第66話 ダンジョン消失(デリート)

総てが虚空に呑まれた

十方纏綿クロスロードでの転移は何の役にも立たない。ダンジョン内という制約がある以上逃れる先はダンジョンの中にしかなくそのダンジョンがワークホリットのホワイトホールにて消失したのだ

その間見えていたのは俺たちをかばうように前に出た勝鬨さんの光景だけで

気が付けば見知らぬ世界に俺はいた


ここは…どこだ?真っ白な空間の中上向きのまま浮いている

天国と言えばそれらしく。天国と呼ぶには質素すぎる白以外存在しない空間の中俺は漂っていた


『――――私が奪い貴方が施す…

生を喰らい、死を飲み干し。我がかつえは血肉に迸る

暴虐の死よ、我が足元へ。敬虔なる生よ、我が心胆に

ここにあるもの総ては我にぬかずき給う―――――――』


そんな声を、もう一度耳にした気がした。神の背信者。涜神とくしんの反逆者たる呪言いのりは俺を魔人かいぶつに変える宣誓コトバだと気が付いた


そう、すでに導火線に火をつければ爆発に至る経路スイッチは用意されているのだ


ただそれを押すのに躊躇しただけ。怪物になることを死よりも恐れただけ


さながらそれは降神術。降ろしたモノが化け物の類というだけのこと


まだだ。まだにはならない。いずれ訪れるとしてもそれは今じゃない


怖いかと聞かれれば怖いに決まっている。死ぬより怖いはずだ。人としての生を終え消えゆくより怪物として残る方がよほど恐ろしい


だから。まだその言葉を言うつもりはない。先ほどの崩劫のようなことがあってもまだ…!!



*****************


「オイ起きろコラ」


まどろみより瞼が開かれる。勝鬨さんの呼びかけで目が覚めた

どうやらさっきのは夢のようで今度こそ目を覚ましたらしい


「良かった…!雄一さん!!」

「みんな無事でなによりだね~☆」


起きて周囲を見渡すと勝鬨さん佳夕さんアリア神谷さん三崎さんとパーティーのみなが全員一堂に会している

佳夕さんが心配そうに見守りアリアも俺の無事を知り胸をなでおろしていた


「えっと…みなさん無事って事ですかね?」


流石にあの一撃で昇天した結果というわけではないだろう

まあ死んでもおかしくない威力ではあったのだが


「勝鬨さんが防いでくれたんですよ!すごいですね!!」


「ホントだぜ…。ダンジョンが蒸発する代物を相殺しちまうなんてな…」


好奇の声で自慢する様に三崎さんは勝鬨さんを称賛し神谷さんも続いて感嘆している。マジで格好良かったよね勝鬨さん。大立ち回りが秀逸だった。


そしてみれば周囲は更地と化していた。ダンジョン内ではなく現実世界。ダンジョンの区域諸々総てがワークホリットの一撃で消失したらしい

残っているのはダンジョンだった場所の跡地だけでそれ以外は何一つない


「不幸中の幸いだな。俺ら以外にダンジョンにいた場合死人が出てた

少数での行動が功を奏したってとこか」


そう呟く勝鬨さんの声は少し嬉しそうで弾んでいる

プロハンターの矜持かそれとも純粋に人が助かったことに安心しているのかわからないが

普段の素気無い態度や喧嘩腰というのはあくまで反感を買う相手にのみ発揮するもので

勝鬨さん自身悪い人ではない。むしろすごくいい人だと俺の中での印象が変わっていた。てか滅茶苦茶格好良かった!!尊敬する人ランキングに入れておこう


「そういえばワークホリットは?」


はたと気づきダンジョン痕に奴がいないか視線を移す

それに対し勝鬨さんは顛末を語る


「逃げたってとこだろうな。奴自身満身創痍だったわけだからな

追撃はないとみていいな」


良かった。と胸をなでおろし緊張を解きほぐす

あれ以上の戦闘。いやあの攻撃を前に戦闘を継続する自信が全くなかった

そして


「勝鬨さん大金星でしたね。すごいっすよ!!」


「あ?・・・まあトップランカーに席置いてるからな。やりたくなくてもやるしかねえだろ」


「またまたぁ!このツンデレぇ!!!」


「お前距離感おかしくないか!?最初のものおじはどこいったんだよ!???」


肘で小突きからかってみたりする

もはや親友と言っても過言ではないマイベストフレンド勝鬨号正。

誇るべき俺の心服の友である。


「オイ、なんか不名誉な認定された気がするぞ」


そんな悪態すら面白い。無言のサムズアップで応対


「オイふざけんなよマジで!!!なんでテメーなんかとつるまなきゃなんねえんだぁ!!!!!!!」


そんな絶叫を上げて号正と俺の物語は終わりを告げた。イイハナシダッタナー


**********


シンシンジュクのダンジョン消滅はニュース沙汰になった。

それはそうだ。ダンジョンが増えることああっても消える事態となっては前代未聞だ

そして…重大事件はそれだけにとどまらない

笠井隆吾。トップランカーナンバーワン。彼が影の怪物と戦い敗北。原因不明の重傷を負っているとのこと。手足を簡単に再生できるご時世に恢復する術が見つからないとのこと。彼の自力での回復を待つしかない。

笠井さんの敗北と復帰が芳しくない状況はハンター界隈を震撼させた

至徒はそれほど強く追い打ちにトップランカーの敗着にダンジョン消滅が大きく彼らを揺るがせた。


これはかなり深刻な状況だ。最強の存在が負け更に次元の違いを見せつけられてなおダンジョンに赴く人間がいるだろうか。

管理者でさえ裸足で逃げ出したい中政府の苦肉の策である支援金の増加によりハンターは渋々赴くことになる。


本来ならだれも立ち寄りたくない状況でハンター全員が引退表明を出さなかったのは僥倖のほかない。ダンジョンがなければ政府が困るのだがそれ以前にライフラインもダンジョン頼りという状況がハンターたちを否応なしに奮起させる。


誰かの為じゃない。生きる為に死地に赴かなければならない


そして不幸中の幸いか、トップランカーも諦めたわけではない

相性が伴わなかったことや弓野さんの逃げる至徒の話を伝播させ希望的観測を確立させた。つまり勝てない相手ではないということを知らしめれば元の生活の戻れるという保証があるのだ。トップランカーも一枚岩ではない。2位の鎧の人も攻撃手段がなかっただけで撤退。勝鬨さんもリベンジの為気合を入れている。

工藤さんは、まあ、アレで。弓野さんの情報を受けてその配置を司る至徒の捜索チームとして俺も派遣される


世界中のダンジョンを東奔西走はポータルがあれど難しい

奴らの根城は日本に絞っていると俺は推測する

アイツらは。確実に遊んでいる。そして時間が経つほどに強く成っていく

そのことは絶望を与えるだけなので伏せているがそれが理解できる俺はやはり怖い


魔人化トランツァーになるしかないのか。それは最終手段として取っておきたい

だが…やはり使うのに躊躇してしまう。


「何でえ疲れた顔してよォ。休憩するか?」


弓野さんと二人で捜索。これは会敵時に戦うのではなくマーカーをつけて奴らの居場所を知らせるための探索。

アリアと佳夕さんもメンバー入りを許可されてキャシーも彼女らに同行している。そんな中俺は潰されそうな不安の中弓野さんの声を聴いて


「いえ、…弓野さんは怖くないんですか?」


率直に、訊いた。俺の恐怖と至徒との戦いがダブって見えたから

その答えを彼女は知っている気がして


「うーん。なんつかオレってあんま考えないしノーテンキなのよ

いつも何とかなる!って気負ってハンターしてっから

だから怖いとも違う。オレは何とかなりそうなそんな予感を信じてるって感じかなぁ」


だがまあそんなことはなかったッッ!!!まあ俺の押し付けだし気にしないケドね!!!!!


まあ俺も似たようなものだ。弓野さんの場合天性の勘なのかもしれないが

人間は幾多の苦難を乗り越えて生き残ってきた。

その岐路きろに再び立たされているのかもしれないと思えば気が楽だ

楽天的でごまかしているといえばそうなのだが幸運にも仲間の存在や女神が味方にいるということが心の支えになっている気がする。


「てかなにしょげてんだよ?カージテッドだっけ?笠井のヤローが倒せなかった相手を退けたらしいじゃねーか。もっと誇っていいぜ自信持てよ」


「いやあれは…仲間との連携と…運が良かっただけです」


最後の部分はお茶を濁してごまかす。退けた理由がキャシーにあることは隠さなければならないからだ。だがどうかな

カージテッドは俺たちが戦っているときより強くなっているハズ

俺は笠井さんに完膚なきまでに叩きのめされた。その笠井さんがカージテッドに敗れたのは以前より強力になっている他ないだろう

どちらにしても倒し切れなかった事実は変わらない


********


そして3時間ギリギリになっても奴は現れることはなく引き下がる

勝鬨さんが言ったようにダンジョン最奥にいた場合なら手も足も出ない


「今日は不発か。まったくあの時の戦いは間違いなく狙ってやってたのがわかるな

それに訊くところによるとモンスターを倒してレベリングを図ってるらしいじゃねえか。長引けばこっちが不利。でも俺たちハンターは3時間しかダンジョンにとどまれない。八方ふさがりだな」


「そう言えば笠井さんの容体はどうなんですか?見舞いに行きたいのですが」


「やめとけやめとけ。あいつのプライドを傷つけることになる。あいつ結構ナイーブだからな。それに今は意識不明状態。思いは届かねえよ」


それでも誠意は見せるべきではあると思う。ミスリルのありかを教えてくれた恩があるし何とか報いたい


「そーいえばよお。お前、何か武器変わってねえか?魔法銃なんて無用の長物だろ?

オーダーメイドとはいえあまり無駄な出費は控えるほうがいいと思うぜ」


「分かってませんね。男はロマンに生きるもの。それにこれで俺独自の戦略が打てる可能性もあるかもしれません。魔法のラグを補う分魔法銃でカバーするっていうのが今のところの戦略ですかね」


フーンと解せなさそうに流し目で見た俺の武器にさほど関心がないので頭を前に戻す弓野さんにもやはり俺のロマンは理解できないのか…ショック

とは言ってもやはり気になるのかちらちらと横目で俺の武器を見ている

気になるんすね…?


「唐突にどーでもいい話すっけどよォ!!いったいどういう仕組みなんだその魔法銃」


「ふふ、秘密♡」


何となく気になっているそぶりを見ていたくてそんなことを口走った途端


「はぁ!??ズリーぞお前ぇぇ!??俺の秘密無理やり見たくせによォ!!!!」


「ブゥゥウウウウウウッッ!!!!誤解を招くセリフ回ししないでくださいよ!!!

しかも無理やりじゃないし!!!!わかりました教えますよ!!」


弓野さんがとんでもない事を言って不意に吹き出してしまう


「へっへっ!!イジワルな言い方したお返しだい!!」


冗談めかしくいたずらに笑いからかう弓野さんだが。

俺の場合は洒落になっていない!??

仲間たちが女性陣で固められた俺のパーティーに訊かれなくてよかったと思いながらも同時にこみあげた感情がもう一つ。


(まだ、絶望に浸っている時じゃないんだな…)


日常が壊れたわけではない。こうやってまだ笑い合える

そしてなんだかんだで解決するだろう。そんな希望的観測に身をゆだねながら

安心で胸に満たし、まだ希望が潰えたわけでないと心中で呟いた


魔人バケモノになってるヒマなんか与えるもんか!!)

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