第6話
「やっぱり一緒に来るんですか?」
(それじゃ身代わりの意味がないじゃない……)
長い金髪のカツラをつけ、ドレスの上に可愛らしい外套を羽織って、横を歩く“美少女”に、アンリエッタは眉をひそめる。
……一応言っておくけど、心配してるわけじゃないわよ? 王子になんかあるのは困るのよ。月給5,000ソルドの源だもの。ついでに言うと、この国の未来がかかっているし。
国が荒れても、物価さえ安定してくれればいいんだけど、そういうわけには中々いかないもの。仕方なく、なの。
「危ないって言ってるのに……」
(だから、王城で大人しくしていて欲しかったのに、いつの間にかまた奴のペースに乗せられてるわね……)
そう気づいて独り言と共にため息を漏らした。いつものことと言えばその通りだけど、だからこそ余計腹立たしい。
「大丈夫だ。ちゃんと盾になる奴がいるから」
そんなアンリエッタを珍しく黙って見ていた王子は、不意にふわりと笑った。
「? 第9の誰かがついてくるんですか? ……っ」
心底嬉しそうに微笑んでいるその顔と、丁寧に取られた手袋ごしの手の感触に、ドキリとした。
そのまま昔のように紫色の瞳にじっと見つめられて……
「これ」
「……」
一瞬でもドキリとした私の心臓をえぐり出してしまいたい。
不満を色々、そう、色々と覚えながらも当初の予定通り、来た時に使った道より人気の多い大通りを王城に向かって歩く。
刺客をおびき寄せたいとは思うけれど、不必要な警戒はされたくない。先週襲撃された人間が、人気の少ない裏通りばかり通っているのも不自然な話だ。だから、いかにも身を隠しています、というようにフードを目深に被り、途中偶然に見せかけて、一度だけ銀色の髪を人目にさらす。そして、慌てたそぶりでフードを被り直す。
後は、近道です、という様相でちょっとだけ裏道に入って……
――ほら、かかった。
薄暗い、少しすえた臭いのする路地裏で、町人の装いに身を包んだ刺客たちに周囲を囲まれた。数は前回から倍増していて、今回は10人。まったく頭が悪いわけでもないようだ、物腰を見るに質も一応向上している。
「――私がカイエンフォールと知ってのことか?」
身代わりの本領発揮だ。なるだけ尊大に、嫌味ったらしく、むかつく、根性真っ黒な笑みを浮かべて……ああ、絶対本人そっくり、と思いながら、アンリエッタはシュラリと音を立てて、腰の剣を引き抜く。
「カ、カイさま」
狭い路地に反響する、怯えた声はそれこそカイエンフォール本人のもので、思わずげんなりした。
(本当に乗りすぎ。演技過剰だわ、王子。……ああ、でも知らない人、しかも、いやらしいおっさんには威力ばっちりなのね)
確かに敵なんだけど、王子へと意識を向けた彼らに、「もしもし、あなた方、それ、とっても危険ですよ?」と思わず忠告したくなった。
だってねえ。
嫌らしい笑いを浮かべて、2人がかりで美少女を人質に取ろうして、瞬殺ってねえ。
憐れよねえ。
いやらしい笑みを浮かべたまま倒れてるってのが、本当に涙を誘うわ。
しかも、相手は本当は男よ。
これが泣ける話じゃなかったら、他に何で泣けるって言うのよ?
結局、残る2人をアンリエッタが、4人を第9が片付けて、首領格の2人を生け捕った。
「おも」
動かなくなった人間の身を探って、何か証拠になりそうなもの、証拠をでっち上げられそうなものを身包み剥がす。
生臭い血の臭いとぬるりとした感触は、当然生理的嫌悪を引き起こすもの。しかも、うつ伏せに倒れている体をひっくり返した時に、白目をむいていたりすると、「食うか食われるかなら、迷わず食ってやるわ!」って決めているアンリエッタであっても、やはり気分はよくない。
(ああ、私まで血まみれ……)
第9部隊の新人らしき子が、奇妙な目つきで自分を見て、ひそひそと同僚に話しかけているのを感じて、アンリエッタは眉を顰める。
――聞こえてるわよ? そうよ、私がカイエンフォール第1殿下付きのアンリエッタ・スタフォードよ。これでも一応女よ、なに、文句でもあるってのっ?
ついでに、さっきあんたが見蕩れてたあっちが、あんたの護衛する、当のカイエンフォール、男よ、お・と・こ。いい気味だわっ。
「……」
……お母さん、娘はもうお嫁にいけないような子になってしまいました。
まあ、良いんだけどね、当たりがよければ良いけど、相手がお父さんみたいな人だったら大変。あの人、頭も人もいいけど、稼げない、生活能力ない、(本限定だけど)浪費家のトリプルコンボなんだもの。
やっぱり結婚なんて、「手堅くご飯! 目指せ、自給自足! 農園最高!」の魅力の前には、かすみまくりだわ。愛? はっ、そんなんで食っていけるか! 経済観念のある私は、そんなギャンブルには手を出さない!
「アンリ」
(――娘をそんな風にした元凶がやってきました、お母さん)
「アンリエッタ」
人の返答に、王子は反応を返す気すらないらしい。どこまでも無礼な性悪は、カツラを鬱陶しそうに外した。
(ふ、そこの第9のあなた、今一瞬もったいないって顔したでしょう、ちゃんと見たわ。懲りない性格ね)
アンリエッタは八つ当たり気味に、先ほど自分を怯えと共に見た諜報員に半眼を向ける。
「帰るぞ」
王子はその視線の先を確認した後、アンリエッタに顔を向け直すと、「当然怪我なんかしてないだろうな」と断定調で言って微笑んだ。
「……」
冬の日は短い。太陽が地平線の向こうに沈んだ今、夕暮れの名残と夜の闇がせめぎ合って、空は紫に染まっている。その色は、今目の前でアンリエッタを見つめる奴の目と奇しくもそっくりだ。
美しいその輝きと最近では本当に珍しくなった優しい表情に、アンリエッタはつい魅入ってしまった。
そう、不覚以外の何物でもない。けれど、本当は知っているのだ、こんな態度だけど、ちゃんと心配してくれているって。
「……」
だから、今度は無言でただ頷いて、王子に従い、黄昏時の裏道を歩き始めた。
『アンリエッタ、大丈夫? いいよ、無理しなくて』
優しいカイ。
『ふふ、大好き、アンリエッタ。うん、父上も母上もサリナも老師もトンプソンもマーガレットもキーンもみんな好き』
可愛くて素直で親切。
でも……いつからか変わってしまった。
これで何回目だろう、王子が狙われるのは。
これで何回目だろう、王子がこんな血まみれになるのは。
内陸の小さな国。要塞を作るに適した地形すらない平原の国は、学問とそれによる経済や文化の発展、外交でこれまで細々と生き残ってきた。
それが変わったのが貴重な資源が見つかった百年ほど前だ。それからは諸外国から事あるごとに干渉を受けるようになり、一夫多妻制を取り続けていることもあって、世継ぎ争いも耐えなくなってしまった。
王位なんて投げ捨ててしまえばいいのにそれもしないで、自棄になることも狂うことも自分に許さず、カイはちゃんと自分が出来ることをしようとしている。
だから、本当は分かってる――性格が歪んでしまうことぐらいは仕方が無い。
でも――、
「アホ面しているとおいてくぞ」
っ、月給5,000ソルドで、被害者私だけってやっぱり理不尽よっ。
せめてもうちょっと給料上げてよっ。トマトの品種改良、したいんだってばっ。そのための農園の頭金がいるのよ、私は!
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