第65話 歪むモノ (ディストーション)
「あれが、ワークホリットの力」
そう俺はあまりのその威力の前に述懐する。
駆けつけて数分の刻で激戦が繰り広げられたのは目の前の状況を見れば明白だ
勝鬨さんの姿を見て安堵したのもつかの間。ワークホリットの一端を垣間見て助勢に来てくれた神谷さんと三崎さんは足をすくませる。佳夕さんも同じく修羅場を踏んでいるとはいえ戦いを好まぬ性格ゆえに及び腰になってしまうのは詮無い話だ
実際俺もカージテッドと戦ったことが去来しそれと同等の存在だと再認識する
「なんだよ。腑抜け共が来たって邪魔になるだけだっつーの」
そう悪態をつき助けに来た俺たちに嘲罵を垂れるのは檄を飛ばしていることがわかる
その言葉を聞き神谷さんと三崎さんに佳夕さんは気を引き締める
「そうだ、ビビってる場合じゃねえ…!俺だってそこそこのハンターなんだ…!」
「そうよ!後輩にいいとこみせるって約束したじゃない!」
そう言って俺の前にかばうように立つ二人に頼もしさを感じ俺も臆病風に吹かれている場合ではないと見習って気炎を上げる。その際に勝鬨さんに目配せをし
「俺も負けられないっす。・・・勝鬨さん!アレ良いっすか?」
「アン?・・・ああ、まあしゃーねえな。うまくやれよ」
バレないよう上手くは出来ないだろうけどとりあえずあいつをぶちのめすため手を尽くすことは約束したい
そして勝鬨さんも抜き身の刀を鞘に納め
『はーん。君の専売特許ってわけじゃないのかソレ。どんな手品使ってるか知らないが楽しみだよ』
「一体何なのソレ?まあ訊いたとこで話してくれないんでしょうがね☆」
「むむむ…なんかズルいです雄一さん!」
「え?え?なんかしているのか彼?そういえば勝鬨さんもヘンな動きをしているな」
「ヘンな動きって言うな」
「あ、すみません」
「トップランカー専用のスキルってやつ?でもそれなら彼が使えるのはおかしいし…」
「このことはご内密にお願いします!」
色々申し訳なさとうしろめたさを押し殺し内緒にしてほしいと頼む
練った練気の色は青色というのは共通でそのオーラの色は普通の人には見えないがアリアや佳夕さんは感づいているようだ
だがこのま突っ立っている場合でもない。損傷を受けている様に見えないワークホリットだが勝鬨さんがダメージを与えていないとも限らない。なによりあのブラックホールを展開したのだ。余裕がなくなったとみて間違いないだろう。
練気を練りながら俺は指示を出す
「神谷さんはタンクをお願いします!佳夕さんを守ってください
三崎さんはアリアの後方を支援をお願いします!
佳夕さんは神谷さんの後ろで魔法攻撃。アリアは牽制でアイツの意識を削いでくれ。無理はするな!」
「合点☆正直正面から戦いたくないしねー☆」
「でも危険ですよ!危険を感じたら退避してくださいね!!」
「はははっ!佳夕ちゃんにまで心配されちゃうとはお姉さん悲しいぞー☆
でも安心して。私は強いってとこ見せてあげるよ!」
空間からナイフを取り出し投擲。そして
『おやおや。さっきの攻撃見てなかったのかな?不用意に近づくと危ないぜ?』
「ざーんねん。私はダーリンを信じてるからね☆」
こんな時に何言ってんだコイツと思いたいが茶化しながらも俺を信じてくれるというのは嬉しい
アリアにも
そして万が一俺の即応が間に合わない場合はアリアの判断に任せる事にしている
振り下ろす戦斧に不和の特性で揺らがせ空振りに終わる攻撃に
ナイフをもう一振り放ち
背後に回り直剣にて剣撃を放つ。その攻撃を前にアリアに振り返り
『なかなかどうして面倒な相手だな』
振り下ろす唐竹割に後退し回避。二度目の空転。その隙に
「よくやったぞ女」
『!』
勝鬨さんの声が上がる。練気を両手に纏い撃尺の間合いで掌撃。否、剣撃が奔る
その瞬間不可思議な現象が空間を支配した。
勝鬨さんの手元が見えない。腕が消えたというよりこれから放たれる攻撃が全く予測できない。唐竹割でも袈裟斬りでも刺突でもない。放たれる攻撃の軌道が認識できないのだ
それに伴う結果というのが軌跡を描くことなく勝鬨の斬撃を放ったという結果のみに攻撃が集約しそれを都合五度。
過程を飛ばし結果のみ攻撃を放つというありえない斬撃を放ったのだ
⦅さっきの一撃とは違う見えない攻撃。そして刀による攻撃より威力が高い…!!⦆
それをカバーするための絶技。
それこそが『
魔素の高低を無視し練気の練度に伴い威力を発揮する最強の斬撃。
剣技を無視し無の型を放つ徒手の刃は愚直ゆえに威力を発揮している。
想定する型を総て破棄するというリスクによるリターンを得たこの技を認識する者はこの世に勝鬨一人だけだ
『さっきのとは違い見えないな…。ならあれが直撃してたらゾッとするぜ』
そう、黄金の一撃が直撃すれば間違いなくワークホリットは絶命していた
黄金の一撃は理想的な軌跡と速度を描くことで完成する一撃で手間もだが
攻撃自体に特別性はなく視認可能なレベルに留められる。だからこそネタが割れれば躱さずをえない字義通りの一撃必殺の奥義。
逆を言えば…
崩光を超える一撃は黄金の一撃のみに留められそこまで追い詰められていたという事になる
少なくとも勝鬨が崩光に対応できるのはその技に限り
他の人物で対応できるものは少ないと考えるのが自然だろう
だが
鞭の様にしなる無軌道予測不能の打突が練気が続く限り手刀にて
絶え間なく放たれダメージを確実に与え削っている。
黄金の一撃を使用する前にワークホリットを仕留めるという事も可能だ
崩光の術式を出すいとまもなく手刀の攻撃は間断なくワークホリットの五体を寸断している
このまま続けばHPをゼロにできる。だがそこまで息が続くはずがない。それで決着がつくのなら最初から実行しているからだ
練気が切れたその瞬間ワークホリットが攻撃に転じる。だがそんな隙を見せることはない。アリアが勝鬨の前に出てアイコンタクトをしナイフを勝鬨に向け投擲
意図を察し向かってくるナイフの柄を掴んだ瞬間
勝鬨と雄一の位置が入れ替わる
瞬華瞬踏の応用。それはアリアの武器を持っている者同士の位置を入れ替えるという特性だ
『スゲエな。即応でそこまでできるのかよ』
「凄いでしょ☆こっからが本領だよ…!!」
直下に振り下ろした一撃を回避。不和を呼び起こす隙間がなくその隙をアリアが連撃を放ち無理やり空隙をこじ開ける
後退した勝鬨は距離を置いた位置にて呼吸を整え練気を再び練る
流石にマズいと直観で理解しワークホリットはブラックホールを生成するも
「遅えよ!!」
精製のインターバルを無視し踏み込み放たれる打突を9発切り放つ
四肢を焼き五体を寸断するその一撃は回避できない。単純に判断ミス
ブラックホールを作り決着をつけるのは早計だった
ワークホリットが揺らぐ。このままでは勝てない。例えこの
ヘイトを集め攻撃個所を集中させるタンクの神谷がいて遠距離での攻撃は彼に集中し
それを突破するためには佳夕と三崎の魔法と銃撃を耐えなければならない。
更に雄一があらかじめ放出した魔力を吸収し彼女たちの魔法力も上がっている
故にこの戦いはパーティー全員を相手取るという形式で行われている。
人海戦術にて一手一手を確実に潰しその間に叩くという戦法は理想的で盤石。
今のワークホリットでは全滅させるまでの手を打つ事すらできない
人間如きに辛酸を舐められるとは屈辱だ。だがしかしワークホリット自身それに値しうるほどの称賛と敬意を彼らに抱く
惜しい。本当に惜しいと思った。
こんなところで彼らの未来を絶つという選択が本当に惜しいと思った
『オレの特性は不和なんだけどね』
「?」
何を企図したのか不利になっている状況を好転させる油断を誘う為かワークホリットは話す
『もうひとつ。オレの力があってそれが
ブラックホールも不和が由来じゃなくて吸収こそがオレの真の本質』
それを聞いて去来したのはあの崩光を放つ際の異形の頭。
大口を開き喰らう姿はまさに暴食の姿が雄一の脳裏に浮かんだ
つまりそれの意味することは…
奴にはまだ余力があるということに他ならない―――――――――!!
『認めよう。お前らは強い
受け入れよう。お前たちは大いなる脅威をはらむ
謝ろう。オレはお前たちを侮っていた
故に、ここで絶つべき存在だと理解した』
すでに満身創痍の躰には放った連撃の痕がある
傷だらけで死に体だ。逆転の目などない
だがそれは通常の生物に言えることで至徒とは元来規格外の存在
奴を追い詰めるという状況自体が本来あり得ない状況だと気づくのに数刻
同時に、地獄の窯めいた口腔が開かれた。
そしてその場の全員が理解し攻撃を辞めた。その時間に割くリソースを総て遁走にくべなければと本能がうずいた。
すでに遅い。判断が遅すぎた。
戦うという選択をする前にこのダンジョンを
奴の体躯が消失。体総てが口蓋となりさながら大砲めいた頭から呼吸の度大気の魔素魔力が悉く吸収される
魔法を打つための魔力も魔素との同調によってもたらされるエネルギーも
否。このダンジョン総てをワークホリットという
ブラックホールとは別の意味で質の悪い
特異点と化したワークホリットの肉体は虚空に向け膨大なエネルギーを口内に堪えて
―曰くブラックホールにはホワイトホールというものが存在する
光すら吸収する黒い渦は反対に吸収したものを吐き出すという事象が確認されている
故にこの名を口にするなら
告げる
その名は
終わりを告げる光輝が全てを喰らい
産声の様に総ての暗黒を放出する。それは物流の奔流。狂奔する崩界の序章
『―――
想像を絶する爆音とともに
白い闇が総てを覆い影すら残らず蹂躙して次元の穴が発生した地点は
世界が正常を保つために空間が収束し穴は消えてなくなる
一瞬、されど永遠ともいえる絶え間なく響いた轟音が嘘のようにあたり一面森閑が支配し
更地と化したシンジュクのダンジョンは文字通り、総てを巻き込んで総てを飲み込んだ。
悉くを喰らい崩壊の輝きとして放出された一撃は世界を穿ち世界という画布に穴をあけ
その時シンジュクの空に一条の閃光が天を裂いたとされる
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