竜人族

 炎の斬撃程度ならまだまだ飛ばせる。マギの魔法が乗った斬撃は面白いくらいに魔物を燃やしながら突き進み、自らの実力が飛躍したのかと錯覚するほどだ。

 やがて地響きが聞こえ、姿を現していたゴブリンキングの大半がウィーポとロディジー、そしてブカッツらや後方支援のおかげでたおされた事を悟った。


 だが、戦いは始まったばかりだ。バルードたちの顔色が晴れないのも、恐らく敵の一団はまだまだ本隊規模では無いのだろう。

 六発目の斬撃を飛ばしたところでひたいに浮かべた汗を拭い、改めて状況を確認する。

 

 激しい力のぶつかり合いにより霧が晴れた戦場では、目に映る端から端まで多種多様な魔物が埋め尽くしていた。

 後ろから合流してきた亜人種、獣に近い見た目をした獣人種、四足歩行で素早い動きの牙狼種、バンプを始めとする猿人種の姿も見える。


 ひたすらに壁に突撃し続ける魔物たちは一向に足を止める気配が無く、ただ全体の意志に従って前に進み続けている。

 その結果、あちこちで圧迫による力押しを敢行している場面が見られて、それを押し返す為にブカッツら前衛隊が奔走していた。


「リオン君! あたしはブカッツのとこに行くから、気をつけてね!」


 見かねたのか、マギはそう言ってブカッツらの元に駆け出していく。

 光の壁があり、タンジョウの実力者が集っているこの状況でも全く油断はできない。


 息を整えて模造刀を構え直した瞬間、上空から真っ直ぐに落下してきたガルマが残っていたゴブリンキング目掛けて突撃し、そのまま頭部を突き破って地面に激突する。


 地震が起こったかのような地響きと地面の砂を全て巻き上げたような砂埃が舞い上がり、衝撃波が周りの魔物を吹き飛ばす。その威力は凄まじく、恐らく魔法で強化されていたんだろう。彼らの四肢はバラバラにもげ、血煙と共にもんどり打って吹き飛んでいく。


「遠くから何か来よるぞい! ありゃバルトゥルではなさそうじゃ!」


 未だ立ち込める煙の中、ガルマのよく通る声が戦場に響き渡る。やはり空からも何かが接近しているようだ。


「(リオン、光の力はいつ使うの?)」


 各方面で対応しているとはいえ、かなりギリギリの状態だ。魔物による空からの加勢に危惧きぐしたのか、ゴカゴが切羽詰まったように通信を飛ばしてきた。


「(出来れば温存しておきたい。もし魔族が来るのだとしたら、抵抗できる手段は残しておきたいから)」


 出し惜しみをしている場合ではない、ともう一人の俺が言う。ロディジーさんが光の壁を強化したとはいえ、これだけの数を抑え切れるかどうかはかなり怪しいとも言える。


「(リオンや、心配する必要は無いぞえ)」


 唐突にロディジーの声が響き狼狽えた俺は、彼女が同じようにフォーンで通信を試みたと気づくのに少し時間を要した。

 仲間内での通信は通常、意図して傍受ぼうじゅでもしようとしない限りできないはずだが、ロディジーさんの方を見ると微笑むような優しい顔と目が合う。

 なるほど、彼女にはお見通しみたいだ。


「(ばぁばが何とかするから、力を温存しといて。ゴカゴもね)」


 複数に同時に通信を飛ばすなんて脳が二つ無いとできないであろう神業の如き所業だが、難なくやってのけるロディジーはやはりケンジャ級の魔法使いだ。

 彼女の顔を見ながら頷いて、二人との通信を一旦終える。


「これ以上加勢されたら、壁があろうと迂回されちまうぞ!」


 壁を越えて武器を振るうブカッツが叫び、彼の側面を守るフォクセスがオークを一刀のもとに斬り伏せる。二年前と比べて斬撃の速さも威力も格段に上がっているみたいだ。


「あ、あれはなんだ!」


 後方から狼狽えた声が聞こえ咄嗟に振り向くと、上を指差す冒険者の姿が映る。その先に視線を移すと、空を飛ぶ少数の人型があった。

 まさか魔族か……! 戦慄して目を凝らすも、よく見ればその容姿は魔族とは大きく異なっていた。


 大きく突き出した鼻と口、規格外の奥行きと大きさを誇る口から覗く鋭い牙、獰猛どうもうそうな瞳の小さい四白眼がこちらを見下ろしている。

 体全体に緑の鱗があり、腹や胸の部分は柔らかそうな白い肌が見える。しかし、それを守るように肩や胸に着けられた人間と同じような防具がある事から、高い知性を持っているのではと推測した。


 さらに特徴的なのは背中にある薄い膜の付いた巨大な翼と彼らの半身ほどある長さの尻尾で、太さも人間の胴体を優に超えるだろう。その外見から、彼らが竜人族ドラゴニュートである可能性を見出す。

 奴らの情報を記す文献は少なく、実際に目撃した人自体がほぼ居ないと言われている。それほど生息数も多くは無い、それが三体も居る時点で異常事態だ。


「迎撃の準備をしろ!」


 後ろにもどうやら全体を統率する人物が居るらしく、げきが飛ぶと共に魔力の気配が強まっていく。

 奴らに魔法が効くかどうかすら分からないが、緊迫感ある声からして強敵の予感をひしひしと感じていた。


 そして、竜人族の一人が片手を挙げると、狂乱の如く突き進んでいた魔物たちの行進が緩み、光の壁から少しずつ離れていくのが窺えた。

 大きな攻撃の前に退散するような動きに、俺の本能が激しく警鐘を鳴らす。手を挙げた奴の動きに釘付けになり、自然と身体が防御の体勢に変わっていく。


「全員、光の壁の内側へ走れ!」


 叫んだのはウィーポだった。普段寡黙な彼が声を張り上げるのは珍しかったが、その事実が今から起こる状況の緊急さを物語る。

 魔物の群れの動きに困惑していた前衛の冒険者は弾かれたように走り出し、バルードとガルマもまた一息に飛んで内側へと逃れる。


 一瞬、太陽が現れたのかと錯覚するほどの光が天から降り注ぎ、元を辿ると竜人族の手の先に巨大な光球こうきゅうが作られていた。


 巨大な星を掲げているような神々しさとは裏腹に、その顔は邪悪に歪み、舌なめずりをするように朱色の舌が見え隠れしている。


「急げ!」


 バルードの声が響いたと同時に、竜人は大きく振りかぶるように身体を歪め、一息にこちらに投げつけるように腕を振り抜く。

 その動作が見えたのは一瞬であり、眩い光が次の瞬間には着弾していた。


 巨大なハンマーで鉄を叩いたような轟音が響き渡り、壁の近くに居た俺は衝撃波によって後ろに吹き飛ばされる。

 予想外の威力に為す術なかったが、誰かに受け止められて事なきを得た。

 

「大丈夫かリオン君」


 受け止めて支えてくれたのはフォクセスで、その声色からは動揺が見られた。


「ありがとうございます!」


 ほうけかけた意識を取り戻し、足に力を入れて立ち上がる。しかし、眼前の光景はあまりにも想定外のものであった。


「なんて事だ……」


 誰かが呟いたのを聞いて絶望で脱力しそうになる身体を、無理やり奮い立たせる。

 竜人から放たれた光球は着弾した箇所に大きく穴を開けてしまった。正面にあった光の壁は穿うがたれてしまい、防衛の意味を成していない。


 魔法同士の激突のみが行われた為か、土煙は上がっていなかった。だが、明瞭な視界が一層絶望感を演出し、ほくそ笑むように見える魔物集団の表情をありありと映す。


「来るぞ!」


 右からバルードの声が聞こえ、止まっていた時が動き出す。一斉に俺を追い越していく前衛をつとめる冒険者。しかし、その走りに覇気は無い。

 先程の光球は、壁の破壊以外に多大な犠牲を伴ってきた。逃げ遅れた冒険者が居たのだ。


 さらに残った者にも無視できない傷を負わせ、士気を削ぐには充分すぎる効果を表していた。

 たった一撃で張り詰めていた糸を簡単に断ち切り、敗走感を与えられるとは。


「(リオン!)」


 ゴカゴの声が聞こえ、フォクセスの手から離れた俺も全身に力をみなぎらせて走り出す。

 もはや予断は許されない状況だ、こうなったら光の力を使うしかない。

 魔物たちの行進が再開され、空いた壁目掛けて狂気が押し寄せる。


「おおおおおおお!」


 雄叫びと共に飛び上がったガルマは、真っ直ぐ竜人族へと突撃した。さらに左手から俺を追い抜いたウィーポが魔物たちへ迫り、手にした聖剣に紫色の光を灯す。


「下がれリオン! 俺たちに任せろ!」


 彼は言い終えてすぐ剣を横に振り抜いた。その軌跡に無数の光が迸り、迫ろうとしていた魔物にそれが当たった瞬間、激しく感電した音と共に奴らが次々と吹き飛んでいく。


 強烈な雷に触れた生き物は、感電し続ける前に吹き飛ばされる作用がある。それを利用して彼は穴の前に仁王立ちし、魔物を食い止めるように立ち塞がった。


 その雄姿ゆうしに触れて足を止めていると、ガルマの声が響き渡った。上空では竜人と彼の肉弾戦が行われており、一撃一撃が岩をもえぐるはずの大きな拳を、竜人はいなすように手を使い空振からぶらせる。

 さらに戦闘しているのは一体だけであり、残りの二体は地上に降り立とうとしていた。


 一体だけでもあのガルマと互角かそれ以上なのに、それが残り二体。


「これは困ったねえ、まさか壊されてしまうとは」


 いつの間にか横に居たロディジーは、他人事のように呟く。どうやら俺を庇うように皆が動いていたらしく、唯一遠くに展開しているのはバルードだけのようだった。


「俺、光の力を」

「まあまあ、ばぁばに任せなさい」


 遮るように手を伸ばした彼女の言葉に流されるまま、模造刀を下ろす。

 両手を伸ばした老婆は、火と木の光を両腕に宿して風の螺旋を放つ。

 それは戦闘中であるガルマたち目掛けて進み、ガルマよりも早くそれを把握していた竜人は目を細めながら相対する老戦士の腹に蹴りを入れたあと、翼を動かして上へと逃れようとする。


 しかし、風の渦には追尾能力が備わっており、足元から這い上がるように竜人に直撃した。

 全てを巻き上げながら進む推進力にガルマが引き込まれなかったのは狙い通りなのか、風の奔流に呑まれた竜人の姿は全く見えなくなり、そのまま上空へと突き進んでいく。


「リオン! 前から来るぞ!」


 ウィーポの声に我に返った俺は、彼が取り逃した一匹の魔物が目の前に来ていることに気づく。最初に突撃してきた種族であるゲイルハウンドが、残像を纏いながら目の前に迫る。


「くっ!」


 一瞬で間を詰められて、模造刀の柄を上に引き上げて正面からの攻撃を防ぐ。が、奴は直前で横に跳び、がら空きになった俺の横腹に噛み付いてきた。

 咄嗟に身体を曲げて、鎧越しに牙を受ける。

 恐るべき咬合力こうごうりょくで鎧ごと噛み砕かんとする緑青色の狼の顔を、振り上げた模造刀の柄で激しく殴打した。


「トライトファイス!」


 殴打にも怯まない様子に焦ったが、少女の詠唱と共に魔物の頭頂部に細い炎の筋が走り頭蓋骨を貫通して顎下から抜けていった。恐らく絶命したにも拘わらず口を離さない執念さにゾッとしながら、無理やり引き剥がす。


「ありがとう、ゴカゴ」

「まだ来るかもしれないから、前を向いて」


 彼女の身体には傷は無く、竜人の光球による被害が無いのを見て胸を撫で下ろした。

 そして、言葉の通り前を向き、戦闘中であるウィーポの脇から侵入しようとする魔物を迎え撃つため、模造刀を構え直す。


 その時、剣を振るっていた彼が突然吹き飛び、空中で後ろに一回転したのち俺の前で軽やかに着地した。


「ウィーポさん!」


 急いで駆け寄ろうとすると、彼は振り向かず後ろに向けて手のひらを向ける。制止を意味するそれを見て足を止めるも、ウィーポが退いた事によりせき止められていた魔物がなだれ込んで来た。

 

「全員、正面を守れ!」


 ウィーポに任せて横に展開していたバルードは急いで号令を掛け、その声に従った冒険者たちが魔物の前に立ち塞がる。

 駄目だ、数が多すぎる。彼らと直接、しかもこの大差で戦うなんて。

 しかし、俺の予想とは裏腹に、ハヴェアゴッドを守ってきた彼らは強かった。


 捉えきれない程の疾さを持つゲイルハウンドを一撃で切り伏せる壮年の戦士、自分の背丈の三倍はあるであろうオークと正面から斬り合って打ち勝つ全身鎧の斧使い、さらにガルマのように武器を持たずゴブリンの頭を殴り飛ばす怪力を持った男の姿。


 彼らには共通して強烈な赤い魔力を全身に宿しており、それが人間離れした怪力や威力を可能にしている。

 そのまといのことを俺は知っていた。


 そうだ、彼らは光の壁が無い時も戦ってきたんだ。どんなに絶望的でも、この街を守ってきたんだ。それに比べて俺は、簡単に諦めようとしていた。


「おおおおお!」


 体内に渦巻く魔力の奔流、今では自由自在に操れているがそれを敢えてせずに身を委ねていく。それでいて身体の隅々すみずみに魔力を行き渡らせることは忘れずに、赤のまといをより濃くしていく。


 まといには段階がある。普段から扱うものを第一段階だとするなら、今からするこれは第二段階。

 まさに魔力の鎧と形容できるほどの色濃い魔力、これを体現するためには大量の魔力を消費する。

 だから長期的に戦う場合は向かない能力だが、魔物と交戦する彼らはそれを今活用している。


 ならば俺がすべき事は何か。

 

「光の壁を修復します! ゴカゴ、ウィーポさん、援護をよろしくお願いします!」

「……正気か? ここで力を使うということは」

「分かっています! ですが、これ以上侵入を許せば徐々に押されます!」


 こちらを見ていたウィーポは視線を切り、剣を正面に構える。


「……前方には竜人族ドラゴニュートが集団の中に潜んでいる。俺が吹き飛ばされたのも、奴らの攻撃を防いだ反動によるものだ。お前の意見はもっともだが、焦るな。まずは奴らをほふるのが先だ」

「でも、今こうしている間も魔物が」

「(リオンや、ばぁばに任せなさいな)」


 頭の中にロディジーさんの声が響き、目の前で戦闘する集団の中に風の螺旋が撃ち込まれた。それは冒険者を巻き込まないように魔物が密集する箇所を絶妙に撃ち抜き、その数を一気に減らす。

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