第5話 ジョン・タイター

 次の日、ツァラはジョンの作業部屋を訪ねた。

 部屋はガラクタと工具が山のようになっており、お世辞にも綺麗とは言えない。

 ツァラは埃を吸うまいとマスクを着けている。その上、油汚れを嫌ってか使い捨て用の手袋まで着けており、些かやりすぎなようにも見えるほどだった。

 そんな部屋に彼がやってきたのは当然自らの武器について話すためだ。

 部屋の中心に置かれた台座には砕けたフェンリルの信管が結果を物語っている。

「結論から言うと、もうフェンリルの修復は不可能だ」

 ジョン・タイターはこちらを振り向き、そう告げた。

 乱雑に切られたボサボサとした癖の強い髪に丸々とした体。徹夜続きなのだろうか、目元には濃いクマが見られる。作業用のツナギだけが綺麗なのはエレミア辺りが気を効かせて洗っているからだろう。

「すまない、ジョン」

 ツァラは申し訳なさそうに俯いた。

 魔機の作成には膨大なコストがかかる。使用している素材の加工、整備に関してもそれぞれの技術員のお手製なのだから複製することも難しい。

「いや、仕方ないさ。そもそも、あの異跡の危険度を見誤った僕ら側にも問題があるし、君は死んでいてもおかしくなかった、戻ってきてくれただけでも嬉しいよ」

 病院の異跡は観測時点では魔素濃度が薄く、顕現強度も高いため危険度は低く見積もられていた。内部の変化についてもツァラの証言のみで幻想だったのか、それとも現実だったのかは目下調査中だ。

 バイザーに残った記録映像を確認しても、彼があの部屋に入った時点で途切れており、センサー類に関しても彼があの部屋から広間へと瞬間的に移動したように記録されている。

 今回の件を踏まえて情報統括局司令部及び人類保全本部は異跡調査に対する規定を改定し、危険度に関係なく二人以上での行動を義務付けすることとなった。

「にしてもびっくりしたよ、君が……グフフッ」

 ジョンはニタニタと気持ちの悪い笑いを浮かべる。

「ティファのことを言ってるのだとしたら怒るぞ?」

 ツァラの睨みも意に介さず、ジョンは思わず笑いだす。

「だって、君がパパなんて呼ばれているなんて、これ以上面白いことがあるかい? メモリーで見たチャールズ・チャップリンよりも面白いよ」

 褒めているのか、貶しているのか、いや、おそらく後者だろう。

「彼だって人生がいつも舞台だったわけじゃないだろう?」

「舞台袖でも人を笑わせたのが彼だよ、彼は生まれながらのプロだからね」

 ツァラは口を結ぶ。

「まぁ悪かったよ、でも意外だったのは君が彼女を受け入れていることさ、もっと無碍に扱うんじゃないかってみんな心配していたからさ」

 ジョンの言葉にツァラは首を傾げた。昨日の皆の反応と言い、どうにも皆が自分について勘違いしているようにも思えた。

「なぁ、俺だって鬼じゃない、自分の子供でないにせよ、子供に対して乱暴な態度を取るわけがないだろ?」

「そう思われるようなことはしてるだろ? この間だってせっかくダノス隊長が確保してくれた汚染されていない鶏を、君だけ食べずにいつもの飲料で済ましたじゃないか?」

「生き物が汚染されていない? いいか、この世には雑菌と微生物がうようよしているんだぞ? 汚染されていないと言ってもどんなものを含んでいるかわからない以上俺は口にしないぞ」

「そういうところだよ、ツァラ。君はいつだってそうだ、今だって僕の部屋に来る為にマスクと手袋を着けている、失礼だけど君はもっと人の心を考えた方がいい、まるで僕の部屋が汚いみたい……いや汚いか、とにかく君は周りからそう思われてるってことだよ」

 口論を続ける二人。

 ツァラの潔癖は昔からではあるが、周りにとっては悩みの種であった。

 人との接触はせず、触れられることを嫌う。すれ違いざまに体が触れただけで睨まれるというのは情報統括局のメンバーなら誰しもが経験している。

 それに祝い事ですら彼は食事を口にせず、栄養補給飲料だけで済ませている。確かに栄養素の観点から見たらそれで足りるかもしれないが、食事と言うにはあまりにもお粗末だろう。

 だからこそ彼がティファに対して触れたり、抱きかかえることを拒否しないことに周りは大層驚いた。

「別にお前たちを否定するつもりはない。ただ、受け入れがたいことなんて誰しもあるだろう?」

「みんなは君ほど敏感じゃないんだよ、それに君の体の中にだって菌はいるんだから生き物を食べたっていいじゃないか?」

「それくらい知っているさ、その上でも許容できないことがある」

 『されたら嫌なこと』というのは個人の裁量だ、とツァラは言う。

 しかし、ツァラはそれ・・を周りに強要するつもりはない。周りの人間が気にせず生きていているのだから自分の方が過敏になっている、ということはのはわかっているからだ。

 あくまでも感情論というものは己の中の価値観の蓄積に他ならない。それを他者と共有しようというのは傲慢エゴなのだということを彼はよく知っている。

「平行線だな、悪いとは思っているが、それでも俺にとっては清潔という言葉は安心と同義なんだ」

「そうか、一つ気になったんだけど、ティファちゃんの食事はどうするんだい、まさか君と同じものを取らせるのかい?」

 ジョンの言葉に再びツァラは口を閉ざした。

 栄養素の観点から見ればバランスのいい食事だが、味はというと決して良くない。仄かに付けられた甘味料の香りがするだけで味に至っては無味に近いのだ。

「ティファには普通の食事をさせるさ」

 当たり前だろう、という顔でツァラはそう言った。

 ジョンはその言葉に少し安心したような顔をする。

「別に僕は君の価値観を否定するつもりはないよ、ただこれからはティファちゃんにしてあげることを周りにもしてあげてほしいってだけさ」

 ツァラは半ば諦めたような顔をした。

「悪かったよ、話を戻そう。今後の装備はどうしたらいい?」

「ひとまずは汎用兵装に戻すしかないね、スーツも新造しなくちゃいけないし。暫く君には材料の調達を手伝ってもらうってダノス隊長には話してあるよ」

 ジョンとツァラの話し合いは続いた。

 次はどのような機能を搭載するのか、そのためにはどういう素材の装備にするといいのかということを延々と話し込む。

「オッケー、大体の形は見えてきたね、じゃあ明日から資材の調達よろしくね!」

 二人は拳骨をぶつけ合い、ツァラは部屋を後にする。

 明日は鉱石関係の調達の為、下階層の鉱山へと向かうことになった。

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