第64話 暴食の獣《グラトニー》

「はぁ…っ…ぁ…」

『今の攻撃。まさか捌かれるとは思わなったよ』


厳格なトーンでそうワークホリットはちる

攻撃は間違いなく届いた。そして命中した。だが現実勝鬨は無事

ならば同等の攻撃で相殺したという事になる


怪訝な表情でワークホリットは目を細める。睨むように凝視し見たものは

先ほどまでなかった謎の青い闘気オーラが双眸に映る


隠し玉。切り札を使用させたと予測しワークホリットは不敵に笑う。

ようやく本気を出したかと。口元を抑え歓喜をごまかそうにも隠し切れず

引き裂かれた笑みは声高に響きいつしか哄笑へ変わっている


『く…はははははははははははははははははははっっっっっっ!!!!!だよねぇ!そうだよねえ!!オレも本気を出したんだし君も出さなきゃ不公平だよねぇ!!!』


「知るかよクソッタレ…まさか使わせるとはナァ…っ!!」


両手に携えていた刀はなく文字通り刀は元鞘に収まっている

代わりに両手を鋭利な刃の様に展開し広げられる光景は無刀にして

剣技を行ったように見えるのは錯覚か?否…


指を切っ先にし両手にエネルギーが。練気アギトが火花を散らす

先ほどの崩光ほうこうを相殺するほどの威力。あらゆる調和を崩し不和をもたらす魔技を前に無事でいる理由。あり得る可能性は一つだけ。ワークホリットは勝鬨に水を向けて


『黄金律の掌撃。いや剣撃か。世界法則に則り無駄のない理想の軌跡かたで打ち消したなら説明がつくよ。不和を起こそうにも綻びがないのならバランスは崩せない』


内心を吐露する様にあしざまに舌打ちをする勝鬨の表情を見るに正解らしい


(そして手の内も看破しやがった…っ、だが関係ねえ。俺の技は見られたところで対処は出来ねえからな…っ!!)


徒手のまま流麗な軌道で腕が残像を描きながら

最善手となる技を相手の呼吸を読み取り複数の型として組み上げる絶技


練華ヴァリアブル无撃必殺ゼロ零斬スタイル


無刀状態にのみ発動できる勝鬨の練気は様々な剣技スキルを会得し

ことで発揮できる無の型。故に無数の型を持ち

一挙手一投足総てが斬撃属性を持つ己自身が刃になる武技


その剣技は実に無数。そしてその一撃総てが最上級の剣撃として放たれる無窮の極致

手の内が明かされたと事で些事に過ぎない。

いくら猛者と言えどこの攻撃軌道と予測を把握するのは不可能。ただひとつ弱点を除けばだが


(練気を練るいとまがあるか。最小限の練気で捌き切れるか。攻撃を見極め練気を練り必要分の配分を決め最適解を導き攻撃として放つ隙を見せてくれるか。だがやらなければ…)


敗北という脳裏によぎった言葉を噛み潰し構えと共に練気を捻出する


実力を言えば。勝鬨のランクは3位にあたる

だが5位というランク落ちをしているのは女性に対する配慮ではない


勝鬨の攻撃は笠井や2位の鎧騎士に引けを取らない

それなのにランクが低いのはハンターだからである


ハンターはモンスターを屠りアイテムを収拾する職業

そのモンスター相手に勝鬨は苦戦してしまう


トップランカークラスのモンスターは多種多様で様々な能力を持つ

そして無論。『斬撃無効』のモンスターもいるわけで

他のトップランカーに比べ単純にモンスターの狩猟効率が悪いために

5位という烙印を押されているのだ。


対人戦ならば余裕で勝てるだろうが

剣による攻撃が通用しない場合攻めあぐねる結果となり不効率なリターンが続いているのだ。


そして致命的なのが『魔素洞調律シンクロニシティ適性が異様に低い点だ』

朱線を与えた攻撃が致命傷に至らなかったのもひとえに爆薬となる魔素が希薄である為。


その分剣術に重きを置き純粋な剣技のみで彼は上り詰め実質笠井自身は勝鬨を相手取りたくないレベルで強い


『さてさてぇ、さっきの技相当な溜めが必要だと思うけど一瞬で出力したのはなんでかなぁ…?』


「・・・・・・・・・・・」


恐らくそれも筒抜けだ。あの崩光の一瞬。練気をチャージする暇はなかった

だが事実ワークホリットの魔砲は防いだ。

理由としては特殊な条件を満たすことでエネルギーを充溢させたということ。そしてそれに該当しうるのは

『先ほどから絶え間なく動く腕の構え』であろうとワークホリットは目測し

その着眼は正鵠を得ている。


放棄によって得た『无撃必殺の零斬ゼロスタイル』は複数の型を組み合わせあらゆる技に対処するカウンター技も有する。

そしてその型を一度放棄し一撃必殺の型を組みなおすという工程を得て発揮する応用技も存在する。

それが崩光を相殺した『黄金の一撃』であり

短時間にて一撃必殺の技を繰り出しされどその難度と急激な練気の放出により

使というリスクをはらんでいる。


これは肉体の限度を表し手の内を見せない自身のプライドと使用頻度の低さによる練度の未熟さによって起こった弊害である。


体が軋みを発てる。轢殺めいた激痛と筋肉節の寸断音を聞きながら

痛みによりまだ体が機能を発揮していることを実感する


だが黄金の一撃自体はまだ放つ事は出来る。肉体限界が来ていないのもそうだが

さきほど放ったのは無理に体を行使した正しい段階を踏んでいない急造の技であり


練気のチャージと型のくみ上げを自身の呼吸リズムを整えた状態で行ったならばリスクを払う必要はない。

だがあまりに準備期間が長すぎる為に一撃を与える暇もそれを行う時間もかかりすぎる為使用は困難だが…。


黄金の一撃の弱点。それは手間暇がかかりすぎる為強敵相手には使用することができないという致命的過ぎる短所を持つ。

おまけに間合いに入らなければ与えられないという腕のリーチまでにしか攻撃が及べないという欠点もあってか


反撃カウンターという形でなければ使用できないこともあり使用頻度が低いのも自明の理と言える


故にその要因がある為黄金の一撃は使えない。使用できるのは無数にある型を用いた剣撃のみで決定打になりうるか不明だが少なくとも


(あの攻撃を放つ暇を与えなきゃ勝機はある…!)


あの崩光を使用させないという点ならば使用する理由もない。


練華ヴァリアブル解除。漸近距離にのみ使用する『无撃必殺ゼロ零斬スタイル』は最適ではないと判断。

徒手から再び刀を引き抜き両手に携え右手を上に左手の下に丁度刀の曲線で円を描くような構えを取る


『あれれ?さっきの技。もう使わないのかぁ…。残念色々試したかったのになぁ』


「うるせえよてめえはぶっ殺す。あの技を見たやつは生かしては置けねえ…!!」


『オレがいうのもなんだけど君の立場で言うセリフじゃないよねそれね』


誰かを守る立場の人間のセリフではないと指摘されるが彼はどうだっていいと吐き捨てる


この技は2位の名前不詳の鎧野郎と1位の笠井隆吾以外に見せることはないと思っていた。

それほどまでのとっておき。切り札を切る事態にトップランカーとして勝鬨本人としても忸怩たる思いだ。


そして次に打てるは乏しい。剣撃をメインとし他はこざかしい小細工でしのいだクチだ。トップランカー特有の突出した派手な芸を彼は有していない

斬波をけん制に懐に入るか。可能性はあるが隙を奴は一向に見せない

先ほどの黄金の一撃を放つインターバル。それを待つかは奴に委ねられる

それは業腹だ。プロハンターの沽券にかかわるのもだがそれは自身の限界を表す行為に等しい


自然治癒の時間は終わった。回復魔法を用いることなく特有の呼吸法で回復を早め


「ふっ!!」


一呼吸で間合いを詰め斬撃を叩き込み往なされた一撃を二撃目ではじき返し敵は後退。そして


『・・・魔法剣か』


攻撃を受け揺らいだ間に

極彩色に放つ刀身に向かいワークホリットは呟く

七の魔法。炎 水 風 緑 闇 光 雷の魔法を集約した剣はまさしく虹色の刃だ

詠唱時間はなかった。魔法を使用する際の触媒もなく唱えた節も見えなかった

一呼吸の間に放てたとてその瞬間は見えているはずだが。などとのんきに集約した時間の中思案しているワークホリットは紙片が焼ける煤痕を見てネタを理解する


『あらかじめ魔法を仕込んだ呪符に魔力を通して使った消耗品か

それほどの練度。お値段高かったんじゃない?』


返答はない。義理はないので無視し放つ魔法剣の煌めきを以て十方包囲総てに絶閃を叩き込む


空隙はない。その攻撃を前に


『だが甘い』


突如として空間が揺らぎ、放ったすべての攻撃が軌道をそらし出鱈目な方向へ空転する


「チッ!マジかよ!!」


空間すら不和を呼ぶなど反則チートだろうと噛みつく衝動を抑え


代わりに勝鬨は薄ら笑いを浮かべ刹那

ワークホリットに戦慄が走る

そう、切ったカードはそれだけに終わらない


間断なく放たれた剣撃は空を切りながらも対象以外を切ることには成功している

ワークホリットの後方より虹色の斬波が四方八方に放たれ叩き伏せられる


『何!?』


侮っていたとはいえ意想外の状況だ。先ほどの攻撃を捨て石とし布石を打っていたとは

敵ながら感服する。

不和では追いつけないと見切り両手を以て捌ききりその隙を見て無防備な胸元に向け三撃目を放ち袈裟一文字に切り伏せ二度目のダメージを与えた。


ここまででようやく明確な傷を与えることができた。されど呼気が止まらぬように攻撃もまたそこで終着という訳ではない


一撃目に切った対象はワークホリットだけではない。

刀によって切り裂かれた天蓋に暗黒の空間が開かれ

その直下のワークホリットへ向け光が迸る


漆黒の闇の先、点々と輝く光の正体は流星だ。時空を切り裂き宇宙から星屑を引きずり落とし

隕石が重力下目掛けて落下し星の雨が降り注ぐ

轟音を響かせダンジョンを揺らし天地が倒錯させるが連撃は息を吐かせぬほど絶え間なく容赦がない


『や…るゥ…っ。マジ焦ったぜ。』


炸裂した星の驟雨は防御も回避する間もなくモロにワークホリットの肉骨とHPをそぎ落としていく。その際出血が見当たらないのはやはり生物の類ではないからか

流星の雨は止み勝鬨は俯いて地面を見る。


攻撃が決まらなかったことへの落胆か

それでも人間にしては上出来だとワークホリットは満足げに口端を上げて披歴する


致命傷でないにしろHPは4割削った連撃だ。称賛に値する。

だが悲しいことに敵が場違いな程に怪物だったというそれだけの理由に過ぎない


ともあれこれで勝鬨の攻撃は終わった。再び崩光を放つ為ワークホリットは魔法陣の砲身を直列を展開する。だがその前に遮る言葉が一つ空気を裂いた


「十手だ」


『…何だと?』


投げかけられた言葉に体を止めてワークホリットは魔法陣の構築を解いた

伏せられた頭のまま不意に勝鬨はそらんずる



「お前を打倒するために打った手の数だ。俺は十回お前に攻撃を放った

避けられる攻撃を想定し往なされる数を考慮しお前の力量を測ったうえでの数

だがまあ、過分すぎたな。俺も見縊っていたよ。


その宣誓はつまり

放たれた攻撃は四撃。そして放った攻撃は十回。つまり都合六撃がまだ残っていて

その言葉の意味を理解するのに僅少の時間を要したのはやはり傲りからか

俯いた表情には敗色の顔はうかがえない。見えるのは勝利を確信した微笑のみ

それで確信に変わった。


『攻撃はまだ、終わってないって事か…っっ!!』


激震が走り気づいたころにはもう遅い。

放たれる残り6撃に奴は攻撃を耐えきれない。

そして避ける術もまた存在しない

無慈悲なまでに用意された攻撃が歯車の連結の様に回り始める


ワークホリットの左右に式神が出現。

先ほどの攻撃の影に放った呪符から出現した犬神が詠唱を開始している

―5撃目

砕かれた地面より突出する何かの音がする。鋭利な岩柱が無数に奔出し槍衾となって地面を突き破る

―6撃目

放った斬波のエネルギーが弧を描き軌跡に沿って衝突

互いに反発しあい増幅し斬波に伴った魔法が落雷として放たれる

―7撃目

緩急をつけて放った斬撃が時を告げて始動する

―8撃目

後方より影。勝鬨の分身が顕れて

―9撃目

前方から挟撃する形で勝鬨が吶喊

―――10撃目が堰を切り発動する


「―時雨蠅声しぐれさばえ


十の攻撃による間隙が寸毫たりともない十方の方角から放たれる絶技

あらゆる攻撃を想定し過重に攻撃を重ねた十の一手を一合で放ち

とどめを刺そうとしたその瞬間


「引いてください!!勝鬨さん!!!」


突如として声。声高に叫んだ先には仲間を引き連れた雄一の姿があり

遅かったなと声をかけるいとまもなく

言葉の意味を理解する前に剣呑が走り脊髄反射で後退。勝鬨の眼下のその先で


歪む空間。歪む口角。呵々大笑と一笑に付すワークホリットを見た


悠然と同時に放たれる攻撃に対し右手をゆらりと突き出して


10? 20? 侮られたものだ。その程度の算数でオレの命に指をかけられると?

放たれる六撃。それを一手引いて五撃は止める間もなく放たれ

同時にワークホリットの右手から黒い何かが生じて


ぐにゃりとひしゃげた空間は本来の機能を失い

法則性から外れ崩落、それに伴い誘発する空間の余波が響く


嵐の如く放たれたそれは、ブラックホールだった


ダンジョンを巻き込み総てが黒い渦に呑みこまれる

出現させた式神も

地面より放たれる尖岩の柱も

斬波から生じた魔法も

遅れてやってくる斬撃も

後ろから突撃する分身も。悉く総てを巻き込んで

漆黒の闇に呑まれワークホリットを中心に重力の渦が発生していた


『いやあ、危なかったよ。確かに

慢心はいけないな』


放たれたブラックホールは奴の一端か

一瞬にして攻撃と状況を一転させた黒渦は右手に収まり収束し消えていった


重力を崩落させ周りを支配していた黒渦が消えるとともにワークホリットの傷も消えている

だがそれは外装だけの修復でダメージは確実に与えている


これこそワークホリットの切り札。ブラックホールこそ奴の起こす不和の根源

圧倒的な一撃の前に小細工など無意味。そう嘲るように6の攻撃は蜘蛛の子を払うように掻き消された

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