第5話 リュミア

街を後にして旅を続け数キロ歩いたところで夜のとばりが下りる。闇夜の緞帳に月のスポットライトに吠える野犬。虫のさえずりのオーケストラを交えて満席になった星空。喝さいの光がひときわ輝きを放つなか暗い夜道に野宿を始めている二人。どうやら空に空いている席はないようで地上は水を打ったような静寂に満ちていて、ぱちぱちと火花散らす焚火の炎は小さく二人だけを照らしている。空に響く夜の楽団の音楽は空にのみ向けられている。だからちっぽけな俺たちに気づいてくれない。喜劇に幕を下ろせ。人の命はこのかがり火より小さいのだから。そんな歌を思いついた。それはリノは歌が好きだったから帰ったらこの歌を彼女に送ろう。心の原動力に油を指して火をともしながら燃える炎に瞳を向ける。




「どうだった、バベルボーンについて収穫あった?」




「残念だが文献らしきものもなく古文書に目を通しても見当たらなかった。済まぬの」




「いや、多分そうだろうと思ったんだ。あの魔法はリュミアの言う通り禁呪の類だと思う。おいそれと載ってるはずないよ」




「だろうな。それよりも英気を養おうぞ。街でパンを購入してきた。ここまでウサギとトカゲの丸焼きしか食っておらぬからさんどいっちというもの、試してみようぞ」




「うん」




でも結構うまかったから別に問題なかったし躊躇なく食べれるあたり俺もこの世界に順応していると実感できる。だがせっかくのリュミアの厚意を無碍にできない。ありがたく文明の味をかみしめよう。








鶏肉のサンドイッチは異世界人の技術によるものかパン屋のパンとそん色ない味で満足感を得られた。そして彼女のお手製だ。リュミアは満足そうにほおばって




「やはり異世界人は食の文明が進んでおるな。シノも毎日こういうものを食べておるかの?」




「いや、このサンドイッチより雑多な感じだね。作ってすぐのじゃなくて惣菜品っていうすでに作ってある保存食をあっためて食べてるね」




「ほう、魔法もないのにあっためるとな?聞いたことがある。確か電気を用いた絡繰を使うのだろう?異世界人の一部はそれを使って生活をしていると聞く」




「へえ。そこまで科学が浸透しているんだね」




「カガクとそういうのか。わらわにはなじみの薄いものだな」




「でもそれで自分の世界を蝕んでいるから考え物だけどね」




「一長一短。何事も良いことばかりではないのう」


サンドイッチを食べ終わり水を一口。それにしても、リュミアさんは料理がうまいな。


俺は料理ができないのでまことに申し訳ないが料理もリュミアのお世話になっている。


なので悪いと思って一回作ってみたら動物さんが見るも無残に丸焦げになってしまったのでそれ以来はもったいないので彼女頼りにしてしまう。


ちなみに丸焦げの肉塊は責任をもって俺が食べました。流石に自分の失敗作をリュミアに食べさせるのはダメなので。


ウサギとトカゲの丸焼きが食べれたのは偏にリュミアの腕がよく調味料をどこからともなく取り出してうまく調理してくれたおかげだ。


ただ丸焼きが料理にみえるほどの手腕がリュミアにはある。実は魔法使い兼料理人ではなかろうか?


なんてありえないだろうなと心の中で笑う。


リュミアは見た目も美しく魔法も強く料理もできる。良い寄る男は引く手あまたのような気がするけど転々と街を移動してきたのに不思議とナンパのような誘いを受けたことはなく多分魔法による隠ぺいだろう。


氏素性は仔細知らないけど知られたくないなら言及はしない。ステータスヴィジョンとプレートについて包み隠さずリュミアに伝えたし彼女に対して使わないと念を押しておいたのでわかってもらえただろう。


そういう約束をしたわけじゃないしリュミア自身が事情は聴くなと言われたわけでもない。でも聞いてはいけないという雰囲気を俺は感じ取った。眠っている間にドンパチ魔法の炸裂音が聞こえた日だってある。最初俺に勘違いをしていた謎の追っ手というやつだろう。眠っている俺に気を聞かせて防音魔法を施しているのも知っている。知らないことは別にいいし気にしてはいない。ただ、気を遣わされている。守ってもらえている。助けられてばかりだ。それがとても悔しい。これでは俺はお荷物だ。何か役に立てないか思案するも非力な俺にできることはないという結論に終わる




「・・・・・・・・・・・」




「どうしたシノ?も、もしかして不味かったかの…?なにぶん異郷の料理は知らぬゆえ」






「え?ああ違う違う。すっごくうまいよ!初めて作ったとは思えないよ。ちょっと感極まっちゃってさ。手料理なんて前の世界じゃ無縁だったから」




はっと気が付いた。どうやら黙りこくっていたらしく心配そうに聞いてくるリュミア。味は最高なのは本当だ。だがそれが黙っていた理由ではないので心苦しいのだけど




「世辞がうまいのシノは。それとソウザイ?というのは誰かが作ったものではないのか?料理とは人の手で作るものと思っていたが」




「そうじゃなくて出来立ての料理を食べるのは久しぶりってことだよ。本当にリュミアって何でもできるんだね」




「ふっ。自慢ではないが身辺のことは総て自分でこなしていたからの」




「凄いよ。俺ってなんもできないから」




「・・・・・・・・・・・・・・・・」




「・・・・・・・・・・・・・・・・」




そして沈黙してしまう俺たち。話題がないという訳ではなく互いに遠慮しあっているから何を話せばいいか言葉を選んでしまうのだ。しばらく続いた閉口していた口を開いたのはリュミアだった




「シノ。・・・本当に済まぬ」




「え?」




「事情を聴かぬのは気を利かせてくれているのであろう。確かに聞かれたくはない。正直に言えるのはシノとの旅は愉快で満ち溢れている。そしてわらわのことを知られたくない理由は今は変わった。シノに知られたくない。知られたら…私は…」




申し訳なさそうにうつむいて泣きそうな声音で紡ぐ言葉は弱弱しくリュミアとは思えない


らしくない。リュミアらしくない。そんな泣いている彼女を見ていたくないから。なんて理由で気休めを言うつもりはなく俺はただ単純に言いたいことをはっきりという




「正直に言っていい?正直どうでもいい」




「え?」




「リュミアが何者か何で追われているかなんて知らないしリュミアが何者であろうと俺は知ったことじゃない。なんであれリュミアはリュミアだ。一緒に旅をしてきたリュミアを俺は知っているから安心できる。まあ実は人食いでしたー、だったら勘弁だけど人以外も食べて生きていけるならなんとか一緒にいれるよ」




「な!?人食い!??そんなこと思っていたのかシノはぁ!!失礼極まりないぞ!!!」




「違うなら俺はリュミアと旅を続けていたい。知らないことで今の関係が続けられるなら俺は続けていたい。それが俺のリュミアに対する答えだよ」




「追手に追われてもか?」




「でもリュミアが倒してるだろ?俺は実害を被ってないし。もしかしてさっき黙ってたのはそう思ってたから?違うよ。俺はリュミアにお世話になりっぱなしで何もできないことが悔しいんだ」




「そのことについてわらわも言わせてもらおう。正直どうでもいいのう!好きでわらわがやっている勝手なおせっかいだ。シノが気にするいわれはない」




「それって俺の真似?くっ…はは!」




「はっはははははは!お返しだわ。まったくそんなことか。得体のしれぬ女のそばにおるのだ。それくらい普通よ。」




「俺も返すよ。事情を知らないなんてそんなことでリュミアに不審を抱く気はないよ。得体のしれない?リュミアが?ないないそんなの。はっはははははは!!」




流石に冗談だと思って笑ってしまったがどうやらリュミアは本気だったようだ。だが茶化してよかったのかあまり怒る様子は見せず




「む~。女子に向かってその言い草はないぞ。わらわはミステリアスな婦人よ。─そうか、気にしておらぬか。ならばイーブンだ。お互いに助け合っておるから問題ない。だがそれでも気背負いするというのなら期待しておく。わらわを守るナイトをな」




結構乙女チックな思考をお持ちでナイトとは大きく出たな。だがそれは俺にはできないと断言できる。ぬか喜びさせるのもあれなので




「流石にそこまでは無理かな。せめてできる限り助けになれれば良いかな」




「半端だのう。男なら守るという気概を見せぬか。だがそれでよい。シノに無茶はしてほしくないからな」




「うん、もう無茶はしないよ。俺は」




あのぬくもりにかけて約束しよう。無理は禁物。焦ったって意味はない。ゆっくり確実に強くなろう。


俺のできる限りをやってみる




「それにしても…シノ、おぬしナリハに会ってから一皮むけたような気がするが…」




「うん、色々お世話になったからね。リュミアも良い人に出会ったね」




「・・・おぬし、ナリハに気があるのか?時折顔がほころぶのが解せぬが何かやましいことでも…それならばシノであろうと…」




「いーや、絶対ないよ。何よりリュミアの友人だもん。そんなことするはずない」




「臆面もなく言ったな。信じよう。シノはそういう男ではないと知っておるからの」




嫉妬らしきものを彼女から感じたが俺もリュミアに実は嫉妬している。


心を許せる人がいる。それがどれだけ幸せかリュミアも知っているはずだ


俺には、そういう人はいなかったから…




「リュミアは先に休んでて、俺は武器の扱いに慣れたいし魔法も使えば練度が上がるって聞いたから特訓してくるよ」




「無理はするなよ。とそうしないと言ったのであったな。頑張ってこい。応援している」




毛布をかけてリュミアは先に就寝に着いた。その後鎧を着て槍と触媒を手に少し先に赴いて戦いの練習をする












「は、ぁ…はあ…すー、はー」




数通り振り回すもすぐに疲弊、肩で呼吸をして息を切らしてしまうやはり本物の鉄の槍はひどく重く木の棒とクエストの槍とは比較にならない




だが筋トレが功を奏しているのは実感できる。三日前の俺なら持つのもやっとであろうから




戦い方はいたって単純槍を振り回し視界のかく乱と盾の防御を用いて体勢を崩した後頭と心臓に2撃突き刺し筋肉硬直と血が固まる前に引き抜く。




だがこれはあくまで同じ体格かそれ以下にのみ通じる手段であり俺のやっていた棒術も対人用なのでこの世界で通じるかどうか。




魔獣相手の戦闘術を身に着けたいがそんな虫のいい話に頼る気はない。そんな時に魔法を使えば楽に行ける。でもずぶの素人でオドがなくマナ頼りだと消耗が激しく戦えるか分からない




「はぁ、ふう。すー…」




呼吸を整える。まずは落ち着こう。ここで無理をして体を壊せばまったく意味がないのだから


呼吸。そういえば、俺のスキルは闘呼気という呼吸法により闘気を放つ能力だったっけ




でも特殊な呼吸法なんて知らないから宝の持ち腐れだろう。でも宝には変わりない。使わなければ宝は価値を発揮しない。何とか使えないものかと思いちょっと思いついたことをやってみる




ステータスビジョンやレベル形式からみてこの世界はゲームのそれに近い。ならば視界を切り替えゲーム画面が視界に広がる。ステータスを見て闘呼気の項目にタッチしてみた




≪闘呼気を解禁しますか?≫




謎の声が脳裏に響く。チュートリアルのゲームの進行役のナビのようだ




もちろん使わせてもらう。はい いいえの選択しを押して体が輝いた。どうやら使えるようになったようだ


そしてどうすれば闘呼気が使えられるかなぜか頭に入っている




「コォォォォォォォォォオ・・・・じゃなくて、すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううう・・・」




自分でも驚くほどに長く深い呼吸。肺が壊れたっておかしくないのにまだまだ吸えるといわんばかりに呼吸を続け苦しいどころか全身にエネルギーが満ちる不思議な感覚と血液の加速に筋肉の強壮で一気に肉体に力がみなぎる。




もしかして大気中のマナを闘気に変換しているのか?なんであれ今なら何でもできそうだ


ステータスを見る。体力は500 攻撃力は132 防御力は142 オドは相変わらずゼロだが魔力耐性は351と飛躍的に上昇している。




これならマナ変換量も大幅に上がっているはず。魔法を試そう。ということはリュミアの睡眠を阻害しそうだし音で魔物が集まってきたら面倒なこととなるので自重。




強化されたステータスで槍を持ってみると驚くことにまるで体の一部のように重さを感じず12閃振り回すのに一秒もかからず空気を切った感触がする。




つ、つええ…。なんつーか…こわ!!?俺がこんなことができるのが滅茶苦茶こわひ!??




この呼吸は比喩なしに息をするようにできそうで無尽蔵に闘気を放てる気がするがあくまで気がするであり嫌な予感を教えるようにヴィジョンが赤く点滅しているので呼吸を解除。瞬間肉体の節々がぶちりと千切れる音と滝のように流れる汗に必死に酸素を取り入れようとあえぐ呼吸。喘鳴を鳴らしながら膝からくずおれそのまま意識がなくなってついには眠ってしまうのに気づいたのは朝日に気が付いた時だった










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・すみません」


腕を組み仁王立ちで青筋立てるリュミアに対し正座する俺。早朝俺を探しに走り回ったリュミアは倒れている俺を見て看病。その様子から無茶をしたのを知りある程度回復したあとにこの状況である



無言の圧力に真剣なまなざし。こんなに怒っているリュミアを見るのは初めてですっごく怖い。




冷や汗だらだらで青ざめる顔は闘呼気の反動より不味い気がする。




それもそのはず、無茶はするなと約束した日に無茶をするなんて怒らないほうがおかしい。




怒っているがその目はもし死んでしまったらという悲しみに満ちた瞳で心配で訴えているのを感じやるせない気持ちになってしまう。




ガチで猛省しています。かれこれ1時間正座させられ足がしびれるところでリュミアはため息をついて




「まったく、目を離したとたんこれとは。過保護にならざるおえんぞシノ」




「いやーまさかあんなにひどい反動があるとは思わなくて。スキルってもうちょっと体に優しいものだと思っててさ」




「反省、しているかの?」




「はい…!!!」




一語一語圧を込めた言葉に委縮し本気で反省の意を伝える。無茶をしないってのは本当だったけどまさかこんな事態になるとはおもわなんだ




「・・・もうよい。反省しているなら良いし不慮の事故なら仕方あるまい。だが言っておく。わらわの許可なしに闘呼気は使うなよ」




「わかりました!!というかあんなひどい目に遭って使いたいとは思いません!!」




「よし、では朝餉にするか。今回は魚を焼いてみた。肉ばかりでは飽きよう」




「え?説教終わり?」




「ああ、シノは正直者だからの。嘘ではないと知っておる。これ以上説教しても意味はないだろうからの。それに食べて体力をつけるほうが優先だ。調子は大丈夫かの?焼き魚は食べれるか?」




「うん。大丈夫。もう平気だから」




数日休んで筋肉痛はあるが体調自体に異常はない。それにリュミアの言う通り確かに空腹だ。といってもこれは自業自得。迷惑かけた身でご飯を食べていいものか。




「まさか、遠慮しているのではないか?約束を反故したから?そんなうつけなことを考えておるなら無理やり食わす。拒否権はないしなによりわらわはシノが大事だからな」




串焼きにした焼き魚を俺の口に押し付けるリュミア。熱い!?焼きたてほかほかや!!じゃなくて




「あっつ、つつつつッッ!!?ま、待ってリュミア!!流石に今回は俺の不注意だったからせめて自分の分は自分で取るよ!!」




「たわけが。その体で魚一匹獲れるものか。ほれ、食え。それともあぶらが濃すぎるか?ならば租借し口移しでも」




「はい!!喜んで食べさせていただきますリュミア様!!!」




強硬手段に出そうだったのでリュミア様の漁捕してくださったお魚さんをありがたく頂戴させていただく俺。ご厚意に感謝しているのにちっ、と舌打ちするのはなぜでしょうかリュミアさん?




本当にお世話になりっぱなしだ。本当に自分のふがいなさに嫌気がさす。魚にかじりつきながら俺にできることを思案する。せめて、少しでもお返しがしたい。だが多分リュミアが許してはくれないだろう。俺の無茶っぷりにたまに呆れるときがある。例えば何で俺の服が血で染まっているか聞いてきたのでニュートについて話したときも「あの時わらわが誘っておいてよかった」と嘆息を突きながらそうつぶやいた。それはそうだ。ドラゴンの凶暴性を知っているリュミアにとってニュートの傷をジャージで巻くというのは食べてくださいと言っているようなものでごもっともとぐうの音も出ない正論で論破されたことがある。




そして今度は闘呼気を不用意に使って心配されたのにその体で金を稼ごうなどというものなら手足を縛られかねない気がする。だがまあ平気なので弱いモンスターのハントなら鍛えた成果を発揮できる込みでやってみたいがなんて考えていたら




「・・・・・・・・・・・・」




無言の圧力。一瞥だけで何が言いたいか理解できた。




「これ以上心配かけようならす巻きにしてくれようぞ」そう言っているようにしか感じない視線と威圧


死線を泳がしごまかす。いやー今日もご飯がおいしいなー。でも、ごめん




「リュミア。言いたいことは分かるけどやっぱりお世話になりっぱなしはだめだよ。無茶はしないって約束するからできることは自分でやりたいんだ」




「まったく、意固地だのう。そんなに女に貢がせるのが嫌か。しょうがない。だがその時はわらわも随行する。それでよいな?」




「うん、ブレーキ役を頼むよリュミア」




俺は確かに無茶をする。だから止めてくれる人がいるなら安心できる










「いやあ、とても助かります。ここらは辺鄙な村でしてなかなか駆逐してくださるハンター様が訪れていらっしゃらないんですよ。これが払える依頼料ですので」




次の村に立ち寄りモンスター駆除の依頼を受けた。元の世界で言うと有害鳥獣駆除といったところで家畜が荒らされ人が食われるといった事情があるようで知名度も依頼料も少ないため受けるハンターは少ないといったためにここに立ち寄る人も少ない。まあ今回は肩慣らしの為に来たので依頼金はさして問題ではないのだが武器も防具も無料ではないし金は生きていくうえで必要。金とは信頼の対価。只より高い物はない。慈善事業ができるほど俺たちは余裕があるわけではない。




「30ブロンズか。よい、引き受けた。行こうぞシノ」


「うん」




早速目的のモンスターを視認。レベルは5と俺よりだがステータスは全体的に低い。


狼型のモンスターは俺の首筋目掛けてだ液まみれの顎を開き嚙み千切ろうととびかかる。速い。だが




「遅い」




いくら早くても視界に入れば対処は可能。俺の間合いにあちらから入ってくれたおかげで迎撃ができる。そしてなにより動きが単調なのでタイミングを合わせやすい。首筋に届く前に槍で突き上げ喉を貫き至近距離で魔法を炸裂




「燃ゆり燃ゆりたち登れ ファイアボム」




腹部に放つ炎爆魔法はウルフィンの胴を爆散しハラワタをぶちまけ内臓だったクズ肉はグズグズに煮えたぎり燃えつきる。




「!?。シノ!そんな芸当いつの間に…!」




焦げた炭の匂いが鼻を刺す。殺した後味は悪いが二次元補正で殺した気がしない。だが今はそんな事に頓着している暇はなく爆発音を聞きつけ集まってくるウルフィン達。焼け焦げた遺骸に視線を向け即座に俺に殺意を向ける。それで良い。憎しみ燃やして俺を殺しにこい。俺もお前たちを殺してやるから




挑発するように槍を左右に回し構えを取る。




身を低くかがめ威嚇し跳びかかるウルフィンを前に




まずは棒の後ろで顎を砕き、怯んだところを穂先を振り下ろし脳天を破壊し絶命



二匹目と三匹目は挟撃を用い攻撃するも棒を前に突き出し二匹の口に挟み旋風のように振り回した後刃を切り返し喉笛をかき切りすかさず魔法で脳を爆散。確実に息の根を止め次に切り替える。流石に恐れをなしたか尻尾を巻いて逃げるウルフィン2匹に水の槍を発射し針山のように串刺しにし動きが止まったところを近づき首の骨を折りくびり殺す。




「後何匹だ?」




「いや、もう良いシノ。報奨分は狩った。もう奴らもこまい」




「そっか…。…最悪の気分だね。殺すって」




「ああ、良い気分であるものか…。殺さねば生きてゆけぬのに殺すなと矛盾の倫理であるが殺戮とはそれほど殺せば歯止めが効かぬものよ」




「だよね。慣れたらもう人じゃなくなりそうだよ」




そう、何事にも線引きはある。もし殺しを良しとする倫理があるとすれば俺たちは生きていけない。


殺したときの生々しい罪悪感と血潮が体中に浸透し泥のように沈殿する。こんなもの慣れたいなど絶対に思いたくない。だが手を汚さずに生きていこうなんて絵空事。殺して食わなきゃ俺たちは生きていけないのだから




「では帰るかの。今回の報酬で英気を養おうぞ。」




「うん、でもその前に…」




心の中で初めて殺したウルフィン相手に黙とうし赤く染まった槍や防具を見る。今は血に濡れた体を洗いたい。この血なまぐさく鉄臭い感覚はとても嫌だった




「そうだの。せっかくだ、宿にて湯船につかろう。そして馳走の並ぶ食事をしようぞ」




報奨金を受け取った後、俺たちは近くの宿にて一泊することにした。最近は野営ばかりだったので正直嬉しい。身も心も洗われそうだ。リュミアさんの気遣いに感謝して今日稼いだお金を使うことにする。これで少しはリュミアの恩返しができたかな?












小さな浴場につかりながら今日のことを振り返る。




色んな事があった。




リュミアの事情。よくは知らないけど追われていて俺をそれに巻き込んだことの負い目




別にそれは良い。リュミアが俺に教えたくないのならそのままでいい。それで俺が困ることはないし恩人にそんなあだで返す真似は出来ない




そして初めて闘呼気を使った。ステータスが急上昇しすごく強くなったが数分も立たずに力尽き寝込んでしまう始末。リュミアに許可なく使うなと釘を刺されたがごめんけどそれは反故する。あれが使えればもっと戦うことができる。といっても慣らしていく形式で実践では使わず少しづつこっそり数秒間だけ闘呼気を使って持続時間とその耐性をつける訓練がしたい。使えば使うほど体になじみ使いこなせていくというのを使って見て確信した。もちろん無理はしないという約束は破らない。迷惑をかけている身で心配をかけあんな顔をするリュミアを俺は見たくないから。




後は…。初めて、モンスターを殺したことだ。




肉と骨と内臓を突き破る感触に死んだと肌で感じる間近。殺したんだと感じたあの後悔と罪悪感。もう体験したくないがこれから先嫌でも突き当たる壁だ。だから慣れることはなくても覚悟はしなくては




そういえば戦いに夢中で気づかなかったけど…あの時使った魔法はいつもと、リュミアに教えてもらったものと少し違った。なんというか無意識に使ってしまったのだ。殺すか殺されるかの瀬戸際だったのであまり覚えていない。




「はぁ…」




と、まあ今日のことはこのくらいだろう。思いのほかHARDだった。安どのため息か疲れの嘆息か分からないが思い切り息を吐き出し体と心の調律を整える。でも、それにしても。あの時の感覚は覚えている。あれは紛れもなく…




「俺って、簡単に生き物を殺せる酷薄ヤローだったなんてな」




「そんなことはない。シノは優しい。それをわらわは良く知っておる。酷薄などあるものか。自身を殺める相手に憐憫を向けるのは人である証拠だ」




「そうかな…。俺は、・・・え?」




そーいえば背中に何か感触があるのに気づいた。確かこの風呂は俺以外貸し切り。といっても金に物を言わせたのではなく単にこの宿自体閑古鳥が鳴いているほど閑散とした安宿だからだ。だから俺以外この宿にいるはずは。いるのはそれはもちろん




「りゅ、リュミアさん!??」




「敬称はいらぬといっただろう。驚くことはない。シノ以外にわらわの肌を見る者はいない」




「それが問題なんだけど!??何でいるの!?確か風呂は交代制じゃなかった!?」




背中合わせにぴったりと体温を感じるほど密着。お湯でのぼせるより早く体が熱くなっていく




「前にも言っただろう?時間は節約したいと。それに話がしたかった。」




「え?」




「わらわの追手についてだ。やはり仔細は言えぬが。・・・わらわはとある場所で大きな身分の家系の出で彼奴等はわらわを連れ戻しに来た。敵ではなく奴らはわらわに仕える臣下たちだ。それだけは伝えておかねばと思ってな」




つまり、つまり。。。それって…まさか…まさか…?




「・・・リュミアって王国のお姫様?」




そんなことを言っていると不意にリュミアは笑う。どうやらはずれだったようだ。だが心なしか嬉しそうな表情で




「ふ、ハハハハ。そんな上品なものではない。だがある意味近いかもな。上流階級でありある血族の末裔とだけ言っておこうかの。すまぬな、どうやらわらわはまだ、シノを信じ切れておらぬらしい…」




ぽちゃりと音がした。どうやら赤い髪が湯船につかっているようでリュミアは頭を下げ落ち込んでいるようだ。だがそれは見当違いだ。落ち込む理由なんてひとつもない。それを俺は伝えたい




「そんなことどうでもいいって言ったろ?リュミアがどんな人間でどんな出自か知らないけどさ。見ず知らずの俺を助けてくれたんだ。俺にはそれが十分すぎる。約束するよ。俺はリュミアが何者であろうとリュミアの味方をするって。俺はこの先無茶したり心配させたり色々約束を破るかもしれないけど。それだけは絶対に破らない。だからいいんだ。リュミアのことを知らなくても知っていてもさ」




それが俺の本音。あの時俺は訳も分からないまま死んでいたかもしれない。いや、確実に死んでいただろう。そんな時に俺に手を差し伸べてくれたリュミアがいるから今の俺がいる。もらった命だ。だからこの命でリュミアを守りたい。例えリュミアが残虐非道の悪魔だろうと魔王だろうと、俺は絶対にリュミアの味方をする。それを伝えられて少し俺もすっきりした気がする。沈黙するリュミア。背中合わせで姿は見えない。信じていないのだからこの言葉だって信用に足らないだろう。それでいい。俺は自分の思いを伝えられたから何も問題ない。




小さい浴槽に二人が触れ合う。吐息が聞こえる。心臓の鼓動が互いに伝わってくる距離。先ほどから俺も心臓が破裂しそうだ。さすがに気まずい。そもそも異性と風呂に入ったことなんてないのだからこの空間の湯気と室温より俺の体が熱くなってゆく。高揚紅潮する体を覚ますためひとまず先に上がろうとして立ち上がる前に




リュミアが突然俺の肩に手を寄せ手繰り寄せこちらに向けてそのまま俺を抱き寄せた。そしてそのリュミアは一糸まとわぬ女体をさらけ出したまま柔肌や乳房や太ももが俺の体に接触する。正直何が起こったのか。というか頭の回路がオーバーヒートしている。リュミアの色々な部分が見えて触れてしまったから。硬直する俺とは違い柔らかい体の感触をあますことなく感じ取ってしまう。もう、言葉が出ない。でもそんな中聞こえたのはすすり泣く少女の声。嗚咽を漏らし滂沱する落涙の雨。リュミアが、泣いていた




「・・・ありがとう。ありがとう…。シノ。おぬしと出会えて本当によかった。こんな、こんなわらわを信じてくれて…」




「いや、大げさだよ」




と言い切る前に口が塞がれた。手で押さえたのではない。胸に俺の頭をうずくめたあと俺の唇に、唇が重なった。・・・もう、意識を保つ自信がない。俺の頭に腕を絡ませ放さないように強く強く、唇を押し付け体も先ほどより柔肌の触感を強く感じられた。幸せだ。なにがってそれはそんな俺の人生とは無縁の体験を感じた後に意識が途絶えたことだ。もう、死んでもいいな。いや、リノたんがいるのでそれは無理だが。いや、リノたんより先にこんな体験をしたので間違いなく浮気だろうと心の中で謝罪しドボンと湯船に身を崩すことは何とか覚えていた。おまけに漫画よろしくのぼせていたのか鼻血の大量出血もおまけとして






「・・・し、シノのォ!初モンスターハントを祝してぇ…。か、乾杯。だの!!」




「か、かんぱー・・・い!」




しどろもどろに乾杯の音頭を取るリュミア。あの後何事もなかったかのようにふるまおうとからまわってる最中だ。かくいう俺も先ほどのコトが脳裏に焼き付いていてはなれない。俺もがんばって平静を装いグラスを交わす。グラスがふれた瞬間体のふれあいを思い出してリュミアも俺も赤面し危うく飲み物がこぼれそうになる。もうぶっちゃけいうとハント成功よりも並べられた料理の味よりもあの風呂場での体験が。




色んな感覚がマヒして味覚まで麻痺しているようだ。おいしいのに味がしない。手に取った肉よりもあの感触が…。はいダメ!そんなヤマシーこと考えちゃダメよ東雲森秋!!そして同じことを考えているようでリュミアもあまり食が進んでいない。というか目を合わせることができない。それどころかリュミアの体が目に入るたびあの…。やべえ。もう色々ヤベェ。正直言うよ。ハントよりも報奨よりも料理よりも。あの風呂場の体験がなにより嬉しかった。色々お腹いっぱいで胸いっぱいで胸やけしそう。と、とりあえず。何か話をして気を紛らわそう。




「あ、あのさ。リュミア。さっきのあれって…」




「・・・・あれは…浮気の内に入らぬ。気にするな」




「う、うん…。ありがと…」




何言ってんだ俺ぇぇぇぇぇえ!!!??一番いっちゃいけないこといっちゃったよォ!?




そしてリノのことを気にしていたのか配慮してそういってくれたがあんなことして浮気じゃないって俺って男として最低すぎるだろ!??・・・そしてこの後は就寝タイム。もちろん俺たちはいつも通り別々の部屋で床に就く。もし同衾なんてしちゃったらあの感触を思い出しちゃうので…。




ベッドに腰かけ浴場のことを思い出す。信じていないとリュミアは言ったがそれは嘘だ。信じていないならあんなことはしないしなによりリュミアは俺に嫌われるのが怖かっただけだろう。それがわかってなんか安心して一抹の不安がよぎった。




「・・・浮気に入らない、わけないよな。俺は、これからどうリュミアと向き合えばいいのだろう」




今考えても仕方ない。そう思って横臥して、瞼を閉じた。本当に今日は色々あったなぁ

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