第2話
ここは首都の真ん中、賑やかな商業地区の一角。
季節は冬だというのに、背景に花でも舞っているんじゃないかと思うような美少女がアンリエッタの腕を取り、忙しない通りを足取り軽やかに歩いていく。
雑然としている中で、すれ違う誰もが足を止めて振り返り、ぽかんと口を開けて彼女を見つめる時点で、その異質さが窺い知れるというもの。
(ああ、もう本当に老若男女問わず悩殺される可愛さ……)
アンリエッタもついまじまじと、その顔を見つめてしまう。
綺麗な、綺麗な紫の瞳は潤みを帯びて輝き、長く、密度の濃い銀のまつ毛に縁どられている。
青みを帯びた銀の髪が弾むような歩みに合わせて、さらさらと宙に踊るさまは、妖精が舞い踊っているかのようだ。
「……」
そんなアンリエッタの視線に気づいたのか、陶磁器のような白肌が淡く染まり、瑞々しい桃色の艶やかな唇が恥じらいを帯びて、はにかむように微笑んだ。
(ああ、めっちゃくちゃ可愛い、可愛すぎるわ……。そうなのよね、王子の側役になった10年前は毎日こんな風だったのよ)
『アンリエッタ、今日はこれからなにする?』
『カイ、いっしょに中庭に行こう!』
(それで、私がカイの手を引いて走り出して、後ろを見た時に目が合うと、カイはにっこり笑って……そう、こんな風に)
ほぼ同じ高さにある紫の目とアンリエッタの目がまっすぐ絡む。昔のようにカイ、もとい、王子は小さく笑ってからうつむくと、上目遣いに口を開いた。
「おい、アンリ、その仏頂面何とかしろ。この俺がそんな不細工な面で歩いていると思われたらどうしてくれるんだ」
(っ、犯罪っ! だって今すれ違ったお兄さん、鼻の下伸ばしてから、羨ましそうな視線を私に送った! 絶対、美少女が彼氏に見つめられて、照れたとか思ったっ! 違うってばっ!!
くっ、10年の歳月を恨むわ。なんだってこんな風になったのよっ!? 昔は『楽しいね、アンリエッタ』だったのよー!!)
それでもアンリエッタは理性を総動員して、顔の筋肉をコントロール。結局ふわりと笑うことに成功した。
「ふ、ふふふ、ふふふふふふ」
(私ってば勤め人の鏡だわ、さすが理性の人。たとえ「今日も拷問……!」と内心で呻いてたって、別にいいのよ、外からわかんなきゃ)
などと自賛ついでに開き直りもしてみる。
「……」
人が全力の努力でもって理不尽な要求に応じたというのに、傍らの王子は急に無言になった。うるさくないものむかつかないのも正直助かるけど、それはそれで気持ちが悪い。よくよく考えれば、それもどうなのかという話なわけだが。
(ああ、本当になんて悪環境にいるのかしら……)
「……げ」
内心で嘆きつつ、老師宅に続く通りの角を曲がったところで、ふと背中に刺すような視線を感じた。やはりちゃんときっちり狙われてる。
そう、暗殺者だって、所詮は雇われの身――金のためだったり、上の命令だったりで、「言われりゃするしかない」っていう気持ちはもちろん察して余りある。しかも前回失敗したのであれば、なおさら後がないはずだ。必死にもなるだろう。
(わかる、泣けてくるぐらいわかりすぎる。けど……あんたたちが狙ってる私も、その可哀そうな雇われ人なのよ!)
色んな意味で泣けてきた。
(ねえ、天国のお母さん、今日も何事か起こりそうよ? もう何千回目かのお願いだけど、こんなに健気なのに報われない、かわいそうなアンリエッタを見捨てないでね? だって、もし私に何かあったら……くっ、あのお父さんじゃ、可愛いルーディを養えない……っ!)
(って言ってる場合じゃなかった、私としたことが)
嘆きをいったん押しやり、少し離れたところに、やはり一般人に偽装してついて来ている護衛のアゾットへとさりげなく視線をやれば、ニヤッと笑いながら、頷きを返してきた。
余裕があるのはいい。だが、その彼の腕になぜ色っぽいお姉ちゃんがしなだれかかっているのか。どこでいつ調達したかも気になるが、もっと重要な疑問がある――
「……」
(寒風吹きすさぶ中だってのに、彼女が見せているあの胸の谷間、あれは私に喧嘩を売る意図があってのことかしら?)
周囲からの殺気に負けない空気を背負いつつ、アンリエッタは、あれで仕事に手抜かりが出るようなら、アゾットのあの赤毛を坊主にしよう、そうしよう、と決定し、目的の屋敷に辿り着いた。
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