第2話


 王子の側役――

 月給3,000ソルド。3,000! さんぜん!!

 食パン1,987斤弱、牛乳1,522本ちょっと、卵1,071パックと4個、お肉だって買えてしまう!!!

 

 

「お城の王子さまの側役になりたいの。面接があるから、お願い、一緒に行って」

 こっそりした申し込み。それの書類審査に受かったという通知を持ってアンリエッタは、リビングの色あせたソファで仲良くくつろぐ両親に、なるべく可愛くお願いする。

 だが、そこは両親、生まれた瞬間からのおつきあい。アンリエッタのそんな打ち明け話に、「いつの間に……」と絶句をしても、すぐに立ち直る。


「アンリエッタ、側役が何か分かっているのかい?」

「もしそんなことになったら、アンリエッタは1人でお城で暮らすのよ?」

 皆に通じる、“小さな可愛い女の子仕様”のお願いも通じない。

 だが、そこは娘。大体この両親を前にそんなことで諦めるようなら、アンリエッタは今頃餓死していたに違いない。

 渋る母に『どうしてもやってみたいの』と懇願して、最後には泣いて。

 頷こうとしない父を『どうせ無理だから』と懐柔して、最後には脅して。

 

――そう、アンリエッタはただいま思惑通り、父と共に豪華な宮殿の中にいる。

 

 シンプルな男の子用の服を身に付けて、豪華な一室のソファに父と隣合わせに座り、面接待ち。

 ちなみに、シンプルと言えば聞こえは良いけど、実際のところは粗末なだけの服だ。新しく買うお金なんて当然ないから、持っていたドレスを知り合いの仕立て屋さんに頼んで仕立て直してもらった。もちろん破格中の破格で。

 コツは、ちょっと困った顔して、「お願いします……」と丁寧に頭を下げ、後は飛びっきりの笑顔でお礼を言うこと。子供という属性にプラスして、それなりに整った顔つきらしいから、使わない手はない。

 そんなことを考えながら、アンリエッタは周囲の貴族の親子の嘲笑の視線を、毅然と顔をあげて無視する。

 

 実のところ、そんな目で見られる理由は、宮殿に入った瞬間に理解できていた。“場違い”というのはこういうことだ、と。

 宮殿内はアンリエッタの想像をはるかに超えた場所だった。

 初めて近くで見た古めかしい荘厳な造りの白亜の宮殿は、当然のことながらアンリエッタの家よりずっと大きかったし、今日は雨だと言うのに、どこにもバケツやお皿が置いてない。つまり、雨漏りしないということだろう。

 床には、そこで寝ても絶対背中が痛くならないと断言できる、毛足の長いじゅうたん。

 そこかしこには、一体いくらするのか気になって仕方ない調度品が、そんな風に扱うくらいなら1つくらいくれないかしら?と思うほど無造作に置かれているし、首が痛くなるほど見上げなくてはいけない天井には、キラキラしたガラスの装飾灯が惜しげもなく掲げられている。

 すれ違う侍女の服でさえ、アンリエッタが今着ている衣服よりよっぽど質がよさそうだ。お下がりをくれたら、仕立て屋さんに持ち込むから、その際は是非声をかけて欲しい。

 

 案内人の胡散臭いものを見る目つきに顔をしかめながら、通された先でも衝撃は続いた。

 今腰掛けている、青い絹張りのソファは、座った瞬間、どこまで沈むのよ?と不安になったくらい、ふわふわで、目の前には高級そうな香ばしいお菓子が無造作に置かれている。持って帰って街中で売ってしまいたいけれど、そこは我慢。

 それに手をつけたい気もするけれど、それにも耐える。そんなことをしたが最後、目の前でこっちを露骨に笑っている、茶色の髪のあの子を喜ばせることになってしまう。

 その子と目が合って、鼻で笑われたけれど、やっぱり無視。ああいう手合いは、こっちが嫌がれば嫌がるほど、調子に乗る。

 それにしても、なんて意地悪そうな顔! 馬鹿ね、お金があったってあんな顔になったらおしまいなのよ? 幸せになれないのよ?

 ちなみに、僻みを差し引いても、賢いという言葉から程遠そうな子がやたらと豪華な服を着て得意そうにしているのを見ると、余計馬鹿っぽく見える。頭の足りなさを服に頼ってカバーしなきゃいけないのはこの際仕方ないとしても、問題はその自覚がないことだ。それに気付けないあたり、ある意味心底気の毒かもしれない。

 

 そう、競合相手はそんな貴族の男の子ばかり。いや、アンリエッタも一応伯爵の家の子らしいのだけれど、没落・衰退・虫の息著しいし、そもそも女の子だし。

「……」

 緊張のせいか、居たたまれなさのせいか、はたまた意地悪な視線のせいか、顔を伏せてしまいそうになるをぐっと堪えて、アンリエッタは侮蔑を露にしている目の前の親子を睨み付けた。

 だって、自分がしたいと言ったことだもの。



「スタフォード伯爵」

 名を呼ばれて父と共に立ち上がると、自分たちの姿を頭のてっぺんから足の先まで眺め、その係りの人もまた眉を顰めた。周囲からも微かな笑い声が聞こえてくる。


「……」

 少し不安になってアンリエッタは父を見上げた。

 私は仕方がない。でも、私のせいで、お父さんが嫌な思いをしていたらどうしよう……。

「行こうか、アンリエッタ」

 目が合った父は、いつもの人の良さそうな顔でにっこりと笑ってくれる。

「……うん」

 ああ、だから甲斐性無しでも大好き。

 そう思ってアンリエッタも父ににっこり笑い返した。父も母もアンリエッタを無敵な気分にしてくれる。

 

 ――だからこそ、絶対! 3,000ソルド、手に入れてやる!

 

 待っててね、お母さんっ。たんぱく質って体にいいんですって。すぐ丈夫になるわ。あと、楽しみにしててね、私の未来の弟か妹! 姉さんは頑張るわ!!

 あなたが生まれてくる頃にはうちは毎日卵と牛乳よ!


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