第61話 至徒《ワークホリット》

「アレが…至徒?」


暗闇から出でた存在。魔物の残骸を背に喰らったことは分かってはいるが異形の怪物を想定していた三崎には予想外だった。

見たところ学生服を着た青年でありどこにでもいるような特殊な印象を持ちえない人間だった。ダンジョンに迷い込んだのか。そう錯覚するほどにソレから邪念や殺意を感じられない。

予想に反し凶暴な雰囲気が感じ取れずしかして強者特有のプレッシャーを感じ取れず

拍子抜けしたような声を上げる三崎に叱責するように勝鬨が堰を切る


「油断すんじゃねえ!!!こいつはヤベェな…確かに並のやつじゃ相手になんねえよ…」


冷や汗と固唾をのんで相手の推量を正確に認識した勝鬨は後退しそうな足をふんじばりそのまま居合の構えに入る。雄一も同様だ。一度対峙した相手に魔素を振動させ同調を上昇させる

そんな二人に関心を寄せ至徒は三崎に一瞥を向ける


「へー。オレの力わかんの?やるねーお兄ちゃんたち。さて、と。じゃあわかってないお嬢ちゃん。もっとわかりやすくしようか?」

「え?」


そう言った瞬間。

見えていた青年の姿が闇に吸い込まれた

そして暗転した茫漠の世界やみの中その深奥に無数の眼が炯々と輝く

暗闇の正体はなにかの口腔でありソレの口の中に自分はいて

大口を開いて乱杭歯を湛えるソレを目にし思考りかい停止きょぜつした

感じ取れるのはこのまま食われて死ぬという現実とそれを実行する歯牙から吐く息も唾液も粘性を帯びて全身を包み

そして

処刑刃を下ろすように上あごによって租借されてぐちゃりと音を立てて終わり。


「―――――――――――」


その幻視を叩き込まれ三崎は膝からくずおれて失神する


「三崎さん!!何があった!??」


何が起こったか分からず当惑する神谷さんに向けて至徒は告げる


「オレの存在を当てたんだよ。まあ耐え切れず気絶しちゃったみたいだが

でも及第点だ。ショック死しないだけ中々の手練れと称賛する」


頬をかすめた程度だが三崎さんにぶつけた邪気を勝鬨さんと俺は確かに奴の片鱗を垣間見た


だが動揺はしない。なぜならそんなものさっきからずっと俺たちに叩きつけられているのだから


こいつが想像を絶する化け物なのは先刻承知。覚悟はしていたがカージテッド戦もあってか戦いへの心構えが揺らぐ。あれほどの激戦。

しかもキャシーと佳夕さんがいない。極めつけは即興パーティーときた。

勝てる見込みはゼロに等しい。

だがその代わりトップランカー5位の勝鬨さんがいるのも事実。勝鬨さんの戦いはデータベースで知っている。サシでの戦いで真価を発揮し至徒もまた一体しかいない。

俺にできることはサポートであり三崎さんや神谷さんを守ることに徹し勝鬨さんの戦闘の邪魔をしないことが最適解と判断。

独断で連携を崩すが勝鬨さんも神谷さんも承知の上と俺に向けてアイコンタクトをする


さきほどの戦闘方法は敵には無意味。各々各自の直感に従い戦えとの合図だ

至徒に向けて抜き身の打刀と小刀を二刀流構え前に出る

俺も魔素洞調律シンクロニシティを喚起させ出来るだけ気圧されぬよう力には力で障害を突破する


『名前、聞いておこうか。オレはワークホリット。至徒の一人でカージテッドがお世話になったみたいだな』


「害虫相手に名乗る名はないぜぇ…!死ねば意味ねぇんだからよぉ!!」


気勢を張り彼我の実力差を塗りつぶすように気迫を以て奴の重圧をはじき返す


『やれやれ野蛮だな。まあ別にいいか。お前程度なら聞く必要ないからな』


「アアッッ!!!!!!!!!」


それは挑発の類ではなく本心からワークホリットは勝鬨さんを眼中として視ていない


そして挑発ならばここまで感情をあらわにしないだろう。本当の意味で敵に値しないと判断されそれが事実と髄まで理解してしまう勝鬨さん自身に苛立ちと焦燥。そしてそれを打ち砕くような激高で応えたのだ


『だってそうだろ?見たところ大した力を有していない。喰らうに値しない雑兵だろお前?俺の本命は…』


そして勝鬨から視線を外しその先へ指を差した先が俺だった


『そいつだ。確か鹿目雄一って名前だったか。カージテッドがてこずるはずだぜ

まだ解せないとこもあるがお前は喰らい甲斐がありそうだ』


その発言に当惑して。それよりも先にブチンッと青筋が切れる音が聞こえ同時に


「そうか、そんなに死にてえんだなテメエ…!!ああぶっ殺してやるよ

存在したことを悔やみながら震えて死にやがれゴミが…!!!!」


前に出た勝鬨さんより俺に関心を引いたことで堪忍袋が寸断されたらしい

男の矜持に泥を塗りまくる発言と態度に憤激で暴発寸前まで理性が狂っている


『威勢だけはいっちょ前だな~~~~。まあいいよ。お前は後でいいから先に鹿目雄一ってやつを…』


「勝鬨 号正だ…」


『何だって?』


暴発寸前の理性を抑えつつそう勝鬨さんは呟いた。そして数刻も間もなく


上昇する魔素洞調律シンクロニシティそして練気の流れがおびただしいほどに大気を振るわせて震わせた声を怒号に変えて宣誓する


「俺の名は…勝鬨 号正だッッッッッ!!!!!!てめえマジ許さねえ絶対殺すぶっ殺すみじんも残さず消し飛ばして名前を刻んで死にさらせやオラァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」


瞬間。空間が爆発する。衝撃波はソニックブームレベルの突風を放ち完全に猛り狂う勝鬨さんの武威によって趨勢が大きく変わる。先ほどまでのワークホリットの絶望を勝鬨さんの覇道により塗りつぶされる。その光景を見て視線を勝鬨さんに再び向けて


『見縊っていたのはオレか。・・・まあ、前座くらいには楽しませてくれよ?

メインディッシュは後からだ』


「舐め腐ってんじゃねえぞゴミ屑風情がよぉ!!!」


かくして互いの波紋を衝突させながら版図テリトリーを支配する間に俺は入り込む余地はなかった


ここから始まる戦いは俺は入れない。気絶した三崎さんはもちろん神谷さんも入るほどの隙が全くない。入り込めば最後。大根おろしの様にすりつぶされミンチになるのが関の山だ。

トップランカー5位 勝鬨号正 

至徒 ワークホリット


今までにない次元の戦いが火ぶたを切る。その様を俺たちは眺める事しかできない

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