第3話 密室に2人きり
結局、放課後になっても、優崎さんの噂を耳にすることは無かった。私とさっちゃん以外、昨日の出来事を知るものはおらず、当の本人を観察してみても、落ち込んだ様子一つも見せない。
こうなると、昨日の出来事がまるで夢だったように思えてくる。
私は考えるのをやめ、寝不足でも無いのに大きなあくびをしながら、教室をあとにした。
「夕方も委員会……?」
校舎を出た私は、目に映る光景につい足を止めた。校門には今朝と同じく、イケメンさんが立っていた。
さっちゃんは委員会に行っていて、今朝とは違い、私一人。いつの間にか私の足が小さく震えていることに気づく。
昨日の出来事は地味な女子が夢で描いた空想であって、決して現実では無い。私は心の中で何度もつぶやいた。
そして、私は覚悟を決めると、早足で校門に向かう。優崎さんを視界の端に捉えずに、勢いだけで通り過ぎ………………たい人生だった。
優崎さんは私を見るなり、一歩に二歩近づいたかと思えば、突然私の右腕をぎゅっとつかんだ。
「キミ、ちょっといいかい?」
「良くないので、離してもらってもいいですか?」
まぶしい笑顔を見せる彼女に対し、私は努めて冷静に言葉を発する。ここで弱みを見せてはいけない。それに、優崎さんがあまりにも近くてドキドキしているなんて、悟られてはいけない。
「無理を言っているのはわかってる。でも少しだけ時間をくれないか」
優崎さんは大きく頭を下げてくる。クラスの王子様とだけあって、礼儀を知っている。そんな知識豊富な優崎さんには、何度もひねって抜け出そうとしている腕を解放するという慈悲くらい知っていて欲しい。
何度ひねっても抜け出すことは、かなわない。追い詰められた私は、無い知恵を振り絞る。
「優崎さん! あそこ、女の子が倒れています!」
「それは大変だ! あとですぐ確認するよ」
私が指さす方向に、彼女はびくともしなかった。『あとですぐに』というパワーワードで、いとも簡単に私の策略をはじき返してしまう。クラスの王子様ならホイホイ行くと思ったのに……。
「私は大崎陽さんを探しているんだ。朝からこうやって探しているんだけれど、見つからなくてね。キミは大崎陽さんについて知らないかい?」
決して私のものではないその名前に、私は冷や汗を流す。ずれても無いメガネを、左手でそっとかけ直す。
「し、知りませんね? 人捜しだったら私よりも警察の方がいいと思いますよ」
「ところで、キミの名前を聞いてなかったね?」
「優崎さんはクラスメイトの名前がわからないくらい、人に冷たい人だったんですね?」
「……秋月芽依。たしかにその名前は今日知ったんだ。その無知については許して欲しい」
「許します! だから、もういいよねっ!」
彼女から抜けだすべく、私は強く腕をひねった。だけど、腕が離れる気配は無い。同じクラスメイトになって、早数ヶ月。私は大きな心で、名前を覚えてないという過ちを許してあげたのに、彼女は一向に腕を放さない。去年だって同じクラスだったのに……。
「そんなことより、私は君の名前を聞きたいんだ」
「だから、さっき……」
「昨日ファミレスで口にしていたね」
私はピクリと言葉を止めた。冷たい口調の彼女は、メガネ越しに私をのぞき込んでくる。まるで、私の変装を見透かしているかのように。
「ここは少し騒がし過ぎるね。ちょっと場所を変えようか。一緒に付き合ってくれるかい?」
その問いかけは問いかけじゃ無い。さっきから、何度も私の言葉を無視しているのだから、今更聞くわけが無い。私は彼女を刺激しないよう黙り込んで、彼女に手を引かれるまま、校門をあとにした。
* * *
「いや……ちょっと……そこはイヤです!!」
彼女に腕を引かれたまま歩くこと十分。クラスメイトからすれば、優崎に手を引かれるこの状況は、ラッキーハプニングかもしれない。でも、私にとってはただ連行されてるだけ。
そして、いつもならテンションが上がる建物を前に、私は全力で抵抗していた。
「陽はカラオケが嫌いなのかい?」
しれっと陽と呼ばれたのはさておき、カラオケは嫌いじゃない。さっちゃんと行くこともあるし、ヒトカラだって経験済み。
だけど、今は絶対に行きたくなかった。この状況で密室に連れ込まれれば、何されるかわからない。もしかしたら、仲間が待ち構えているかもしれない。
「あの……アレなんです。私、歌が下手で、優崎さんにお聞かせできるような曲もっていないんですよ」
私はあたふたと、お断りの理由を口にする。すると、彼女はなぜか大きくうなずいて、優しく微笑む。
「大丈夫だよ。陽が歌う歌だったら、どんな音色でも受け止めてあげるから」
「なっ……! なかなか変なこと言いますね……」
私の声は思わず裏返る。それでも、私は陽じゃない。
その言葉は演技だろう。だけれど、私の目には心の底からの素振りに映ってしまった。さすがは王子様。
「だから、行こう」
彼女はそう言うと、私の意思を無視して私の腕を引く。手を引いて抵抗してみても、店員さんに助けの視線を求めても、彼女の歩みは止まらない。
そして、抵抗むなしく賑やかな密室に入ってしまった。優崎さんがは後ろ手でドアを閉めると、周りにあふれていた歌声がすっと消える。
モニターからは流行のアーティストが流行りの曲を歌っていたけれど、それすらも優崎さんが消してしまう。
音の消えた部屋に、私と優崎さんの二人っきり。現実とは思えない異質な空間に、私の呼吸は速くなる。
優崎さんが、ソファーの奥側にへ座るように誘導するので、促されるままに座る。その隣に優崎さんは座った。
「あの、優崎さん……? 狭くないですか?」
「あ……ついうっかり。すまない」
このソファーはそれなりに広く、3人は座れる広さがある。それなのに、優崎さんは私を押しつぶさんばかりに、私の方につめていた。
何をどううっかりしたら、私の方に詰めてくるのか。もしかしたら嫌がらせなのか。私が彼女をにらむと、一つ咳払いをする。
結局彼女は向かいの席へと移動した。
彼女が何を考えているのかさっぱりわからず、優崎さんに目を向ける。その大きな瞳とバッチリ目が合ってしまう。私は、すぐに下に目をそらした。
お互い気まずいのか、しばらくの間音が消えた。あまりにも静かすぎるこの部屋は一瞬でも、永遠の長さがある。
「昨日は本当にありがとう。陽」
彼女は大きく頭を下げた。……ように聞こえた。私の目に映るのは、机の上に無造作に置かれていた、カラフルなメニュー。でも、声だけで彼女が感謝していることが十分に伝わってくる。
これは、演技。心の中でつぶやいた。私は優崎さんの言葉を素直に受け止めることができなかった。
「……何度も言ってますけど、私は陽じゃないです。それに何かした覚えなんてありません」
「私は昨日、命を救われたんだ。今日こうやって元気で居るのは、陽のおかげだよ」
私は大崎陽では無く秋月芽依だから、昨日のは別人がやった。そんな、言い訳が通用する段階ではない。私は大きくため息をつき、顔を上げると彼女をにらむ。
「あり得ません! もししたことがあるとすればパフェを一緒に食べただけです! そう言われる言われも義理もありません! 帰ります」
私は乱暴に立ち上がる。勢いのまま、部屋のドアに手をかける。その時、腕が強く引っ張られ、私は体勢を崩し後ろに倒れ込む。そこは、ちょうどソファーの上で、柔らかい彼女の上。
「ごっ……ごめんなさい!」
私はすぐ立ち上がろうとした。きっと膝は痛かっただろうし、今も重いはず。だけど、どういうことか、私の体は彼女の両腕で、抱きしめられて動けなかった。
「優崎さん…………?」
きつく抱きしめれた私には、彼女の表情が決してわからない。
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