閑話休題【月給3000ソルドの使い方】
第1話
その子はかわいいけれど、とてもむかつく子だった。
* * *
その日、カイエンフォールは今まで見たことがあるような、ないような貴族の親子が、自分の側役となるべく面接を受けている様子を、特殊なガラス越しに眺めていた。
昨年から自分付きの教師となったアンソニー・クラーク老に、「自分の側に置く人間は自分の目で見て決めなさい」と言われたからなのだけれど、そんなことに意味なんてないんじゃないか、と顔をしかめる。
誰も彼も言うことは同じ。顔に乗せている表情も、着ている服も。
正確には少しずつ違うのだけれど、基本は同じ。だから、多分考えていることも似たようなものだろう。
(嘘の笑いを浮かべて、お役に立ちたいとか、へらへらと調子のいいことばかり言って、都合が悪くなったら逃げるんだ)
「……」
そんなことを思いながら、今回のために運び込まれたソファに座って、カイエンフォールは足をぶらぶらさせる。
乳母のサリナやクラーク先生に見つかれば怒られるけれど、幸いと言っていいのか余計退屈というべきか、2人ともガラスの向こうだった。
(時間の無駄ってこういうことを言うのかな)
我慢できなくなって部屋を出て行こうかと真剣に考え始めた時、ちょっと違う感じの子が入ってきた。
(なんだ、あの子……)
着ている服は騎馬服だけど、女の子だと思う。髪の色は自分と同じ銀色で、瞳の色は青のような緑のような不思議な色だ。
身に着けているのは服だけで、ベルトなんかの装飾品も一切ない。それもガラス越しに分かるほど粗末だけど、なんでだろう、目を離せない感じの子だった。小さくて、白くて、すごくかわいく見えた。
侍従長や父の代理だという執務補佐官補、侍女頭が眉をひそめたのが分かる。彼らの表情自体にカイエンフォールは眉をひそめた。
(あんな顔したら、あの子がかわいそうじゃないか)
「ここには私の意思で参りました。質問にはできるだけ私が答えます」
――そんな同情は、即打ち破られたけれど。
「自立して働きたいからです」
(それってもしかして、お金が欲しい、のエンキョク語ってやつ……?)
「ご存知かもしれませんが、我がスタフォード家は没落しております。当座を乗り切る手段として、これ以上はないお話だと思いました」
(当座って、しばらくってことだよね? を乗り切る……?)
「……」
(嘘でも僕の側で役に立ちたいとか言わないの? 皆そう言うのに)
とちょっとむっとした。
可愛らしい口からぽんぽん出てくる言葉に、なんだかさっきまでとは別の感じで、いらいらしてきた。
「私が望むのは」
(望むのは……?)
ソファの上でいつの間にか前のめりになり、ごくりと唾を飲み込む。
「家族の幸せです。それが達成されれば、それで構いません」
(……なにそれ)
「側役になりたくて仕方のない家の子たちが、側役になったって別の問題が出来るだけでしょう?」
(なにそれ)
「それに側役って言っても、ようはこんな小さな時は身代わりでしょう? 私の容姿はぴったりだと思います」
だから、なにそれ――。
「……」
その後しばらくして、その子が面接の部屋から出て行った時、カイエンフォールはふてくされたようにソファの上で身を崩していた。
* * *
夕方になってようやく面接が終わった。もっともカイエンフォールは、途中からほとんど見ていなかったけれど。
「どうでしたか、お気に召した者はおりましたでしょうか」
「気に入らない子ならいた」
カイエンフォールは、父である国王付き執務補佐官補に答え、桜色のあどけない唇をむすっと引き結んだ。
(みんな気に入らない。特に僕と同じ髪のあの子――家族のためにお金が欲しいから、とすっぱり言い切ったあの子がいっちばんムカつく)
「モルドナ伯爵家のゼィアルセンなどいかがです? 気品良く、品行方正でした」
「それを言うなら、メルッセン子爵家のアダムスとトレバーの双子も賢く、優秀だと見受けましたわ」
「いやいや、フリューゲル男爵のフェルナンドも」
侍従長や侍女頭、執務補佐官補が口々に言ってくる。してはいけないことだと言われるけれど、それを全部無視した。最悪な気分だった。
「殿下」
クラーク先生と乳母のサリナがこちらを見ている。
「一番印象に残った者は?」
「アンリエッタ・スタフォード」
(気に入らないんだ、ものすごく)
華奢で吹けば飛びそうな見た目のくせに、言うことが全部変だったあの子を思い浮かべて、不機嫌に答えた。
「では、次に印象に残った者の“名”は」
「……」
(……覚えていない)
カイエンフォールは目を瞬かせる。
「直接話をしてみたいと思った者は?」
「アンリエッタ・スタフォード」
(――怒ってやるんだ。ふざけるなって)
しれっと家族のためと言い切った、可愛いのにふてぶてしい顔を思い起こし、眉間に皺を寄せる。
「他にそう思った者の“名”は?」
「……」
やっぱり覚えてないと気付いて、今度は口をへの字に曲げた。
クラーク先生がにやりと笑って、苦笑しているサリナに目配せする。
そうしてあの生意気でムカつく子、アンリエッタ・スタフォードが、僕の側役になることが決まったんだ。
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