ルーディ日記1

王宮奇人譚

 うちの姉さんはものすっごく美人だ。

 ……まあ、それを差し引いても、というかそのせいで余計と言うべきか、なんせ微妙なことが色々、ほんっとうに色々あるけど、とりあえずそれはおいおいということにして、と。


 背は高い方だけど、抱きしめたら折れそうなくらいに華奢でしなやかで、思わず守ってあげたくなるような儚さが漂っている。

 今だって厳つい大きな執務机の前で書類を広げているけど、実用一辺倒でひたすらごついその机は、可憐な姉さんにまったく似合っていない。


「まあ、ルーディ!? 珍しいわね、ここまで来るなんて」

 姉さんが顔を上げると、青銀色の長い、艶やかな髪が、その動きに合わせてさらりと揺れた。窓から差し込む光を反射して、銀の滝のように見える。

「でもというか、だからというかほんとに嬉しい!」

 僕を見て優しく弧を描く瞳は、光の具合によって青のようにも緑のようにも見えて、ひどく神秘的。それが収まる大きな目はいつも潤んでいて、しかも髪と同じ色の、長くて密な睫毛に彩られている。


「何日ぶりかしら? やだ、また大きくなった? ちゃんとご飯は食べてるのね? お父さん、ちゃんとしてくれてる? 無駄遣いしてない?」

 真っ白な肌は日の光の下では眩しいくらいで、でも嬉しかったりすると頬がほんのり桜色になる。それが弟の僕の目から見ても、すっごく愛らしい。


「待ってなさい、今お茶淹れてくるから。ああー、しまった、ルーディが来るんだったら、あのお茶菓子、とっとけば良かったっ」

 よく動くピンク色に輝く唇は小さめなのに、ちゃんと厚みだってあって柔らかそう。笑うと両端がすっと上に持ち上がって、お伽噺に出てくる妖精だって敵わないだろうっていう完全無欠の笑顔になる。


「ねえ、ルーディ」

 お茶を飲む僕へと伸ばされる手は、やっぱり細くて白くて、その先に収まっている小さな、艶々した桜色の爪を僕はいつだって見つめてしまう。


「いい子ね、あんたが姉さんの癒しなの、心の潤いなの」

 声だって透き通っていて、すっごくきれい。


「ふふふ、来てくれて、顔が見られて本当に嬉しいわ」

 そう言って僕の頭を撫でながら、ふわりと笑ってくれる姉さんの顔は、やっぱりとんでもなく可愛い。僕もつられていつもにっこりしてしまう。


「ほんっと可愛いっ」

 だから、そんな姉さんにぎゅうっと抱きしめてもらうの、好きなんだけどね。


「入るぞ。――……ああ、ルーディか」

 こういう時、普段優しい殿下の目が一瞬すっごく剣呑になるの、姉さん知ってた? 僕、けっこう怖いんだよ、これ。


「久しぶりだな、元気にやっているか?」

 殿下がそう仰って、笑って僕の頭を撫でてくださるの、畏れ多いと思いつつも、ものすごく好きなんだけどね。


「こんな姉だと苦労は絶えないだろう?」

「私が殿下にかけられている苦労に比べたら、物の数じゃないと思いません?」

 うふふふふふ、って、微笑み合ってるのに空気が冷たいの、姉さん知ってた? 僕、かなり怖いんだよ、これ。


 それでも、犬も喰わないってやつなのかな、とも思わなくもないけど……。

「相変わらず無礼だな、アンリ。減給100ソルド」

「アンリエッタ!……って、ざけんじゃないわよっ!!」

 ……それにしては、色気ってやつがないような気がしなくもないんだよね。


 ねえ、今日の晩ご飯、僕の当番だし、この2人、放っておいて帰っちゃっていいと思う、お母さん?

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