第6話 120時間

跡地の作業現場を一通り案内されたタイキは先程目覚めた建物内に戻ってきた。

今度は何もないタイル張りの部屋ではなく、食堂らしき場所に連れてこられた。

部屋の中はこれまた長テーブルと椅子がいくつも平行に並んでいてウォーターサーバーが入口付近に三台横並びに置いてあり、奥にはカウンターキッチンが見えた。

「そこに座って少し待ってろ。」

小柄な男が誰もいないカウンターキッチンの奥に姿を消してそこから話し掛けてくる。

「お前、良かったな。働けそうな場所があってよ。」

「……。」

そう言いながら両手に湯呑みを持って現れて片方の湯呑みをタイキの目の前に置く。

「まぁ、飲めよ。」

温かいお茶が湯気を立てている。

「あ、ありがとうございます。」

そう言えば長時間何も口にしていなかった。

温かいお茶が全身に染み渡り思わずふぅーっと大きな溜め息をつく。

「あの……あなたのお名前は?すみません……聞きそびれてしまって……」

「あ?俺か?俺はヨンゴウだ。」

「ヨンゴウさん……珍しいお名前ですね。」

男はゲラゲラと下品な笑い方をしながら言った。

「そうか。ギャッハハハ、お前にまだここの重要な事、俺話してなかったわ。アハハハハ!」

「え?」

そして急に真顔になり、タイキに詰め寄るように言った。

「いいか?ヨンゴウってのは数字の番号だよ。ここじゃお前の本名なんて関係ねぇ。みんな番号で呼ばれるんだ。その方が国も管理しやすいんだとよ。俺は古参だからな、一桁台なんだよ。因みにお前は一番の新入りで三百三十三番、三のゾロ目だ。」

自らを古参と謳うが作業員達は浮遊地が出来てから集められたわけで、恐らくここの作業員で一番古い者でもせいぜい歴は三日目位だろう。

となるとこの目の前の男のように自ら志願した者もいるだろうが、国は随分とスピーディーに三百人以上のエーアイシンプトンを集めたようだ。

「三百三十三……さっき現場を見た限りではそんなに沢山人はいませんでしたが……。」

「あのなぁ、現場がここ一ヶ所しかねぇって誰が言ったよ?浮遊地の跡地ってのは広いんだよ。だから東西南北に先ずは大きくセクションが別れてんの。そんで俺等がいるここは西セクション。だからお前の正式名称はW三三三だな。」

「じゃあ例えば北にも三三三はいるんですか?」

「何、当たり前の事言ってんだよ。」

「東の三三三は?」

「あん?いるに決まってるだろ?まぁ、でもそのナンバーに該当する人数がそれだけいればの話しだがよ。」

「そうですか……あの四号さんはこの浮遊地の跡地全てのセクションで何人のエーアイシンプトンが働いているか御存知ですか?」

「あー、そうだな……気にした事なかったけどな。確か~国が募集してる人数が五千人で今んところ二千人満たないとか言ってたな。」

「あの……僕みたいに強制連行された人間はどれくらいいるか知ってますか?」

「さぁね。まぁ、俺の知る限り今の半数はそうだろうよ。今後は分からねぇけどな。」

「そうですか……千人以上は強制的に働かされていると?」

「分からねぇよ?俺も聞いた話なんだからな。」

「あぁ、はい。」

タイキは徐に立ち上がって四号に言った。

「あの、四号さん。御手洗いって何処ですか?」

「あー、そこの廊下の右突き当たりな。戻って来たら作業服に着替えてもらうぞ。」

「あ……はい。」

「ちょっと待て……俺も付いて行く。」

四号はどうやら用心深い性格のようだ。

トイレの入口で四号は立ち止まるとタイキに言った。

「俺はここで待ってるからな。くれぐれも変な気を起こすなよ?」

「はい。」

タイキはトイレに入ると中を見渡したが窓はそこにはなかった。

ならばと天井をチェックして何処かにダクトがないかを探る。

ダクトはあったが天井のど真中でかなり高さがあり、何か脚立の代わりになる物がないと普通では開けることが出来ない。

生憎トイレの中には脚立の代わりになるような物は何も置かれてはいなかった。

しかし、タイキならばダクトに昇る事が可能だ。

タンタンタンと静かに上下にジャンプしてリズムをその場で取ると次のタイミングでダクトの入口を両手でこじ開けて音も立てずに天井裏へとスルリと忍び込んだ。

ダクトは食堂へと続いていて先程自身が座っていた席が斜め下に見えた。

食堂にも窓がない事は先程確認していたのでそのまま進んで厨房へ向かう。

厨房に近付くとダクト内部の油汚れで手がヌルっと滑り、膝にベタつく感触があった。

更に進むと業務用のガスコンロが真下に見えてその先には換気扇と外へ続くダクトの出口が見えた。

ここまでの時間はおよそ五分。

常人ならば十五分は掛かるだろう。

ちょうどその頃に遠くの方で四号が大きな声でトイレの中にいる筈のタイキに話し掛けていた。

タイキはそれを無視して建物の裏手側の外へ出た。

辺りに人影はなく、七~八メートル先には高さ三メートル程の鉄柵に有刺鉄線が張り巡らされたフェンスがある。

タイキは今自身が降り立った建物裏手から上を見上げた。

建物は三階建てで高さはおよそ十メートル位だろう。

パルクールの要領で屋上まであっという間に登りきって助走をつけてフェンスに向かって飛び出すといとも容易く鉄柵を飛び越えて着地した。

そこからは方角などは全く見当が付かなかったが暫くの間は朝の山の中をひたすら走った。

車道を見付けると黒いバンに注意しながら脇の草むらに時折隠れながら移動を繰り返した。

すると遠くに街らしきものが見え始めたので急ぎそこへ向かう。

街に着くとタイキはホッとした。

そこにはいつもと変わらない人々の日常があった。

取り敢えず施設へ連絡を入れるべく公衆電話を探す。

タイキも携帯電話を所持していた筈だが没収されたのか目覚めた時には財布共々失くなっていたのだ。

今は別のポケットに入れていた千円札数枚が全財産だった。

お腹も空いていたのでコンビニでパンを買って小銭に崩して公衆電話から施設へ連絡を入れた。

電話には副園長が出た。

「副園長先生、僕です。タイキです。」

「あっ!タイキ先生、今何処にいるんです?」

「僕は……その~……」

目の前のコンビニの扉に書かれた住所を伝える。

「まぁ……そうなのね。昨日のうちに帰って来ると聞いていたものだから……何かあったんじゃないかって皆で心配していたのよ。」

「すみません。御心配お掛けして……今日中にはそちらに戻ります!あっ、園長先生から連絡は?」

「あら?一緒じゃないの?」

「あ、いや……ちょっとだけ別行動を……」

「そうなのね。」

タイキはなるべく心配を掛けまいと言葉を選ぶ。

「あっ、それでですね、園長先生所有の飛行場って何処にありましたっけ?住所と電話番号教えてほしいんです。書いたメモを失くしてしまって……。」

「あら、それは大変。少し待っててね、今教えるわ。」

「はい、ありがとうございます!」

住所と電話番号を聞いて忘れないうちに電話を架ける。

「もしもし……。」

「あっ!!タイキ君だね?!」

タイキはその声を聞いて泣きそうになる。

「あー、園長先生……良かった……繋がって……。」

「タイキ君、今何処にいる?……そこは何処かの街中だね?コンビニが近い、そうだね?今いる場所の住所は分かる?」

「はい。」

「分かった。すぐに迎えに行くからそこから動かないで。あっ、なんか怪しい車が通ったらコンビニのトイレとかに逃げ込んで身を隠して。」

「はい、分かりました。次は捕まりません。」

三十分程待っただろうか……ド派手なスポーツカーでシロガネが現れた。

「タイキ君、お待たせ。早く乗って!」

「はい!」

急いで車に乗り込む。

「そうだ。これを渡しておくよ、最低限の連絡先は入っている。僕のお古で悪いけど無いよりはマシかと思う。」

「あっ、ありがとうございます。」

シロガネから携帯電話を受け取ると昨晩から先程までの様子を全て報告する。

「そうか……なんて事だ。僕はね……心底憤っているんだ。こんなにも腹が立っているのは何年振りだろうか……。」

「あの……園長先生も何処かの強制労働施設へ送られたんじゃないかって僕は心配してました。」

「僕の事より君の方が酷い目に合っただろう?」

「いえ、殴られたとかそういう事も無かったです。施設内を案内された直後に逃げ出しましたから……園長先生は?」

「僕はね……口に出すのも腹立たしいんだけどね……あの後少しばかり聴取を受けたよ。それが終わったらお帰り下さいって。」

「そうですか……良かった……。」

「良くないよ、僕が何事もなく返された理由を聞いたらね。」

「えっ?と言いますと?」

「僕の家だよ、あっ、家って言っても実家の方だよ。彼らは本当にいやらしい……僕の実家と揉めるのを避けたんだ。」

「そうだったんですね。で……話は変わりますけどこの派手な車は?」

「あー、これね。こっちの方がむしろ捕まらないと思ってね。だって、シロガネがこの車を運転してるって彼等は知っているだろ?」

「あ、逆に……ですね。」

「うん。じゃあタイキ君、本当に休む暇も与えなくてゴメン。とんだブラック企業だね……上に戻ろう。」

「はい!!」

シロガネの持つ飛行場に着くと既に飛行機はいつでも出発出来る状態で待機していた。

「じゃあ、行こうか。」

飛び立つ機体から眼下を見下ろしているとどんどん地上の景色が小さくなっていく。

その時にタイキは自分が連行されたであろう強制労働施設を見付けた。

そこを指差してシロガネに場所を知らせる。

「あー、あんな所にあったんだね……。」

そう言ってシロガネは悲しげな表情を浮かべていた。

「シロガネさん、僕らが飛べるのはここまでです。」

飛行機の操縦士からそう言われてシロガネは彼にお礼を言った後に

「よし!タイキ君、準備はいい?」

「はい、任せて下さい!」

二人は跡地に行った時のように今度は飛行機から飛び出した。

昨晩シロガネに言われた通り、行きは十キロの飛行時間を経験したせいか、それに比べたら数千メートルは大したことはなかった。


浮遊地に着陸したのは昼頃でタイムリミットまであと数時間と時間は迫っている。

正確にはこの地が浮いたのが夜の八時頃だ。

百二十時間ちょうどと考えると今日の夜の八時に何かが起こるはずだ。

昨日飛び立った場所へ戻って車に乗り込み、二人は施設へ急ぎ戻った。

「お帰りなさい。二人ともお腹は空いてない?」

副園長と子供達が出迎えてくれる。

タイキはこの瞬間を何より幸せに感じた。

「ただいまー!みんな!!」

タイキの汚れた姿を見て子供達、特に女の子は近付こうとしなかった。

初めは何でなのか謎に思ったのだが、副園長の

「タイキ先生はお風呂が先のようね。」

その言葉を聞いてすぐに理解した。

風呂から上がって食堂へ行くと昼食の準備を子供達がしていた。

この光景を見ているとここ数日の事が夢のように思える。

昼食を摂り終えるとタイキはシロガネの元へ向かった。

「園長先生、これからどうしますか?」

「うん。さっきここの子供達に例の事を聞いてみたんだ。」

「例の事……?」

「そう、エンが何か音を聞いているって言ってただろう?」

「あぁ、その件ですか。結果どうでしたか?」

「うーん、ノゾム君はともかくとして……ここではエン以外にその音を聞いている子は居なかったよ。ただ、エイはそのエンが聞いた音を間接的に感知しているね。」

「そうなんですね……エイちゃんとエン君は本当にテレパスなんですかね?」

「まぁね、超能力は未だに解明されていないから何ともなんだけどね……でも二人にしか通じない何かがあるのは間違いないよ。」

「そうですか……あの、僕はこれからガミ先生に会いに行こうと思うんです。」

「そうか、じゃあ僕は子供達の様子を見ておくよ。あと……少し考えている事があってね。」

「はい。あっ、そう言えば園長先生寝てますか?僕の知る限り寝ていないんじゃないかって……。」

「そうかな?僕なら大丈夫だよ。仕事柄どこでも寝られるし、短い睡眠を小まめに取れば意外と動けるんだよね。」

そう言いながらニッコリ笑うシロガネだが、目の下のクマを見る限り睡眠不足なのは明らかだった。

「暇を見て寝て下さいよ!」

施設を出る前にシロガネに声をかけてタイキはガミ先生のいる病院へ向かった。


病室に入るとガミ先生は相変わらず眠っていた。

倒れた翌朝早くにシロガネが連れて来たのでなんとか病室のベッドを確保する事が出来たが、ガミ先生が倒れた時にノゾムが言っていた「他にもガミ先生と同じように沢山の大人が倒れている」というのは事実だったようで今日も病院には倒れた家族を入院させたいという沢山の人々が押し寄せていた。

ガミ先生の側に座るとタイキは言った。

「ガミ先生、お願いですから居なくならないで下さいよ。聞こえていたら……強く想ってほしいんです。自分は生きるんだって……死にたくないって……。」

只時間だけが過ぎて行き、夕方のオレンジ色の光が病室に差し込む。

タイムリミットが夜の八時だとするとあと四時間程……。

ノゾムが言っていた事は本当に起こるのだろうか?

少なくとも八時過ぎまではここに居ようとタイキは決心した。

静かで落ち着いているこの空間に身を置いていると

途端に眠気に襲われてほんの十五分だけと思いながら目を閉じた。

ハッとして目を開けて腕時計に目をやると六時少し過ぎた所に針が置かれている。

マズイ……かなりの時間眠ってしまっていたようだ。

ガミ先生は先程と変わらずに目の前で眠っている。

それを見てタイキは少しホッとした。

八時まではまだ二時間ある。

これから二時間はガミ先生に沢山話し掛け続けてなんとか目を覚まして貰おうと思った。


「キャーッ!!」「イヤーッ!!」

何処からともなく複数の女性の悲鳴が聞こえてきた。

それは一ヶ所に留まらずにあちら此方からお次は男性の叫ぶ声も混ざって聞こえてくる。

「ウワーッ!!」「ギャアーッ!!」

タイキは驚いて病室の扉を開けて廊下の左右を見渡すと目の前を医師や看護師が走り回っている。

一体何が?振り返りガミ先生を見た途端にタイキも言葉を失う。

眠ったままのガミ先生の身体に急にモザイクがかかったように見えなくなり、初めは小さかったモザイクが徐々に大きくなったかと思ったら白黒の細かいザラザラ模様になって砂山が風に吹かれるように目の前からサラサラと消え始めた。

「待って!!ちょっと!ウワーッ!!」

タイキは消えようとする砂嵐の画面のようなもはや形のないガミ先生を手で押さえようと必死になった。

時間にすると数秒間だろう。

ガミ先生はタイキの目の前でその手の中で跡形もなく消えた。

暫く呆然と立ち尽くしているとタイキの声を聞いた看護師がこちらに走って来て病室の中を覗き込む。

「あーっ、ここも……」

彼の言葉でタイキは何が起きているのかを察した。

ノゾムが言っていた事が本当に起こってしまったのだ。

タイキはごちゃごちゃの感情のままその場にへたり込んだ。

「そんな……嘘だろ……」

こんな非現実的な事があって良い訳がない。

ガミ先生は何処へ行ってしまったというのだろうか。

でも、この地が浮いてから百二十時間だとすると二時間もの時差がある。

この後の二時間でまだ何かが起ころうというのだろうか?

ショックのあまり動けないでいたタイキだったが、この目の前で起きた現象を一刻も早くシロガネに知らせなければと自身を奮い立たせた。

それから病院の出口へ向かう途中では各部屋で泣き崩れる親族達を目にした。

外へ出るとすっかり日は落ちていて心なしか街中が静かに感じた。


施設に戻ると子供達がいつものように出迎えてくれる。

「タイキ先生~、お帰りなさい~!!もうすぐ夜ご飯の準備だよ!」

「うん……ただいま……みんな……」

そう言いながら子供達ひとりひとりの頭を撫でてから園長室へと向かう。

ノックもしたのかしないのか自分では分からないくらいに上の空のまま扉を開くと奥のソファーで眠っているシロガネが見えた。

タイキはハッとしてシロガネに駆け寄る。

「園長先生!!園長先生!!シロガネさん!!」

何度か肩を揺すって大きな声で名前を呼んだ。

「うーん……」

片目をうっすらと開けてチラリとこちらを見て目が合う。

「あぁ、良かった……生きていて……」

「ん?あぁ、おはよう。今何時かな?」

「おはようございます。あっ、今は夜の七時前です。」

「そっか……少し寝すぎたかな……。」

身体を起こしたシロガネが間違いなく生きている事にタイキは安堵した。

「園長先生……あの……ガミ先生が……」

「ガミ先生が?」

「はい……さっき病院のベッドの上で僕の目の前で……」

「どうしたの?」

「……消えました……。」

その言葉を聞いて、あぁ……やはりか……と落胆したシロガネも時計にふと目をやり

「そうか……でも、百二十時間って……」

そう呟いた。

「そうなんです、僕もガミ先生の側で寝てしまって……目が覚めたら六時だったのであと二時間はガミ先生に声を掛け続けようって……そう思った途端に病院中が騒ぎになって……振り返ったらガミ先生がもうガミ先生じゃなくなっていたんです。」

「ん?待って、どういう事?」

タイキはガミ先生が消える間際の様子を細かく説明した。

「あんなの……自然現象としてあり得ないんだ……あんな二次元みたいな消え方……」

思い出して動揺するタイキにシロガネは言った。

「タイキ君、落ち着こう。それで一緒に考えよう。深呼吸して……取り敢えず座ろうか。」

シロガネの言葉通りに大きく深呼吸をしてからタイキは室内のソファーに座った。

タイキが少し落ち着いたところでシロガネは言った。

「タイキ君、どうやらノゾム君が言っていた事が本当に起こったようだね。それを止められる術を僕らは持っていない。」

「……そう……僕は何も出来ませんでした……。」

「もし、僕がガミ先生の側にいても同じだったはずだ。だからタイキ君は自分を責めてはいけない。いいね?」

「はい……。」

「ガミ先生の事は子供達には黙っておこう。ノゾム君はそれをすぐに察知すると思うからタイキ君に任せて良いかな?」

「はい。」

「僕はガミ先生の御親族に連絡を入れるよ。」

「はい。ところでノゾム君はどう思っているんですかね?」

「うーん、それが分かったらこちらも苦労はしないんだけどね……。」

タイキは未だにガミ先生が目の前で消えてしまった事が信じられないでいた。

ノゾムに聞けばもう少し何かが判るのかも知れない。

それからもう一つとシロガネはタイキに言った。

「タイキ君、僕は今回の件でどれくらいの人が消えてしまってこの地には一体どれくらいの人が今居るのかを知りたいと思っている。」

「それを知ってどうするんです?」

「うん、一つ僕は考えている事があってね。今日タイキ君を救出に行った時に思ったんだ。強制労働させられているエーアイシンプトンズをここへ連れて来られないかなって……。」

「連れて来るって言ってもその後はどうするんです?彼等の住む所は?」

「住む所ならうちのホテルや施設へといくらでもあるよ。」

「でも……そんな事をしたら園長先生が……」

「うーん、そうだね……僕は国家反逆者になるだろうね。でもね、これ以上苦しめられるエーアイシンプトンズを見てはいられないんだ。」

「……分かりました。僕も協力させて下さい。」

タイキが決意したその時に誰かが扉をノックした。

「はい、どうぞ。」

シロガネの声に扉が開くとそこにはノゾムが立っていた。

「園長先生、話したい事があるよ。」

ノゾムはそう言うとハイロを抱き抱えたままタイキの隣に座る。

「じゃあ、園長先生、僕は一度席を外しますね。」

「ううん、タイキ先生にも聞いて欲しいんだ。」

ノゾムは言った。

戸惑いシロガネの顔を見ると大きく縦に頷いていた。

「じゃあ、園長先生とタイキ先生にまず知らせるね。百二十時間の意味だけど……あと一時間半位でこの地は全てが整うよ。それ以降は新しい世界が始まるんだ。」

「新しい世界?」

「うん。前に言ったでしょ?フリーエネルギーだよ。この地にある乗り物は今は燃料で動いているけど一時間半後からはクリスタルの力で動くようになるよ。でも下の乗り物はそうじゃない。今先生達が使っている携帯電話とかテレビも同じだからもうあまり電気には頼らなくてもいいんだ。システムと浄化が整うから人も動物も植物も太陽とクリスタルさえあれば健康でいられるよ。」

「ね、ちょっと待って……それじゃあ、もしクリスタルが無くなったら僕らはどうなるの?」

シロガネの問いにノゾムは答えた。

「まずはクリスタルが無くなる事はないよ。仮に無くなったとしてもそれは前に逆戻りするだけ。だからそんなに心配は要らないよ。」

「逆戻りって……それなら、ガミ先生は戻ってくるの?」

タイキが尋ねる。

「それはないよ。だってもう居なくなっちゃったんだ。消えたものは元には戻らないんだ。」

タイキは溜め息と同時に肩を落とし、自らの額に手を当てた。

そんなタイキを冷静に見つめてからノゾムはシロガネに向かって言った。

「園長先生はさ、今エーアイシンプトンズを助けに行こうとしているよね?」

「えっ?何でノゾム君がそれを……?」

「僕はね、今日一日起こった事をクリスタルから教えてもらえるんだ。タイキ先生が行った場所とかね。それでね、もしエーアイシンプトンズを助けるなら僕に良い考えがあるよ。」

「それは?どんな考えかな?」

「うん、あと一時間半も過ぎたらこの地にある飛行機が全て動かせるようになるでしょ?それは下の飛行機とは違って計器が乱れる事はないし、前よりも速く飛べるよ。それでエーアイシンプトンズをここに連れて来られる。でも下の人達も大事な労働力を奪われまいと黙っては見ていないだろうから、こちらは少数精鋭で乗り込むよ。そして助けたエーアイシンプトンズの中からすぐに戦力になる人を僕がピックアップして指示するから皆で協力してここへ連れて来よう。園長先生、僕が指揮官になるよ。」

暫く考えていたシロガネがノゾムに言った。

「ね、ノゾム君……僕は君によく似た青年を知っているんだ。でもまさかと思ってずっと黙っていたけれど……そろそろ本当の事を話してくれない?」

タイキはシロガネが何を急に言っているのか全く理解が出来ないまま二人のやり取りを見つめていた。

「ふぅーっ……。」

ノゾムは十歳の子供には見えない溜め息をつくとこう言った。

「そっか……薄々気付いていたんだね。シロガネのお兄さん。」

「……君は……サトル君だろ?」

サトルという名前を聞いてタイキは一瞬頭が割れそうな痛みに襲われて「ウッ!」とその場で頭を抱えた。

「そう……僕はサトル。でも身体はまだ下の研究施設にある。だから今回のエーアイシンプトンズ解放のついでに僕の身体もここへ連れてきて欲しいんだ。」

「身体を取り戻してサトル君はどうするの?ここに居るこの小さなノゾム君は?」

「ノゾムは本来の姿に戻ってもらうよ。ちょうどそこのタイキみたいにね。」

「えっ?僕……?」

「そう。タイキ……僕が君から離れてノゾムに乗り移ってから君はどんどん僕の存在を忘れていった。でもそれは当たり前の事だよ。僕はね、六年前のある時期に君の頭の中に住み着いた事があるんだ。」

それを言われると少しづつ今までモヤが掛かっていたタイキの記憶が呼び起こされてきた。


六年前……。

ちょうどタイキが流行り病に冒された頃だ。

確かにタイキの記憶の中で一番曖昧な時期とも言える。

その前のタイキは所謂ホームレスだったのだ。

十八歳になると今まで育った施設を放り出されて懸命に就職活動をしたが、何処もタイキを受け入れてくれる場所はなかった。

働く場所も住む所もないタイキは十八歳という若さでホームレスになった。

そして十九歳の時に……。

公園で拾った酒を飲んで酔っぱらい、自身が車に跳ねられた事を思い出す。

元々身体能力が高かった為に車に跳ねられた時に咄嗟に身体を守ったが、その拍子に頭を何処かに強く打ち付けた。

そこから記憶がなくなったのだ。

漂うように生きていたある日に人間の脳に巣くい、植物状態に貶めるというアメーバに寄生された。

サトルがタイキの脳に入り込んだのはこの頃だ。


サトルという青年は当時十八歳だった。

世界的にみても珍しい脳のエーアイシンプトンで脅威と見なされる存在だった。

脳がエーアイ故に世界中のコンピューターとリンクしていてサトルは何でも知っていた。

また、彼の特殊能力なのか脳のエーアイシンプトンの能力なのかは定かではないがサトルは他者を洗脳して操る能力に長けていた。

そんなサトルは幼い頃から専用の施設で監禁状態で生きていた。

因みにこの施設を運営しているのがシロガネの父親でシロガネとサトルに面識があるのはこの為である。

サトルの家族は猫のハイロだけ。

外の世界に興味を持ちつつも自由を得られないサトルは新種の病に目を付け、この病を治すべく自身が開発した脳に埋め込むタイプのチップを世界中にばら蒔いた。

チップとサトルは常に繋がっていて、これを埋め込まれた人間こそが今この世界にいる異常進化人間と呼ばれるエボリューター達だ。

チップを介してサトルは他人の脳に寄生した結果、今まで知りたくても知る事が出来なかった外の世界や人の感情や夢、悪の定義というものを知る。

しかし、これはあくまでも他者を介して見たものなので外の世界と自身が本当に触れ合う為にサトルは記憶喪失のタイキを自身のコピーにするべく、脳を乗っ取ったのだ。

更にチップを介してサトルは八千万人もの脳にほんのちょっと手を加えて特殊能力者の如くエボリューターを進化させた。

そしてこの八千万人はサトルが死を迎えたと同時にサトル同様になるか元の植物状態に戻るだろう。

結果サトルは誰にも知られずに八千万人もの命を背負う事になる。

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