ、いくらワイスといってもあの拠点に損傷を与えるならオーニスの補助があった方がいいだろ?」
ジギタリスは伸びた灰を落とす。
オーニス以外は皆、敵の居城を睨むようにしている。
「さぁお前ら、仕事の時間だ。笑おうじゃないか、世界は平穏を迎えるんだ」
ジギタリスはわざとらしく両の手を広げる。
ワイスは剣を引き抜くとそれを天に掲げる。太陽の光を反射する白銀の剣、それを逆手に持ち直すと地面へと着き立てた。
次にオーニスがワイスの目の前に来ると剣の前に膝を着く。
「ワイス、世界を救いましょう?」
まるで儀式のように、祈りを捧げるように、少女は手のひらを合わせ瞼を閉じる。
彼女から漏れ出した七色に光り輝く魔素の光。その光を受けた剣が仄かな輝きを放つ。
祈りを終えたオーニスはその場を離れる。
ワイスは再びその剣を握りしめ、両手で構える。
「我らを導くは栄光なる騎士の記憶。敵を引き裂くは英霊の剣―――」
天高く掲げられた剣は魔素を集めその光を強めていく。
「応えよ、『
天空に現れる五本の剣。それらが集まり、黄金に輝く一つの剣が出現する。
その剣が彼の剣と一つに重なると爆発的な魔素の光を放つ。
それこそは誰もが知る王の剣。冒険と栄光と裏切りと勇気を内包したその聖剣の名は……、
「全ての騎士を束ねし王よ。今一度、我に力を―――『
振り下ろされた聖剣を模した一撃。高濃度に圧縮された魔素が大地を
距離にして二キロはあろう情報統括局の拠点に衝突したその一撃は建物を半壊させ、その中身を露わにした。
「さぁ行くぞお前ら、作戦開始だ」
ロアの一撃を受けた情報統括局は正に混乱の渦中にあった。
急に現れた巨大な魔素反応。それを観測した数秒後には情報統括局の地上部分は半壊し、けたたましい警報が鳴り響いている。
「戦闘員は装備を装着後、至急配置に着け! 非戦闘員は全員退避だ、地下シェルターへ急げ!」
観測された魔素反応は今までに類を見ないものだった。その一撃が果たして一度きりのものなのか不明な以上、対応は緊急を要する。
破壊された施設は研究棟。多くの技術職員がその命を落とした。
上がる火の手。狂乱を誘う悲鳴。魔素に侵食された施設内。形成された地獄の渦中にいるもの全てが恐怖と狂気を感じていた。
隊長たるものはそれぞれの役割を為すべく、早急に与えられた持ち場へと急行する。
シロウも己の部隊員に無線で指示を出し、戦闘の準備に入らせた。
いつもの兵装を取りに行っている暇はない。一応イブラヒムに取りに行かせてはいるが待っているわけにもいかない。部屋に用意された緊急用の汎用兵装を着込み、武器を手当たり次第担ぎ込む。
部屋の外の慌ただしい雑踏。その中に悲鳴が混じる。
シロウが部屋を飛び出す。
目の前に広がるのは黒、そして赤。
粘液じみた生物が局員たちを食み、その肉を喰らっている。理性の無い怪物であるそれは複数いるのか獲物を取り合うように生きた局員たちに噛みついていた。
「うぁあああああああ!!」
怪物に切りかかるシロウ。その太刀に手ごたえはない。
実体のない怪物は気に掛けずに局員の腕や足に噛みつく。
「助け……アガッ!!」
千切れた四肢に夢中になる怪物は落ちた肉体に目もくれず腕を嬉しそうに喰らう。
腕をもがれ、足をもがれた局員は芋虫のように這い蹲り、痛みで狂ったように笑っている。
シロウは奥歯を砕けるほど強く噛み締めると局員の脳に刀を振り下ろし、せめて苦しまぬようにと止めを刺した。
「貴様らぁ……許さんッ!!」
グレネードランチャーを手に持ち、手当たり次第に乱射する。いくら形の無い怪物であろうと広範囲の爆破には耐えられまい。
上がる爆炎。壁や床を黒く焦がし、怪物を爆ぜ飛ばす。怪物は四散し、その肉片は痙攣こそすれど元に戻る様子はない。
一匹ではないはずだ。対処法を見つけなければ戦闘員であろうと食い殺されよう。
悲嘆していても仕方がないとわかっていても、仲間の骨すら一緒に吹き飛ばしてしまったことに悔しさがないはずもない。シロウの瞳からは涙が零れていた。
「隊長、お待たせいたしました」
聴き馴染みのある声。後ろを振り向くと見慣れた鎖帷子の防護スーツが目に入る。
「イブラヒムか、すまんな、手間をかけた」
イブラヒムは戦闘用の防護スーツが入ったアタッシュケースと彼女の刀、『トツカノツルギ』を手渡した。
「着替えてくる。黒い粘性の敵が来たら構わず逃げろ、骨の折れる敵じゃ」
シロウの言葉にイブラヒムは頷いて応えた。
着替え終えたシロウは再びイブラヒムに合流すると、部隊員の待つ研究棟へと向かう。
逃げきれなかった局員の死体の数が増えていく。
先ほどの怪物か、それとも更なる敵なのか、どちらにせよ早く止めなくてはならない。
二人の足が止まる。
白い甲冑を血で濡らした騎士が死体からその剣を引き抜いた。
「おや、また貴方達ですか」
血で濡れた黄金色の髪を掻き上げる。血の脂で髪を固める青年は何とも冷たい眼をしていた。
「イブラヒム、お前は回り道をしろ。アイツの相手はワシがする」
イブラヒムは小さく頷き踵を返す。
「今回は味方を斬らずに済みそうですね?」
ワイスは口角を上げる。
「辞世の句にしては味がないのぉ? 今度は逃げれると思うなよ、雑兵ォ!」
シロウの足が床を抉る。五メートルはあろうその距離を一瞬で詰めると、刀を引き抜き一凪にする。
ワイスは盾で刀をいなし、その剣をシロウに向けて刺突する。
シロウは籠手を剣の側面に押し当て軌道を逸らす。そのまま足の力を抜いて体勢を低く落とし、肩で盾を押し返した。
急に消えたシロウの思いもよらぬ一撃にワイスは思わず体勢を崩す。
その姿勢のまま剣を振るうシロウはワイスの足を狙う。避けきれぬ一撃を寸でのところで剣で受け止める。
シロウは後ろに跳び、距離を取り直した。
爪先で床を叩き、首を鳴らす少女は防護スーツの上からでもわかるほどに笑っている。
再び距離を詰めるシロウ。
ワイスは盾を構えて応戦する。剣の届く範囲に入った瞬間、その体を両断する自身が彼にはあった。そして、その切っ先は確かに彼女の鼻先を捉えていた。ように思えた。
壁を蹴り、天井を蹴るシロウ。対応の遅れたワイスが振り向くよりも早く着地すると同時に刀を振り下ろす。
赤い花が咲くように、ワイスの血液が吹き上がった。
シロウのマスクを、床を、壁をその血液が濡らす。死体の血液と入り混じり、その赤は何処までも広がっていく。
シロウは冷静にマスクの血液を拭う。
盾を構えるエーデルワイス。溢れ出すアドレナリンで痛みを感じることはないが、切った傷の大きさからか息が上がっている。
決着は近い、二人の考えは一緒だった。
シロウという狩人を前にワイスは獲物にならざるを得なかった。
ならばせめて最後に足掻くしかあるまい。
彼の能力を使うにはこの場はあまりにも狭すぎる。召喚するよりも先に彼女の刀が彼の喉笛を引きちぎるだろう。それに有用な札は既に切った後だ。
ならば、せめて己の剣技で彼女に食らいつくしかあるまい。
今度はワイスから仕掛けた。
振るわれる剣をシロウは悠々と躱していく。一が駄目なら二の太刀で、二の太刀が駄目なら三の剣で。しかし、どの剣も彼女を捉えるには値しない。
盾を使った突進すらも彼女の体に触れることはない。
彼女が刀を振り返してこないのは確実な一撃を探っているからだ。ワイスが焦り、思考が途切れた一瞬を狙う為だ。
再び盾を使った攻撃をしようとした瞬間、シロウは盾を蹴り飛ばしてワイスの体を弾き飛ばした。
「仕舞いじゃ」
冷たい一言。
シロウが両の手で握った刀を振り下ろす。
だが、体勢を崩したはずのワイスが確かにその両足で地面を踏み抜いていた。
わざと蹴り飛ばされた彼はこの瞬間を待っていたのだ。
シロウの刀を盾で弾き飛ばす。
「ええ、終わりです」
再び交差する二人。
先ほどよりも確かに、そして大量の鮮血が爆ぜた。
咄嗟に身を捩ったシロウ。致命傷こそ避けたものの、しかしてその左腕は肘より先を失ってしまった。
「ぁああああああああああ!!!!!!」
痛みに叫びをあげるシロウ。
迫りくるワイス。シロウは決死の覚悟で逃げ出した。
「
ワイスの盾と剣が光となり、その光は銀琴を模した弓と銀でできた一矢へと変貌する。
引かれるは彼の英雄の弓。引いたが最後、獲物に致命を与える絶死の弓矢。
シロウは既に影すら見えなくなった。それでも彼は構わずにその弦を絞る。
放たれた銀の一撃は蛇のように、光の速さで目標へと向かっていく。これを逃れるものなどいない。
「紙一重、と言ったところですね……」
ワイスは息を切らして壁に凭れかかる。魔素濃度が濃いおかげか、すでに血は止まっている。使った魔素を補充したらまた行動しなければならない。
まだ作戦は終わっていないのだから。
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