第11話 ロア
血みどろになりながら、拠点にしている異跡に転がり込むエーデルワイス。
オーニスガラムを優しく降ろした後、無理が祟ったのか膝を着き血反吐を吐く。
少女の白いドレスが血で濡れたの見て、申し訳なさそうな顔をするワイスは、まるで死者のように白い顔をしていた。
「情けないねぇ、ワイス。意気揚々と出ていった割りに傷だらけじゃないかい」
ヒールの音が響く。
階段を下りながら、降りてきた漆黒を纏ったような少女は冷たく言い放った。
鈍く光るヒールブーツ、蝶の意匠を凝らしたスキニー、艶びやかなボンテージドレスを身に纏い、赤い裏地の黒いマントを羽織っている少女。
月明りの様な黄金に光る長い金髪を揺らす。少し垂れ気味の切れ長の瞳は見るものを恍惚とさせることだろう。
ワイスとは正反対の見た目をした少女は冷徹な女王という雰囲気を持っていた。
それ故に周りに浮いているぬいぐるみの様な存在が異質に思えた。
「ロベリア様、さっきまでソワソワしてたのに、急に冷静になりましたね、セコイヤ」
ずんぐりむっくりの丸い青色の犬のような見た目のぬいぐるみは愛らしい声で、隣のやせ細ったピンク色の狐のぬいぐるみに話しかける。
「ダメでヤンスよ、ズルスキー。ロベリア様は二人に知られたくないんでヤンスから」
セコイヤとズルスキーはケラケラと笑う。
ロベリアと呼ばれた少女は眉間に皴を寄せ、奥歯を噛み締める。
「聞こえてるわよ、また洗濯機に入りたいのかしら?」
二人(?)は抱き合い振るえて悲鳴を上げる。
ロベリアは溜息を吐いて、眼前の仲間に視線を戻した。
「ロベリア、どうしましょう。このままではワイスが……」
今にも泣きそうな顔のオーニスがロベリアに助けを求める。
ロベリアはワイスの近くまでくるとしゃがみ込み、手のひらをかざす。
「この男がこの程度で死ぬもんかい。魔素の濃いところに放っておけば、明日には元通りになるよ」
ロベリアは諭すようにオーニスに言う。オーニスは安堵の表情を浮かべ、ロベリアに礼を言った。
「セコイヤ、ズルスキー! ワイスを奥の部屋に運びな。落とすんじゃあないよ!」
ロベリアは立ち上がり、手を叩いて二体のぬいぐるみに指示を出した。
「えぇ、僕らが運ぶんですかぁ~?」
「ワシら、そんなに力無いでヤンスよ!」
ロベリアの言葉にブーブーと文句を言う二体のぬいぐるみ。
言うことを聞かない二体にロベリアは彼らを掴み、捏ねるようにそれぞれに押し付ける。
「い い か ら言うことを聞きなさい! 本当に洗濯機で洗うわよ、アンタたち!」
グニグニと揉まれるぬいぐるみたちは目を回す。
「わかりました! わかりましたからやめてぇ!!」
「痛いでヤンス、痛いでヤンス! 暴力反対でヤンスぅうう!」
ロベリアは反省した様子の二体を解放する。
二体は渋々、ワイスを担ぎ上げて奥の部屋へと運んで行った。
オーニスは少し楽しそうに小さく笑っていた。
「賑やかで楽しいわね、ロベリア」
元気を取り戻した少女の姿にロベリアも晴やかな表情を浮かべる。
「アンタも風呂に入ってきな、砂埃とアイツの血で汚れただろう?」
ロベリアの言葉にオーニスは頷き、足早に部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋でロベリアは首を傾けて入口の方を見る。
「いるなら話しかけたらどうだい、普段はおしゃべりな癖に趣味の悪い男だね、ジギタリス?」
入口の柱の陰から現れたのは無精ひげを生やした男だった。
ジギタリスは服に着いた砂を払いながら、こちらに歩いてくる。
「キツイこと言うなよ嬢ちゃん、入るタイミングを見失っただけさ」
ロベリアは糾弾するかのような視線を向けた。
しかし、ジギタリスは煙草の火を揺らしながら不真面目な笑みを浮かべるだけだ。
ロベリアは馬鹿らしくなったのか、諦めた表情をする。
「それで、フリティルスの行方は分かったのかしら?」
ジギタリスは近くにあった長椅子の背もたれに腰かけると足を組んで煙草を深く吸い込んだ。
「あぁ、情報統括局の奴が保護しているらしい」
ジギタリスの言葉にロベリアは驚愕の表情を見せる。
「どういうことよ、なんでアイツ等のとこに!?」
「まぁ先を越されたってところだな、現状向こうはこっちを図り兼ねている状態だと思ったんだが、ワイスがやられたってことはこっちの計画がバレたか?」
「その辺は起きたワイスに聞かないことにはわからないね、どちらにせよ。アタシらの神様が作戦を決めてくれるはずさ」
ジギタリスは深く吸い込んだ煙を吐く。
「神様ねぇ、俺にはどうにも頼り難い」
瓦礫の様な言葉にロベリアは何も言わなかった。彼の言葉は真意なのだろう。彼は不誠実ではあるが、嘘が苦手なのだと彼女は知っていた。言葉選びが下手なことも。
ジギタリスは煙草を灰皿に投げ捨てる。
「全く皮肉なもんだ、俺たち『ロア』が世界の関節を治す役目を負うなんてな」
ジギタリスはロベリアの頭を軽く撫でるとその場を立ち去った。
担う運命は生まれた時に決まるのか、それとも歩むべき道こそ運命と呼ぶべきなのだろうか。いずれにせよ、進む時の針を止められるものはいない。
停滞を許されるほど、世界は優しくはないのだから。
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