第10話 砂嵐の中で

 ツァラトゥストラは砂嵐の吹き荒れる中を歩いていた。ドアル族の居住地と情報管理局の間にある荒廃した砂漠には、旧世代の遺物とそれを塗り替えるように立ち聳える異跡とが、互いを食い合うように立ち並んでいる。

 顕現強度の低い異跡の残骸なのか、それとも栄華の死骸なのかもわからぬコンクリが大きな口を開けている姿は巨人のアバラのようにも見えて不気味だった。

 砂鉄を含んだ砂が地磁気センサーが狂い、現在地すらも不明な状態になっている。

 当然、ジョンとの通信も通じず、ツァラはひとまず休める場所を探して、彷徨い歩き続けている。

 前の見えぬ現状では進んでいるのか戻っているかも不明な状態だ。

 人の感覚というのは思った以上に信用ならず、まっすぐ進んでいるつもりでも、骨格の歪みや歩みの癖で方角がズレてしまうことがある。

 ツァラが進んでいると少し大きめの建造物の影が見えてきた。

 老朽化したビルはガラスが割れ、中まで砂に塗れている。

 コンクリートよりも先に錆びて崩れ落ちた鉄扉を踏み越えて、比較的に綺麗な部屋の中に入る。

 砂といっても、それは魔素を濃く含んでいる。その所為か、第一層に近いというのに、ここは第三層よりも魔素が濃く検知されている。

 汗が滲む。

 スーツを脱いでしまいたいが、それも出来ない現状に嫌気が差す。

「シャワーを浴びたい……」

 そんな言葉がつい漏れ出した。

 

 ―――足音。


 警戒態勢を取る。

 こんな環境に野生の生物がいるはずもない。

 調査員も来ていない以上、いるとすればそれは未知の生命体だ。

「お、物音がすると思ったらやっぱりか、迎えに来てくれて助かったぜ」

 人の声。落ち着いた男の声だ。男は警戒心を感じさせない歩調で部屋に入ってくる。

 影の闇から現れた男は群青色のスーツと綺麗な革靴を履いている。長身の、飄々とした姿には友好的な雰囲気を感じられた。が、

「あ、お前なんで……」

 癖のついた明るい色の髪の毛。それを整髪剤で固めて、オールバックにしている。少し垂れた眼には優しげで、整えられた顎鬚が猛々しい印象を与える。

 つまり、男はマスクをしていなかった。

 そして、何より男から確認された反応。それは聖異物反応に他ならない。

「……貴様、何者だ?」

 ツァラトゥストラは静かに、確かな怒気を込めた声で言った。

 男は左上の見る。そして溜息を吐いた。

「あー……お前、図書館って奴か?」

 男は両手を上げて、気まずそうな顔をする。

 思考を巡らせる。魔素の中で生きられる人間は限られている。

 はぐれたドアル族? それにしては髭は短いし、身長も随分と高い。どちらかといえばフェルフに近く思えるが、フェルフ族の住処はもっと遠い所にある。

 いや、ツァラトゥストラはもっと近い存在に出会っている。それも、つい最近。

 ツァラは警戒態勢を解除する。

「すまない、失礼をした」

 ツァラの態度に男は少しばかり驚いた顔をしていたが、すぐに口角を緩めた。

「別に気にしちゃあいないさ。まぁ、珍しいだろうからなぁ、俺みたいなやつは」

 男の目尻に皴が浮かぶ。胸ポケットから煙草を取り出すと、慣れた手つきでそれを咥えて火を点ける。

「アンタを保護する。嵐が明けたら情報統括局に連れていこう」

「いや、それには及ばない。俺にも目的があってね、保護されても困るんだ」

 男は首を横に振りながらそう言った。軽い口調の男はさらに続ける。

「てかお前さん、よく俺みたいなのを見た上で平然としているな? お前たちからしちゃあ俺は敵扱いなのかと思ってたが……」

「最近、近しい人間を保護したんだ、アンタの仲間かもしれない。いいのか?」

 ツァラトゥストラの言葉に男は何度か頷いて見せる。

「あぁ、別段問題ないさ。仲間って言っても顔も知らないやつだ。良かったら特徴だけでも聞いていいか?」

 男に言われてツァラはティファの特徴を話した。

「そうか、ありがとうな。こんな世界じゃ情報以上に価値の高いものはないってのに」

 嵐が収まり砂嵐が壁を叩く音が弱まっていく。燦々とした日差しと透き通るような青い空が顔を出した。

「お、晴れてきたな、俺はもう一本吸ってから行くが、お前さんはどうする?」

「俺はもう行くよ、何かあったら情報統括局に来てくれ、助けになるはずだ」

 ツァラトゥストラは荷物を纏めて部屋を後にする。

 一人残された男は煙草を砂に投げ込むと立ち上がった。

「おしゃべりが過ぎるぜ、図書館。まぁ、おかげで探しもんがどこにあるかはハッキリしたがなぁ?」

 男は不敵な笑みを浮かべる。

 嘲笑するかのように笑う男は、新たな煙草を取り出すとそれに火を点ける。

 青白い煙が部屋中に広がり消えていく。

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