第6話 この世界に生きるモノ
情報統括局内部。
ティファは彼女用の移動用台車に乗って局内を移動していた。
彼女の足は触手であり歩く、もとい這いずると粘液が床についてしまうのである。
程よい粘度である粘液は人類から摩擦を奪うには十分すぎ、気づかずに踏んだ局員が転倒することがあった。
もう一つ浮かんできた問題は彼女の移動速度と体躯である。
小さな少女がゆったりと移動するには局内は大きすぎる上、その小ささから立ち入り禁止の部屋にも容易に入り込んでしまう。どうにも遊び場に飢えた彼女の目には未知の領域=楽しそうな場所として映ってしまうようだ。
説明はしてみたが、どうにも理解を得られたという実感がないのが実情である。
ツァラが抱きかかえて歩いても、粘液は垂れる上に彼の服も汚れてしまい、それはそれで別の問題になってしまう。
結局、台車を彼女用に調整したものにモーターなどを搭載し、車椅子替わりにすることになった。
最初は電動車椅子の導入が検討されていたが彼女の身長では登るのも苦労するだろうと台車が選ばれたという訳だ。
それにしても彼女は好奇心が強いのだろう。暇さえあれば彼女は散歩と称して局内を見て回っている。
そういう訳で今日もこうして暇を持て余し、ご自慢の台車を走らせているのである。
白い壁に白い床、外から入ってくる太陽光が大変心地の良い散歩日和。
相も変わらずブカブカのシャツを羽織った彼女は、興奮気味に鼻を鳴らしながら通路を進んでいる。
向こうから誰かが歩いてきた。
肩口ほどまで延ばされ、青みがかった綺麗な色の髪。瞳は大きくて翡翠の様な緑色をしている。エレミヤよりも幼げだが端麗な顔立ちをした少女だ。RMCのロゴが入った青い制服を着ているところを見るに仕事中のようだ。その手には書類が握られている。
「あ、マヤ!」
ティファは少女の名を呼ぶ。
マヤもティファに気付いたようで手を振って応えてくれる。
「ティファちゃん、今日もお散歩?」
台車の前にしゃがみ、ティファと視線を合わせるマヤ
「うん、マヤは?」
「私はお仕事。どれ、お姉さんが押してあげよう」
マヤは立ち上がり、ティファの台車の後ろに回る。両側面に付けられたポールを起こすと先を展開して連結する。
マヤはティファが来た方に用があるため、そっちに行ってもいいかティファに尋ねるとティファは頷いて応えた。
台車を押すマヤとその上に乗ったティファは楽しそうにお喋りをする。
他愛もない話だがティファは随分と楽しそうだった。
「そうだ。マヤ、あれなぁに?」
ティファは腕代わりの触手を伸ばし窓の外を指差した。そこに見えるのは空を覆う程の枝葉を伸ばした大きな、とても巨大な樹木であった。
「あれはね、世界樹だよ」
「せかいじゅ?」
「うん、ずっとずっと昔から世界の中心に生えた樹木でね、神様が生まれる前から世界にあったっていうお話があるんだ」
世界の中心に聳え立つ樹齢不明の巨大な樹木。その葉から零れる光の粒子は魔素の素ともなるものだ。
故に魔素の影響から逃れた生物たちは外へ外へと追いやられている。
人類は影響度の大きさで階層を分けて生活をしている。
外周から内側に向かうごとに魔素は濃くなり、一番外側を一層として、世界樹を十層に指定した。
しかし、影響は強くなる一方で現在は世界樹の位置を五層へと変更されている。
情報統括局の様な完全浄化システムが存在する施設であれば安心して生活できるが、外に暮らしている人類は魔素の影響により身体に影響が出ている。
生物種の天敵。魔なる母樹。
なぜ存在するのか、いつから存在しているのかすらもわからない。全てが謎の樹木なのだ。
ただ分かっているのは、世界は恐らく生物種を拒絶しているのだろうということだ。そうでもなければ全ての生命を殺しゆる生命など存在しようがないのだから。
「ふぅん、すごい木なんだね」
天使のような笑みを浮かべるティファに、マヤは頷いて応えた。
そんな話をしている内にマヤが用のある部屋の前に到着した。部屋のプレートには衛生管理室の文字が刻まれていた。
書類を届け終えたマヤはティファを連れて局内を散策することにした。
生まれたばかりの少女の知識欲を満たすに値する場所を考えるのは、マヤにとってもきっと楽しいことであったに違いないだろう。
ツァラは防護スーツに身を包み、いつものマスクを装着して土に囲まれた鉱山内部を歩いている。
ここは第二層。魔素濃度は安定しているが、人が一生暮らすにしては酷い環境である。その所為か、先程からすれ違う住人が彼に向ける視線は蔑みと憎しみの色が付いている。
ここに住まう者たちは皆、厚い皮膚と濃い毛髪に覆われている。
ドアル族と呼ばれる彼らは鉱山と共に生活してきた種族だ。
厚い皮膚と皮下脂肪、そして毛髪で魔素から内臓を守っているが、その所為か身長が低いという特徴がある。歯はミネラルを含んだ鉱石を果実のように食う為に進化している。普段は魔素の影響の薄い鉱山内を拡張することで外敵から身を守ったり、食物を育てるスペースを確保し生活している。
情報統括局は彼らから鉱石を買い取り、その分の食料や生活必需品、機材を提供する関係を続けているのだが、末端の人間からしたら魔素のことを考えずに生活できる環境に住んでいるというだけで妬みの対象になる。
ツァラはドアル族の長老の家を見つけるとノックをしてそこに入っていった。
「相変わらず酷いな、ここは」
不躾な言葉を言い積み荷を降ろすツァラ。
屋内には白い髭を蓄えた青い瞳のドアル族の老人が振り子椅子に腰かけている。
「アンタら図書館の住んでいるところに比べたらどこも地獄さ」
濃い眉毛を動かし、その小さな瞳を見せる。
情報統括局は人の過去を収集し、保管、共有することを目的としている。故に彼らを図書館と呼ぶ人間は多い。
「内容の確認をして、これにサインを。対価の品はいつものところに置いてある」
長老が目を通すとツァラを睨み付ける。
「照明用のオイルが少ないじゃないか、それに要望を出していた食料も不足しているように見えるが?」
静かに、それでいて威圧的な低い声を出す長老。
ツァラは動じずに端的に答えを述べる。
「前回、取引した
長老は不満げに鼻を鳴らして筆を執る。
「それと追加で依頼したいものがある。こっちは俺の用だから支払いは別にする」
そう言ってツァラは防護スーツの内側からデータの入ったメモリーを取り出し長老に渡した。中身はツァラの新装備に使う資材の一覧だ。
「……対価は?」
長老は静かに言う。
ツァラはもう一本のメモリーを差し出した。
「魔素浄化室の拡充を約束しよう、今回依頼する鉱石にはそれだけの価値がある」
ツァラの言葉に長老は目を見開いた。
魔素浄化装置はかなりコストのかかる設備だ。防護スーツに取り付ける装置と違い、一定の範囲内の空気の浄化を行うこちらは開発するだけでも相当の資材を使わなくてはならない。
それを提供するということは普段の取引ではほぼあり得ない。
「承った、しばし待っておれ、すぐに用意させよう」
椅子から降りた長老は、すぐに部屋を飛び出して資材を運び出す手続きをしに行った。
現金な爺さんだ、とツァラは溜息を吐いた。
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