第8話 白い司令塔

 情報統括局へと戻ってきたヨシュアは報告を兼ねて司令室を立ち寄った。

 段々重ねに配置されたオペレーターたちは各々が担当している調査員と連絡を取り合っている。オペレーターの扱う端末は即時情報が共有されるようになっており、異跡の情報や調査員の視覚情報から得た異変の情報を共有し、過去の情報から対応策を見つけ出せるようになっている。

 それを可能にしているのが情報集積端末『セフィロト』の存在である。

 セフィロトには十のセフィラと呼ばれる装置が搭載されており、それぞれが情報の保管や解析などの役割を担っている。

 元は人類の記憶を共有する為のデバイスだったようだが、現在は世界中の記憶や記録を閲覧するために、その集積されたデータが使われている。

「おかえり、ヨシュア。早速、君の旅路を聞かせてくれ」

 白いドレスを身に纏った女性がヨシュアに言った。

 彼女こそがこの情報統括局を統べる局長、イヴ・シュヴァルツ、その人である。

 彼女の名前とは裏腹にその肌は白く、髪も混じりけの無い純白、瞳の色までもが白く、まるで色の無い世界の住人かのようだ。唯一、色があるのは右目に付けられたモノクルとその靴くらいだろう。

「調査対象LK-26にて現実改変、人型生物の発生を含む異常性を確認。当該の調査対象は先日の一斉調査の際に聖異物の破壊、回収により無力化になったという報告があった。これは今までにない現象であると判断する」

 ヨシュアは感情を出さず、淡々と報告した。

 それを聞いたイブは顎に手を当てて眉を顰めた。彼女の報告はバイザーに搭載されたカメラに記録が残っており、人型の少女と思しき生命体の映っていた。

 しかし、問題は異常性が発露したにも関わらず、魔素濃度は極めて安定していた点である。通常の異跡であれば異常性の発露に伴って、魔素濃度が異常な数値を示すのが常である。

「なるほど、ありがとう。君から預かった記録は大切に使わせていただく。該当の異跡は再調査を計画する。追って詳細を通達するから今は体を休めておくれ」

 ヨシュアは司令室を後にする。

「おかえり。お疲れみたいね、ヨシュア」

 透き通るような声に呼ばれ、ヨシュアは声の方を向く。

 視線の先ではこちらの顔を覗き込むように、エレミアが前屈みになっていた。

 緊張が雪解けのように解けていくのを感じながらヨシュアは微笑む。それを見て安心したようにエレミアは髪を掻き分けながら姿勢を戻した。

 どうやらエレミアも部屋に戻るところだったようで、二人は肩を並べて歩き始めた。

「じゃあ、LK-26の聖異物はもう一つあったってこと?」

 道中、ヨシュアは例の異跡の話をした。

 考えつく先はやはり同じようでエレミアも聖異物が二つあったのではないか、という結論に至ったようだ。

 実際に聖異物が二つあった例は過去にもある。

 教会と思われるその異跡の聖異物は二つの指輪で片方だけを破壊しても異常性は消えることはなかった。

 が、今回の事例は少し異なるようにヨシュアは感じていた。

「どうかな、だとしたら一度は異常性が沈静化した理由がわからない。たまたま、そういうものだったって考えることもできるけど、あの女の子は何処かそういうものとは違う気がする」

 要領を得ない勘に頼った発言だがその実、彼女にはどうしてもあの空間の異常性は別物であったような気がしている。ヨシュアはそれが言語化できないのが少し悔しく思えた。

「調べてみればわかるよ。次は部隊で調査するんでしょ?」

「うん、司令も再調査を計画するって言ってた」

 ―――また来てね。

 少女の言葉を思い出す。無邪気に微笑むその顔に敵意はなく、ただ本当にお茶会をしたいようにすら思えるほど”無垢”であった。

「そっか、気を付けてね。最近の異跡なんか変だから」

 心配するように言葉を零すエレミアは足を止める。

 彼女は少々心配性が過ぎる。優しい彼女はいつだってみんなの心配が先に来るのだ。

「ん、大丈夫。それに異跡が変なのは元からでしょ?」

 ヨシュアの言葉にエレミアはそうだね、と笑みを零した。

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