撃退

 自らが振り抜いた剣筋とゴカゴが放った魔法が交差し、剣先が竜人の左足を捉える。このまま上半身まで容易く切り裂けると思っていたが、先程のレアルの魔法でこちらの存在に勘づいたのか、竜人は膨れ上がっていた左腕を圧縮してこちらの斬撃を迎え撃つ。


 耳を塞ぎたくなるような金属音が響き渡り、斬り上げの勢いが止まる。

 空中戦はできない、このまま防ぎ切られるとまずい。

 にたりと口角を歪ませる竜人は焦る俺を見下ろしたあと、大口を開けて掴んでいるウィーポの頭部を噛み砕かんと迫った。


 その時、足元に飛翔する人影が見え、それがガルマだと認知した瞬間、下から両手で足を押し上げられた。

 途端に勢いが復活し、明らかに狼狽えた竜人は噛み付くのをやめて歯を食いしばり左腕に赤のオーラを宿らせる。


 まさかこいつらもまといを使うのか──!


「リオン! 何をしとる! 剣を振り抜かんかい!」


 振り絞るような老兵の声がし、光の出力を上げていく。これ以上強めると結局いつもと変わらない。だが、四の五の言ってられない状況に、全力で力を込めた。


「うおおお!」


 同時に叫んだウィーポが器用に自身を掴んでいる竜人の手首を背中側で聖剣を回して切り落とし、反転して剣を突き刺そうと真っ直ぐ竜人へ放つ。

 二方向からの攻撃に混乱したのか、一瞬腕のまといの色が薄くなり、刃先が一気に食い込んだ。


「グアア!」


 たまらず叫び出すトカゲ野郎に構わず、そのまま剣を乱暴に振り上げる。ガルマの補助もあり、奴の顔を両断して、さらに腹には深々とウィーポの聖剣が突き刺さっているのが見えた。


 青い血が空中に飛び散り、絶命を悟らせる音のない断末魔が響く。光の力は大半使ってしまったが、まだ身体には輝くまといが宿っている。


「よくやった!」

「ガルマさん、あっちの方へ向けますか!」


 自らの舵取りを担う彼へ指示を飛ばし、指差す方向へと身体が向けられる。そこは光球が飛んできた方角であり、隙を突いてやってくる攻撃に備える為に咄嗟に体勢を整えていた。


 しかし、奴は魔物の集団に紛れて姿をくらましたのか、一向に姿が見当たらない。


「リオン、そろそろ儂も限界じゃ。降ろすぞ」


 見れば応急処置程度しか施していないガルマの脇腹からは、白い布を赤く染めるほどの出血が窺えた。


「ガルマさん、ゴカゴが近くまで来ているのでそちらへ!」

「なに、ゴカゴが居るのか?」


 反応したのはウィーポで、その表情は険しく眉間には深い皺が刻まれている。


「何故前線に連れてきたんだ!」

「それは……」

「ウィーポ、言うとる場合か! さっさと降りるぞ!」


 息を荒らげながら叫ぶガルマは、苦しそうに顔を歪めて支えていた腕から力を抜く。

 支えを失った俺は当然ながら垂直に落下するが、投げ出していた手をガルマが掴んだあと落下と同じような速度で下降していく。


「ガルマさん! ウィーポさん!」


 こちらに真っ直ぐ走ってくるゴカゴの姿が見え、その周りを護衛するように植物で出来た人型が追走している。


「な、なんだそれは」

「これはレアルという人が……それよりも傷を見せてください!」


 地面に着く寸前で速度が緩まり、足から着地した俺は力が抜けるように膝を曲げて転がった。

 続いてガルマとウィーポが着地し、老兵の元へ少女が駆け寄っていく。

 長い髪を振り乱しながらすぐさま脇腹に手を当て、目を瞑って魔力を練る仕草を見せる。


 その間も迫る魔物を、傍に居た木人が殴り飛ばしていく。

 自律型の魔法なんて初めて見た。ウィーポも驚いているのか、最初は木人に剣を構えていたが今は怪訝な表情で眺めるだけになっている。


「大丈夫か?」


 ダボついた服装で駆け寄ってきたレアルに、ガルマとウィーポは鋭い睨みを利かせる。


「お主は何者じゃ。この木人、お主の仕業じゃろう?」

「私はレアル、説明は後だ。竜人の最後の一人がこちらを狙っている」


 そう言ってウィーポの元に近寄り、その手に緑の光を宿らせる。

 咄嗟に後ずさって手を避けた彼だが、その反応を見てレアルは僅かに口角を上げた。


「大丈夫、そこに居る少女と同じことをするだけだ」

「……なに?」


 彼の発言に驚いたのは俺もだった。レアルもまた、癒しの魔法が使えるというのか。


「さあ早く!」

「……ちっ」


 正直なところゴカゴと同じ力を宿しているという彼は信用ならないが、躊躇している猶予は無い。観念するように彼の手を触れさせたウィーポは、警戒を解かないまま身動みじろぎせずレアルを見据える。

 ゴカゴの魔法が直撃した彼は、腹と背中を赤く染めている。そこを両手で挟み込むように手を添えた食えない男は、眉間に皺を刻みながら目を瞑った。


「……この魔法は少し疲れるのでね、リオンくん。周りの警戒を頼むよ」


 見れば木人の動きが僅かに鈍っており、彼の魔力が揺らいでいることを表していた。

 しかし、ゴカゴのように生気を失うような様子は無く、純粋に魔力のみを消費しているように見えた。


「……よし、とりあえず傷は塞がったよ」


 彼は手際良く手を離し、穴の空いた衣服からは健康的な肌が覗く。

 ゴカゴの方を見ると、汗を浮かべながらも懸命に治療が続いている。


「ガウ!」


 そんなつかの間を狙うように飛びついてくるゲイルハウンドを、ウィーポが目にも止まらぬ速さで切り伏せる。

 周りは混沌としており、敵中深く飛び込んでいる俺たちを囲むように魔物が取り巻いている。

 ただ不思議な事に、一斉にかかってくる様子は見られない。何かを躊躇しているのだろうか。


「ふん、リーダー格が二匹も殺られたんだ。流石にこいつらも力の差が分かってきたんだろう」


 聖剣に付いた血を乱暴に振って落としたウィーポは、鼻を鳴らしながら呟く。

 こういった魔物たちは無秩序に突撃するだけだと思っていたが、統率自体は取れていたということか。


「でもあと一体……」

「ああ、お前の力なら斬れるだろう」


 珍しく認めるような発言をする彼を見上げると、じろりと落とした視線と目が合った。


「うむ、もう大丈夫じゃぞ。助かったぞ、ゴカゴ」


 そうは言うものの、声に以前のような力強さは見られないガルマ。やはり体力の消耗は避けられなかったか。

 だが彼は懐から小さな錠剤を取り出し、一息に飲み込む。


「……あれは回復薬だ。お前たちの知るものとは少し違うがな」


 確かに初めて見るタイプだ。いや、そもそもそれを持ってきている事自体知らなかったから、緊急用のものなのかもしれない。


「歩けるか?」


 治療を施したゴカゴが、今度はふらつき気味に立ち上がる。それを支えるように腕を差し出し、ガルマが声を掛けた。


「ええ、大丈夫」


 それを眺めるレアルは、まるで余所者よそものを見るような怪訝な顔をしていた。


「よし、儂がおとりになる! 最後の一人を釣ったら、お前らが仕留めるんじゃぞ!」


 こちらを見渡しながら言い終わったガルマは、膝を曲げて一気に飛び上がった。戦闘が始まってからずっと飛び回っているというのに、まだ飛べるのは回復薬のお陰なのかそれとも。


「ぼうっとするな、剣を構えておけ」


 隣に立つ剣の師匠から叱責しっせきを受け、気を引き締め直す。集中力が切れかけているのを自覚し、ゆっくりと深呼吸をして魔力を練り直していく。


「(ゴカゴ、大丈夫か?)」

「(……魔力の消費が激しいから、気にしないでとだけ言っておくわ)」


 通信に使う魔力すら惜しいのだろう。余裕の無い返答を受けて、一層手に力を込める。

 その時、魔物の群衆の中から一際輝く光が漏れだし、それは真っ直ぐ浮遊しているガルマ目掛けて飛んでいった。


「行くぞ!」

「ゴカゴは」

「私に任せてくれ」


 咄嗟にレアルが申し出た為に、俺はウィーポに続いて走り出す。地面を強く蹴り、怯んでいる魔物目掛けて一目散に突撃していく。


「散れ!」


 叫びながら横に一閃振り抜いたウィーポの一撃で、先頭に居た頼りなく棍棒を構えていたオークが横に両断され、その余波が左右に居たゴブリンの頭部を切り離す。

 まさか、本当にこの中に突撃する気だろうか。

 逡巡するも迷いを振り払い、模造刀に炎を込めて横に斬り払う。


 炎の斬撃は威力よりも相手を吹き飛ばす出力に長けている面があって、それによりバラバラになりながらも吹き飛ぶオークたちでさらに道を作ることが出来る。

 思惑通りに後ろに並ぶ魔物たちをオークの遺骸が押し潰し、恐れた魔物が避けてできた空間にウィーポと共に飛び込む。


 完全に戦意を失っているのは亜人種のようで、ゲイルハウンドに関しては容赦無く牙を剥いて飛びつこうとしてくる。

 それを素早く斬り付ける武器屋の主と、辺境にある村出の俺。おおよそ戦場に出てはいけない出自だなと自嘲しながら無意識に剣を振る。


 思考の加速が増すごとに、余計な考えまで次々浮かぶ。

 そもそもこれは竜人が扇動したものなのか、魔族は関与していないのか、何故過去と比べて大規模な襲撃になったのか、何故いつもより早い間隔で訪れたのか。


 ちょうど天を明るく照らす光球が遠ざかったんだろう、段々といつもの薄暗い霧が光を覆い込み、視界がそれに順応した頃にようやく集団の中で目的の竜人を捉える。


「奴は気づいているだろう、だがこちらの動きは今奴からはよく見えていない」

「つまり、こうですね」


 彼の言わんとしている事を理解して、三回目になる光の力を引き出していく。

 流石に限界なのか、身体が軋むような圧力が掛かる。気を抜いたら力そのものに押し潰されてしまいそうで、歯を食いしばって全身に光のまといを巡らせていく。


「道を切り拓くぞ! 動きに合わせろ!」

「はい!」


 再び聖剣へと紫色の魔力を流し込んだウィーポは、突き刺すように剣を真っ直ぐ向ける。

 その時、竜人がこちらに向けて手を見せ、光の球を作る。それはあっという間に拳大より大きな球体となり、こちらに向けて放たれた。


「アインスドナー!」


 構わず叫んだ彼の詠唱と共に、一気に前へ走り出す。


「リヒト!」


 剣に光を。ウィーポの放った魔法は正面に居た魔物を蹴散らし、同じく同胞を巻き込んでいた光球とぶつかる。

 目を瞑ってしまいそうな光が発生し、地響きを生み出すほどの爆発と衝撃が巻き起こる。

 大量の砂埃と魔物たちの肉片がこちらに飛んでくるが、光のまといに触れたそばからどちらも溶けるように消えていく。


 そして、眩い光をも吸収した効果で竜人への道が空いている事を認識し、足を止めずに剣を横に構えた。

 時間がゆっくり流れ、少しずつ驚愕の表情へと奴の顔が歪んでいく。

 大きな口を開け、よだれを垂らし、朱色の舌が覗く。異形の見た目だが、その心情は手に取るように分かった。


「もう遅い!」


 奴が手を上げようとするその前に、奴の目の前で横に剣を振り抜く。急激に止まったのと斬撃の衝撃で空間が揺れ、爆発音のような音が響く。


 声も無く口を開けたままの竜人の身体がくの字に折れ曲がり、そしてそのまま空中で上半身と下半身が回転しながら吹き飛んでいく。強靭な鱗を関係無く完全に断ち切ったこの一撃は、何が起こったのかを認知させる時間すら奴に与えなかっただろう。


 緩慢な時の流れが戻り、巻き添えを食って大量の血飛沫ちしぶきを上げる魔物たちと共に竜人は霧の中へ消えていく。

 しかし、完全に力を使い果たした俺は、模造刀を持っているだけでやっとの状態だった。


 それを悟られないように剣を構えたまま周りを見渡すが、全くもって近寄ろうとしないばかりか少しずつ離れていく魔物たちの姿ばかりだった。


「リオン!」

「……大丈夫です」


 駆け寄ってきたウィーポの腕で後ろから抱えられ、身を委ねるようにもたれ掛かる。

 

「離脱するぞ」


 肩を借りたまま走り出す。魔物が道を阻むと思っていたが、怯えた顔で遠巻きにこちらを眺める者ばかりだった。

 遠くを見ると、ほとんどの魔物が戦闘をやめてじわじわとペリシュド方面へと背中を向けて走り出しているのが窺える。


 やはり竜人を討伐した事によって、指揮系統を失ったのか。もしかしてこれは、防ぎ切ったんじゃないか。


「ゴカゴ、大丈夫か?」

「彼女はこの通り、自力で立っているよ」

「お主には聞いてないわい」


 降りてきたガルマと出しゃばったレアルがやり取りをしている間、やつれた少女と目を合わせる。二回も力を使わせてしまった。消耗は想像以上だろう。


「(気にしないでと言ったでしょ)」


 力無く笑う彼女は、悪戯っぽい表情を精一杯浮かべる。


「ちょっと抱えるぞい。えーと、お主は」

「レアルだ」

「一人で脱出できるか?」

「はは、問題無い」


 扱いの差で出た笑いなのか、特に不機嫌さは無くレアルは応える。その傍らには例の木人が佇む。ゴカゴを守ってくれたんだ、良い人なのは間違いないはず。


「バルードめ、くたばっとったら承知せんぞ!」

「縁起でもないことを言うな。さっさと帰るぞ」


 ぶつくさ言うガルマはゴカゴを右腕で抱えた後、左腕で俺をも抱える。

 そんな俺たちを見送るウィーポは、どこか微笑んでいるように見えた。


「だ、大丈夫なんですか?」

「ああ、ピンピンしとるわい」


 白い歯を見せておどける老兵は、緩やかに地面から離れた。浮遊感が襲い、思わず足が宙を掻いた。

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