第5話
老師に礼を述べ、暇を請うたアンリエッタは、年季の入った木製の手すりを右手に階段を静かに下っていく。
残すところあと4段となったところで、見計らったかのように応接の間の扉が開いて、少女姿の王子がにこやかに出てきた。
その背後に真っ白な灰と化したイズミルの姿を発見。真っ黒な髪まで白く見えそうな表情に思わず涙を誘われた。
(ばらしたのね、知っちゃったのね、空想の世界に飛び立ったのね。ああ、なんて気の毒……)
「間違っても私を祟らないで……」
アンリエッタは思わず、彼が迷わず冥土に行けるよう祈る。
次にアンリエッタが訪れる時、彼はきっとここにいないだろう。さようなら、異国の青年。さようなら、私の短く淡い恋心。
アンリエッタのそんな視線を辿った王子は、これ見よがしに大きな音を立てて、後ろ手に扉を閉めた。
「……」
(見たわよ、そこの執事さん、あなたまた見ない振りしたわね。いい年なんだから、ちゃんと現実を受け止めなさいよ。見た目、金髪色白のか弱げ美少女だから、認めたくない気持ちも分かるけど。てか、それ、悪辣カイエンフォールだから。いい加減気付け!)
「アンリ」
「アンリエッタ!」
階段を下り切ったところで、男みたいに呼ぶな!という憤りを込めて、王子と睨みあう。
「報告はどうした、ん?」
けれど、そこは敵も然る者、動揺するわけはもちろんなくて、それどころか胸をそらしながら、「給料分は働かないとな」とくる。
「くっ」
――月給5,000ソルド、お前は今日も私を縛ろうというの……?
「……毒はルイエール公国産、メゾポナ国の仕業と見せかけたテイラン国の計略だと思われます」
――縛られちゃったわ、ええ。
人はパンのみにて生きるにあらず。でも、パンがなきゃ始まらないって私は思うの! ルーディ、姉さん、あんたの為なら頑張れるわ……っ。
アンリエッタの返答に、目の前の王子は口元に手をあてて考え込んだ。
細かいことをいちいち言わなくてもちゃんと理解されていると思えるのは、10年ずっと一緒にいた時間のなせる業。実際王子は根性悪……違った、根性“最”悪だけど、頭はいい。だから余計性質悪いのだが。
しかもじっと考えを巡らせているその様子が、物思いに沈む美少女にしか見えない。
(……絶対素の私より美人。ああ、伏せた睫が長いわ、密度も高いわ、もうすっごくいやーっ)
もちろん分かってはいる。どんな要求をどの国に突きつけるかを考えてるということぐらい。しかも内容はアンリエッタが考えるものよりも数段えぐいはず。なのに、皆この外見にだまされるのだ。
ふと思いついたようにこちらに顔を向け、にこっと笑った王子と目が合った。
「見惚れるな」
「てない!」
っ、ルーディっ、姉さん頑張ってるけど、もう駄目かもしれない……!
お願いだから、お父さんの無駄遣い見張って、ちゃんと貯金しといて……っ。前言ってた哲学大鑑なんて、間違っても買わせちゃ駄目よっ? あれじゃおなかは膨れないからね? ね?
姉さん、農園が欲しいの、トマトと小麦と他にもいっぱい作って、穏やかに暮らしたいのっ。
――こんなおかしな生き物に関わらずに!
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