第2話 外周
朝から調査班のメンバーで柱の周囲を探索しているとすっかり昼になり、昨日までいたはずの地上よりも空気は澄んで日光を強く感じる。
やはり高所にいるからなのだろう。
目の前の柱はキラキラと光り、太陽光を吸収しているようだった。
タイキ達以外にもこの柱を近くで見ようとする人が集まりだして早速、所々で警察官が交通整理を始めていた。
タイキ達の見解では柱に危険性はなく、特に何があるといった様子は全くなかった。
柱はただそこに存在しているだけだった。
ノゾムが言ったハイロと話が出来るようなるといった事実も結局の所は解らずじまいだ。
「えーと、じゃあ、そろそろもうひとつのミッションに取り掛かりますか~。」
調査班のリーダーの声掛けで一行は各々車に乗り込む。
「んじゃ、俺達はこれから北に向かうから其方は南という事で……。何か異変があったらすぐに連絡を取り合う事と、あと施設にも小まめに連絡を入れるのを忘れないで下さいね。」
「了解でーす。」
タイキの乗った車は南へ向かって走り出す。
正直な所、タイキは柱よりもこの浮遊都市の切れ目というか境い目の状況の方が知りたかった。
海はどうなっているのだろうか……。
車が南へどんどん進んで行くとそこは都市部ではあまり見掛けない畑や田んぼがちらちら見え始めた。
更に進むと山と牧場や牛舎に養鶏場も見え始めてちょっとした小旅行のような気分になった。
「ねぇ、タイキ先生。あれは牛?」
ノゾムが珍しくタイキに質問をしてきた。
「うん、そうだよ。ノゾム君、見るのは初めて?」
「うん、図鑑とネットでしか見た事ない。本物は大きいんだね。」
「そうだねー。あっ、じゃぁ、馬を見た事は?」
そんな会話をしながら車は本来ならば海があるはずの南へと向かって走る。
「いっ、イヤーッ!!」
助手席のヒロ先生が突然叫ぶ。
運転していたガミ先生が思わずブレーキを踏んで車内の皆は一瞬前のめりになった。
後部座席のタイキは咄嗟に隣に座っていたハイロを抱えたノゾムを片腕に抱いていた。
「ちょっとっ!!ヒロ先生、危ないでしょ!!」
ガミ先生に叱責されると
「ごっ、ごめんなさい……でも……あれ……。」
「えっ?何?!俺には何も見えないんだが……?」
ノーマルのガミ先生にはまるで何も見えてはいないようだった。
震える手でヒロ先生が指を差した先には何か動く豆粒のような物が見えた。
常人には見えないそれは元々身体能力が高くエボリューターとして更に進化したタイキにも見えた。
だが、タイキの目ではヒロ先生のそれには遠く及ばずあくまでも動く豆粒としか認識出来なかった。
その動く豆粒は時折二つにくっついたり離れたりを繰り返している。
「ヒロ先生、僕には何か一つの物が二つになったり離れたりしているようにしか見えないんですけど……あれは何です?」
タイキが質問するとヒロ先生は二人に向かって言った。
「皆さん、少し外でお話しませんか?」
ただならぬ様子のヒロ先生に続いて二人は車外へ出た。
車内で楽しそうにハイロを撫でるノゾムに聞こえないようにヒロ先生は言う。
「皆さん、もうすぐこの地面の終点に辿り着きます。でもノゾム君をそこに連れて行っては駄目です。」
「どういう事ですか?ヒロ先生、何を見たんですか?」
「あんなの……地獄絵図です。あの、さっきタイキ先生が言った一つの物……あれは女の子です。そしてくっついたように見える……離れる……。ここが本当に空中ならば女の子は人間を下にある地上に向けて投げているんです。しかも何人も……繰り返し、繰り返し……。」
「えっ!?何で……そんな……。」
「理由は解りません。でも私が見た光景は事実です。」
先程までの旅行気分が嘘だったようにタイキ達は顔色を変えた。
ガミ先生がヒロ先生に聞く。
「人間を投げるって……。その投げられている人達は生きてるんですか?」
「そこまでは私にも解りません。でも皆、抵抗している様子がないんです。」
それを聞いたタイキが呟く。
「となると、死体を棄てている?」
それに対してガミ先生が言う
「いや、生きてても死んでてもそんな事していたら駄目だろ……。警察だって黙っていないだろう?それよりその女の子はなんでそんな事をしているんだ……?」
ここで大人三人で揉めていても解決する話ではない
のでタイキは言った。
「あっ!そうだ。向こうの班に連絡を入れましょう。」
「えぇ。」
電話が繋がると北へ向かった班は何事もなくそろそろ終着点へ着く頃だと言う。
ヒロ先生の報告を聞いてリーダーが出した答えは単純で「そこを避けて別のルートで終着点を確認してくるように」だった。
女の子の様子が気にはなったが、こちらも幼いノゾムを連れている。
そしてもしもその女の子が狂人ならば危険極まりない。
リーダーの意見が最善策だとタイキ達はひとまず本来の目的を果たす事にした。
別のルートと言われても更に危険な者が待ち受けているのかも知れないと思うと車内に緊張感が走る。
そんな大人達を和ませたのはノゾムとハイロだった。
何も知らないノゾムは何やらずっと笑顔でハイロを見つめては時折頷いたりしている。
まるで本当に会話をしているようにも見えた。
「ね、ノゾム君。ハイロは今何て言ってるの?」
「あれ?タイキ先生には聞こえないの?」
「うん、残念ながら……ね。」
「そっかぁ……ハイロはね、みんなに言っているよ。お水を飲んで御飯を食べようって。」
その言葉を聞いて柱の観察に夢中になっていた事や、非日常的な光景が先にある事を知って水分も取らずに先を急いでいた自分達に気付かされた。
慌ててヒロ先生が言う。
「そうだね、ハイロとノゾム君の言う通りだね。そろそろ何処かでお昼御飯にしようね。あっ、そうだ!ノゾム君、今日はね~私、お弁当作って来たんだー。みんなで食べよう?」
「うん!!ね、ヒロ先生、おにぎり?それともパン?」
「ノゾム君はどっちだと思う?」
「うーん……ハイロがさ、さっきからこの匂いはおにぎりだって言うんだ。鮭とおかかの匂いがするって。僕はパンだと思うんだけど……。」
「さぁて、どっちかな~、もう少し後のお楽しみでーす。」
車を駐車場に停めて近くの公園に大人三人と子供一人と猫一匹で移動してきた。
公園の芝生に座ると心地良い風が吹いてきて緑のいい匂いがする。
今年生まれたばかりの木々の若い緑が太陽の光を浴びてキラキラと波を打つ。
昨晩から今までの事が夢のようにも思えた。
しかし、夢などではなく柱は視界の奥の方にしっかりと捉えられている。
「じゃあ、頂きましょう。」
ヒロ先生が開けた大きなお弁当箱には色々な種類のおにぎりが沢山入っていた。
「おー、旨そう~!」
運転に疲れたガミ先生が手を伸ばそうとすると
「ちょっと!ガミ先生!手を洗ってからですよ。」
こんな時のヒロ先生はタイキよりも年下なのにお母さんのように見える。
とは言え、タイキに両親はいないので想像する一般的なお母さん像でしかないのだが……。
「じゃあ、先にノゾム君とタイキ先生で手を洗いに行って来て下さい。私とガミ先生はここで待っていますから……。」
「はい。ありがとうございます。」
ハイロをずっと抱っこしていたノゾムはようやく腕から下ろしハーネスを着けたハイロと歩き始めた。
その横に並んでタイキも歩く。
「タイキ先生、本当に今日はありがとう。ハイロも喜んでいるよ。」
「うん、それなら良かったよ。」
「僕が今日記憶した事はきっとこの先みんなの役に立つから……。」
「そうだね、でもそんなにそんな事気にしなくても大丈夫だよ。ここまで来たらこっちのもんだって感じかな~。」
「えっ?」
ニッコリ笑うタイキにノゾムは少し驚いた様子を見せた。
「ノゾム君がやりたかった事が出来たならそれで僕は良いと思うよ。」
「でも、朝は反対したじゃない?」
「あー、それはそうだよ。本当に危険かも知れないって思ったし、それは今でも思っているよ。でも普段大人しいノゾム君があんなに一生懸命にお願いするからさ。僕だって先生っていう立場があるからね、ヒロ先生やガミ先生の前で無責任にノゾム君を連れて行きましょうって言えないからね。」
「そっか……ありがとう、タイキ先生。そうだ!タイキ先生だけに特別な事、教えてあげるね。これは他のみんなには内緒だよ?」
「あぁ、うん。何かな?」
「この土地はさ、クリスタルに守られているんだ。凄い力を持っているよ。電気も水も空気も綺麗にしちゃうんだ。」
「えっ?本当かな~?」
「嘘じゃないよ。フリーエネルギーって言うんだ。」
「……ノゾム君がどうしてそれを知っているの?」
「えっ?それはさっきクリスタルに触れた時に教えて貰ったんだ。」
「ちょっと、待って。ノゾム君、それが本当だったら色々と凄い事だよ?」
「うん、だから内緒なんだ。このクリスタルの力が他の人達に知られたら大変な事が起こるかも知れない……。僕の予測では……皆がこのエネルギーを欲しがるだろうからね。」
十歳の子供とは思えない程に急に大人びた口調になったノゾムにタイキは少し戸惑った。
ノゾムが言う大変な事とは何を意味するのかタイキにも分かる。
それもそれだが、全く関係のない事をタイキはふと思っていた。
この話し方をタイキは知っている気がする。
黙って考え込むタイキにノゾムは言った。
「だからね、タイキ先生。内緒だよ?」
いつものノゾムに戻っている。
「あぁ……うん。」
タイキは何か別のものが喉の奥の方に引っ掛かるような感覚を覚えた。
ノゾムは賢くどこか不思議な子供だ。
五歳の時にシロガネに連れられて施設に来た当初は記憶喪失だという通達があっただけでどのような経緯でここへ来たのか、また何か特殊能力を持っているとしてもそれが一体何なのか特に情報のない子供だった。
元々シロガネの方針でエーアイシンプトンやノーマル、はたまたエボリューターであろうが分け隔てなく子供達を育てたいという想いから働く職員達にも最低限の情報しか伝えないようにしていた。
ノゾムは施設に来た頃は誰とも殆ど口を利かずに本が友達だった。
記憶喪失のノゾムが覚えていたのは自分の名前と猫を飼っていたという事だけだとシロガネから聞いていた。
その頃シロガネの母親が飼い主が急に寝たきりになり飼えなくなった猫を預かっていた。
ノゾムはその猫が自分の猫だと言い、それに対してシロガネは記憶の混濁なのだろうと言っていた。
そしてノゾム自らシロガネに直談判してその猫を施設で飼うことになり、一緒に住み始めたのだった。
猫のハイロが施設へやって来てからはノゾムは本ばかり読むのをやめてハイロと過ごすようになった。
御世話も手慣れたもので職員の手を煩わせた事が一度もない。
本当に元々ノゾムが飼っていたのではないのかと思える程だった。
それから更に月日を追う毎にノゾムも施設内の子供達と交流を持ち始めて今に至るのだが、ノゾムは他の子供達と比べてみても妙にしっかりしているというか、冷めていて時折子供らしからぬ発言をする為に他の子供達とはどこか馴染めていないようにも見えた。
しかし、当の本人はハイロさえ居れば満足らしく子供達の輪の中に入れなくても全く気にならない様子でいる。
他の子供ならば輪の中に入れなかったりすると色々な感情を持ってタイキ達に泣きついてくるものなのに……。
ノゾムが妙に大人っぽいのも一つの個性なのだと思いながらもむしろ感情を抑え込んでいるのではないかと心配にもなる。
ノゾムが記憶と計算のエボリューターである事は二年程前に発覚した。
その時の事をタイキはよく覚えている。
記憶喪失のノゾムがある日の朝突然何かを思い出したかのようにパソコン画面に向かい真剣に何かを記録しだした。
それは計算式のような化学式のようにも見える意味不明な記号文字の羅列とも言えるものでノゾムにしか理解出来ないものだった。
「何を書いているの?」
先生からの質問にノゾムは
「日記だよ。僕の記憶をここに入れて新しい世界をこの中に作り始めたんだ。」
そう答えた。
ノゾムと公園内を歩きながら色々と思い出していたタイキはノゾムに言う。
「ね、ノゾム君、今日の事は日記にどう書くの?」
「うーん、今日の事を書くとしたら……今までで一番の情報量なんじゃないかな……。でも二年かけてやってきた事にこれがプラスされたら一気に僕の世界は広がるよ。」
タイキには正直なところ今のノゾムの発言は一割程度も理解出来ない。
でも楽しそうに話すノゾムの顔を見るのが嬉しくて会話を続ける。
「ふーん、僕はノゾム君の日記を見せてもらっても未だによく解らないんだよなぁ~。あれは記号?」
「まぁね、僕にしか解らないように作らなきゃいけないんだ。今度は誰にも壊されないようにね。」
「えっ?!」
「ううん、何でもない。あっ!タイキ先生、水道あったよ!早く手を洗いに行こう!」
タイキの手を引いてノゾムは足早に歩き出す。
「あっ!ちょっと待って。ノゾム君!」
「早く、早く~!ガミ先生とヒロ先生が待ってるよ。ハイロも喉が渇いたって。」
食事をした後はタイキが気になっていた場所へと向かう。
そこに何があるのかは分からないがノゾムを連れて来た以上、怪我一つなく帰宅させなくてはならない。
タイキは気を引き締めるべく手だけではなく顔も洗った。
冷たい水が気持ちをシャキッとさせる。
そしてノゾムとハイロを連れてヒロ先生とガミ先生の元へ戻る。
「ただいま~。」
「おぅ、お帰り~、じゃあ次は俺とヒロ先生が手を洗ってくるわ、先に食べててくれな。あっ!鮭は残しておいてな!」
「了解~!じゃあ、ノゾム君先に食べようか。」
「あっ、待って。」
ノゾムは自身が背負っていた小さなリュックから猫缶を取り出す。
「ハイロ、御飯だよ。お水はこっちね。」
ハイロは本当に喉が渇いていたようで猫缶より先に水を飲み始めた。
その様子を確認してからノゾムとタイキも食事にありつく。
「タイキ先生、美味しいね。外で食べるってなんかいいね。」
「うん、僕も外の空気と一緒に食べるのは好きだよ。なんか、ピクニックみたいだね?」
「僕、ピクニックって初めてなんだけど……こんな感じなの?」
「うーん、そうだねぇ……そうとも言えるかな~、ガミ先生達が戻って来たらもっとピクニックっぽくなると思うよ。」
「ふーん……。」
おにぎりを一つ食べ終えた頃にヒロ先生達が戻って来た。
「ノゾム君、今日のお弁当はおにぎりでした~、ハイロの当たりだね。」
ヒロ先生は先程ノゾムが言ったハイロと会話が出来るようになったという事を普通に受け入れていた。
タイキはにわかに信じがたい思いでいるというのに……。
「おー、やっと食事にありつけるなぁ、腹減ったわ~。」
ガミ先生は目の前のおにぎりの方が気になっていてハイロが話せるようになったという事は気に掛けてもいない。
「いっただっきまーす!!」
皆で会話をしながら楽しく食事を摂る。
時折笑顔を見せながらおにぎりを頬張るノゾムはとても子供らしく見えた。
食事を終えてからヒロ先生は北へ向かった調査班のリーダーへ、ガミ先生は施設へ連絡を入れる。
電話をガミ先生より先に終えたヒロ先生がタイキに言った。
「タイキ先生。北へ向かったみんなですが、無事に様子を見終えて今は帰宅途中だそうです。」
「あの、終着点はどうなっていたって言ってましたか?」
「はい。北側には以前、山があったそうなんですがそれは無くなっていたそうです。そして終着点は崖のようになっていてとても危険だと……。それから間違いなくこの土地は空に浮かんでいるとも言っていました。眼下に雲が見えたそうです。」
「じゃあ、これから僕等が行く南はどうなんでしょうかね?僕は海がどうなっているのか気になっていて……」
二人の会話を遮るようにガミ先生の声がした。
「おーい、こっちはなんだか大変な話しになっているぞ。」
「えっ?!施設に何かあったんですか?!」
「いやいや、そうじゃなくて下の話しだよ。」
「下?」
「あぁ。まぁ、あくまでも先生達が見たテレビやネットの情報なんだけどな、この浮遊地跡っていう場所が大惨事になってるらしいんだ。」
「大惨事って……どんな……?」
「まずは浮遊地では電気、ガス、水道がストップ。んで土地が浮いた衝撃っつうのかな?怪我人も出ているらしい。えぐれた形の何もない土地だけが残っていてちょうど月のクレーターみたいな感じだな。この土地が浮いたせいで大量の土が空から降ってきてるんだって。それと一緒に……。」
そこまで言って慌ててガミ先生は言葉を止めた。
ノゾムがタイキの傍にいたからだ。
「あっ、とにかく下は大変な事になっているって事ですね?」
それを察したタイキは話を濁した。
昼食前に見た光景がフラッシュバックする。
「あぁ、そうなんだ……。ここの俺等は案外平和だってのにな。」
「そうですか……。」
「取り敢えず、北側の班がもう施設へ向かって戻ってるんだろ?俺等も調べる事調べて帰ろう。」
「はい、そうしましょう。」
車は更に南へと進むと今までとは少し違う光景が拡がっていた。
木々が倒れ土が掘り起こされたように盛り上がっている。
それは幅にすると二十メートル程でこの地の周囲を囲んでいるように見えた。
全員で車から降りて盛り土の方へ足を進める。
踏み込むと土はとても柔らかく足を取られてしまう。
「ヒロ先生、ちょっとこっちは危ないんでそこでノゾム君と待ってて下さい。」
「あっ、はい!ノゾム君、一緒にいようね。」
「うん。」
ガミ先生と二人で盛り土を登る。
足元をしっかり見ながら数メートル歩くと北側班の報告と同様に崖っぷちに立っているような光景が見えた。
遠くの右斜め奥を見ると見事な絶壁が下に垂れ下がっており、何処が底なのかは雲海が広がってかなりの速さで流れている為にまるで見えなかった。
それは曇りの日に高い山にでも登り、頂上から下を眺めているようでもあった。
「あっ!タイキ先生、ストップ!!」
ガミ先生が足を止めてタイキに言った。
「ほら、タイキ先生見てくれ、あれ……。」
ガミ先生が指した真正面から斜め下遠くに雲の隙間から時折数機の飛行物体が見えた。
「あれって……。」
「うーん、あれかな……自衛隊とか報道局のものとかだろうな……。」
「なんか……改めて僕等、高い所にいるんだなぁって実感しますね。」
「あぁ、そうだな……。と同時に落ちたらひとたまりもないって事だな。」
少し背筋がゾクッとなる自分に気が付く。
「ガミ先生、どうやらここが本当にこの浮遊地の外周のようですね。昨日の今日なんでまだ何もありませんけど落下防止柵みたいなものが必要ですね。」
「そうだな。まぁ、早急に対策を取られるだろうな。おー、怖っ!」
それだけ確認するとタイキ達はヒロ先生とノゾムの元へ戻った。
車に乗ってヒロ先生とノゾムにこの先がどうなっていたのか説明するも下まで見えているヒロ先生には蛇足説明だった。
ノゾムはその話を聞いて記憶すると同時にこんな事を言った。
「やっぱりね……。」
「えっ?ノゾム君、今何て?」
「うん。僕、知ってたよ。だってさっきクリスタルが全部教えてくれたもん。」
にわかに信じがたいが、ノゾムはどうやら柱の意思のようなもの?いや、石にそんなものがある訳がないのだが、何かを感じ取っているらしい事だけは分かった。
「そっかぁ……ノゾム君、ひとつ僕と約束してほい事があるんだけどいいかな?」
「ん?何?タイキ先生。」
「ノゾム君がクリスタルから教えてもらった事は誰にも言っちゃいけないよ?」
「なんで?」
「うーん、そうだなぁ……。今、この中でクリスタルと話が出来るのはノゾム君だけなんだ。もし、これがノゾム君の特殊な能力だとしたら……。」
「うん。わかったよ、タイキ先生。」
「ガミ先生とヒロ先生も宜しくお願いします。この事は僕等の秘密という事で……。あっ、でも園長先生には勿論報告します。」
「おぅ、了解した。」
「はい。ノゾム君の為にもその方が良さそうですもんね。」
タイキは改めてガミ先生に言う。
「あの、ガミ先生……少し東の方へ行く事は出来ますか?」
「あぁ、構わないよ。ヒロ先生は?」
「あっ、私も別に……皆さんに合わせます。」
「僕、どうしても海が気になって……。」
「そうだな、俺も気になるな。んじゃ、ちょっと予定とはずれるけど行ってみるか。」
「はい、お願いします。」
車を暫く走らせると潮の香りがしてきた。
「そろそろ見えても良い頃なんだがな……。」
そうガミ先生が言った数分後にタイキは待ちわびた光景を目にした。
「あった……良かった~、海……ありましたね。ね、ヒロ先生海の先には何が見えますか?」
「えっと……あの……皆さんはどこまで見えています?」
「あー、俺は普通の海……だな。」
「えーと、僕は海の遠く水平線の向こうに水蒸気っていうか……なんか白いモヤのようなものが……。」
「あぁ、はい。二人共、正解です。海の奥の方も絶壁のようになっていて水の壁みたいな……海水が下に向かって……んと……滝みたいな感じです。でもその海水は地上に降り注いではいないんです。」
「というと?」
「うーん、私にも仕組みが理解出来ないんですけど……何かこう……海の側面っていうんでしょうか、この場合は海の表面っていうんですか……底の方は何かに包み込まれているように海水がキープされているんです。んと……解り辛くてごめんなさい、何か空気の壁のようなもので……こう、底の方が……。」
右手を上から下に落としながら平仮名の「し」の字を逆に描くようなジェスチャーをヒロ先生が見せる。
「あー、何となくですけど状況はわかりました。」
「あっ、僕もです。海も一部だけはこの陸地と一緒に切り離されて空に浮いているという事か……で、ヒロ先生、海の生き物達は?」
「あぁ、大丈夫です。魚も普通に泳いでいますね。」
「そっか……それは良かった。」
この会話もノゾムは記録をして皆で施設へ帰る事にした。
タイキは帰りの車中でまたあの豆粒の事を思い出していた。
あれが女の子だとヒロ先生は言っていた。
今日はともかく近いうちに彼女を保護する必要があるのではないかと……。
車は何事もなく施設に到着すると皆が出迎えてくれた。
「みんなお帰り~、お疲れ様~!お風呂沸いてるよ~。」
その声でタイキはホッとする。
それともう一つ、施設に帰って来て嬉しい知らせがあった。
タイキの予想よりも早くシロガネがここへ到着しているというのだ。
取り敢えずお風呂で一汗流してタイキはシロガネの元へ向かう。
園長室と書かれた扉をノックして入室する。
「やぁ、タイキ君、久し振りだね。」
ニッコリ笑ういつものシロガネの顔を見てタイキも笑顔になる。
「園長先生、お久し振りです。どうやってここへ?」
「まぁね、方法はいくつかあったよ。但し一つ君達に知らせたい事があるよ。この土地に飛行機は着陸出来ないんだ。近付くと計器が乱れてどうにもならなくてね……。」
「えっ?じゃあ、園長先生は?」
「うん、ギリギリ近付いてスカイダイビングだよ。死ぬかと思ったけどね、アハハ……。」
「そんな……無茶な……。」
「まぁ、良いでしょう。今こうしてここに居るんだから、ね。そうそう、僕がいない間に色々と調べてくれたんだってね。」
タイキは今日見たもの、起きた事を全てシロガネに報告した。
「うん、ありがとう。ノゾム君の件は了解したよ。それは正しい判断だね。うちの子を何処かの研究所に連れて行かれる訳にはいかないからね。それから外周で人間を投げている女の子か……。これは気になるね……明日にでも僕等で様子を見に行ってみよう。」
「はい。是非!あっ、それから学校はどうなっていますか?」
「あぁ、それならさっき教育機関から連絡があったよ。実は下が滅茶苦茶になっていてね、正直ここがこんなに平和で僕は驚いたくらいなんだ。あっ、話が逸れたね、ゴメン。そうそう学校はね、こちらが問題なければすぐにでも再開するそうだよ。」
「あぁ、良かったです。早くみんなにいつも通りの生活に戻って貰いたくて……。」
「そうだね。僕が見たところ、この浮遊地の様子ならば数週間以内には学校は再開するだろうね。でも本当に嘘のように何も変わっていないんだよなぁ。あ、細かい事言ったら変わってるんだけどね。例えば水とか……ね。前より綺麗だよね?実は皆には聞こえない普段空気中に流れている音も綺麗になっているんだよ。」
「へぇ、そうなんですか……。」
「うん。まぁ、それは置いといてタイキ君、今日は宿直じゃないでしょ?こちらは大丈夫だから今日は帰宅してゆっくり休んで下さい。明日は忙しくなるからね。」
「はい、お疲れ様です。明日は宜しくお願いします。」
「うん、お疲れ様~!」
施設の子供達は普段日中は当然学校へ通うのだが、ハイロはノゾムがいない時には事情を察しているかのように同じ場所に居留まり、ひたすらノゾムの帰りを寝て待つ。
猫はもっと高い所に飛び乗ったりお腹が空いて鳴くものだとタイキ達は思っていたので皆拍子抜けした気分になる程だ。
当のノゾムの様子は?と言えば同じクラスに通うエンから学校での様子を聞いても
「あー、ノゾムー?アイツはただのガリ勉ヤローだよ。そんで運動音痴。俺の方がクラスで女子にモテる!!」
と教えてもらった。
「そっか~、それは凄いな。エン君は女の子に人気があるんだね。で、ノゾム君はお友達とかいるの?」
「うーん、よくわかんねぇ。でも読書クラブの奴等とよく一緒に居てさ、俺の知らない本の話とかしてる。」
それを聞いて少し安心した。
読書クラブにはエンの双子の姉のエイがいる。
エイはエンとは真逆でとても大人しいが、いざという時にやんちゃなエンを制する強さも持っている。
ノゾムとエイは読書好きという共通項があったので最初に施設の子供達とノゾムの間を取り持ったのはエイだった。
ここで双子の姉エイと弟エンの話をしよう。
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