激闘
「……道が開いた、行くぞ!」
ウィーポの掛け声と共に、その背中を追うように追従する。ゴカゴの気配も後ろからしており、血煙舞う死地へと飛び込む。
先頭を行く彼の一刀により、まずは正面に居た魔物たちが斬り伏せられ吹き飛んでいく。雷の力を宿した斬撃は道を切り拓くのにも最適な属性なんだろう。
「リオン!」
左から飛びかかろうとするゴブリンを、冷静に炎の模造刀で一刀両断した。
「大丈夫」
声を掛けてくれたゴカゴを一瞥して、足を止めないまま突き進んでいく。
「マウドフレイム!」
穴の空いた光の壁に向かって、ゴカゴは炎の壁を作る。
それに呼応するようにロディジーの生み出した風の竜巻が尖った先端を炎に食い込ませ、炎上する渦巻きが魔物を巻き込み焼き尽くしていく。
この連携、恐らくフォーンが可能にしているんだろう。咄嗟に通信をして魔法を打ち込むタイミングを合わせるなんて、ゴカゴも相当に強いな。
時折迫ってくる魔物を斬り伏せながら、皆が作り出してくれた道を進んでいく。
「先手を打つぞ、まだ
「言われなくても!」
紫の輝きを一層増した刀身を真正面に突きつけたウィーポは、高らかに叫んだ。
「アインスドナー!」
弾ける土や砂が飛び交い、それが目に入らぬよう腕で顔を覆う。
間髪入れずに駆け出した彼は吹き飛ばされる前に立っていた場所に戻るため、煙の中に身を投じた。
彼に続いた俺は怯まずにやってくるゴブリンやアベスドッグに炎の斬撃を飛ばし、寄せ付けないように
「あそこに居るぞ」
集団の中に獰猛なフォルムをした竜人が、ウィーポの指した先に居た。その顔は笑っているようにも見え、ヴァルハラの不愉快な顔を思い出す。
「あいつらは魔物なんですか?」
「そうだ。だが、そこらに居る知能の低い個体と違い、知能で言えば人間とそう変わらない。今までの奴と一緒にしない方がいい」
確かに集団に紛れて攻撃しようとする奴の動きはずる賢く、最初に光の壁を破った判断も的確だった。
ただ攻撃をするのではなく、効果的な選択肢を選んでくる。それは人間と対峙しているのと大差無く、極めて厄介な相手だと改めて感じた。
「トライトファイス!」
唐突にゴカゴが詠唱し、ゲイルハウンドを貫いた細く収束された炎の線を飛ばす。
それは竜人を狙ったものだったが、高速で飛んだにも拘わらず着弾時点では姿が無く、別の魔物を貫いていた。
「その魔法なら、奴の身体を貫ける?」
「……当たればね」
その時、上空から魔物の集団に影が突っ込み、派手に奴らを吹き飛ばした。
「こやつ、これを防ぎよったか!」
すぐさま晴れる煙の中で、ガルマの拳を掴んでいる竜人の姿が映し出される。
「トライト」
「待て! 今撃つとあいつを盾にされる」
珍しく声を荒らげたウィーポがゴカゴを止める。その発言からして、ガルマが竜人に力負けしていることを瞬時に悟ったらしい。
だが、彼の力は俺もよく知っている。腕の太さも一回りは違うというのに、何故竜人の方が強いと思うのか。
しかし、その答えはすぐさま突きつけられる。
ゴカゴの殺気に反応した竜人は瞳孔を縦に細めてこちらを睨みつけたあと、突如腕や身体が膨張してガルマを引き寄せるように彼の腕を掴んで乱暴に動かす。
「うお!」
それはまるで盾にするかのようにこちらに彼の背中を向けて、背中越しからこちらに殺意の籠った視線を送る竜人。
まさにウィーポの言った通りに、奴は動いたのだ。
「情けないぞガルマ、やはり老いには勝てんな」
「……どの口が言うとるんじゃあ!」
両腕を掴まれていたはずのガルマは怒号と共に強引に腕を上げて、
「今じゃ! なんとかせんかい!」
「……馬鹿か、それじゃ貫通する魔法を撃てないだろうが」
呆れた声を上げたウィーポだったが、既に地面を強く蹴って竜人の元に剣を振り上げたまま突撃する。
その間にも魔物たちが押し寄せて、俺の前に次々と現れる。せめて
迫る魔物は亜人種ばかりで、群衆の中でも最も数が多く見られる奴らだ。おかげで対処もしやすいが、このタイミングでバンプが来た場合はかなりまずい。
突撃したウィーポに目を向けると、竜人に迫った彼はその身体に袈裟斬りの形で剣を振り抜く。膨張し鎧も弾け飛んでいた竜人は護ってくれる防具が無く、柔らかそうな白い肌にははっきりと剣筋が走り、青黒い血が溢れ出す。
しかし、鱗がある部分は天然の鎧としての作用が働いたのか、両断には至らなかった。
「カァァアアア!」
斬られた竜人は鼓膜に針を刺すような痛みを伴う甲高い声を出し、俺と対峙していたゴブリンや周りの冒険者が一斉に耳を塞いだ。
だが、まともに受けたウィーポとガルマの両耳からは小さな
膨張と同じように急速に身体を縮め、ガルマの拘束が緩んだ隙に飛び上がって彼の背後に消える。次の瞬間、ガルマの脇腹部分から竜人の鋭い爪と手が血と共に飛び出し、吐血するギルドマスターは目を見開いた。
「ガルマ!」
怯んでいたウィーポは体勢を立て直し、急いで彼の背後に回る。俺も耳から手を離して、彼らの元に駆け出す。
「邪魔だ!」
飛びかかる魔物を斬り伏せ、足に力を込める。赤の
その時、ガルマの頭上を飛び越して再び姿を現した竜人が鋭い爪を彼の身体に突き立てようとするのが見えた。
流石に正面からの攻撃を許すまいと老戦士は奴の腕を両手で掴むが、脇腹の負傷のせいか完全に止められない。
翻弄されるウィーポがガルマの横から姿を現し、頭目掛けて剣を突き出す。だが、竜人は避けずに鱗で剣を受けて簡単に弾いてしまった。
まさか、単に身体が細い訳ではなく、圧縮することによって強度を上げているのか──!
このままではガルマが危ない。本来は壁のために、魔族のために取っておきたかったがこれ以上は出し惜しみできない。
「リヒト!」
詠唱と共に模造刀が輝きだし、神聖な光に当てられた魔物が嫌がるように後ずさる。
出力をコントロールするんだ。そうすれば三回の制約に縛られないはず。
瞬く間に身体の中から溢れんばかりの力が宿り、更に視界の流れが加速する。
赤色だった
その動作に至るまでごく
その反応をウィーポは逃さなかった。弾かれた勢いを殺さずに剣を引いて縦に弧を描くように振り下ろす。
こちらに気を取られていた竜人は頭上に走った衝撃に怯み、目を瞑った。その一瞬のおかげで、勝機を見出す。
叫びそうになるのを抑えながら模造刀を横に構え、三人の手前に着地したと同時に二人を斬撃に巻き込まないように右に逃げながら剣先を左に向けた。
竜人の背中を横に両断するように剣を右へと振り抜く。本来なら雷の力が宿った聖剣の強度より劣る模造刀だが、光の力によりそれを
それでも、奴の鱗を断ち切れるかは賭けだった。だが、模造刀を振り抜いたことにより賭けに勝ったことを確信した。
「グア……」
まさか自らの鱗ごと斬られるとは想定していなかったであろう弱々しい声が漏れ、振り向いた俺の視界に映ったのはガルマからの強烈な右拳を顔面に受けている竜人の姿だった。
吹っ飛んだ身体は腹の部分だけで皮一枚繋がっているために背中側が開いていき、魔物を巻き込みながら青黒い血を撒き散らして群衆の中に見えなくなる。
間違いなく絶命したと言えるだろう。
「リオン、後ろだ!」
ガルマを支えていたウィーポの叫びと共に、背中に激しく悪寒を感じた。明らかな殺意を空気で感じ取り、素早く身を
それを
「ニンゲン!」
片言だがこちらに通じる言語を発し、その手には光の剣を握り締めている。
思えばこいつらも光の魔法を扱うのだろうか、とその剣を見て考えるが、よく見れば光の中に黒いモヤのようなものがゆっくりと
違う、一見光に見えるが根本は闇魔法だ。つまり、光と激突するからにはあの現象が起こる可能性がある。
その時、右肩に激痛が走る。わけも分からず目だけ向けると、鋭い何かが突き出している。何かの
「リオン!」
「しまっ」
二の太刀を展開した竜人の剣が、真上から振り下ろされる。模造刀を横にして耐えようとするも、最初の斬撃に光の力を使い過ぎたのか、竜人族の
「トライトファイス!」
遠くで聞こえたゴカゴの詠唱で現れた炎の筋を避けるために竜人が仰け反ったおかげで、膝を着いて耐えていた状況から後ろに飛んで逃れた。
身体を纏う光は弱々しく、一回目の力が間もなく消えようとしていた。
その時、地面から無数の木の葉が回転しながら立ち上がり、竜人と俺を隔てるように展開したそれは、俺の周囲を丸く囲むように動き続ける。
これはもしかして、ロディジーさんの移動魔法?
「(少しだけ後ろに飛ばすぞい、あとは任せんしゃい)」
優しい声が脳内に響き、やがて周りが見えなくなるほど木の葉に包まれたあと、視界が開けて見えたのは後方部隊が集う場所だった。
「なんだ、どこから現れた?」
「どうやってこんな所に」
驚きの声が上がる中、俺は集団の中にドルバの姿を見つけた。
何故前線に居るはずの彼がこんな所に居るのか。
疑問を抱くも、身体から完全に光が消え去り、
「じっとしてて」
突然ゴカゴの声が横からして、木の葉を払いながら現れた彼女は俺の右肩に手を当てて癒しの魔法を行使する。
どうやらロディジーさんは、ゴカゴも同時に移動させていたみたいだ。緑の光に当てられた右肩は痛みが和らいで温かく、飛び出していた鋭い刃物のようなものも、傷が治るに従って少しずつ抜けていく。
それは砕けた鎧の破片のようで、先程撃退した竜人のものかと思われる。
刃物と言うよりは鈍器に近いこれを投擲で、しかも右肩を貫通するほどの威力で打ち込む怪力と正確さ。
ゴカゴが居なかったら、きっとこれでもう戦闘不能にさせられていただろう。
興奮による脳内麻薬で痛みを感じないうちに治癒して貰ったのは間違いなく幸いだ。
「……これでいいわ」
少女は少しだけ疲労を浮かべる表情で、額の汗を拭う。癒しの魔法は代償が伴う。あまり多用させないようにせねば。
「そうだ、ガルマさんは!」
脇腹を貫かれている彼の方が重傷なのを思い出して叫ぶが、
ここからでは
「大丈夫よ、回復薬があればなんとかなるはず」
「でも、あれは傷を治せるわけではないんだろ?」
過去にファアムから貰った回復薬の効能は、傷を治すよりも疲労回復に近かった。つまり、本当に癒そうとするのであれば回復薬では意味が無い。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けてきたのは、魔法使い特有の格好をした男。マギ以外にそのような格好をしている者は少なく、魔法使いの貴重性を表しているようだった。
「あ、はい。なんとか……」
「傷を負っていただろう、見せてみなさい」
何か言う前に右に回り込み、破れた服の中から覗く傷一つ無い肌を見て彼は驚愕する。
「……治っている?」
「あの」
「私が治したの。だから手当ては必要無いわ」
どこか冷たさを感じる口調にひやりとしながらも、ゴカゴの説明を受けて男は安堵の表情を浮かべた。
「そうか、それなら良いんだ」
よく見れば彼の腕の周りには緑色の魔力が宿っており、彼もまたゴカゴと同じような力を持っているのでは無いかと推測する。
しかし、代償の大きな魔法をメインで使うのは自殺行為に近い。彼は見ればまだ青年と言える年齢であり、癒しの魔法を使った際の生気が吸われたような見た目には見えなかった。
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