第2話

 小鳥の鳴く声で目が覚めた。

 むくりと起き上がって、窓を見てみたけれど、まだ外は薄暗くて、サリナがやってくる気配もない。

「……」

 そういえば、どうでもいいことだけど、本当にどうでもいいことだけど、今日、ここにアンリエッタ・スタフォードがやってくるらしい。

「……間違えた。どうでもよくなんかない」

(そうだ、あの子が来たら、「お前は失礼すぎる、ムカつく」と言ってやらなくては――)


「……」

 なんとなく本棚を見てしまったのは、あまりに暇だから何か読もうかと思っただけ。あの子はどんな本を読むのかと考えていない。

「……」

 チェスなんかが置いてあるところを見てしまったのは、昨日クラーク先生に負けて悔しかったから。一緒に遊ぶ気はない。あの子より僕が強いのは確かだし、気になんてするわけがない。

「……」

 もう1回窓の外を見たのは、大分時間が経った気がするのにまだ暗いから、雨でも降るんじゃないかと思っただけ。雨の中の移動は、あの子、大変かもとか考えてない……こともない。だって、僕はお父さま、つまり王さまの子だから、臣下のことも国民のこともちゃんと気にかけなくてはいけないとクラーク先生が仰っていた。それだけのことだ。


「あら、今日は早起きをなさったのですね。今日は彼女が来る日ですし、楽しみですね、殿下」

 ものすごく長い時間が経って、ようやく小さなノックの音がした。返事の後、姿を見せたサリナが少し目を見張った後で、そう笑う。

「別に」

 そう言って、カイエンフォールは唇を尖らせた。

(あの子は家族のためにやってくるんだから。僕の側役があの子になったのは、クラーク先生のインボウなんだ。楽しみなわけがないじゃないか)

 

 

 朝からそうだった、今日はなんだか時間の進みが遅い。

 サリナは何かが待ち遠しい時は、時間はゆっくり進むんだって言っていたけど、早起きしたせいだってちゃんと言っておいた。

 そわそわだって別にしていない。全部サリナの勘違いだ。

 

 そうこうしているうちにお昼を過ぎた。

「そろそろ侍従長が戻る頃ですね、見て参ります」

 そう言って、サリナがあの子を迎えに出て行った。

 

 もうすぐここにあの子がやって来る――ドキドキしてるのは、あの子に文句を言ってやるのに緊張しているからだ。

 ノックの音が聞こえて息を飲む――手に汗が滲んでいるのは、王子さまのイゲンってのを保つのに緊張しているだけ。

 

 扉が開いて、サリナの後ろに小さな体が見えた。

 目が合ってドキッとしたのは、青色に見えてた目が、光があたった瞬間に緑に変わってびっくりしたからだ。

(っ、これじゃだめだ、最初が肝心なんだから)

と思って、意を決して口を開く。


 文句を。

「わあ」

 言おうと。

「あ、ごめんなさい。私ってとても失礼だわ。挨拶する前に」

 お前なんか。

「初めまして、アンリエッタ・スタフォードです」

 大嫌いだって。

「だって、あんまり奇麗なんだもの。びっくりして挨拶、忘れちゃった」

 言おうと。

「……ア、アンリエッタだって同じだ。か、髪とかだって、ほら」

 でも出てきた言葉は違った。


「不思議よね、でもそっちの方がきれい」

 何がいけないのかしら、と首を傾げた拍子にさらりと銀色の髪が動いた。


(な、なんなんだ、この子……)

 これまで出会った子は、カチカチになったり、そわそわしたり、付きまとってきたり、逆ににらんできたりと色々だったが、アンリエッタ・スタフォードはそのどれにも当てはまらない。

 呆気にとられるカイエンフォールの顔を、彼女は穴が開きそうなぐらい凝視した挙句、ポンッと手を打った。


「肥料!」

「……は?」

「そうよ、トマトだって肥料がたくさんあれば、大きく美味しく育つのよ。私には肥料、ご飯が微妙に足りなかったのかも。いや、やっぱりタンパク質……」

「ひ、りょう……」

(って、花壇とかに入れる、ちょっと臭うあれ?)

 ダメなことだと知っているのに、自分の顔が引きつってしまったのがわかった。

(やっぱり変だ。大体ご飯?タンパクシツ? が足りない生活? ってなにそれ……)

「うーん、でもちょっと待って」

 眉を寄せて考え込みながら、アンリエッタはずいっと近寄ってくると、人の顔を遠慮なく覗き込んできた。あの不思議な色の目に、じいっと真剣に見つめられて、知らず息が止まる。


「違うのかも、ああ、両方か。元々どの苗も違うもの。同じ環境でも育ち方が違うもの」

 うん、と1人満足そうに頷いた後、アンリエッタはにっこりと笑った

「それにしてもすっごく奇麗な目ね」

「……ア、アンリエッタのだって」



 そうして結局、僕は言おうと思っていたことを一言も言えなかった。

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