第3話

 面接官は5人。そのうち3人は、案内人と同じようにアンリエッタたちを見て顔をしかめた。

 別に構わないと、アンリエッタは自分に言い聞かせる。

 人を見て内心、特に嫌な感情を露骨に表に出すような人はきっと気にしなくていい。大事なのは、笑わなかった残り2人。だって、街でだって本当にすごいって思う人は、お年寄りにだって、貧しい人にだってちゃんとしてるもの。子供を子供だって侮ったりもしないもの。

 

 コホン、と咳払いして、顔を歪ませたうちの1人が質問を始める。

「ええと、そ、それでは、まずお名前を」

「アンリエッタ・スタフォードです。こちらが父のフレドリック・スタフォードです」

「……いえ、お父さまの方に」

「ここには私の意思で参りました。質問にはできるだけ私が答えます」

「……」

 呆気にとられる面接官たちの顔を前に、アンリエッタはしくじったかも、と内心で舌打ちした。

 ああ、やっぱり7歳児らしく、可愛らしさと無邪気さを押し出す作戦にすべきだったかしら……。

「私からもお願いいたします。自分で言い出したことには、自分で責任をとらせたいのです」

 戸惑う面接官を前に、父が穏やかに言い、アンリエッタを見て笑った。

 ……意外だわ、お父さん、堂々としてる。

 

 最初に笑わなかった内の1人、白髪の品のいい老人が「なるほど、スタフォードの血か」とひげの下でニッと笑った。

 あれって……裏のある笑い、というやつよね。

 そう悟って、アンリエッタは身を正した。

 負けるもんですか、私の肩には両親と未来の弟か妹がかかっているの!


「いいでしょう」

 その彼がそう口にした瞬間に、面接官はみな彼を向き、目を丸くした。けれど誰も一言も反論しない。

 ほら、やっぱりあの人はえらい人だ。

 

「なぜ、当国第1王子の側役を望むのかな」

「自立して働きたいからです」

 これは“お金が欲しい”の婉曲語というやつ。指摘されて苦境に陥る前に逆手にとってやる、と決めて、アンリエッタはしれっと答える。

「ご存知かもしれませんが、我がスタフォード家は没落しております。当座を乗り切る手段として、これ以上ないお話だと思いました」

「な、なんと、けしからん」

「で、殿下に対して無礼にもほどがある」

 ふん、何よ、じゃあ、会ったこともない王子のために働きたいとでも言えっての? うちみたいな零落した家の子がそんなこと言って誰が信じるのよ?

 全然境遇が違うのに、さっきいた貴族の子たちと同じことしたって、敵う訳ないじゃない。それぐらい知ってるもの。

 賭けよ、賭け! 賭けだけど……だってそれしかないんだもの。やってやるわよ。

 

 笑わなかったもう1人の中年の夫人が、他を制して質問をぶつけてきた。

「当座は、と仰ったわね? それは将来的には何かしらの望みがある、という風にも聞こえてしまうのだけれど」

 優しい声音だけど、これって……試されてるのよね?とアンリエッタはごくり、と唾を飲み込む。

「私が望むのは」

 パンと牛乳と、出来れば卵、贅沢を言うなら月1回のお肉。

 ――とはさすがに言えない。

「家族の幸せです。それが達成されれば、それで構いません」

 そしたら、食べるに困らないだけの土地を買って、いっぱい小麦を育てて、野菜植えて、やっぱりトマトは外せなくて、あわよくば牛なんかも飼っちゃって、そこで生まれてくる弟か妹も一緒に家族で暮らすの。

「それ以外のことは……正直分かりません」

 ちょっと声が小さくなった。情けないことだけど、それは本当。王子さまがどんな人なのか、ここがどんなところか、全然知らない。わかるのはここに来る前に想像していたより、ここがもっとずっと知らないところだと言うことだけ。

 でも、それが何か問題ある?

 大体会ったこともない王子さまに何をしてもらえって言うのよ!? 私と同じ年でしょ? 自慢じゃないけど、絶対私の方がしっかりしてるわっ。

 

「……」

 ああ、でもひょっとして……お父さんは何かを望むのかしら?

 ふと思い至って父を見上げた。だって待合室にいた父親たちはみな自分の子供たちに、「ああしろこうしろ」「こうしてはいけない」「こう訊かれたらこう答えるんだ」とかしつこく言っていた。

「……」

 目が合った父が困ったように笑ってくれて、アンリエッタはほっとする。

 ――うん、無敵。頑張れる。

 

「ですが、それが何か問題になりますか? 側役になりたくて仕方のない家の子たちが、側役になったって別の問題が出来るだけでしょう?」

 だってそれは分かるもの。王子さまが偉い人だから、着飾った父親が待合室で必死な顔して息子にあれやこれ言ってたんでしょう?

 あんな公示が王立図書館なんかにあったのだって、贔屓をしてるって思われないように、特定の人だけに声をかけないためでしょう?


 アンリエッタの台詞に面接官たちは思い思いに顔を変化させた。

 渋い顔、驚いた顔、呆気にとられた顔、面白がっている顔、真剣な顔……。

 

 それに構わず、アンリエッタは畳み掛けるように言い募る。

「それに側役って言っても、ようはこんな小さな時は身代わりでしょう? 私の容姿はぴったりだと思います」

 だって例の王子さまって銀髪でしょう? 調べたのよ、すごいでしょう?

 さすがにぎょっとしたのか、父が「アンリエッタ」と声を掛けてきたけれど、ごめん、お父さん、と思いつつ無視した。

 

 そんなアンリエッタに婦人は呆れたように笑った。

「あなた、変な子ねえ」

「む」

「ああ、賢いのか、なんなのか」

「ぐ」

 駄目か……修行が足りないってことよね、これ。うう。

 

 もう結構ですよ、という声を聞いて、アンリエッタは立ち上がった。

 あー、失敗したんだ……世の中ってそんなに甘く出来てないわよね、やっぱり。それにしても月給3,000ソルド、喉から手が出るくらい欲しかったのに……。

 

 さようなら、卵と牛乳。再びこんにちは、金策を考える毎日。でも……まあ、いいや。

「ごめん、失敗」

「そう? 頑張ってたよ」

 笑って父を見上げると、父も笑って返してくれる。

 うん、収穫、ちゃんとあったもの。お父さん、ちょっと見直した。

 

 ああ、それにしても明日は何でご飯を調達しよう? こんなことになるなら、さっき控え室にあったお茶菓子、おなか一杯食べて、お母さんのお土産に頂戴しておけばよかったわ。

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