第4話 聖異物の少女

 ツァラの腹の上に乗り、こちらを見る異形の少女。

 腕の代わりのうねうねと動く触手をこちらに伸ばす少女を見て、困惑するツァラ。

 栗毛色のカールのかかった髪、天使のような笑顔で微笑みかける少女は見紛うことなき人の子供の顔だった。

「……パパ?」

 繰り返し、ツァラを父と呼ぶ少女。

 無論、ツァラに子供などいるはずもない。

「な……」

 言葉に詰まるツァラ。

 リア・ファルを使用した副作用で動かない体をどうにか動かそうとするが、力が入らない。

 暫く見つめ合う二人。

 しばしの沈黙を引き裂いたのは機械仕掛けの扉が開く音だった。

 複数の足音がこちらに近づいてくる。

「ツァラ、無事!?」

 焦りを感じる少女の声。

 ジョンの呼んだ援軍が駆けつけてくれたようだ。

 人数は二人だ

 一人はライフル銃を担いだ少女。声を掛けたのは彼女だ。

 もう一人は腕に赤い腕章をつけたガタイのいい大男。

 二人は広場へ入るとツァラと四肢の無い少女を見て動きを止めた。

「これは……どういう状況だ?」

 当然の疑問だ。

 ツァラを助けに来たと思ったら少女を腹に乗せて倒れているのだ。しかも彼の装備は壊滅状態。状況が呑み込めないのも頷けるだろう。

「ダノス隊長とマヤか、自分にもわかりませんが、おそらくこの生物が聖異物アーティファクトであると思われます」

 二人はツァラの言葉を聞き、瞬時に小銃を取り出し、銃口を少女へと向けた。

 表情こそ見えない恐らく険しい表情を浮かべているのだろう。

 ツァラがそうしたからか少女が二人を見た。自分に向けられた銃口。その意味を理解したのか少女は身を強張らせる。

 二人は警戒する少女に徐々に近づいていく。

 少女は体をわなわなと振るわせる。

 そして……、

「う……ぅぅ……うぇえええええええええ!!!」

 大きな声を上げて泣き始めた。

 三人は少女の反応を見て、呆気に取られた。

 泣きじゃくる少女はツァラに抱き着く。

「パパぁあ、怖いよぉお!!」

 ツァラの顔が青くなる。

 ただでさえ人に触れられることを嫌う彼が、見知らぬ少女に抱き着かれることを許容できるはずもない。

 が、突き飛ばす力もない彼にできることなどない。

 その上、貧弱な力で抱き着き泣きじゃくる少女にそんなことをできるほど彼は非道ではなかった。

 早くなんとかしてくれという顔で二人を見るが、二人もなんだかなぁという顔で銃を降ろしてしまった。

 

 結果的に少女は情報統括局本部まで連れていくこととなった。

 聖異物であるならば放置するわけにもいかない上に、彼女はツァラを父と呼び離れることすら嫌がるのでそうせざるを得なかった。

 本部に着くと少女は検査の為、ツァラと別れることになったのだが、ここでも駄々をこね始めた。

 ツァラはというと、汗と汚れを落とす為にシャワールームへと向かった。

 何故、彼女が自分を父と呼ぶのか、そもそも聖異物が何故、人の形になったのか、と疑問に思うことは多い。

 シャワーを済ませたツァラは自室に戻るとベッドに倒れ込んだ。

 普段の調査ですら疲労が溜まるというのに、今回は神経と肉体の両方を擦り減らして戦い抜いたのだ。その疲労は想像に難くない。

 ツァラは泥に沈むような眠気に身を委ね、安らかな眠りへと落ちていった。

 

 眠りから目覚めたツァラ。

 通信デバイスのログに起きたら会議室へと来るように、と通信が入っていた。

 会議室に入ると仲間たちと例の少女が遊んでいた。

「あ、パパ!」

 少女はツァラに気付くと手(?)に持っていた木製の玩具を手放し、ツァラの方へと這い寄ってくる。

 ぶかぶかのTシャツを一枚身に着けた少女は、足替わりの触手を器用に使ってツァラの方へと向かっているのだが慣れていないのか転んでしまう。

 仕方なくツァラは少女に近寄って起こす。

「見てくださいよ、信じられますか? あのツァラトゥストラさんが他人ひとに触ってますよ」

「あぁ、普段は触れただけでゴミを見るような目で見てくるのにな」

 口々にあれこれ言う仲間たちを一瞥するツァラ。

「仕方なくだ、子供を邪険にするほど鬼じゃない。それよりコイツについて何かわかったのか?」

 ツァラに抱きかかえられて嬉しいのか少女はにこやかに笑っている。

 何とも微笑ましい様子だが彼女は聖異物。本来ならば隔離してなければならないはずの存在だ。

 ツァラの質問に答えるべく前に出たのはジョンだった。

「わかったのは彼女の構成要素が人のそれと寸分違わないことかな、心臓部から聖異物反応はあるけど流石に解剖するわけにもいかないからね、調査中ってところだよ」

 彼女が聖異物であることは間違いなさそうだ。

 それにしても警戒心の全く感じられない笑みを浮かべる少女にツァラは疑問を感じていた。

「なぁ、なんで俺がパパなんだ?」

 一番の疑問はそこだ。聖異物が人に取り入るための嘘にしては無理がある。

「パパはパパだから、パパなの」

 返ってきた回答に答えはなかった。

 当然といえば当然だろう。見た目通り、この少女は幼すぎるのだ。恐らく自分のことすらよくわかっていないのだろう。

「名前は?」

 ツァラの質問に少女は首をかしげて見せる。どうやら本当に自分が誰なのかも知らないようだ。

「せっかくだから付けてあげたら?」

 そう言ったのは眼鏡をかけた少女だった。

 緩いカールのかかった長く明るい髪色、おっとりとした雰囲気を纏った少女は長シャツにホットパンツという部屋着でこの場にいる。

 名はエレミア、歳はツァラやジョンよりも年上の調査隊員である。

「な、なんで俺が……?」

 狼狽するツァラ。

「お前を父と呼んでいるんだ、お前以外に誰がつけるっていうんだ?」

 ダノスは当たり前だろうと言った顔で頷いている。仄かに赤い頬を見るに酒を飲んだのだろう。

 周りを見ても賛同するばかりで、ツァラが名付け親になることは避けられそうにもない。

「そもそも、なんで皆コイツを受け入れてるんだ、聖異物なんだろ?」

 話を逸らそうと周りの反応についてツァラは問うた。

 害がないとはいえ、あからさまに人とは呼べないその容姿を見ても彼らの反応は明らかに警戒心がなさすぎる。

「最初は皆、警戒してたんだけどね、検査の結果とダノス隊長の話を聞いて人間の女の子で間違いないってことでね」

 それでいいのかと項垂れるツァラ。

 イレギュラーな状況に対する順応性の高さは普段の調査に対するソレに近いのだろう。

「で、何て名前にするんだ?」

 再び問われるツァラ。他の隊員も興味深そうにこちらを見ている。どうやら逃げ出すことはできそうにない。

 ツァラは少女の方へと視線を落とす。目を輝かせてこちらを見る少女の笑みは、どこか心地よさを感じさせるものがある。

 ツァラは少女を受け入れたわけではない。ただ、こうして自分を慕う相手を無下に扱えるほど彼の精神は無慈悲にはなれなかった。

「じゃあ……ティファでどうだ?」

 なんとも安直な名前だ、とツァラは思った。

 しかし、それでも少女は満面の笑みで答えてくれた。

「ティファ、私の名前?」

 頷いて答えるとティファは嬉しそうに喜んだ。周りの隊員も口々にツァラの付けた名前に賛同した。

「よろしくね、パパ!」

 こうして情報統括局に新しい仲間が増えた。

 歪な生まれを持つ歪な少女。彼女が天使か悪魔かはまだわからない。

 その微笑みは幸福を呼ぶ福音なのか、それとも……。

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