エーアイシンプトンズN

@sougoss

第1話 浮遊都市

満開の桜の木から風がなびく度に仄かな花の匂いと共に降り落ちてくる花びらは雪のようだ。

そんな光景を庭の芝生の上に置かれた白いベンチに座ってボンヤリと眺めている男の子の膝の上には美しいアイスブルーの瞳に灰色の毛色をした成猫の姿がある。

「ノゾム君~、あまり長くそこに居たら風邪を引いてしまうよ。そろそろお部屋に戻ろう?」

その声を聞いて我に返り猫の背中を撫でると毛先が少しひんやりとしている。

「あっ、ごめんね、寒かったね。ハイロ、部屋に戻ろう。」

よいしょっと口には出さないものの十歳の少年が抱えるには成猫の重さはかなりのものだ。

立ち上がるとすかさず猫のハイロは当然のように両前足を少年の左肩口に置いてお尻の辺りだけを抱えれば良い体勢を取ってくれる。

「ハイロ、春の匂いはいい匂いなんだね。」

少し左下を向くと鼻と鼻がツンとぶつかり、アイスブルーの瞳が少年の顔を見つめた。


この世界には三種類の人間が存在する。

一つはノーマル。

これはそのままの意味で特殊能力を持たない人間を指す。

一般的には彼等が正常とされ、人口比率も圧倒的に多い。

二つ目はエーアイシンプトンズ。

彼等は身体の何処かが不能の状態で生まれてくるが、その身体機能と合致するAI機器に触れる事で機能を宿し、その部位はAI機器と同等の能力を持つ。

云わば機械人間のようなものだ。

だが機械人間と言っても見た目はノーマルと変わりはない。

単体の場合はエーアイシンプトン、複数の場合はエーアイシンプトンズと呼ばれている。

三つ目はエボリューター。

彼等の歴史は非常に浅い。

数年前に流行った病で人間の脳のみに寄生する新種のアメーバに寄生された者が植物状態に陥った結果、特殊なチップを脳に埋め込まれる事によって目覚めた者達。

チップが脳に埋め込まれてから数ヶ月後に各々が生来持っていた得意分野や自身の優れたDNAが進化して最大誇張された特殊な人間。

こちらはノーマル達からは異常進化人間と認識されている。

そして、これは分類されるには圧倒的少数なので分類からも省かれてはいるがエーアイシンプトンとエボリューターのハイブリッドがいる。


「ノゾム君、身体冷えてない?」

猫を抱える少年の両頬に大きな両掌を包み込むように当てる。

「うん、僕は大丈夫。ハイロは少し寒かったかも……。ありがとう、タイキ先生。」

そう言うとノゾムと呼ばれた少年は部屋の中へ入って行った。

中にはノゾムとそう歳の変わらない子供達が元気に走り回ったり、床に座って読書をしている。

パソコン画面に向かっている子供もいれば、ピアノを練習している子もいる。

タイキは部屋の扉を閉めながら片掌を口の横に当てて遠くまで聞こえるように声を飛ばす。

「みんな~、聞いて~!そろそろ夜御飯の時間だからね~、あともう少ししたら……」

「どぉりゃぁ~っ!!」

子供達に話し掛けている途中で真横からドロップキックを太腿の辺りに仕掛けてきた少年をひょいと躱して空振りした少年が反動で頭を打たないようにサッと上半身を片腕ですくい上げる。

「どうだ~、今日も僕の勝ち~!」

ハッとした顔の少年に向かってニカッと笑いながらピースサインを見せる。

ものの二、三秒の出来事だったが何事もなかったように少年を腕から解放すると

「いい?みんな~、もう少ししたら御飯の準備だよ~!」

「はーい!」

元気な声で返事をする子供達と先程のドロップキックを見事に躱されて悔しがる少年。

平和ないつもの日常だ。

タイキは先に述べた圧倒的少数のエーアイシンプトンとエボリューターのハイブリッド人間でその身体能力の高さもあってこの施設の職員をしている。

入職当時は資格を持たずに用務員のような立ち位置だったが、もっと子供達と真摯に向き合いたいと考えて仕事を続けながら二年間資格取得の勉強に励み、三年前に保育士の資格を取得して今は二十五歳になる。

二十歳から二十二歳までは勉強と仕事の両立が本当にハードで一日の睡眠時間は三時間以内だったが、本人の身体能力の高さのおかげで倒れずになんとか乗り切る事が出来た。

「タイキ先生~、じゃあ俺と腕相撲しようぜ!それなら俺は楽勝だからなっ!」

諦めきれない少年がタイキに詰め寄ってくる。

「はいはい、知ってるよ、エン君。僕は腕相撲じゃエン君には勝てないだろ?それにエン君はそういう事に腕を使っちゃいけないよ。エン君の腕は腕相撲の為にあるんじゃないんだからね。」

「ふんっ!そんなの知ってるよ!けどさぁー、毎日俺のスーパーキックがこんなに当たらないのは悔しいだろっ!!」

くすっと笑いながらタイキは言う

「じゃあ、明日僕が絶対当たるスーパーキックのやり方を教えてあげようか?」

「ふざっけんなよ!タイキ先生に教わったんじゃタイキ先生を倒せねぇだろー!!」

「あはは、そうかもね。」


施設は所謂、児童養護施設でエーアイシンプトン、エボリューター、ノーマル問わず様々な事情を持つ子供達にとっての大切な我が家だ。

人数の割合としてはエーアイシンプトンが六割、エボリューターが二割、ノーマルが二割で何故人口的に少数なのにも関わらずエーアイシンプトンの割合が多いのかと聞かれたらその答えはシンプルだった。

エーアイシンプトンには毎月保証金という名の特別税と年数回の高額な検査費用が課せられる。

平均的な所得で生活を営む家庭ではこれらの費用が捻出出来ずに自身の子供がエーアイシンプトンだと判明すると大抵の親は我が子を手離す事になる。

そして施設に入った子供達は国に管理され、十八歳になるとそこに留まる事を許されずに社会に放り出される。

そして、そこからがエーアイシンプトンとして産まれた者への本当の試練がやって来るのだ。

先ずは毎月の保証金と数ヶ月毎にある強制的な検査費用を自力で賄わなければならずに経済的に追い込まれる。

しかし、国の有事の際に戦力として貢献した者に限りこれらは免除される。

免除と言っても今まで支払った分が返ってくる訳ではなく、あくまでも有事の際なので何かが起こらない限りは免除にもならない。

つまりエーアイシンプトンズはよほど金銭面に余裕がない限りは国の為に人間兵器になる道を選択せざるを得ないのだ。

そしてここ数年前から姿を見せるようになったエボリューター達もエーアイシンプトンズ同様に国が管理するべきか否かという議論が繰り広げられている。

ただ、エボリューターに関しては奇病の罹患者なので云わば被害者のようなものだ。

また、奇病の沈静化と共に存在自体が一定数に留まっており、大流行した二年後からは仮に罹患してチップを埋め込まれても目覚めた人間は何故か進化する事はなかった。

なので限られた一定数しかいない彼等を管理をするのは人権問題に関わるという声もあった。

五年前に一度この国に於けるエーアイシンプトンズに対する不当な扱いをある者によって世界中に暴露された事により、他の国々から指摘を受けてからはほんの少しだけエーアイシンプトンズに対する待遇が変わったものの、根本的な見直しは為されずにいる。

どんな待遇が変わったのかというと、以前のエーアイシンプトンズの子供達の施設にはこれといった基準がなく、劣悪な環境で育てられている子供達が多くいた。

今まで政府はそれを見て見ぬ振りをしていたのだが新たに施設に基準を設けてそれに該当しない施設を改善もしくは閉鎖して国の補助金目当てに設立、運営していた施設は軒並み潰されたのである。

タイキが働くこの施設は一人のミュージシャンによって建てられたものでそのミュージシャンはシロガネという名の耳のエーアイシンプトンだ。

シロガネ本人は園長という立場にあり、世界各地で小規模ながら児童養護施設を運営している。

二足のわらじを履く彼は多忙の為に滅多にこの施設へ顔を見せる事はない。

彼自身は施設出身者ではないが、実家が国内有数の財閥である事と本人が世界的に有名なミュージシャンである為に豊富な資金のもとにここの施設の環境は国内トップクラスいや、今はこの国どころか世界基準をも上回っていて時折諸外国の人間が視察に来る程である。

ここの子供達は皆個性的でのびのびと生活しており

施設にありがちな職員不足もここでは皆無でお互い助け合いながら子供達と生活を送っていた。


「じゃあ、みんな~、夕御飯の支度を始めるよ~。」

「は~い!」

タイキの掛け声と共に子供達や他の職員達が遊び道具や勉強道具を片付け始め、それが終わると食堂に移動を始めた。

食堂に来ると美味しそうな匂いが漂っている。

今日は週に一度の外食デーと名付けられた日でこの日は世界各国の何処かの国の料理が振る舞われて子供達はその国の食文化やマナーを学ぶ。

「頂きます。」

「いただきます!!」

今日はイタリアンの日だった。

タイキの好物でもあり、食べ始めると海が見えるお気に入りのレストランを思い出す。

(暫く行ってないなぁ……、まだあそこにあるんだろうか……。)

そんな事を考えながら食事を済ませて食器を片付けている時にそれは起こった。

カタカタ……カタカタ……カタカタ、カタカタ。

小刻みに底から振動が伝わるとぐらりと大きく部屋の床がうねるような感覚に襲われたと同時にガタガタと音を立てて部屋の中が振動している。

「えっ?地震?」

「キャーッ!」

「みんな、落ち着いて!!頭を守ってテーブルの下へ隠れて!!」

他の職員達と一緒に子供達を安全な場所に誘導して自身もテーブルの下へ隠れた。

「タイキ先生~、怖いよぅ……。」

泣きそうになっている女の子を脇に抱え、自身にしがみついてくる子供達を抱えられるだけ抱き締めた。

「大丈夫。すぐにおさまるからね。ちょっとの我慢だよ?」

「うん……。」

時間にすると二、三分だろうか。

その揺れは落ち着き、子供達は恐る恐るテーブルの外へ顔を出す。

隣のテーブルの下には猫を抱えたノゾムや半泣きのエンの姿も見えた。

「もう大丈夫みたいだね。みんな、出て来ても大丈夫だよ。」

その揺れは縦に小刻みに揺れた後、一度だけぐらりとしたものの落下物や転倒物等もなく部屋の中は何も異常がないように思えた。

子供達を落ち着かせていると女性職員の一人がタイキに声を掛けてきた。

「タイキ先生、ちょっといいですか?」

「あぁ、はい、ヒロ先生。何かありましたか?」

「いえ、その……あの……。」

「大丈夫、落ち着いて。もう揺れはおさまっていますから……。」

「えぇ、はい。あの……、外を……窓の外が……。」

「えっ?」

窓の外を見るが何も変わった様子はない。

「窓の外がどうかしたんですか?」

「はい、あの……、外が無くなっているんです。」

「えっ?どういう……。」

ヒロ先生は目のエーアイシンプトンで常人よりも遠くを見る事が出来る。

視覚からの情報量があまりにも多過ぎて脳の処理が追い付かずに言葉を詰まらせる事がよくある。

「何が見えたんですか?」

「あの……タイキ先生、驚かないで下さいね……。ここ……いや……、ここから数十キロ先なんですが、地面が無くなっています。」

「えっ?!」

「それと、今は暗くて皆には見えないかも知れないけれど……。」

「何か他に見えたんですか?」

「えぇ、何か大きな柱のようなものが……。」

「柱?」

「はい。多分……その柱が中心になっていてその柱の周りに私達の今いる地面があるっていうか……。んと……全部を見た訳じゃないんですけど独楽の形っていうんでしょうか……。」

「こ、独楽?」

「はい、恐らく……。巨大な独楽を想像してみて下さい。軸に該当する部分が柱で私達は独楽の上部にいるっていうか……。」

「うーん……なんとなくは解りました。取り敢えず他の皆の安全を確認しましょう。」

「はい。」


怖がっていた子供達を寝かし付けて職員の集まる部屋へと足を進めた。

「お疲れ様です。」

部屋の中には全職員が集まっており、皆がテレビ画面に釘付けになっている。

タイキもテレビ画面に目をやるとそこには驚きの光景が広がっていた。

目のエーアイシンプトンのヒロ先生と話した先程の会話を思い出す。

確かに巨大な独楽のような物体が画面中央に写し出されており、上部にはキラキラと夜の街が広がり、逆さまの円錐形の下部はぼんやりと青白く光っている。

映像だけを見るとなんだか幻想的で綺麗な物体に見えた。

テロップには「浮遊地の現在の様子」と書かれていた。

「浮遊地って……なんですか?これ……。」

「あぁ、タイキ先生。これって信じがたいけど今俺等のいる場所らしいんだ。」

「えっ?」

慌てて窓を開けて外の様子を見るが、いつもと何も変わった様子はない。

ただ少しだけいつもより空気が綺麗な気がした。

窓を閉めて振り返ると仲の良い先輩男性職員が続ける。

「なんかよく解らんけど俺達浮いてるみたいなんだよ。」

「えっ?浮いて?どれくらいの高さに?どういう仕組みで?だってそれにそんな事になってたら地下は?普通テレビなんて見られないんじゃ……。」

「だよな、でもこうしてテレビも観る事が出来ているし、電気も水道も止まっていない。さっき確認したけど電話も繋がるんだ。おまけに上空だって言われても体調に変化をきたしていないし……。」

確かに通常急激に上空へ向かえば耳が詰まるような感覚だとか頭が痛くなるとかがあってもおかしくはないのに子供達も誰一人としてタイキに体調不良を訴える者はいなかった。

そして通常、この都市のインフラは地下に集中していてそこから電力や水が地上に来ている訳だが、地下ごとごっそりと引っこ抜かれたようなこの独楽のような土地は普通に考えたら全てのインフラがストップしているはずなのだ。

「ね、先輩。この浮いてる土地って広さはどれくらいなんです?」

「あー、なんか報道では一県分くらいはあるってさ。」

「そう……ですか。結構大きいんですね。で、どれくらいの高さに僕等はいるんです?浮いた後の場所は?」

「それは、この報道を信じる限りだけど……高さは地上からおよそ十キロ、なんでもそこだけポッカリ穴が空いたようになってるらしいよ。でもまだ調査が進んでないからどうなんだろうな……。なんかお偉いさんがあーでもないこーでもないって推測してるけどな。」

「僕等はどうなるんです?」

「さあねぇ……でも暫く生活に困るって事はなさそうだよな。インフラにも異常はないし、食糧だって暫くは余裕だろうし、山や川に畑もある。それに隣の県がなくなりましたって言われてもそもそも隣の県なんてなんか用事がなければ普段から行かない訳だし……。今までだって行かずに普通に暮らせてただろ?」

「まぁ、そうですけど……。」

「この浮いた土地から下に戻りたいとか海外旅行に行きたいって言うなら話しは別だけどさ。」

「はぁ、まぁ……。あっ!先輩、海はどうなりましたか?」

「おいおい、タイキ、そうなんでも俺に聞くなよ。俺だってお前と同じ立場でなんも解ってないんだぞ?少しお前より前にテレビやネットを見てほんのちょっとだけお前より知ってるだけでさ……。」

「あぁ、すみません、そうですよね。じゃあ、明日僕はこの土地がどうなっているのか調べに行きます。」

「あぁ、そうだな……。テレビやネットよりもまずは自分の目で見てみない事には何も言えないからな……。」

「あっ、そうだ。園長先生とは連絡取れたんですか?」

「あぁ。それならさっき副園長が連絡取れたって言ってたな。でもあれだろ?園長先生今はヨーロッパツアー中でさ……でもそれを中断してなんとかこっちに来るってさ。」

「えっ?ここに?浮いてるのに?どうやって……?」

「だから、俺だって分からないって……でも園長先生の事だから来るって言ったら必ず来るよ。あの人はそういう人だろ?」

「はい、そうですね。園長先生はああ見えて決めた事は必ず実行する人ですもんね。」

「まぁな、まっ、園長先生が来てくれたらこの先俺等がどうするべきかハッキリするよ。」

「はい、それまでは出来るだけの情報集めですかね?」

「そうだな。今日はもう遅いし俺等もそろそろ休もう。難しい事考えるのは明日でいいよ。」

「はい、そうですね……。」

おおらかな性格の先輩と話しをしてタイキの心も随分と落ち着きを取り戻した。

シロガネもヨーロッパからここまでは最短でも二日は要するだろう。

タイキは明日この地の端がどうなっているのか確認しに行く事に決めた。


朝になり窓の外を見るといつもと同じ光景が見えてタイキは少しホッとした。

ただ、いつもと違う物が一つだけ見える。

それは昨晩ヒロ先生には見えた柱だ。

柱というだけあってかなりの大きさが予想された。

白っぽい円柱形でストンと伸びていてタイキが暮らす街にある一番高い電波塔と見比べても二倍近くありそうに見える。

職員室で皆と話し合い、子供達を守る為に通常生活を送る班とこの地がどうなっているのか調査する班とに別れてあの巨大な柱を調べに行く事になった。

先輩や他の職員達は生活班として施設に残り、タイキをはじめ調査班には目のエーアイシンプトンのヒロ先生もいた。

万が一の為に使えそうなロープやポリタンク、それから多めの水や食糧に毛布などを施設裏手の駐車場まで運んでいると猫を抱えたノゾムが走り寄って来た。

「タイキ先生!!僕も連れて行って!!」

普段は大人しいノゾムがこんな自己主張する姿を初めて見た。

「でも、ノゾム君。ここは今普通に見えているだろうけど、これから僕達が行く所は何があるのか全く分からないんだ。そんな危険な所にノゾム君を連れては行けないよ……。」

「タイキ先生!お願い!お願い!!」

「ノゾム君、何でそんなに連れて行ってほしいの?」

「……僕、見てみたいんだ。これからタイキ先生達が行く所に何があるのか。」

「それならこれはどう?写真を撮ってくるよ。それをノゾム君にも見せて……」

「それじゃダメなんだ!!」

タイキの言葉を遮り強い口調でノゾムが言った。

驚いた顔のタイキに小さな声で

「あっ、ごめんなさい……。」

そう言うと改めてノゾムは訴えてきた。

「タイキ先生、知ってるでしょ?僕は記憶と計算のエボリューターだよ。僕が記憶した事は絶対なんだ。きっと調査の役に立てるよ。だからお願い……。」

確かにノゾムの言う通りだった。

ふぅーっと大きく息を吐いてタイキは言った。

「やれやれ、ちょっと待ってて。今、他の先生に相談して来るよ。」

「うん、ありがとうタイキ先生。」

「待って、お礼を言うのはまだ早いよ?他の先生達が何て言うかなんだからね。」

「うん……。」

数分後にタイキが駐車場へと戻って来た。

「ノゾム君、一緒に行こう。」

普段あまり表情を変えないノゾムの顔がパッと明るくなる。

「じゃあ……いいの?」

「うん、ノゾム君にも協力してもらう。でも一つ約束しよう?ノゾム君は僕から絶対離れないって……。」

「うん、わかったよ。タイキ先生!!」

ひと通り荷物を車に積んでいよいよ出発という時にノゾムがタイキに言った。

「タイキ先生、ハイロも一緒にお願い!!」

「えっ?!それは流石に無理じゃ……」

「ハイロなら大丈夫。タイキ先生も知ってるでしょ?僕から絶対離れないし、絶対に迷惑は掛けないから。それに僕、どうしても試したい事があるんだ。」

絶対を繰り返すノゾムのいつにない必死さが伝わってくる。

「それって何?ハイロが関係あるの?」

「うん、あのね……タイキ先生だけに言うけどね、僕の予想だと……もしかしたらハイロと会話が出来るようになるかも知れないんだ。」

「えっ?ノゾム君が何を言ってるのか僕にはさっぱり分からないよ。」

「いいから、今はわからなくてもすぐに解るよ。」

ワクワクしているノゾムを置いて班のメンバーにはハイロはノゾムがいないと具合が悪くなり、残された生活班の者達に迷惑が掛かるという理由を付けてハイロも同行する事になった。

調査班は二台の車でまずは最初の目的地である柱を調べた後に二手に別れて南と北の端を目指す事となった。

こちらの車にはタイキ、ヒロ先生に運転手のガミ先生とノゾム、ハイロが柱に向けて出発した。

因みにヒロ先生はヒロミという名前を略していてガミ先生の本名は石神(イシガミ)という。

車を二時間程走らせて気付いたのは近所を流れるドブ川の水が嘘みたいに綺麗になっていた事だ。

一晩で何があったというのだろうか。

柱が近付いてくると更に色々と判った。

この柱はどうやら円柱ではなく、多角形になっていて見た目は磨りガラスのように美しく人工物のように見えるという事。

また、柱が発生した場所やその周囲には何も被害が出ておらず、それは何十年も前からそこに存在していたかのように建っていた事だ。

今朝タイキは柱を見た時にその周りが惨状になっているのではないかと心配したが、それは取り越し苦労だった。

柱の手前十五メートル程の所まで来ると車を停めて徒歩で柱に近付いてみる事にした。

もう一台の車からも調査班のメンバーが三人降りてくる。

「うわー、思ったよりも随分と大きい……それに高さもかなりあるな……。」

その声にタイキや他のメンバーも反応する。

「はい、なんか凄いな……。」

「えぇ、でも綺麗……。」

「これって何で出来てるの?石かな?パッと見た感じガラスっぽいけど……。」

「ちょっと削れるか確認するか?」

そんな大人達のやり取りを無視してノゾムが柱に向かって走り出した。

「あっ!ちょっと!!待って!ノゾム君!」

タイキは数メートル先を走るノゾムを一歩踏み出すと同時にあっという間に確保した。

「離して!離してよ!タイキ先生!」

「ダーメ!何かあったらどうするの?」

「何もないよ!!これはみんなへの贈り物なんだ!!」

「えっ?ノゾム君、何を言ってるの?」

「もうっ!!タイキ先生は見て解らないの?!」

「だから、何を?」

「これ!!このクリスタルは贈り物なんだ!!」

そのやり取りを見ていたヒロ先生が近付いてきた。

「あの……、タイキ先生。ノゾム君の言うようにこれは特に危険な物ではなくて……その……巨大な水晶のようです。」

「えっ?」

「私にはその物の材質を見分ける事が出来ます。私、X線カメラの機能があるんです。」

「そうですか……でも贈り物って……?」

足元でハイロを抱えジタバタするノゾムを抑えて会話を続ける。

「それは私にもよく解りません。ねぇ、ノゾム君?贈り物ってなあに?」

ヒロ先生に話し掛けられてノゾムは一旦落ち着いて話を始めた。

「昨日、夢の中で言われたんだ。クリスタルに触ったらハイロと話が出来るようになるって。」

「えっ?夢?」

「そうだよ。」

「誰に言われたの?」

「わかんない……でも本当なんだ。だからクリスタルに触らせてよ!」

懇願するノゾムを目の前に大人二人で考え込んでいると他から声がした。

「おーい!タイキ先生、ヒロ先生ー!ちょっとこっちへ来てくれないかー?」

見ると他のメンバーはとっくに柱の前にいて触れたり写真を撮ったりしている。

「あぁ、はい!」

ノゾムを連れて皆の方へ行く。

するとノゾムは柱の前に行き自身の手とハイロの前足を目の前にそびえ立つ柱の壁面に当てた。

時間は十秒程だろうか?

タイキはその様子をノゾムの背後から見守った。

くるりと振り返ったノゾムはいつものように表情をあまり変えずに言った。

「タイキ先生、連れて来てくれてありがとう。」

「んで、どう?ノゾム君。ハイロとお話は出来るようになったの?」

「うん!!」

「ホントに?それは凄いな……僕もハイロとお話したいな。」

「いいよ、ってハイロが言ってるよ。」

「どうすればいいの?」

「タイキ先生もハイロと一緒にクリスタルに触ってきてよ。」

「ああ、うん。」

半信半疑でハイロを抱き上げノゾムがしたように少しひんやりとする柱に自身の手とハイロの前足を壁面に当てた。

「……、……、……。」

「ハイロ、大人しくしていてくれてありがとう。何か僕に話し掛けてみてくれないかな?」

「……、……。」

「あれ?何も起こらないけど……ねぇ、ノゾム君、僕にはハイロの言葉が解らないよ……。」

タイキからハイロを託されながらその言葉を聞いてもノゾムは満足そうに微笑むだけだった。

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