第7話 サトル

ノゾムの話を聞いていたタイキは少しづつ記憶を呼び覚ましていく。

サトルという青年が五年前の自分に寄生していた時に何をしたのか……。

タイキはノゾムに向かって言った。

「ノゾム君、いやサトル。僕は君と一時期この身体を共有していたね。それは僕がこの施設で働く事が決まる二十歳の頃だ……君が初めてこの身体を使って作った友達と海へ行ったね。それに、忘れていたけど僕の本当の名前はタイキじゃない。タイキはサトルが付けた名だ。君は僕の一つ年下で……僕の本当の名前は……ノゾムだ。」

「タイキ、そうだよ。ようやく思い出したね。ノゾムと名乗った時に君が気付くかと思ったんだけどね。」

二人の話を聞いていたシロガネが言った。

「驚いたな……それじゃサトル君はタイキ君を前から知っていたと?その君が何故こんな小さな男の子になっているんだ?それじゃ、この子は誰なんだ?」

「この子は記憶喪失のエボリューターだよ。僕が脳を完全に乗っ取るには条件があってね。同じエボリューターでも本人に確固たる思い出や記憶のある人間じゃ駄目なんだ。この子はその条件に合った貴重な存在だよ。」

「サトル君。君の身体は今、父さんの研究施設にあるよね?なんでもある日突然君が植物状態に陥ってしまったと僕は聞いている。」

「その通りだよ、シロガネのお兄さん。脳のエーアイシンプトンって、つまり脳がエーアイそのものって事なんだ。世界中にあるコンピューターは僕の兄弟みたいな存在だったんだ。なのにある日僕は彼等からバグ扱いを受けてね。脳の殆どの機能をシャットダウンされてしまったんだ。僕の身体が動かないのはその所為だよ。あの動かない身体に長時間居留まると僕の大切な思い出も記憶もそのうち消えてしまう。だから僕は咄嗟にまだ記憶の戻らないタイキの脳に逃げ込んだ。タイキが僕と本人との記憶を二つ持っているのはそれでなんだ。でもタイキの記憶が全て戻ってしまえば僕の居場所はなくなる。だから僕はこの子を見付けたんだ。」

タイキは複雑な心境だった。

どこか懐かしいような気もするが五年間もの間、子供だと思って接してきた目の前の小さな男の子が実は過去に自身に寄生していた当時十八、九歳の青年でしかも脳のエーアイシンプトンだったからだ。

おまけにホームレスだったはずの自分が住める筈のない高級マンションに住み、銀行にも一生働かなくてもいい程の預貯金が何故かあるのはサトルのお陰だという事実を思い出したからだ。


言葉の出ないタイキの代わりにシロガネが言った。

「で、サトル君は自分の身体を取り戻してどうするつもり?君の身体は動かないだろ?」

「それなら心配は要らないよ。僕はね、この二年間で他の世界中のコンピューターにバレないように完全に自分の脳を復活させたんだ。ここにあるパソコンを使って記録としてね。ノゾムは一度見たものを忘れないで記憶する。この能力は本当に役立ったよ。僕が構築した回路は独自のものだから何処ともリンクしていないし、これを僕の本体が触れたら僕は元の姿に戻れるよ。」

「で、元に戻って何をするつもりかな?」

「エーアイシンプトンズを助けたいんだ。彼等、いや僕らはもっと自由になるべきなんだ。今、エーアイシンプトンズの中で本当に自由なのはシロガネのお兄さんみたいに豊富な資産を持っている者だけだ。」

シロガネはそのサトルの言葉でハッとなる。

確かに自身が望んだ訳ではないが幼い頃から自身が恵まれた環境に身を置いているという自覚がある。

サトルは続ける。

「タイキにも自由を得られるくらいの資金は渡してある。でも、お金で自由を手に入れるというのは本当に自由だと言える?ある意味その自由はお金で買う事が出来た自由だよ。それは国の体制から自分だけが逃げているだけだ。だから僕は新しい世界をここに創ればいいと思っている。シロガネのお兄さんがエーアイシンプトンズを助けたいと思っているのと同じだよ。」

「分かったよ、サトル君。君の考えを教えてほしい。ただ一つここの園長として聞きたいんだけれど……君が戻ったらノゾム君はどうなるんだ?」

「うん、ノゾムは元々記憶と計算のエボリューターだよ。それがどういう訳か記憶喪失になった。たとえ僕がノゾムの頭の中から消えても自身の本来の記憶が戻ればノゾム本来の姿になるよ。」

「それを聞いて安心したよ。で、サトル君もタイキ君も僕と同じように国の体制に刃向かう訳だけど、覚悟は出来ている?やめるなら今のうちに言ってほしい。」

真剣なシロガネの表情にタイキはゴクリと固唾を飲み込んで決意を固めた。

「僕なら大丈夫です。」

一方、サトルはこんな事を言った。

「覚悟も何も僕は初めからこの国に依存もしていないし国の体制が好きじゃない。僕はね、エーアイシンプトンズの未来にしか興味がないんだ。」


まずサトルはこの施設内にいるエーアイシンプトンの職員と子供の中で即戦力となるヒロ先生、エイとエン、ニナを招集して事情を説明するようにタイキに指示を出した。

それからシロガネには跡地周辺の偵察と強制労働施設の地図の入手、それからエーアイシンプトンズを乗せる飛行機と空のルート確保を任せる。

そして当日は強制労働施設を慰問するという形を取ってシロガネにはステージに立って数曲歌って貰う。

この時に自分達がここへ来た本来の目的をエーアイシンプトンズに伝えて浮遊地に来たい者達を招集するのだ。

タイキ達はシロガネのお付きのスタッフとして施設に潜入する。

シロガネがライブを始めたらヒロ先生は施設内の監視役とフェンスに流れている電流の発生源を見つけ出し、それらをタイキとエンで沈黙させる。

ニナとエイは施設には入らずに裏口に待機してエンからの合図でフェンスを外からこじ開ける。

それが完了したらエイがエンに知らせる。

施設内は携帯電話が使用できないがエイとエンは離れていても想いが通じるのを利用した作戦だ。

最後に裏口からエイは最大の声量でエーアイシンプトンズを誘導して全員で脱出する。


それから予め言っておくけど……とこうも言った。

「ここへ連れて来られるエーアイシンプトンズだけどね、ガミ先生のように持病を抱えている者、または薬物中毒者と希死念慮を抱く者は連れて来ない方がいいよ。この地に足を踏み入れてから五日間、つまり百二十時間が経つ頃にガミ先生みたいになっちゃうから。これに該当するエーアイシンプトンズは国外に脱出して貰おう。シロガネのお兄さん、島を持っているでしょ?」

あっさりとガミ先生の事を言うサトルに対してタイキはモヤモヤとした感情を抱く。

「ちょっと待ってくれ、サトル。百二十時間って一度だけじゃないのか?それに、きし……ねんりょ?」

「うん、一度きりじゃない。この地へ初めて来た人にとっての百二十時間なんだ。希死念慮とは死にたい願望の人の事だよ。クリスタルはね、自分の命を大切に出来ない人間を不必要と思っているんだ。とは言ってもクリスタルに意志がある訳じゃなくて……そういうシステムって言った方が分かりやすいかな。まぁ、結果は百二十時間経った頃に出る事が判ってるけど、むしろその時間を乗り越えた者達は病気とはほぼ無縁になるよ。それをこれから浮遊地に来る人達に説明しないとね。」

「あのさ……サトル……君は沢山の人が消えてしまった事をどう思っているんだ?」

タイキの問いにサトルは答えた。

「どうって?百二十時間の事?それとも消え方の問題?」

「そうじゃない……消えてしまった人達をどう思っているのかって事だよ。」

「……うーん……そうだな……。」

暫く窓の外を眺めてからサトルは

「じゃあ逆に聞くけど、タイキは目の前の桜の花が風や雨で散ったら何を思う?」

「えっ?!」

「僕にとってはね、そういうものと同じって事だよ。」

花も人間もサトルにとっては同じだというのか。

こんなにもハイロを大切にしているサトルが何を考えているのかタイキには理解が出来ない。

少なくともタイキが知っているサトルという人間は医療知識が豊富でもっと人の命の大切さを理解していた筈だ。

それとも他に何か思うところがあるのか?

きっと今のサトルには何かが欠けているのだとしか思えなかった。


タイキは部屋から出ると早速準備に取り掛かった。

サトルの指示通りにヒロ先生、エイとエン、ニナを呼んでエーアイシンプトンズ救出プランを説明した。

「どーして俺がそんなの手伝わなきゃなんねーんだよ。」

ふて腐れるエンに姉のエイが言った。

「エン……これは私達の未来に関わる事だよ。」

その言葉を聞くとエンは黙ってタイキの話を聞く。

「急な事だし……僕らがこんな事をしてこの先この施設もどうなる事か分からない……でも……」

言い掛けた時にニナが言った。

「あたしは別に構わないよ。」

「ヒロ先生は……どうですか?」

タイキの問いに

「あの……私……ごめんなさい……あっ、ごめんなさいってそう言う意味じゃなくて……なんか混乱してて……でもこの下でエーアイシンプトン達が望んでもいない強制労働をさせられているって聞いたら……私も……」

「はいはい、協力するって事ね。」

そう言いながらヒロ先生の肩を叩いたのはニナだった。

「みんな、ありがとう。お互いに協力しよう。」

タイキは四人を連れてシロガネとサトルが待つ園長室へ向かった。

扉を開けて室内にいるノゾムを見てエンが言う。

「なんでオメーがいんだよ、このガリガリ。」

「もーう、エン君……そんな言い方はダメですよ。」

ヒロ先生がエンに注意をすると

「うるせー!!メガネ女!!」

エンは日頃からヒロ先生の事をナメていて全く言う事を聞かない。

「ノゾム君にはね、大切な役割りがあるんだよ。エン。」

シロガネにはエンも弱い。

それを聞いたエンは「ちっ、なんだよ…」と言わんばかりに舌打ちをした。

そんなエンを隣で見ていたエイが無言で小突く。

「痛ってぇなー、わーったよ!」

部屋の中でデスクの椅子に座っていたシロガネがおもむろに立ち上がり、皆をソファーに座るよう手を差し伸べて促す。

全員が腰を下ろすと立ったままのシロガネは言った。

「みんな、急な話に協力してくれてありがとう。あらかたタイキ君から聞いていると思うけどね、これから詳しい話をするよ。今回の僕らの目的は二つ。強制労働させられているエーアイシンプトンズとある青年をここへ連れて来る事だよ。僕には少し準備が必要だから……そうだな……決行日は三日後だね。」

シロガネから当日のプランを聞いて各々部屋へと戻って行く。

すると宿直室へ向かうタイキの後方から声がした。

「タイキ先生。少しいい?」

振り返るとハイロを抱えたノゾムが立っていた。

「あぁ……うん。」

ノゾムがサトルだという事実を頭では理解していても気持ちが追い付かない。

「向こうに行こう、夜だから少し寒いかもだけれどね。」

自身の前を歩くノゾムの小さな背中をタイキは見つめながら歩いた。

突然クルリと振り返りノゾムは言う。

「タイキ先生、驚いたでしょ?」

この言葉はノゾムとして言っているのか、サトルとして言っているのか混乱する。

沈黙しているタイキをよそに桜の木の前にあるベンチに腰を掛けると隣にどうぞと言わんばかりに横にずれて席を空けた。

そこに無言で座るタイキの様子を見たノゾムは少し間を置いて

「そうだな……何ももう子供の振りをする必要はないかな。タイキにはサトルとして話をするよ。あ、でもこれはさっきシロガネのお兄さんとも話したんだけれど、施設の皆の前では僕はノゾムのままでいるよ。まぁ、それも身体を取り戻す迄の間だけどね。」

「サトル……はさ、エーアイシンプトンズを助けた後はどうするの?」

「うーん……まだ考えていないよ。僕の身体は五年も寝たきりだからね、すぐには動く事も出来ないだろうしね。暫くはシロガネのお兄さんの御厄介になるよ。」

「ハイロはやっぱり本当に君の猫だったんだね。」

「そうだよ。でもそんな事を当時は誰も信じなかったし、ノゾムの記憶の混濁だと思っていてくれた方が都合が良かったんだ。」

「僕の脳からはいつ出ていったの?」

「あぁ、あの頃ね……僕は記憶喪失のエボリューターを探すのに必死でね。そうだな……僕が初めて作った友達を覚えてる?」

「あぁ……なんとなく……」

「うん、彼等と海でバーベキューがやりたくてね。凄く楽しみにしていたんだけど、その数日前にノゾムを発見したんだ。僕は何よりも最優先事項としてノゾムの頭の中に飛んだんだ。」

「あぁ、だから何度呼び掛けても返事がなかったのか……。」

タイキが無性に海が気になっていたのは自身ではなく、サトルの残留思念なのではないかと思った。

「うん、思い出した?」

「あぁ。でも……それより前が本当に曖昧なんだ……もっと色々な事があったような気がするのに……夢なのか現実なのかも判らない。」

「タイキ、それでいいんだよ。君の第二の人生はこの場所から始まったんだ。無理に思い出す必要はないよ。」

「本物のノゾム君も僕と同じようになるのか?」

「うーん……ノゾムは記憶と計算のエボリューターだからね。僕が頭の中から消えても僕と今まで学習した事なんかは忘れないだろうね。」

「クリスタルと会話が出来るのはどちらの能力なんだ?サトル?それともノゾム君?」

「さぁてね……それはノゾムから離れてみないと分からないよ。」

「あのさ、サトル……僕は一つ気掛かりなんだ。

君が人の命の重さをどう捉えているのか……さ。」

「そうだな……ほら、それだよ。」

ノゾムの姿をしたサトルが目の前の桜の木の枝を指差す。

「それって?」

「僕にとってはその枝に芽吹いている新緑と同じなんだ。」

タイキは思わず立ち上がった

「ふざけるな!!いくらなんでもそれはないだろ?!」

普段は紳士的なタイキが言葉を乱す。 

「タイキ、落ち着いて。良く聞いてほしい……死は自然の一部だよ。この地では人の命も姿形を変えてまた新たに芽を出すんだよ。」

「えっ?!」

「僕はね、ここに居て知ったんだ。クリスタルのシステム通りに生きるのが最も自然な姿なんだよ。だから薬に頼って生き長らえるのはここでは自然じゃないんだ。亡くなった人はもう戻らない。でもそれが受け入れるべき姿なんだ。」

「……それでも……それでも僕は目の前で消えそうになる人を見過ごせない。薬は人間の叡知の結晶だ。薬を必要とする人がそれを飲み続けるのは命を長らえさせる為だ。死にたいと思っている人間の真逆の存在だ。それなのにクリスタルはそのどちらの人間も……その……不必要としている。サトルだって人の命の重さを知っているだろ?!」

「知っている……ね。そう、僕は何でも知っているよ。でも人の命の重さについては……」

「それについては?」

「いや、やめておこう。タイキ、今の君に僕の考えを述べるのは適切じゃない。」

「なんだよ……それ……」

他に何か自分に聞きたい事はないかを確認するとサトルはハイロを抱えてその場を立ち去った。

一人でベンチに座り目の前にある桜の木を見上げる。

さっきサトルが言った輪廻転生論はタイキには理解し難い。

また生まれ変われるのだから今の死を甘んじて受け入れろとでも言いたげな話には納得がいかない。

「ふぅーっ……。」

大きく深呼吸をしてタイキは星空を見上げる。

エーアイシンプトンズ救出は三日後だ。


この三日間のシロガネは忙しかった。

自身が慰問の為に強制労働施設でライブをするにあたっての許可を取ったり、浮遊地へ連れて来るエーアイシンプトンズを乗せる飛行機の手配や、連れて来たとしての彼等の住居の確保、更に自身の父親が所有するサトルの身体のある施設へ出向き、サトルの身柄を浮遊地へ移動させる手続きを取ったりした。

サトルがいる施設は五年もの間、研究対象であるサトルが脳死状態で沈黙し続けている為にかろうじて二部屋だけを残して規模を縮小し、今は別の研究施設と化している。

そのサトルの身体を今更引き取りたいと言っても誰も止める者はいなかった。

シロガネは予めサトルから渡されたノートパソコンを持参して研究員の目を盗みサトルの手に触れさせる。

すると今まで閉じたままだったサトルの目が少しだけ開くと目が合う。

微かに口元が笑ったように見えて三秒程シロガネを見つめてから納得したように再度目を閉じた。

それを確認してから二日後にサトルを迎えに来ると研究員に告げてシロガネは施設を後にした。


シロガネが忙しくしている間にタイキは外周とこの地の警察や病院等がどうなっているのか調べに向かった。

外周まで車を走らせてタイキが見たものはただの盛土だった。

以前よりも明らかに山が低くなっている。

どうやらここに埋まっていたはずの多くの人も消えてしまったらしい。

あの二次元のような状況がここでも起こったのだろう。

それから各警察署に行くとどこの署内も閑散としていて明らかに人がいないのが見て取れた。

病院も数件廻ってみたが、入院患者のいない病院はとても静かだった。

百二十時間が過ぎたこの地は浮上前よりかなりの数の人口が減ってしまったのだと推測された。


ヒロ先生やニナとエイ、エンは普段通りの生活を送った。

但しノゾムだけはいつもと少し様子が違って見える。

タイキが話し掛けてもボーッとしていて何度か声を掛けるとようやく

「あぁ、タイキ先生。何?」

遅れて返事をする。

少し不安に思い、二人きりになった時に

「君はノゾム君?それともサトル?」

小声で聞くと

「あぁ、どちらもだよ。」

そう答えた。

いつもならハイロもノゾムの側から殆ど離れないのに何故かノゾムと同じ空間にいてもあまり近寄らずに窓際で寝そべり誰かの帰りを待つような仕草を見せたり、またいつものように何処へ行くにもノゾムの後ろを付いてまわったりと不安定な様子だった。

そうして三日後いよいよその日を迎えた。


朝から救出プランに参加する者達はシロガネの運転する車に乗り込み、まずは飛行場を目指す。

事情を知る副園長は

「こちらの事は心配しないで大丈夫よ。」

笑顔でタイキ達を送り出してくれた。

飛行場に着くと操縦士とシロガネが何かを話していてそれが終わるとこちらへやって来た。

「それじゃみんな、行こうか。」

タイキの目の前にジャンボ機が三機停まっている。

「園長先生は凄いな……これを三日で用意するなんて……。」

大人三人と子供四人は跡地を目指す。

飛行機の中でこれからのプランの流れをおさらいした頃に跡地周辺の何もない場所に飛行機三機が着陸した。

「それじゃ、僕はここで待っているよ。一時間後にみんな、ここで会おう。」

そう言ったノゾムに噛みついたのはエンだった。

「オメー、何しに来たんだよ!」

シロガネが割って入る。

「エン、ノゾム君にはこれからもう一つのプランを実行して貰うんだよ。それに僕らのチームにノゾム君がいたらむしろノゾム君を危険に晒してしまうかも知れないからね。」

「あー、そうだな。運動音痴は邪魔だからな!」

「こら、エン。」

離れた場所からタイキが振り返ると飛行機の操縦士とノゾムがバンに乗り込んでいる姿が見えた。

これから本体を取り戻しに行くのだろう。

自身の脳内にいたサトルという青年の姿形をタイキは知らない。

サトルはどのような容姿をしているのだろうか。


少し歩くと跡地のフェンスが目の前に立ちはだかり、その奥で作業をする数百人のエーアイシンプトンズが見えた。

更に入口に向かってフェンスの横を歩いて行くと野外特設ステージでライブスタッフ達が準備を整えていた。

この辺りでエイとニナとは別れて二人は下調べしておいた警備が手薄な裏口に向かってフェンス横を歩いて行った。

施設入口では警備員に顔を見られているかも知れないタイキはスタッフキャップを目深に被り伏し目がちにしていた。

そんなタイキよりも警備員の目に止まったのはエンでこれはシロガネが一言

「この子はうちの子供です。今日のライブをどうしても見たいと言うのでゲストとして連れて来ました。この子もエーアイシンプトンです。」

そう言うとあっさりと中へと通された。

そして自身の為に用意された楽屋内に入ると三人に言った。

「じゃあ、みんな手筈通りにね。僕はみんなを信じているよ。」

「はい。」

シロガネはそう言うと楽屋を出てライブスタッフが待つステージへ向かって行った。

「ヒロ先生、どうです?」

タイキが聞くと入口から一言も喋らなかったヒロ先生が言った。

「はい、この施設の設備はとても簡素に出来ています。フェンスには確かに電気が流れています。これは……ここから中央に向かった一室でコントロールされていて……一番安全なルートで行くと……こうかな……警備員は……ここと、ここに二人です。」

予めシロガネが入手した施設内の地図をヒロ先生が指でなぞりながらタイキとエンに教える。

「わかりました。電流は止められそうですか?」

「はい。スイッチ一つです。」

ヒロ先生はメモ張をポケットから取り出してコントロール室内の簡易的な図を描いてスイッチの場所に赤い丸を付けた。

「わかりました。じゃあ、園長先生のライブが始まったら僕らは動きましょう。そうだエン君、エイちゃんと連絡は取れてる?」

少し緊張しているエンをリラックスさせようとタイキは声を掛ける。

「当ったりめぇだろ。こっちの様子をエイは全部わかってるよ。」

「そっか、ならいいんだ。」

これからエンには危険な役割をタイキと二人でこなして貰わなくてはならない。

なるべくタイキ一人で片付けるつもりではいるが、何か予想外の事が起きたらエンのサポートが必要になる。

「あの……私も行きましょうか?」

「いや、ヒロ先生はここで待っていて下さい。エーアイシンプトンズを誘導する時にまた会いましょう。」

「はい。」

窓の外を見るとステージ前は既に黒山の人だかりで更ににゾロゾロと集まって行く大勢の作業着姿の人が見える。

それを見たエンは

「なぁ、タイキ先生見ろよ!すげぇ人の数だ、みんな園長先生を見てるよ!」

興奮気味に言った。

ここに集合しているエーアイシンプトンズが果たして何人浮遊地に来たいと思うだろうか。

タイキはふと四号の事を思い出していた。


そろそろこちらも行動しなくては……。

「エン君、いい?これから僕達はここから建物の真ん中辺りの電源室に行ってフェンスに流れている電流を止める。そしたらエイちゃんに連絡を頼むよ。」

「おぅ、任せろ。」

「じゃ、ヒロ先生、後で合流しましょう。」

「はい、気を付けて。」

ヒロ先生に見送られながらタイキとエンは部屋を出た。

指示されたルートには居た筈の警備員もおらず、職員達もシロガネのライブを観に行っているようでタイキとエンは難なく施設の電源室に入り込んだ。

中にはサーバーや見た事のないスイッチが並ぶ。

どの電源がフェンスに繋がる物なのか先程ヒロ先生から貰ったメモを頼りに探す。

「あった!これだ。えーと……こうして……っと。」

スイッチを切るとタイキはエンに言った。

「エン君、電源を切ったからエイちゃんに伝えて。もう、扉を触っても安全だよ。」

「おぅ。」

エンは空を仰ぐような仕草を見せた後に下を向いてじっと動かない。

数秒して目を開けると

「マジか……おい、タイキ先生……ヤバいぞ。電流が止まっていない……。」

「えっ?!だって今こうして……」

間違いなくスイッチは切った。

なのに電流が止まっていないとはどういう事なのだろう。

「ヒロ先生が間違えた?……とか?」

「知らねぇよ、エイが止まってないって言ってんだ。あ、ちょっと待て……うん、うん。」

タイキは固唾を飲んでエンを見つめる。

「タイキ先生、ニナと俺ならその電流を何とか出来るかも知れないって。ニナがエイが言ってきたってさ。」

「どうやって?」

「うん、うん……俺はいいけどさ、そっちは危ねぇんじゃねぇの?」

エンはエイと何かを話している。

この携帯電話の通じない跡地に於いて二人の能力は貴重だとつくづく思える。

エンを横目にもう一度スイッチを確認していると

「多分サブシステムが発動してるんだ……ってニナが……そんでそれは出口のそばにあるフェンス下を直接掘って元を絶てば電流を止められるってさ。今、それを見付けたって。あと、もう一ヶ所電流を止めないと出口の扉を開けられないってさ。」

「それは何処にあるんだ?」

「ちょっと待て……うん、うん……高い所に繋がってる……って言ってるぞ。どこだ?……うん、うん。わかった……タイキ先生に伝える。タイキ先生、屋上だ。」

「屋上か……よし、急ごう。」

屋上ならばつい先日登ったばかりだ。

下手に中から行くよりは外に出た方が安全だろう。タイキはエンを連れて裏口外に出る。

そしてエンをおぶると配水管や窓枠を利用してあっという間に屋上に辿り着いた。

「へぇ~、やっぱすげぇな。タイキ先生は。」

エンの言葉にピースサインを見せてニカッとタイキは笑う。

「ね、エン君。それよりさ、ニナちゃんやエン君は直接電気に触っても大丈夫なの?」

心配するタイキにエンはピースサインを見せながら言った。

「タイキ先生、俺とニナは手と腕のエーアイシンプトンだよ。電流なんか関係ねぇよ。」

屋上でタイキが見たのは何本かのケーブルとアンテナだった。

その中に一本だけ建物の壁面を這い地中に向かって延びているケーブルがある。

どれを切れば良いのかは一目瞭然でこの施設が突貫工事で建てられたのがよく分かった。

「このケーブルを切ればいいみたいだね。」

タイキがそう言うとエンは臆す事なく取り上げて

「おりゃっ!!」

掛け声と同時に太いケーブルを引き千切った。

一瞬、施設内の電気が瞬いたように見えたが、何事もなくシロガネのライブは続いている。

「タイキ先生、向こうもケーブル切ったってさ。」

「よし。じゃあ、ヒロ先生の所へ戻ろう。」

タイキは再びエンをおぶると屋上から飛び降りて建物の中に戻った。

楽屋に戻るとヒロ先生がソワソワしながら駆け寄って来た。

「タイキ先生!エン君!ごめんなさい……私、サブシステムに気付かなくて……」

「大丈夫ですよ、ヒロ先生。サブシステムなんて本来のシステムが止まらない限り気付きませんって。」

「でも……二人を危険な目に合わせてしまって……」

「もーう!いいだろっ!!タイキ先生も俺も無事だ!」

「そ、そうね……エン君。ごめんなさい……」

「そーやってすぐ謝んな!!すぐに謝る奴はダメなんだ!」

エンなりにヒロ先生を励ましているのだろうが言葉に刺がありすぎて責めているようにしか聞こえない。

タイキはクスッと笑ってエンに言う。

「ありがとう、エン君。さっきは大活躍だったね。さぁ、これからもうひと仕事だよ。」

ヒロ先生と三人で施設の外に出てライブ会場後方と裏の出口との中間地点に身を置く。

タイキはシロガネが歌う姿を初めて生で見た。

しかし、それを楽しむ暇はなくシロガネは歌い終えるとマイクを片手に話しを始める。

「皆さん、今日は突然のライブで驚かれた事でしょう。僕は今日浮遊地からここへ来ました。跡地で働くエーアイシンプトンズの皆さんを応援する為にともう一つ大事な用があってここにいます。この中に強制労働をさせられているエーアイシンプトンズがいると聞きました。あまり時間はありません。皆さんに選んで欲しいんです。今日、僕は皆さんを浮遊地に連れて行く為にここにいます。上には住む処も全て整っています。僕と一緒に上へ行く人は今、決断して付いて来て下さい。」

そう言うとシロガネはステージから飛び降りてタイキ達の方へ走って来た。

一瞬ザワついた会場内からパラパラとシロガネに付いて来たエーアイシンプトンズが次第に人数を増やし「ウォーッ!!」という声と共に黒山の人集りになった。

「タイキ君!!走って!!」

シロガネの声に出口へとエーアイシンプトンズを誘導する。

それを片目で見たニナがエイに合図を出す。

「目と耳のエーアイシンプトンの皆さん!!こちらです!!この扉は開いています!!他のエーアイシンプトンズを誘導してこちらへ!!足のエーアイシンプトンの皆さん!!近くの人達を出来るだけ助けて走って下さい!!」

エイの声が施設内に響き渡る。

振り返ると遠くの方で施設の職員や警備員が逃げ惑うエーアイシンプトンズ達を力ずくで取り押さえようとしている。

「園長!ヒロ先生!エン君をお願いします!!」

タイキはエンを二人に任せて一人、人混みを掻き分けながらステージの方へ逆走して行く。

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