共闘
なんだ、単に木の属性を使うだけか。
そう結論づけようとした時、ガルマのことを思い出し立ち上がる。
「どうしたんだ?」
「ガルマさんが重傷を負ってしまって……早く行かないと」
「……前線に、かい?」
「はい!」
これ以上話している時間は無い。質問を飛ばす男に若干の苛立ちを覚えながらも模造刀を収めて駆け出すと、彼も付いてくるように走り出す。
「良かったら、案内してくれないか。力になると約束する」
「……わかりました」
思えば、ハヴェアゴッドの冒険者たちは皆がみな実力者だ。後方支援に徹しているとはいえ、彼もまたそうでは無いかと予想する。
「(いいの? 連れてきて)」
「(……単純に頭数が増えるのは悪いことでは無いはず)」
「(そうじゃなくて、後方に居る彼を勝手に連れてきていいのってこと)」
「(それは……)」
正直、彼女の意見は尤もであり、最終的には俺個人の判断で連れてきたような形になっていたことに気づく。
「おい、レアルが子供と一緒に動いてるぞ」
「まさか、あの人が前線に呼ばれたのか?」
魔法を放ちながらもこちらの姿に気づいた冒険者たちは、それぞれの思考を口にする。
レアルというのは、恐らくこの男のことであろう。反応からして、ただの冒険者ではないということか?
「ところで君は、確か光の壁を作った子だよね」
「あ、はい。そうですが……」
「ずっと話したいと思っていたんだ。君はまだ子供なのに、光の力が使える。それが気になってね」
俺は振り向いてレアルの顔を改めて見る。
切れ長だが優しげな垂れ気味の目尻に、深い青色の瞳。鼻は高く、整った眉の形と相まって聡明な印象を抱かせた。
髭は一切見られず、自信に溢れていそうな口元は僅かに口角が上がっている。魔法使い特有の帽子は被っていなく、明暗ある黄褐色の髪は無造作に伸びており、まるで寝起きかと思うほどだ。
その耳には黒色のピアスをしており、何らかの魔道具ではないかと予想した。
「そんなに顔を見られると照れるな……」
「あ、すみません」
慌てて顔を前に向ける。その様子をゴカゴが面白くなさそうに一瞥するのが窺えた。
「君の光の力は、いつ
「それは……」
「あの、今はそんな話している場合では無いんじゃないでしょうか」
苛立ち混じりの少女の声が釘となり、レアルへと突き刺すように放たれる。
そんな彼女に悪びれなく、彼は続けた。
「こんな時だからこそだ。私も今から前線に行くが、はっきり言って君たちではあまりに力不足。ならば切り札のように扱ってる技の事くらい、今のうちに聞いておかないといけないだろう?」
「……貴方は強いのですか?」
「もちろんさ」
やけに自信満々だな。先頭を走る俺から彼の顔は見えないが、自信に溢れた表情を思い浮かべる。
「リオンの力を聞いたところで、貴方に関係ないと思いますが」
「そんなことは無い。私は魔法使いだ、本来前線で戦うスタイルではない。いざという時には盾のような存在が必要なんだ。まあ、彼女は別だがな……」
彼女とは誰のことだろうか。前線に居る魔法使いで言うとロディジーさんくらいだが、面識があるということか。
「彼女とは?」
「はあ、さっきから君の質問ばかりだな。そろそろ私のにも答えてもらいたいのだが」
うんざりした様子で声を上げるレアルの雰囲気が、少しずつ険悪なものに変わっていく。
これ以上二人を会話させていたら、喧嘩になりかねない。耐えかねて後ろを見ると、彼のさらに後ろにドルバが追従してきているのに気づく。
彼は確か後方に居たはず。いや、戦士職である彼が後方に居る時点でおかしいんだけど。
それよりも、何故付いてきているんだ。それもこちらから
こちらの視線に気づいたのか、ドルバの速度が落ちていく。やがて俺の視線が気になったのか、ゴカゴやレアルもまた振り向いていた。
「あれは、ドルバさん……?」
「ああ、よく分からないけど、離れていくな」
ゴカゴとやり取りする中で、レアルは黙って後方に視線を送り続けていた。なにか思うところがあるのだろうか。
不自然なドルバの動きだったが、前方に光の壁が見えてきたところで再び気を引き締める。
ガルマには無事で居て欲しい。まだ竜人が二人は生き残っていたはず。いやそれよりも、全体的に敵の動きを止められているのだろうか。
「あれを見て!」
隣を走る少女が叫び、
激しい風の奔流が悲鳴を上げるように鳴りながら、正確に魔物が密集する地帯を突き進む。その手前では傷を負いながらも戦う前衛の冒険者たちの姿があった。
「おお……流石あの人だ」
恐れ
やはり竜巻は彼女が作り出したんだろう。そしてレアルの反応からして、やはり彼女とはロディジーを指しているみたいだった。
「(戻ってきてくれたかい、リオンや。ガルマ坊の元に急いでおやり)」
まだ距離があるというのにこちらの魔力に気づいたのか、フォーンによる通信を飛ばしてきた。
同時にゴカゴも受け取っていたみたいで、俺たちは顔を見合わせたあと前方へ加速する。
この際レアルの事は気にしないようにしよう。もしかしたら怒るかもしれないが、今は優先順位が全く違う。
前方では今なお激しい戦闘が繰り広げられており、バンブとゲイルハウンドの連携が冒険者たちを苦しめている。
魔力は……まだ練れる。すぐさま
流れるように引き抜いた模造刀へと魔力を流して、応えるように燃え盛った彼を低く構え、戦いに集中しているバンブへと迫る。
流石にこちらに気づいた彼だが、少しでも気を逸らせばそれが隙となる。
「アインスファイス!」
共に駆けていたゴカゴの詠唱と共に回転する二つの火球が放たれ、俺を追い抜いてバンブ目掛けて飛んでいく。
しかし奴は傍に居たゲイルハウンドを手で掴むと、乱暴に火球に向かって投げつけた。
情けない声を上げながら火球に激突した狼は爆発して燃え上がり、その光が一瞬だけ俺の視界を奪う。
次に目を開けた時、持ち前の瞬発力を使ったバンブが目の前に迫り、左手を激しく薙ぎ払おうとする構えを見せていた。
それくらい、予想はしている……!
さらに加速して地面を蹴り、高く飛び上がった下を腕が紫色の残像を置いて通り過ぎていく。
奴の目は明らかに大きく見開かれ、こちらを仰天したまま見つめる様子がゆっくりと流れていく。
既に剣を掲げていた俺は、バンブの顔面が目の前に迫った瞬間にそれを勢いよく振り下ろした。
呆気なく振り抜けたそれは額から顎先まで綺麗に縦線を作り、振り下ろした勢いで一回転したあと奴の頭部を踏んづけて乗り越えていく。
奥の状況が知りたかった俺はそのまま奴の後頭部から首へと駆け下りて、背中辺りで強く蹴って飛び出すように地面と平行に空中を進む。
その間にゴブリンやオークが眼下に窺えるが、一際大きな身体を持つオークの頭を踏むように足を置き、そのまま脚に力を込めて再び飛び上がる。
完全に霧が晴れた戦場であったが、空中で必死に目を凝らしてもガルマやウィーポの姿は無い。ロディジーさんの反応からして、まだやられていないと信じてはいるが、バルードの姿も無い為に想像以上に状況は悪いのでは無いかと歯噛みする。
「トライトドナー!」
左の方からウィーポの詠唱が聞こえ、解き放たれた魔力が俺の目の前を通り過ぎていく。
驚いて左を向くと、いつの間にか竜人がその左腕を俺に突き立てようと振りかぶっている姿が映った。
戦慄すると同時に、その左腕は先程の紫色の魔力によって貫かれたのか、前腕の中心が黒ずみ煙を上げている事に気づく。
全く気づかなかった……!
接近を許していた俺は、ウィーポによって救われたことを認識する。
だが未だ空中であり身体を制御する術が無い以上、顔を歪めて振りかぶった左腕を強引に振ろうとする竜人を見ながら模造刀を正面に構える事しか出来なかった。
「デストラ・ウィード」
透き通る声が響き渡り、俺と竜人を遮るように地面から土やら植物やらを巻き上げるような壁が作り上げられた。
突然のことに身体が硬直したが、徐々に落下し始めていることに気づいた俺は現れた壁を蹴って勢いを殺し、地面に着地して転がった。
「ギィ!」
ゴブリンの声が聞こえ、咄嗟にしゃがみ込んだ体勢のまま片手で剣を横に振り抜く。
身体を横に両断された亜人がこちらを見据えたままバランスを崩し、赤い血と共に沈む。
此処は囲まれている。そう認識して立ち上がり、続いて向かってくる他のゴブリン種へと炎の斬撃を飛ばす。
どうやらゴカゴの魔法は魔力の回復にも一役買っていたようで、横に放たれた力強い炎の衝撃波がゴブリンたちを薙ぎ倒していく。
「リオンくん、後ろを向くんだ!」
いつの間にか近くに来ていたレアルが声を上げ、周りに魔物が寄ってきていないのを確認したあと剣を構えて後ろを向く。
地面から吹き出すように遮っていた壁が、少しずつ元の場所に戻るように下がってくのが見える。
先程の魔法はどうやら風の魔法みたいで、風の力で地面から様々なものを立ち上げて壁を作る魔法なんだろう。
やがて見えてきたのは竜人の背中で、奴が向かい合う相手はウィーポであった。
お互いに空中で
「援護するぞ!」
彼の指示に従うというよりはこれからしようとした行動と発言がたまたま一致しただけであり、言葉より先に身体が動いていた。
「(ゴカゴ、居るか!)」
「(まだ遠い、けどウィーポさんと竜人の姿は見えるわ)」
「(今から竜人に攻撃する、奴の気を逸らす事はできるか?)」
「(……任せて)」
彼女の持つ魔法の中で、竜人にとって脅威になるのは恐らくトライトファイスだろう。
一点集中に突き抜ける圧縮された炎なら、奴らの鱗をも貫ける。それは、ガルマを盾にしようとした動作から見て取れた。
ただ、問題はウィーポとの連絡手段が無いことだ。フォーンのピアスを付けているのは俺とゴカゴとロディジーさんの三人のみ。もし竜人が人間の言葉を理解するのだとしたら、声を出しては奇襲にならない。
となると、防がれる前提で動かねば。最悪、ゴカゴの癒しの魔法ならウィーポが傷を受けたとしてもなんとかなるはず。
本来なら極力使わせたくない魔法だが、それ以外の方法が浮かばない。彼女には魔法を撃ってもらい、その隙を突く。
「(今だ!)」
彼女への合図と共に模造刀を強く握り締めて腰より低く横に構える。飛び上がって斬り上げる際に、最も適した形。もはや身体は何も言わずにその体勢へと導いていき、鍔迫り合いを行う彼らを頭上に据えて大きく見上げた。
次にするであろう竜人の行動は恐らく、隆々とした身体に変貌したあとウィーポを掴む。そして盾として魔法が放たれた方角に向けるはずだ。
予定通りと言ったところか、突如膨れ上がる竜人の身体は鍔迫り合いを終わらせて、奴と比べれば細身のウィーポの首を掴み、力任せに左へと振り回す。
それを見届けるや否や強く地面を蹴って跳躍し、
殺れる、と思ったその時、地上で何かが輝いて右方からこちらへと光源が飛び出した。
まさか、もう一人の竜人の魔法か!
飛び出した以上、避けることは叶わない。明らかに咄嗟に放ったと分かる大きさの光球であったが、大きなものは光の壁をも破壊した。小さいとて直撃すれば無事では済まないかもしれない。
誘われたのは俺だったのだ。
どうしようもなく歯噛みして、光球をただ見つめるしかできない。時間の流れが驚くほど遅く感じた。
その時、地面から吹き上がるような風を感じ、植物と土が地面から巻き上がっていく。
この魔法はレアルのものだ。彼の機転に感謝しつつ、再び竜人を見据える。すぐそばまで迫っていた奴の背中を見て、光の力を模造刀に込めた。
「リヒト!」
今度は出力の加減を意識し、半分の力を込める感覚で身体に光の
それと同時に先程魔法で出来た壁から爆音がし、光球が直撃したであろう箇所から上側がバラバラに吹き飛んだ。
その威力の大きさに
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