第2話 変装と謎の視線
「あっ、芽依! ちょっと、昨日のは何なの…………」
翌朝の通学路、さっちゃんこと、橋川紗月が駆け寄ってくる。勢いのまま文句を言うのかと思いきや、ふしぎそうな表情をして、口を止めた。
「え~と、……髪型変えた?」
「う、うん……ちょっとイメチェンでね?」
私はいつもより重みのある、髪の束に触れる。
「ポニテって……、しかもコンタクトじゃなくてメガネかけてるし……」
さっちゃんは一歩先に踏み出して、私の目をのぞき込んできた。私は「ど、どう? 似合ってる?」とメガネの縁に手を添えてみた。だけど、慣れないセリフに、声はうわずってしまう。
「それって、もしかして……変装のつもり?」
「そ、そんなわけ無いじゃん? イメチェンだよ、イメチェン!」
「ポニテにメガネなんて量産型とかあれだけ言ってたのに?」
私がいつそんなことを言ったのだろうか。その答えはさっちゃんのジト目に現れていた。たしかに、ポニテを見るたびに言ってたような気もしてきた。
逃れられない。そう感じた私は大きくため息を吐く。
「…………だって、怖くない?」
「なにが?」
「昨日あれだけしてしまったんだよ? ウザすぎない? いじめられない?」
「優崎さん怒っているようには見えなかったけど……?」
さっちゃんはあごに手を当てて、ん~っとうなっている。可愛い。
「わからないよ? クラスの王子様の裏側は、どっろどろかもしれないじゃん?」
「そうかなぁ……」
さっちゃんは、いまいち納得しないのか苦笑いぎみ。
「だって、あれだけ美人でイケメンなんだよ! ちやほやされてきているんだから、性格がゆがまないわけないじゃん!」
「そう……? すごく優しそうだけど?」
実際、端から見たら優しそうだし、優しくしてもらったこともある。でも、そういうことにしておかないと不公平だ。
「そういう所だよ! さっちゃんも気をつけないと、将来変な男に捕まるよ?」
「それを言うなら、芽依は一生相手ができなさそうだね?」
「しょうがないじゃん! 私には魅力が無いんだから!」
もう十五年以上も秋月芽依をやっているのだから、それくらいは十二分にわかっていた。むしろわかりすぎていて、なぜわからないのかがわからなかった。
私の強い口調に、「うわっ、逆ギレだ!」とおどけるようにかわす。すると、何かを見つけたように、つぶやいた。
「あれ、優崎さんじゃない?」
さっちゃんの指先に目をやると、校門の前に昨日ぶりのイケメンさんが立っていた。イケメンさんは相変わらずのイケメンぶりで、通る女子生徒の大半が黄色い声を上げる。
「持ち物検査してんのかな? 『キミのハートが校則違反!』とか言っちゃうの??」
「芽依は優崎さんの偏見が過ぎない…………普通に委員会とかじゃない?」
「それもそうか……」
私は柄にも無くさっちゃんの意見を肯定すると、意味もなく息を止めながら歩く。すれ違いざま、じっと見られているかのようなプレッシャーを感じたから、少し足早に歩を進める。
無事校門を通り過ぎ、私が安堵のため息をついたとき、さっちゃんがすかさず口を開く。
「芽依のこと、すっごく見てなかった? これバレてるでしょ?」
「そ、そんなことはないよ! だって、結局声かかん無かったし……」
見られたか、見られてないかは、見てないからわからない。でも、優崎さんのことだから、こんな量産型女子(自称)なんて目にも留めないはず。
「でも、いくら目立たなくても、クラスメイトの顔と名前くらい覚えてそうだけどね……」
私は「やかましい」と彼女の脇腹を肘でつつく。
「それが、昨日聞かれたの。『名前は?』ってね」
「えっ、覚えられてなかったの!?」
さっちゃんの声は思いのほか大きく、慌てて彼女の口を手で塞ぐ。通り過ぎたとはいえ、優崎さんに聞こえそうなボリュームだった。
さっちゃんはすぐに状況に気づき、「ごめん」と手を合わせる。
「……でも、昨日名乗ったんでしょ? バレるのも時間の問題じゃない?」
「うん。だからね…………」
私は真剣な顔してさっちゃんを見る。彼女も釣られてかしこまる。
「大崎陽と名乗っておいたよ!」
「だれぇ……それ?」
「さぁ? さて、そろそろ私は自分のクラスに行くこととするかな」
ちょうど下駄箱にさしかかっていた私は、ささっと靴を履き替え、さっちゃんをほおって早足にクラスに向かう
さっちゃんの「いや! 同じクラスだよ!」を背中に聞きながら。
* * *
「優崎さんの噂、全然聞かないね~」
さっちゃんは弁当のフタを片手に、クラスを見渡す。
昼休み私たちはいつも通り、教室の隅で二人弁当を広げていた。
「私も聞かなかった……ってまあ、私は聞き耳を立てただけなんだけど」
さっちゃんは比較的交友関係が広いから、しっかり雑談をした上での発言だと思う。だけど、私のはただの盗み聞き。
「あのファミレスで、クラスメイトほとんど見たこと無いもんね」
「それを狙ってあんな遠くに通ってるんだから、当然だよ」
私は野菜炒めに入っていたピーマンを口に入れて、顔をしかめる。何でこんな草を入れたのか、弁当を作った親を恨む。
「でも、意外じゃない? 彼氏がいるっていのもそうだけど……なんていうか……、チャラそうだったっていうか?」
彼女は箸で卵焼きをつまむと、ほんの一口だけかじる。なんと、その弁当は彼女の自作だそうだ。
「私はそんなもんかぁって、思ったけどね? イケメンだったし」
「芽依はああいうのがタイプ?」
「ぜんっぜん? なんか、なんにもやってくれなさそうじゃん?」
「わからないよ~? 案外家族思いだったりして?」
彼女は残りの卵焼きを、勢いよく口にほおる。なんだかおいしそうに食べていて、うらやましくなってくる。
「ないない! それなら、私はさっちゃんがいいなぁ……」
「えっ……えええ!?」
彼女は少しむせて、こほこほと咳をする。
「だって、料理できるし、面倒見てくれるし、一緒に居て楽だし」
「……それ、ただの友達じゃん?」
彼女は水筒を口につけながら、苦笑い気味に口にする。
「まあ、そうだけど?」
さっちゃんにニヤリと笑みを向けてみる。すると、ふんっとそっぽを向いてしまった。その姿は似合い過ぎて、とても可愛い。
「それにしても、やっぱ意外だよね……」
寸劇もほどほどに私は、昨日泣き腫らしていた彼女に目をやる。
優崎さんがイケメンなのはもちろんだけど、その取り巻きも、ムダにまぶしい。イケてる女子みたいなのも、イケメン男子も集まっている。要するにクラスのカーストトップといったところ。そんなイケイケグループに属する彼女だからこそ、私は意外だった。
「優崎さんが振られるのが」
キラキラグループで優崎さんの振る舞いは、王子様。常に中心にいて、常にあがめられる。負けなんて知りませんみたいな顔してる。
そんな生意気な顔を拝んでいると、優崎さんの視線がこちらに揺らいだ。だからすぐさま、さっちゃんにむき直す。
「たしかに。でも、あれだけ端正な顔立ちだったら、男の方も引け目を感じるかもよ?」
「たしかに……私の彼氏が私より美人だったら…………『自重が足りねえんだよ』って振るかな」
「うわぁ……かわいそう」
さっちゃんは、苦笑い顔をする。お弁当にはピーマン入っていないのに。
「あっ、でも、それだったら、さっちゃんとは破局だね? だって、私より美人だし?」
「そっ、そんなこと無いって? わわわたしは美人じゃないし」
「またまた~今月もまた告白されたんだって? なんて返したの?」
彼女は毎月誰かに告白されるような、美少女。なんでわざわざ私と付き合ってくれるのか、いつも疑問に思っている。
「好きな人がいるからって…………そんなことより、芽依がオシャレに興味がなさ過ぎるんだよ! ちょっとオシャレしたら、芽依もモテるから! ねっ、今度服見に行こうよ?」
「行けたら行く」
「それ絶対来ないじゃん!」
さっちゃん。この世の中には絶対って無いんだよ。まあ、絶対行かないけれど。
私は、さっちゃんのややシュンっと落ち込んだ顔を可愛いと思いつつ、ご飯粒を箸でつまむ。そんな瞬間、遠くから一つ視線を感じる。だから、私は気のせいだと、お弁当箱を閉じる。
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