第9話 異端の少女
LK-26。
異跡の大量顕現時に顕現した一棟であり、見た目は西洋風の民家に近い。
聖異物反応は既に消失しており、異跡自体は沈静化したと思われていたが、先日の調査の折、新種の異常性を発露したと判明した。
物が巨大化したり、生物的な動きをするという異常性。聖異物と思われる少女の出現により、情報統括局は小規模部隊を編成し派遣することにした。
案内役にヨシュア、顕現当初対応した隊員であるシロウ、補助役にエレミアとイブラヒムが派遣された。
シロウとイブラヒムはエレミアたちとは違う部隊の調査員で、角の生えた白いマスクと東洋風の甲冑を模した防護スーツとを身に纏ったのがシロウで、
「何故、ワシらまで駆り出されにゃならんのじゃ」
およそ少女とは思えぬ乱雑な物言い。不貞腐れたような声でシロウは文句を言う。
イブラヒムがそのシロウの頭にチョップする。
「本部の命令なのですから、文句を言うものではありませんよ、シロウ」
落ち着いた低い声で窘めるイブラヒム。
チョップされたのが気に食わなかったのか、シロウはイブラヒムに詰め寄る。
「何するんじゃ、痛いじゃろうが!」
マスクをぶつけ、怒鳴るシロウ。
しかし、イブラヒムは動じずにシロウの肩を掴み引きはがす。慣れた手つきから普段からこういうことが茶飯事なのだ見て取れる。
「おや、耐衝撃性の高いマスクのはずですがね?」
「ワシは心の話をしとるんじゃ!」
「それならば知ったことではありませんね」
「貴様ァアアア!!」
咆哮を上げるシロウ。
イブラヒムはそれを気にかけることなく、ヨシュアとエレミアの下へと歩いた。
「今回は
鈴のような声にエレミアとイブラヒムは頷いて応える。
眩い太陽の光を反射する白銀の門に手をかける。
青々とした芝の広がる庭園には色とりどりの花が植えられており、種類も薔薇にマリーゴールド、チューリップと様々な種類の花々が綺麗に並べられている。
庭園を抜けて玄関前に立つ四人。
ヨシュアがそれぞれの目を見て頷くと、その木製の大きな扉を開いた。
煌びやかなシャンデリアの明かり。大きな玉座を思わせる大階段は弧を描いて二階へと延びている。足元に広がる真紅の絨毯は各部屋への導線のように敷かれており、高貴な印象を受ける。
寂れた西洋の廃墟、ヨシュアやシロウが来た時のこの場所はそうだった。
それをここまで煌びやかにしたのは、階段の踊り場で純白のドレスを着ている彼女の力なのだろう。
「まぁ、本当に来てくれたのね!」
少女は身支度をしてくれていた陶器たちを押しのけ、階段を下っていく。
押しのけられた陶器たちは音を立てて崩れて動かなくなった。何処からかやってきた箒がそれらを片付けていった。
少女がにこやかにヨシュアの下へと走る。まるで昔からの友人に会うかのようだ。
白く光る刀がヨシュアの後ろから延びる。目にも止まらぬ速さで伸びたソレは少女の頬に傷をつけた。
「まぁ、痛いわ、それにお召し物が汚れてしまったじゃない!」
少女は切れた頬を抑える。頬を滴る血が少女のドレスに赤い染みを作っていく。
「チッ、避けおったか。まぁよい、こいつを壊せばよいんじゃろ?」
シロウは刀を引き戻し、再び構える。
「待ちなさい、シロウ。まだ相手の正体もわかっていないのです、まずは情報を引き抜かなくては……」
「知らん、そんなに知りたいのなら奴の死体でも掻っ捌けばよかろう!」
イブラヒムの静止も止む無く、シロウは飛び出していく。
高く飛び上がったシロウは天井を蹴り、少女へと突撃する。
鈍い金属音。
シロウの前に大きな白い盾が現れた。いや、白い盾を構えた男が現れたのだ。
「すまないオーニスガラム、見ていられなかった」
爽やかな声の青年は盾を振るい、シロウを押し返す。
金髪碧眼の青年は群青色の鎧を身に纏い、白い盾と黄金色の剣を構える。その風貌は正に騎士そのものだった。
「いいえ、ありがとうエーデルワイス。助かったわ」
ニコリと笑う少女にエーデルワイスは朗らかな笑みを返す。
そしてこちらに向き直ると鋭い視線で睨みを利かせ、オーニスガラムと呼ばれた少女を守るように立ち塞がる。
「武器を降ろしてもらおうか、さもなくば君たちを斬らなくてはならない」
シロウが彼の言葉に耳を傾けるはずもない。
「新手か、他にも隠れておるのかのぉ?」
右足で強く地面を踏みしめ、刀を振り払う。
魔素を纏い、紫色に光る刀を左の肘の内側に押し当てて引き抜いていく。
鈍い金属の擦れる音と共に引き抜かれていく刀は静かに、それでいてハッキリとした光を放っていた。
「皆、伏せてください!」
イブラヒムが危険を察し、ヨシュアとエレミアの頭を押さえて伏せさせる。
引き抜かれた刀を鞘に納めたシロウ。
危険を察したのかエーデルワイスも盾をしっかりと構えた。
『―――鬼人剣、スサノオ』
音よりも速く引き抜かれた刀。
眩く光る紫の一閃。
高濃度に圧縮された紫色の魔素が異跡の上半分を消し飛ばす。
土煙が広がり、崩壊した建物の残骸が辺りに転がっていた。
「まだくたばっておらんじゃろ、さっさと姿を現さんか?」
静まりゆく土煙の奥からエーデルワイスが現れる。その盾は融解し、防ぎきれなかった斬撃によって無数の傷を負っている。
片膝を着きながらもオーニスガラムを守らんと、こちらを睨んでいた。
「死に体じゃな、歯ごたえもない」
見下ろすシロウは一歩ずつ近づいていく。
奥歯を噛み締めるエーデルワイスを心配そうにオーニスガラムがしがみ付く。
振り上げられる刀。
「我が声に応えよ、
今に振り下ろされんとされん刀を前にエーデルワイスの盾が光り輝く。
眩い閃光。しかし、その光ではシロウの目を潰すには至らない。
が、出現した白き騎士によってシロウの刀は防がれた。
「あとは頼んだぞ!」
そう言い残すとエーデルワイスはオーニスガラムを抱き上げて、その場を去ってしまった。
「待てぇ! 逃げるなぁあああああ!!!」
咆哮をあげるシロウ。しかし目の前の白騎士によって行く手を阻まれ、彼らを追うには至らない。
シロウは後ろの三人を見るが追う気配もない。
「何故追わんのじゃ、奴らを逃がしていいのか!」
白騎士と戦いながらもシロウは問いかける。
「無理ですよ、先ほどのあなたの一撃でエレミアの浄化タンクが壊れました、任務は失敗です」
イブラヒムはお手上げといったジェスチャーをして答える。
白騎士は役目を終えたのか霧散するように消えてしまった。
シロウは舌打ちをして刀を収めた。
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