第3話 少女

エイとエンは男女の双子で姉のエイは声帯、弟のエンは腕のエーアイシンプトンズでノゾムと同じ年齢の十歳。

今年で十一歳になる。

この施設に入所した時期もノゾムより半年程早かった程度でほぼノゾムと一緒だ。

エイとエンの生まれについては正直誰も知らない。

だから実年齢も推測の年齢である。

何故ならば二人は今時珍しいストリートチルドレンだったのだ。

保護された時はエイは声を発する事が出来ず、エンに至っては両腕をダラリと垂らした状態だった。

二人共ガリガリに痩せ細った身体からは異臭を放ち、乳歯だったから良かったものの歯も磨いた事がないようで欠けて黒ずみ、ボロボロで頭にはシラミが沸いている状態だった。

保護した職員は最初に二人共女の子だと思ったと言う。

背丈もほぼ一緒で髪の毛も全く手入れされておらず、伸び放題で二人揃って背中の中心位まで伸びていたからだ。

二人共に名前はなく、何年そうして生きてきたのかはっきりとはしていないが、保護時にエンはエイを守ろうとギャーギャー喚きながら動かない腕を肩の力を使ってでんでん太鼓のようにブンブンと振り回して職員の喉元に噛み付いたという。

しかし、どんなに暴れても複数人の大人の力には勝てずに二人は保護された。

一先ず風呂に入って身体を綺麗にしてもらうと、思った以上に二人共肌の色が白く綺麗な顔立ちをしていた。

あり合わせの物ではあるが清潔な服に着替えて食事を与えると職員達は奇妙な食事風景を目にする。

エイは食べ物を手掴みで握ると雛鳥よろしくパカッと口を開けて腕をダラリと垂らして待つエンの口に運んで食べさせていたという。

露骨な機能不全の双子は今までこうして助け合って二人きりで生きてきたのだろう。

暫くして落ち着くと言葉を話す事が出来ないエイの代わりにエンが今までの事を職員に話した。

どうやら親というものの概念を持っておらず二人は壊れたマンホールの下で寝食をして暮らしていたらしい。

お腹が空いたら何でも口にしてその辺に生えている雑草や虫なんかも食べていたようだ。

街に出ると決まった時間にコンビニの弁当が廃棄されるのだが、それを巡って大人のホームレスと度々揉めていたらしい。

エンの言葉遣いの悪さや気性の荒さはこの所為だ。


ある日の寒い夜に二人でマンホールの下で肩を寄せ合って眠っていた時に異変が起きた。

叫ぶ事の出来ないエイを見知らぬ男がさらいに近付いてきたのだ。

怯えて泣きじゃくっても息を吐く事しか出来ずにエイは捕らえられてしまう。

男がエイを抱えて立ち去ろうとした時にエンが目を覚まし、以前から護身用にと拾っていた先の尖った鉄パイプを口に咥えると男めがけて突進した。

「ぐっうぅっ!うおぉぉーっ!!」

「ぐあっ!!いっ痛ってぇー!このガキィー!!」

頭から突っ込み、しっかり口に咥えた鉄パイプは男の脇腹に突き刺さり、怯んだところを蹴飛ばして二人で逃げる。

マンホールの上に出る時は腕の使えないエンをエイがいつもおぶっていた。

地上に出てからは二人で走る。

とにかく走り続けて朝が近付き空が明るくなる頃に二人はマンホールの下に戻った。

中には血痕があったが、男の姿はなかった。

数日後にコンビニの弁当を拾いにエアコンの室外機が並ぶビルの隙間の狭い路地裏を歩いているとなんだかいつものゴミの臭いに混ざって異臭が漂っている。

ふと見ると室外機と室外機の隙間にエイをさらおうとした男の死体が転がっていた。

見ればその男もホームレスだった。

あのエンの攻撃が致命傷だったのかそれは誰も知らない。

二人は弁当を拾うとその死体を踏みつけてマンホールの下へ戻り、いつも通りに食事を摂った。

二人は日中は目立つ場所へは出ないようにしていた。

もし、大人に捕まったらさらわれて二人が離れ離れになるかも知れないと本能的に感じていたからだ。

だから二人の行動は深夜が多かった。

路地裏から路地裏へと移動をして大人の目を掻い潜って生きていたのだ。

では、何故そんな二人が職員に捕まったのかと言うとそれは単純な話しだった。

いつも弁当を巡って揉めていたホームレスが通報したのだ。

そのホームレスにしてみればエイとエンがいなくなれば弁当を取り合う相手もいなくなり、自分にとって都合が良かったからだ。


保護された二人は病院で検査を受けると誰もが予測していた事だがエーアイシンプトンだと判明した。

それからそれに合致するAI機器に触れさせて機能不全の箇所を復活させる。

エイは音響機器、エンはアームロボットに触れた。

エンは一トン位の重たい物でも持ち運べるようになり、エイは自身の声にエコーを掛けたりボリュームの調整が自由なので驚く程に大きな声をだせるようになった。

また、エイは自身が聞いた音をそのまま再現する能力を身に付けて二人の能力は今後も成長していく。

それから暫くの間、病院でエイは発声にエンは腕の使い方を学ぶとシロガネの施設へとやって来たのであった。

エイとエンの名付け親はシロガネだ。

二人合わせて「永遠」に幸せが続くようにとの想いを込めた名前だという。

なのでシロガネは他の子供達とは違ってエイとエンの事を呼び捨てで呼んでいる。

二人は初めは食器の持ち方から教わって箸の使い方が下手なエンに先に習得したエイは根気よく教えていた。

二人の時は元々の癖なのか殆どエイは言葉を発さずにいてもエンは何故だかエイの想いをすぐに理解する。

双子のテレパシーというやつなのかも知れない。

なので二人きりだと何時間一緒に居ても会話はほぼなく、それでも何かをする時には示し合わせたように二人同時にアクションを起こすといった現象が見られる。

また、エンは物言わないエイと会話が出来ているらしく「うるっせぇなぁー」とか「はいはい、わぁかったよ!」等とエイに向かって一人で口走っている事がよくあってそれはエイが話せるようになった今でも変わらない。


一晩自宅で過ごしたタイキはいつもより早めに出勤した。

今日は昨日見たあの豆粒の正体をシロガネと確認しに行くからだ。

「おはようございます~。」

「やぁ、おはよう!」

施設の建物の前でシロガネが既にタイキを待っていた。

「園長先生、子供達は?」

「あぁ、みんなまだ寝ているよ。急に学校が休みになったからね。まぁ、みんなこの騒ぎが落ち着くまでゆっくりすれば良いよ。」

「はい、でも僕にはいつもの朝と何も変わらない感じなんですよね。」

「そうだね、騒がしいのは下の残された跡地だよ。そうだ、昨日あまり話さなかった下の様子の話しでもしながら目的地へ向かうとしようか。」

「はい。」

タイキはシロガネと二人で車に乗り込んだ。

シロガネが運転する車はいつも通りの景色の中、いつも通りの道を進む。

暫く進むとビルの隙間からクリスタルの柱が見えた。

「園長先生、あれはクリスタル……えっと……ヒロ先生が言うには水晶の柱だと……。」

「うん、そうみたいだね。あの柱が見えてから不思議な音がしているんだ。あっ、でも不快な音じゃないから何か良い影響を与えているとは思うんだよね。」

「そう……なんですね。でも不思議だなぁ……たった一晩でこんな事になって……あっ、その音ってもしかして言葉のようなものですか?」

「いや、僕には言葉として聞こえてはいないんだ。あくまでも空気中に漂う音として聞こえているよ。」

「そうなんですね。僕には何も聞こえないですけど……ノゾム君は言葉か何かとして認識しているようです。クリスタルが教えてくれたんだって……。」

「それは不思議だね……ノゾム君はどんな音を拾っているんだろうなぁ……。」

シロガネはそう言いながらチラリとクリスタルに目をやった。

「あっ、園長先生。下の様子はどうなんですか?なんか、あまり実感ないのに下とか言うのも何なんですが……。」

「うん、でも間違いなく今居るここが上でこの下には地上があるよ。僕がここへ来る直前までの様子はね……そうだな……何処から話そうか……元々あったものが急に無くなるっていうのはそれだけで混乱を招くよね?」

「はい、それは分かります。」

「その影響で地下が滅茶苦茶になってね、インフラが全てストップしてしまったんだ。まぁ、あくまでもポッカリえぐられたエリア周域だけなんだけどね、あと空から土と人が降ってきたんだ。」

「えっ?!人が降ってくるって……。」

「うん、これだけ大きな塊が空に浮いたんだ、少なからず浮いた地面と残った地面の境目にいた人がゼロって事はないだろ?」

「あ……そうか……そうですね。」

「だから僕は一つ心配になっているんだ。ここでも同じような事が起こっているんじゃないかって……。」

「それって……。」

「うん……上にも……いや、ここにもだね、その境目にいた人達はいるだろうから……。」

「でも、昨日僕が見た場所には人は……。あっ、そうか……。」

「うん、たまたま人のいない場所を視察しただけなんじゃないかなって僕は思うんだ。」

「じゃあ……。」

タイキは背中がゾクリとしたと同時にヒロ先生の言葉を思い出す。

「地獄絵図……。」

「可能性としてはあるよね?」

「もしも、もしもですよ?僕が思う以上に酷い事になっていたら……。」

「だからそれを今から確かめに行こう。」

「はい……。」

タイキには実感がまだない。

なのでこれから起こり得る事を最悪の状況を含めて考えた。

あのくっ付いたり離れたりを繰り返す小さな黒い影。

シロガネの運転する車が速度を落とし始める。

「うーん、昨日の話をまとめるとそろそろなんだけどなぁ……。」

「あっ、園長先生、もう少し西の方角のような気がします。」

「そうか……。東は海……だったよね?」

「はい。なので南西に向かいましょう。」

車を走らせていると昨日のようにのどかな風景が見え始めたかと思いきや、何かに掘り起こされたような瓦礫の山が広がり始める。

「園長先生……これは僕が昨日見た風景とは大分違います……。」

「そうか……こっちに来て正解のようだね……。」

そこには以前は町があったはずなのだろう。

半分だけ崩れ落ちたビルや、団地のような横長の建物の何割かが無くなっている。

「あのビルや横長の建物……あの中にもし人が居たとしたら……。」

「うん、その可能性は高いよ。この土地が空中に浮いたのは夜だったからね。」

「人が……部屋の中にいたら……それが崩れて無くなっているって事は……。」

「中にいた人は何処かに落ちる。」

キッパリと言ったシロガネの言葉を聞いてタイキは昨日まで、いや今朝まで自分がどれだけ呑気に構えていたのかを後悔した。

「タイキ君、少し車から降りて散策してみよう。昨日のヒロ先生の報告にあった場所も近いしね。」

二人で車から降りてまだ掘り起こされたばかりのフカフカした土の上を歩き始める。

盛土は一番高い場所でも五メートルくらいで幅は二十メートル程の帯状に外周を囲むように広がっていた。

昨日歩いた外周とは違い、コンクリート片や倒木等が混ざりとても歩き辛い。

振り返ると自分とシロガネの足跡だけがくっきりと新雪の上を歩いた時のように残っていた。

どれだけ歩いただろうか、タイキとシロガネは遠くに見える異様な光景を目にする。

「あれか……。」

シロガネが呟いた。

タイキは驚きのあまりに声が出なかった。

それは華奢な女の子がいとも容易く太った大人の男性を軽々と持ち上げて遠くに放り投げている光景だった。

黙々と投げ続けて放った先には空中しか見えずに投げられた人間は次々と落ちて視界から消えていく。

「……あれです。多分僕が昨日見たのは……。」

「彼女は何をしているんだろうね。話を聞いてみよう。」

冷静なシロガネとは逆にタイキは焦りを隠せない。

「ちょっと!園長先生!危ないですよ、僕が行きます!!」

「どちらが行っても変わりはないだろう?」

「いや、変わりますって!僕は身体能力のエボリューターですよ?園長先生よりは何かあった時に対処出来る事も多いです。」

「そうか……。」

「ちょっとだけ待ってて下さい。」

タイキは土に足を取られながら少女に近付いて行った。

少女との距離が数メートル位になった時に何かを踏んづけた。

「あっ!!」

少女の方ばかりを見て歩いていたタイキは足元を見て更に驚く。

タイキが踏んだそれは土に埋もれる人間だった。

「うわっ、ごめんなさい!!」

思わず叫んだが、相手はピクリともしない。

慌ててかがみ込んで手で土を払い、その人物の上半身を起こそうとして声を掛けるのをやめた。

もう、亡くなっているのが分かったからだ。

よく見ればここはただの盛り土の山ではなく、土と人間が混ざり合うまさに地獄のような場所だった。

亡くなった人を見るのは初めてじゃない。

そんな気がする。

タイキは亡くなった人達を見て急に何かがフラッシュバックするような感覚に陥った。

でもそれが何なのかがハッキリしない。


タイキは施設で働く前、いやそれよりも前の記憶が曖昧でエーアイシンプトンの自分がある日目覚めるとエボリューターになっていたという経緯がある。

所謂ハイブリッド人間というやつだ。

右手の薬指と小指だけのエーアイシンプトンでこれは巷にいるエーアイシンプトンと比べるとほぼ無能力者だ。

それでも指二本がそうである為にエーアイシンプトンとしてカテゴリー分けされるも何も能力を発揮出来ずにいた。

せいぜいこの指二本だけは怪我をしてもすぐに元通りになるくらいだ。

そんなタイキがある日、流行り病に冒されて脳にチップを埋め込まれた。

とはいえ、それすら記憶がない。

気が付くと自分は高級マンションに住んで無職の二十歳が送れる筈のない生活をしていた。

チップを自身の脳に埋め込まれてから暫くの間は誰かに自身を乗っ取られていたような感覚があったはずでそれも今となっては元の記憶が鮮明になるのと同時に薄れていっている。

その時こそ自身の人生を変えるような出来事が沢山あったはずで亡くなった人もその時に目にしたような気がする……。

ボーッとしていると

「触んな!固くなってんだから起こそうとしても無理だよ。」

ふと顔を上げるとさっきまで遠くにいたはずの少女が目の前にいた。

「うわっ!!」

驚いたタイキは三メートル近くバックステップした。

少女はそんなタイキを見て逆に驚いた様子だった。

「ヤバッ……お兄さん、エーアイシンプトン?」

「いや……僕は……」

言い掛けたタイキに少女は言う。

「ま、何でもいいや。ね、手伝ってくんない?」

「えっ?手伝うって……何を……?」

「見てわかるでしょ?さっきから後ろのスーパースターと一緒に見てたじゃん。」

「へっ?」

振り返るとシロガネが近くまで歩いて来ていた。

シロガネの顔を見てタイキは少し落ち着きを取り戻す。

「あっ、ていうか……君は……何をしているの?」

今のタイキはそれを聞くのが精一杯だった。

年齢は中学生くらいだろうか。

昨日心配したように彼女は狂人ではなかったが、その姿は普段目にする中学生女子とはまるで違ったものだったからだ。

身体全体が泥まみれで何色の服を着ているのかも判らない。

髪の毛はぐちゃぐちゃに絡み、泥でガビガビに固まっている。

顔にも乾いた泥がそのまま所々こびりついていて原型を留めていないように見えた。

更に顔を怪我したのだろか、片目は潰れて腫れ上がっている。

「ね、聞いてんの?手伝う気がないならどっか行けって。」

イライラした様子でタイキの元を去ろうとする少女を引き留めたのはシロガネだった。

「ちょっと、待って!」

シロガネの声に振り返る少女の口元は笑っていたようにも見えた。

その拍子に口の中に泥の小さな固まりが入ったのだろう。

ペッ、ペッと荒々しく唾を吐きながら少女は言った。

「あ?何の用?こんな状況じゃあんたが有名人だって関係ないよ?」

「そんな事は僕もどうでも良いと思っているよ。それより、何をしているのか教えてくれないかな?」

「はぁ?何で?見てたでしょ?遠くから……しかもそっちのお兄さんは昨日も見てたよね?」

彼女の言葉にタイキは驚く。

何故なら黒い豆粒は昨日のこちらの様子をあの距離から見ていたという事になる。

まるでヒロ先生のように……。

「ちょっと待って!もしかして君は目のエーアイシンプトンなの?!」

「あーっ、もう!待って待ってってうっさいなぁ。手伝う気がないならどっか行けってーの。」

シロガネが彼女に問う。

「君がやっている事を手伝えって?人を投げ飛ばしてるように見えたけど、何でそんな事をしているの?」

「はぁ?何なの?さっきっから質問ばっかで……はぁ……うざ……。あたしは掃除をしてるだけなんだけど。」

少女のものの言い方にタイキは腹立たしさを覚えた。

「あのさ、そんな事をしていたら警察が黙っていないよ?」

「警察~?何処にいんの?こんな事になってんのに一向に来ないじゃん。それにあんたら何?」

「何って……聞いてるのはこっちだよ。」

少々言い合いになりかけた所をシロガネが止める。

「あのね、警察はまだ来ないだけなんだ。こんな事をしていたら君は捕まるだろうね。」

「はぁ……マジうざ。」

少女は溜め息をついて言い放った。

「捕まるんならもうとっくに捕まるような事してんの、こっちは。」

「どういう事?」

「別に何でもいいじゃん、そっちに関係ない。」

「確かに関係ないかも知れないけど、これから先の事は考えてる?今、何処に住んでいるの?御両親は?」

「うっさいな!!……あんな奴、もういないよ。」

その言葉でシロガネは何かを察したらしく、こう続けた。

「余計な御世話かも知れないけど僕等は君を迎えに来たんだ。ここは大変な事になっているけどもう少しここから中心部へ行くとね、皆普段通りの生活が出来ているんだよ。」

少女はその言葉を聞いて少し戸惑った様子を見せながら悲しそうに言った。

「そう……なんだ。でももう遅いよ。だって何百人も投げ棄てちゃったから……それに……。」

「あっ、ちょっと待って。ここで話すのもなんだからさ、うちの施設に来ない?御飯と着替えとお風呂はすぐに用意できるよ。もし、僕等を信用出来ないとか嫌だったらすぐに出て行っても構わない。あっ、でも放り出すような事はしないからそれなりの場所を紹介する事も出来るし……それこそ警察に駆け込んでくれても構わないよ。先ずはここから離れよう。」

シロガネの言葉に少女の様子が変わった。

「でも……」

辺りを見ている少女にシロガネは話を続ける。

「ここが気になるなら落ち着いてからいつでもここへ戻ってくればいい。今はこんな状況だから一時避難だと思って、さ。」

畳み掛けるシロガネに少女はポツリと言った。

「でも……それなら話しておかなきゃいけない事がある。」

「わかった。それは帰りの車の中で聞こう。」

何か家に取りに行く物はないのか尋ねると少女は首を横に振った。

タイキと少女は車が停まっている場所へ向かう途中無言だった。

シロガネはそんな二人に気を使ってか施設の様子やタイキがそこの職員だと少女に説明していた。

どこまでシロガネの話を聞いていたのか、少女は時折うしろを振り返りながら歩く。

車の前まで来てシロガネは運転席へタイキは助手席に少女は後部座席に座った。

「さぁ、出発の前に自己紹介でもしようか?僕はシロガネと言います。本名は……まぁ、そのうち教えます。耳のエーアイシンプトンでミュージシャンと児童養護施設の園長をしています。さ、次はタイキ君の番だよ。」

「あっ、僕はタイキです。園長、いやシロガネさんの施設で職員をしています。右手の薬指と小指のエーアイシンプトンと身体能力のエボリューターのハイブリッドで少し記憶喪失だったりします。あっ、今は記憶は殆ど戻っています。次は君の番だよ。」

少女はうつ向いて暫くの間沈黙している。

二人でその様子を黙って見つめていると

「あたしは……ニナ……十四歳。両腕と片目……右目のエーアイシンプトン……です。」

一つの身体に数ヶ所その現象が現れる者は珍しい。

「そうか、ニナちゃんって言うんだね。さっき話しておかなきゃいけない事があるって言ってたけど……今話せるかな?」

「……、……。」

「あっ、無理はしなくても大丈夫だよ。何か楽しい話でもしながら帰ろうか。」

シロガネがエンジンをかけて発進させる。

「待って!!」

少女の大きな声にシロガネは走り出した車にブレーキを掛けた。

「あの……あたし……あたしはやっぱり一緒に行くべきじゃない……。」

「どうして?」

タイキの問いにニナは答えた。

「だって……人を……。」

「棄てていた?」

「違う……棄てただけじゃない、殺したんだ。」

車内が一瞬凍り付く。

「どういう事?」

「あたし、十四歳だけど学校に行ってなかった。行きたかったけど行かせてもらえなかった……あのクソ腹立つヤツのせいで……。」

「それって……。」

ニナは開き直って言った。

「クソ腹立つヤツだよ、マジで最悪……。お母さんだってアイツの所為で死んだんだ。」

「えっ?」

「だから……あたしはこの町が壊れた時にどさくさに紛れてアイツを殺したんだ。殺して証拠を隠すために下に棄てたんだ……それからアイツ一人を棄てたらバレると思って……他の死んでしまった人達も棄ててたんだ……それに……。」

タイキはニナに何を言えばいいのか分からなかった。

「なるほど……ニナちゃんはエーアイシンプトンだけど施設には入っていなかったって事だよね?」

何か見当違いの事をシロガネが言い出したようにタイキには聞こえたが、シロガネはこの衝撃発言を聞いて何か別の事を考えているようだった。


通常エーアイシンプトンであるにも関わらず施設に入らない人間は裕福な環境に身を置いているのが前提だが、実はもう一つのパターンがある。

それはエーアイシンプトンである事実をひた隠しにしてノーマルの子供として育てるというものだ。

だが、これには非常にリスクと無理がある。

まず通常は出生時に病院にてその事実が発覚した時点で役所に通達が行く。

役所と病院は連携しているのだ。

なので医師が判断ミスをしない限りそれはない。

もう一つは医師の手を借りずに子供を自力で産むかだ。

更にエーアイシンプトンとして機能させない方法、つまり機能不全のまま放置し続ける必要がある。

今のニナを見る限り、言葉遣いの悪さと学校へ通っていない事から裕福な家庭で育てられているとは考えにくい。

そこでシロガネはニナに言った。

「難しい質問でゴメンなんだけど……ニナちゃんは自分が何処の病院で産まれたか知っている?」

「知ってるよ……あたしは病院で産まれてない……お母さんは無理して独りで産んだんだ。」

一つ目の謎は解けた。

「じゃあ、ニナちゃんはどうやってエーアイシンプトンの能力を手に入れたの?」

「闇でそういう業者がいるんだ。中古のAI機器やロボットに触れさせて取り敢えず動かせるようにするんだ。ノーマルに見えるように……。」

これで二つ目の謎も解けた。

「質問ばっかりでゴメンね。ニナちゃんはさ、どうして"お父さん"を殺してしまったの?」

「あんなヤツ……死んで当然なんだ……。何年か前に悪い人間はこの世の中から消えたってテレビで言ってたけど、あんなの嘘だ。」

タイキはそれに対してまた何かが喉に引っ掛かるような感覚に陥る。

「ね、もしかしてニナちゃんのお父さんもエーアイシンプトン?」

「なんで……それを……?」

驚くニナにシロガネは続ける。

「あのね……確かに何年か前に悪い人間は……この世の中から消えたと言われているね。その方法はにわかに信じがたいけれど国家規模の洗脳だったとか……でもね、エーアイシンプトンにはその洗脳は効果がなかったんだ。それがなんでかは僕にも分からないけどね。」

「……、……。」

「もう少しニナちゃんの事を教えてくれる?……あのさ、さっきとっくに捕まるような事してるって言ったけど……。」

「……あたし、ずっと隠されて育てられてた……。エーアイシンプトンなのにノーマルだって嘘つけって……人前に出たらバレて捕まるから家から一歩も出るなって……。」

この少女は今まで監禁状態で生きてきたというのだろうか。

シロガネが質問を続ける。

「そう……なんだね。言いづらい事ばかり聞いてゴメンね、でももう今日限りで聞かないから今日だけは質問に答えてほしいんだ。お母さんは家にいたの?」

「……いないよ。あたしの所為で死んだんだって……アイツが……。あたしを産まなきゃ死ななかったって。お母さんは……あたしが二才の時に死んでる。」


ニナの話を纏めると父親はエーアイシンプトンで想像するに夫婦二人での生活は既に苦しかったはずだ。

ニナの母親の妊娠が発覚した時に父親は焦ったであろう、何故なら自身の子供もエーアイシンプトンである確率は非常に高い。

一家にエーアイシンプトンが二人もいたら当然家は破綻する。

なのでニナの母親は本人の意志なのか父親から言われてなのかは不明だが役所バレを恐れてニナを自力で出産している。

そして、両親はニナの存在を隠して育て始める。

これが見付かればニナの言うように両親共々捕まって何らかの処罰は下っただろう。

ニナが言ったとっくに捕まるような事とは自身の存在そのものの事だった。

そしてニナの父親の言葉を信じればニナを出産した事が原因で母親は亡くなっている。

でもニナからすれば自力で出産させた父親の所為で母親が亡くなった、とも言える。

そうやってお互いが母親の死を擦り付け合って生きてきたのかも知れない。

「ニナちゃんはお父さんが嫌いだったの?」

「だからクソだって言ってんじゃん。アイツ、毎日あたしを殴ってさ。この前なんかとうとう終わったって思ったよ……。」

ニナは言葉を詰まらせた。

「えっ?」

タイキの言葉に

「はぁ~っ……。」

深く息を吐くと一度ゴクリと唾を飲み込んで思い切ったようにニナは話し出した。

「あたしさ、アイツに犯されそうになったんだ……。そろそろ身体で金が稼げるようになる頃だ、その前に俺が試してやるって……。」

「な、なんて酷い……。」

タイキはこの目の前の少女が今までどんな生き方をしてきたのか想像すると胸が苦しくなった。

「だから……やられる前に……。」

その言葉を遮ったのはシロガネだった。

「うん、分かった。もう大丈夫だよ。取り敢えず僕等の家へ戻ろう。話してくれてありがとうね。」

三人の乗る車は重い空気を乗せて家路へと向かった。

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