ルーディ日記2
苦労性風聞書
カイエンフォール殿下は、とんでもなく美人だ。
ほんの少しだけ波うつ長い銀の髪は、日の光があたると周囲に光を乱反射して、キラキラ輝く。お日さまの下だと、殿下のいらっしゃる周囲だけ別世界のように見える。
どんな人だって、殿下の前で自分の髪を自慢したり見せびらかしたりは、出来ないんじゃないかと思う。
世にも稀な紫の瞳は、極上のアメジストだって裸足で逃げ出しそうなくらい美しく透き通っていて、目が合うと結構馴れているはずの僕でさえ、魅入られてしまって逸らせなくなる。
だから、殿下の前でアメジストをつける果敢な人は、この国には多分いない。恥をかくだけだもん。
肌だって、日焼けなんて一生関係なさそうに白く透き通っていて、そこに収まっているすっと筋の通った鼻も、形のいい眉も、艶々の唇も、完璧以外の言葉がないくらいバランスよく整っている。
殿下の前で自分の容姿を誇ることができる人は、男女問わずこの世に存在しないような気がする。
そんな美人な殿下とうちの姉さんは、僕が知る限り昔からいっつも一緒だった。
家にたまに帰ってくる姉さんのことが僕は大好きで、姉さんが休暇を終えて宮殿に戻る時はいつも大泣きしていた。
『ルーディ、私も寂しいけど、泣くとおなかが減るわ。もったいないから我慢しなさい、いい子だから。またお休みもらって帰ってくるからね? 栄養になるお土産だって新種のジャガイモだってしっかり持って来るわ』
今思うと、それってどうなの?っていう慰めを姉さんなりに真面目に、一生懸命くれたけど、弟の僕が姉さんと一緒にいられないのは殿下のせいだと思って、実は僕は最初殿下が嫌いだった。
だけど、そんなのは1度お会いしたら、すぐに吹っ飛んだんだ。だって、殿下はすっごく可愛くて、飛びっきり優しかった!
殿下と姉さんが2人並んで、僕を見てにっこり笑っているのを見て、『妖精の国の女王さまにお仕えしている双子の月の精霊ってこんな感じかな』って、すっごく得した気分になったんだ。
「ルーディ? 大きくなったね。ふふ、覚えていないだろうけど、赤ちゃんの頃に1度会ったことあるんだよ」
にっこり笑って、姉さんと同じように僕をぎゅっと抱きしめてくださった殿下が、実は僕の初恋の人だったりする。 男の人だって知ってたけど、そんなのは関係なくドキドキした。
そう言ったら姉さんは、にっこり本当に、本当に嬉しそうに笑ってくれて、それで僕はさらに殿下のことが好きになった。
でも、その殿下は、この間久しぶりにお会いしたら、パックリ口を開けて見上げてしまうくらいになっていらした。
姉さんより背も明らかに高くなっていらして、姉さんと同じ感じで華奢だった肩も広くなっていたし、顔だってなんだか……うーん、上手く言えないけど、尖った?感じになってた。
声が低くなったのはもう結構前からだけど、僕の中ではどっちかっていうと、もう1人の姉さん(恐れ多いけど)みたいな感じだったのに。
そう思ったままを申し上げたら、殿下は昔みたいに笑ってくださって、頭を撫でてくださった。
「成長してるんだ。……俺は、な」
「……」
……ねえ、お母さん、「俺は、な」と仰った殿下が、その時誰のことをお考えになっていたか、なんとなく分かってしまった僕は、世間の人が言うみたいに苦労性ってやつなのかな。
ついでに言うと、その時形容しがたいお顔をなさっていた殿下に限っては、世間の人が言うみたいな“王子さまは苦労しらず”っていうの、当てはまらないんだろうね。
「……」
「……」
思わず同情の視線を送ってしまうと、殿下は溜息をつきながら、僕の頭をぽんぽんと叩いてくださった。
そうして苦笑してくださったお顔は、僕の目から見てもすっごく格好いい。男の人だと知ってるのに、そんなのは関係なくやっぱりドキドキした。
里帰りした姉さんにそう言ったら、今度はにっこり本当に本当に引きつった顔で笑った。「うふ……ふ、ふふふ……ついに魔の手がこんなとこにまで……!」って。
「くっ、あんの悪魔めっ! 私の可愛いルーディまで毒して汚す気ね!! ああ、5,000ソルドと身分、それさえなけりゃ、今すぐ宮殿に戻ってあの面ぶっ飛ばしてやるのにっ」
そして、そう叫んだ後、
「ルーディ、お願いだから、そんなおぞましいこと、二度と口にしないでっ。いい子だからね? ね? 2回目聞いたら姉さんもう本当に再起不能になるわ、マジ泣きする自信が山盛りあるわ……っ」
って、涙まじりに僕に詰め寄ってきた。
「う…う、ん、わかった……」
大好きな姉さんの必死な顔に押されて、つい頷いた僕を見届けてから、テーブルを叩きつつくすくす低い声で笑い出した姉さんは、僕や殿下とはまた別の苦労をしてるのかなあ。
ねえ、お母さん、近くて遠きは……って言うけどさ、この2人に限ってはどうなんだと思う? しなくてもいい苦労を、お互い勝手にしてるだけのような気がするの、僕の気のせいかなあ。
ああ、こないだお父さんが勝手に誰かに売ってもらってた、貴重だっていう古書、姉さんに見つかる前に隠さなきゃ。
それにしても、あの本の元の持ち主を父さんに教えたの、殿下だって知ったら、姉さんまた例の背筋が寒くなるような顔で笑うんだろうなあ。
「平和に暮らしたいだけ!」って姉さんよく叫んでるけど、僕こそそうだよって言っていいと思う、お母さん?
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