第5話 リクライニングシートを倒して
後の客に断り、彼らはリクライニングシートと呼ばれる座席を幾分後ろに倒した。
「じゃあ、少し休みますね」
相方の女性にそう言って、有賀氏は目を閉じ、座席の背もたれに気持ちよさそうに体を預ける。
清美氏も、それに倣って倒した背もたれに身を預け、そして目を閉じた。
耳から聞こえるのは、時に線路の継ぎ目を通過する音と、この気動車の床下に設置されている動力用エンジンの音、あとはひたすらロングレールと呼ばれる継ぎ目を溶接されている線路の上を車輪がひたすら回っていく音。
埋め込まれた窓で密閉された車内は、適温より少し高めの体感が得られるほどの暖房が効いている。
外はそれなりの轟音を出して走っているこの列車だが、車内は実に静かである。
今回は特に話がはずんでいる客もいない。
少しうとうととしていると、程なく、オルゴールの音が静寂を破った。
それに続いて先程の年配の車掌の声で姫路到着の案内と、そこからの乗換案内。
播但線と姫新線の2路線、それに、姫路から先の各駅への接続列車の案内がなされる。今日は特に遅れもないし他方面の列車の運休などもないので、通常通りの案内。
程なく、列車は姫路に到着。
この列車は完全冷暖房完備であり、窓も開かない。
一等車の窓はその座席配置に従ったもので、二等車の窓は縦に2座席分を目安にした大きな窓。しかしいずれにせよ、窓は空かない。
彼女は座ったまま、停車駅の様子をうかがうでもなく、目を閉じて背もたれに身を任せたままである。
ここでもまた、数人の乗客が一等車に乗ってきた。
ときに開けられるデッキのドアから、姫路駅ホームの外の空気が入ってくる。
あの有名な駅そばの匂いも幾分入ってきてはいるが、窓の開く列車のようにそれを全身で体感するわけにもいかない。
食堂車で既に食事を済ませていることもあるので、満腹に限りなく近い状態の今、食べ物の匂いに反応する気も起きない。まして、その匂いが入ってくる要素がかなりの割合で閉じられてしまっているのであるから、ますます無理もない。
いつも感じるあのそばの匂いを体感しないまま、彼女はリクライングシートを倒してその背もたれにその細い身を委ねていた。
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