第6話 じゃあ、私ともデートしてよ?

「さっちゃん、おはよ〜」

 

 いつもの待ち合わせ場所には、もちろんさっちゃんが先にいる。私が挨拶すると、「芽依おはよ〜」とさっちゃんの明るい声が返ってくる。

 二人揃って学校へ歩き出すと、さっちゃんが私の方を覗き込んだ。

 

「芽依? なんかあった?」

 

「あっ、芽依ね……ううん? 何でも?」

 

 『昨日どこぞやのイケメン王子に、偽名を連呼されてたせいで、自分の名前に違和感を覚えたんだよね』。……なんてとても言えず、早足で歩き出すことで誤魔化す。

 

 さっちゃんは足早な私に首を傾げる。動きにつられて長い髪がふわりと揺れる。

 

「あっ、そういえば、昨日どうなったの??」

 

「えっ……あっ、いや。なんの話?」

 

 さっちゃんとは昨日の学校ぶり。優崎さんと何があったか、まだ話していないはず。

 内容が内容だけに、咄嗟に誤魔化そうとしたが、さっちゃんは「バレバレだよ?」と言わんばかりに私の瞳を覗き込む。

 

「昨日帰り際に見たって、……優崎さんと一緒にいるとこ。ゆっちゃんが言ってた。……ああ松本さんね」

 

 校門の前であれだけ堂々とやっていれば、誰かの目につくのは当然のことだった。そこまではいい。ここからどう誤魔化すかが問題だった。代償は大きいけれど、優崎さんには学校では近づかないと約束してもらったから、適当に誤魔化せれば上手く撒けるはず。

 

「ちょっと、道案内して欲しいって言われてね……」

 

 『どこへ?』と言われると弱いけれど、そこはプライバシー厳守を盾に押し切るつもりだった。だけれど、さっちゃんの表情は晴れない。

 

「うん、そーゆーことにしてあげる。それで?」

 

 彼女の目は驚くほどまっすぐで、誤魔化していることを確信している目だった。そんな確信いらないんだけれど。

 これだけ付き合いが長ければ、嘘の一つや二つは筒抜けなのかもしれない。

 

「…………二人でカラオケに行って、デートすることになった」

 

 私は普段見せないさっちゃんの鋭さに観念すると、脅迫されたとか途中過程を伏せて、結果だけを端的に口にした。

 

「優崎さんと!?」

 

 さっちゃんは突然立ち止まり、すぐさま私を覗き込む。つられて、私も足を止める。

 

 私は遠慮気味に首を縦に振る。私だって、いまだに意味がわからない。夢であって欲しかった。でも、捻った頬は痛い。

 

 さっちゃんは驚いた後、しばらく上を見て唸る。もしかしたら、脅迫に勘づいているのかもしれない。私が鋭いモードのさっちゃんにビクビクしている中、彼女はゆっくりと口を開く。

 

「じゃあ、私ともデートしてよ?」

 

「は……えっ!? なんで?」

 

 さっちゃんの突飛な言葉に、私は戸惑った。

 だけど、不満をいっぱいに詰めたかのように、ほおを膨らませた彼女をみて、なんとなく察した。

 

「なんでって……だって…………、私とはデートしてくれないのに、優崎さんとはするんだ……」

 

 たしかに、さっちゃんのデートは断ることが多かったかもしれない。でも、その不満以上にさっちゃんの目は冷たいような気がする。

 たしかに、脅迫されたこと打ち明けてしまえば、さっちゃんの不満はおさまるかもしれない。だけど、こんな厄介な出来事にさっちゃんを巻き込みたくない。だから、私の取り得る選択肢はここでも一つしかなかった。

 

「わかった! 今度、行こう!」

 

「……約束だよ?」

 

 さっちゃんは二度三度、満足げに頷くと、やっと歩き始めた。表情もいつも通りに戻った気がする。


「でも、優崎さんは何が目的なんだろうね?」

 

「本人が言うには、昨日助けてくれた事のお礼……らしい」

 

 一応何か感謝をさせて欲しいと話していたから、お礼なんだと思う。まあ、押し付けた挙句、脅迫して無理やり受諾させられたんだけど。

 

「……デートがお礼とか、優崎さんって意外と自分大好き?」

 

「これでも断ったんだけどね……さすがはクラスの王子様ってところだね」

 

 確かにデートだけ聞けばそう思われるかもしれない。さっちゃんもまさか裏にお金が絡んでるとはつゆ知らず。純な顔で唸る。

 

「……でも、それって、芽依にメリットないよね? もしかして、無理やり約束させられてるってことはないよね」

 

 私はギクっとした。『まさしくそうです!』と言いたい気分だった。だけど、そんなことを言った日には、さっちゃんの心配で事態は余計に複雑になってしまう。

 

「そんなことは無いよ。お礼でどーしても、デートさせてくれって言うから、させてあげるだけじゃん!」

 私はできる限り冗談めかして口にした。そうでもしないと、それがただの現実であることがバレてしまうから。

 だけど、正々堂々と真っ赤なウソを言い放ったからか、彼女の視線はなんだかとても冷たい。


「へぇ……優崎さんはどうしてもデートしたいと言ったんだ?」

 

「う、うん。まあね!」

 

 正確に言えば、貢がせてくれと言われたから、これは実際、ウソである。

 私は取り繕うように明るい声を出してみた。だけど、彼女の視線はやっぱり鋭い。

 

「それで、優崎さんとはデートするんだ……。私はどーしても、してくれないのに……」

 

 その恨み、結構根が深いんですね……。確かに、この三ヶ月くらい、のらりくらりでやり過ごしているのは否めない。だから、誤魔化しの言葉もない。

 

「それは、本当にごめん!」

 

 彼女は私をチラリと見ると、スタスタと早足になる。


「……でも、本当に何が目的なんだろうね。申し訳ないんだけど、私は悪い方にしか捉えられないんだよね」

 

 悪い方に。私その捉え方には同感だった。

 嫌がらせである可能性を否定する材料はあまりにも少ない。むしろ嫌がらせと考える方が自然だった。

 

「もしよかったら私もついていこうか? ずっと陰に隠れているし、もし楽しそうにしていたら邪魔せず帰るよ」

 

 彼女は心配そうに私を覗きこむ。たぶん本気で心配してくれているのだと思う。


「ありがとう! でも大丈夫。あの優崎さんだし! もし何かされたら、被害の噂を流すの手伝ってね!」

 

「それはどうかなぁ……」

 

 さっちゃんは苦笑いを見せる。

 

「じゃあ、約束ね!」

 

 私が校舎に向かって走り出す。

 

「あっ、ちょっと!」

 

 彼女はワンテンポ遅れて、私の後を追いかけるように走り出した。

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欠陥品の返品は、笑顔じゃないと受け付けません! さーしゅー @sasyu34

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