第5話 私が推しなの!?
いつの間にか、見慣れた通学路はすっかりと暗くなっていた。学校を出た時はまだ明るかったから、随分と時間が経っていたことがわかる。
「はぁ〜〜〜〜〜」
私は大きなため息を道端にこぼす。
カースト最上位女と話すのも、恩の押し売りをされるのも、脅迫されるのも。全てが慣れないことで、どっと疲れが出た。こういうシチュエーションはどこかの主人公が出会うべきものであって、こんな量産型女子が出会うものじゃない。
カラオケを出た後、彼女は意外にもあっさり帰してくれ…………るはずもなく。散々口論した結果、学校までで勘弁してもらった。そして、そのお札を意地でも受け取らないように、全力疾走で逃げてきた。そして、今に至る。さっきからちらちらと後ろを振り向くけれど、それらしき影はいないため、撒くことには成功しているらしい。
彼女の「貢がせて」の内容はとんでもない物だった。思い出したくもないのに、何度もその会話がフラッシュバックする。
* *
「さぁ……って……どういうこと?」
とても静かなカラオケルームに私の戸惑う声が響く。優崎さんはいまだに私の右腕を掴んだまま離さない。目の前に立つ王子様はらしくもなく、気が抜けたような顔をしていたが、ある瞬間取り繕うかのように慌てて口を開く。
「あっ、いや、あれだよ。貢ぐってもちろんお金をあげたいってことだけど、こういざ口にしてみると実際何をしていいのかわからないんだ」
「優崎さん今なんつった?」
悩み顔もイケメンな優崎さん。でも、私が気になったのは彼女の悩みなんかじゃなくて、もっと根本的な話だった。
「ああ、言葉足らずだったね。すまない。例えば私が『感謝をしたい』と言ったとしよう。でも、その言葉には誰が何をどうしたいのかが何がしたいのかが含まれていない。だから、動きようがない……っていったところかな? だから、貢ぐにしても、何か中身の方を考える必要があるってことだよ」
彼女はどうだと言わんばかりに、私を見つめる。確かに、ハイスペックな優崎さんだけあって、その説明で彼女の言わんとすることは十二分に分かった。だけど、そうじゃない。
「そっちじゃない! お、お金があげたいって……なに!」
私の声は思わず大きなものになっていた。それに対し優崎さんは不思議そうに首を傾げる。
「そこは、さっきから言ってるじゃないか。貢ぎたいと」
確かに貢ぐという言葉の意味は知っていた。だけど、お金をあげたいという意味は、到底現実的ではなくて、意味を理解できてなかった。というより、意味を理解したくなかった。
「で、でも……お金をあげたいって、おかしくない……? ってか、ありえないでしょ?」
「推しにお金を落としたいって気持ちは、決しておかしいことじゃないと、私は思ってる」
優崎さんの言葉に冗談は一ミリも感じられなかった。まさに真剣そのもだった。彼女のまっすぐな瞳に、私は思わず狼狽える。
「そ、それは……って、私、推しなの?」
「ああ、いや、私を助けてくれたという意味では、まさにヒロインなわけだから、立派な推しだよ」
「でも、私はそんなことをしてないから!!」
「陽。悪いけれど、貢ぐのに君の意見は関係ないんだ。あくまでも私の意思で、私の勝手なんだ。貢ぐことを許してもらっているのだから、陽は何も考えなくていいんだ」
「まだ許した覚えは無いんだけどね!」
確かに『嫌』というのは諦めたが、『いいよ』とも言ってはいない。だけど、優崎さんはそんなことお構いなし。
「っていうことで、今週末デートをしてくれないか? 金額はここで決めたらただの労働になってしまうから、最後にそっと渡すことにするよ」
「いや、いらないから! デートはいくらでもするから、お金を渡そうとするのはやめて!」
私と優崎さんがデートをすることだって、だいぶ意味がわからない。それなのに、さらにお金をもらうなんて本当に意味がわからない。
「でも、現に私と陽は友達でもないわけで、私とデートをすることに陽はなんのメリットもない。だったら、ね……」
「いや、優崎さん相手ならむしろデートしたい人なんていくらでもいると思うけれど?」
「その『いくらでも』の中には、もちろん陽も入っているよね?」
その問いかけに、私は口をつむんだ。それが素直な回答だった。彼女は私の閉じた口をしばらく見ていた。そして、動かないことを悟ると、わずかに苦笑いをする。
「じゃあ、私のデートを断ったとして、陽になんのデメリットもないとする。そんな場合、私のデートのお誘いはどうする?」
「…………断る」
「よ、陽はずいぶん素直だね」
私の言葉に優崎さんの目はぴくりと動いた。裏にどのような感情を持っているかはわからない。だけど、何かを感じたことは間違いないらしい。これをチャンスだと、私を大きく息を吸い込む。
「だって……、優崎さんの推し『大崎陽』は、決して私なんかじゃない! そんな素晴らしい人、優崎さんの幻想だよ。そんな幻想に重ねられるくらいなら、私はもう優崎さんと関わりたくない! ……優崎さんはそうさせてくれないけれど」
私は想いを伝えることに夢中で、クラスの王子様に喧嘩を売っていることに気づいたのは、言葉を言い終えてからだった。圧倒的上の立場の人に、関わりたくないなんて、失言なんてもんじゃない。
すぐさま訂正すればもしかしたら許しをもらえるかもしれない。でも、この先の高校生活がどうなろうとも、私は言いなおさないことを選択した。それが私が伝えるべき本心だと思ったから。
私は目を合わせるのが怖くて、ずっと下を向いていた。だから、彼女はどんな表情をしているか窺い知ることはできない。
「じゃあ、しょうがないね…………」
優崎さんはボソリと口にする。私が嫌がっていることをやっとわかってくれた。私は思わず顔を上げる。でも、そう思ったのも束の間。
「学校で仲良くしようじゃないか」
彼女は私と目を合わせずにそういった。やっぱり逃してはくれないらしい。私は大きな大きなため息をついた。
「…………デートすればいいんでしょ、デートすれば! そのかわりお金は受け取らないからね? いいね!」
「良くない! だって、陽は貴重な休日を好きでもない人と過ごさないといけないわけだ。それなら、何か対価が必要だろう」
『それがわかってんなら、デートを諦めてくれると嬉しいんだけど?』私はそう言いたい気持ちをグッと抑える。
「それでも、絶対に受け取らないから」
私は優崎さんをキツく睨んだ。だけれど、優崎さんは……。
「それはデートの時のお楽しみ。だね」
彼女の純な笑顔に、私は苦笑いすることしかできなかった。
* *
気付けば家の近くまで辿り着いていた。
私はすっかり暗くなったあたりを見て、大きなため息をつく。
それが感謝だったとしても、彼女の趣味だったとしても、理解することはできなかった。お金が絡むと人間関係はロクなことにならない。だとしたら、この関係も結局ロクなものにならないのだろう。
まあ、ただ一度きりのデートで済むなら……。
私は大きなため息をついて、後少しの帰路を歩いた。
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