第12話 隊長会議

 ベッドの上で横になるツァラトゥストラ。

 ティファはその腹の上に乗り、手遊びをしながらツァラに話しかける。

 どうやらマヤにアヤトリを教えて貰ったようで、彼女はマヤに貰った紐で遊んでいる。

「パパ、ここ引っ張って!」

 器用に他の触手で紐の真ん中を差し、ツァラトゥストラは彼女に言われるままにそれを引っ張る。

 少しのヌメリ気を感じるものの、ツァラトゥストラは嫌な顔を見せることなく、むしろ優し気な顔で彼女を見ている。親のいない彼ではあるが、その表情は紛れもない親のソレであった。

「できた!」

 嬉し気に叫ぶティファ。出来上がったのは網目状の四角錐だ。満足げに笑う姿を見て、ツァラも思わず笑みがこぼれた。

 ティファの頭に手を乗せて優しい言葉を呟く。

 嬉しそうな娘の笑顔はどんな光よりも眩しく映る。

「ティファ、少し大きくなったか?」

 よく見ればティファの体は少しばかり人に近づいていた。触手が生えていたはずの肩関節は皮膚で覆われており、触手も前より太く、しっかりしてきている。腰回りも鼠径部がわかるようになってきて、人らしい形になってきた。

「ん~、そうかも?」

 ティファは首を傾げる。あまりよくわかっていなさそうだ。

『ツァラトゥストラ隊員、司令より招集命令です。至急、第二会議室に来てください。繰り返します……』

 オペレーターの声が響き渡る。

 ツァラはティファを持ち上げて体を起こした。

「ごめんな、仕事に行ってくるから、いい子にして待ってるんだぞ」

 ティファをベッドの上に乗せると、その前髪を掻き分けておでこに唇を付ける。

「うん、わかった!」

 元気よく返事をするティファの頭を撫でて、ツァラは部屋を後にした。


 ―――少し前。

 先日、任務から帰ってきたヨシュアらの報告を受け、これからのことを話し合う為に、イヴは各部隊の隊長を招集して会議を開くことにした。

 集まったのは調査部隊の隊長たち六名。

 調査部隊のダノス=ノストラとシロウ・アマクサ、バルナバ・アルマタヤの三名。そして、観測部隊のカナン・ヨルダン、ベンジャミン・バトン、リップ・ヴァン・ウィンクルの三名だ。

「早速だが、最近顕現した異跡で奇妙な聖異物アーティファクトが確認されていることは知っているな?」

 一番最初はツァラトゥストラ隊員が発見した少女型の聖異物、『ティファ』と呼称されている存在だ。彼女は現在、ツァラトゥストラ隊員と共に生活している。

 彼女の身体は間違いなく人間のソレであり、特異的なことといえば、四肢の代わりに生えている触手くらいなもので他に異常性は確認できなかった。

 その後、ヨシュアの報告により、他にも同様の存在がいることが確認された。

 共通点は彼女たちが聖異物であるということと、現れたのが大量顕現した異跡であるということだけである。

 現状、それ以上のことは何もわかっていない。

「人型の聖異物。危険性はないのですか?」

 リップ・ヴァン・ウィンクルはその長い髪を綺麗な指で掻き分ける。色の薄いブロンドの髪から感じられる気品も、今はその冷徹な瞳の威圧感を高めている。

「解析班に確認してもらったが、至って普通の少女と遜色ない。体組織に関しても人間と見て問題ないだろう」

 冷静に答えているダノスだが、周りからは針の筵だ。今までに例を見ない存在を匿っているとなれば無理もないだろう。

「ティファと呼称される存在に関しては私も容認している。むしろ、今回話を聞きたいのは君だよ、シロウ隊長」

 全員の視線がシロウに向く。

 防護スーツがない分、その小ささが目立つ。大人しそうな見た目と身長の所為で年齢よりも幼く見えるが、御年、二十四歳の女性である。

 シロウはその豊満な胸の下で腕を組み、毅然とした態度を崩さない。

「何故、確保ではなく破壊を優先したんだい?」

 イヴの言葉は責め立てるものではなく単純な疑問のものだ。

 シロウは深く息を吐く。

「最初に出会った個体からは敵意を感じられんかった。が、気配が他にもあったのでな、炙り出すために仕掛けたら案の定出てきおった」

「早計過ぎたのではないか、何もすぐ敵対する必要はなかっただろう」

 バルナバの指摘をシロウは鼻で笑う。気に食わなかったのか、バルナバは口角を引くつかせる。

「そうじゃなぁ、全員出てきておればワシもわざわざ異跡を吹き閉ざさずとも済んだんじゃがなぁ」

 オーニスを守るために出てきたのはワイス一人。しかし、シロウが感じ取った気配はもう一つあった。

「これは唯の勘じゃが、ワシが斬っておらんかったら三人のうちの一人は死んでおっただろう。あの床を這うような殺意はここにいるものでもなければ、気付けもせんじゃろうて。まぁ逃げられたがな」

 シロウが大技を放ったのは隠れる場所を消し飛ばし、あわよくばワイスともう一人を破壊出来ればいいという考えからだった。しかし、結果は前述の通りだ。

 シロウの話を聞いた上で、各隊長は深刻な表情を浮かべている。

「スサノオを使っても殺せなかったのか?」

 ダノスの言葉にシロウは頷き応える。

 異跡すら消し飛ばすその一撃。それを耐えきったというワイスの防御性能、そして逃げおおせたもう一人の存在。

 スサノオと同等の破壊規模を誇る武装はそう多くはない。

 そんな相手ともし戦うとなれば武装の強化は急務だろう。

「その件はわかった。ありがとう、シロウ」

 イヴはシロウから視線を外すと次にダノスを見る。

「こうなるとティファについても、もっと知らないといけなくなるな。ダノス、ツァラトゥストラを呼んでくれるかな?」

 

 ツァラトゥストラは会議室の扉を叩く。中からの返事の後に扉が音を立ててスライドした。

「ツァラトゥストラ、入ります」

 隊長たちの視線が刺さる。何を聞かれるのかと、思わず肩に力が入ってしまう。

 彼がダノスの方を見ると少しばかり申し訳なさそうな憐れむような目をしていた。

「すまないね、楽にしておくれ。聞きたいことは……わかるね?」

 イヴの言葉にツァラは表情に影を落とす。

「ティファのこと、でしょうか? 私にわかることでしたらお答えします」

 自分の娘のことではあるが、彼が知っていることなど大したことではない。

 何が好きで、何が嫌いなのか。普段、何をして過ごしているのか、などの他愛もない少女の一面を話した。

「彼女に聖異物としての異能は何か感じられるかな?」

 イヴの質問にツァラは首を横に振る。

 まだ出会って一週間も経っていないからか、それともそんなものはないのかわからないが、彼女がそういった危険な能力を発露させたことはなかった。

「そうか、大体わかったよ。念の為、この後の会議にも同席してくれたまえ」

 イヴがそう言うとダノスの隣に折り畳み式の椅子が展開される。

 そちらへと歩き始めた瞬間、大きな衝撃音と揺れが建物を襲った。

「何事だ!」

 バルナバが司令室のオペレーターたちに状況を確認する。

 皆が彼を注視する中、バルナバの顔はどんどん青みがかっていく。

「……敵襲だとッ!?」

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