絶望との激突
見渡す限りまで続く光の壁、その周りに集まるハヴェアゴッドの勇者たちが段々と見えてくる。
ようやく皆に追いついた俺たちに気づいた群衆は、前へ促すように道を空ける。ちょうど光の壁を目の前にしたところで先頭に躍り出た。
「……来ているな」
隣に立つウィーポの遠方魔力探知が働いたのだろう、重々しく彼は呟く。予感される激突の瞬間を想像して、今更ながら身体が硬直していく。
「リオン」
はっとなった俺はゴカゴへと視線を移す。彼女は空間魔法により鎧を取り出し、ちょうど装着しているところだった。
本来一人で着けるのは困難な鎧を、スミスは魔法の力で解決したらしい。滑らかな表面を持つ鎧は機動性を重視しており、前から身体にあてがうだけで後ろ側は魔法によりくっつく構造となっている。
それは肩から腕、胸を守るように甲冑が付いており、腰には斬撃を防ぐような突起のある形をしている。
足は鎧を
全体的に白の鎧に身を包んだ彼女は、訝しげな目でこちらを見つめ返す。
「何見てるの? 貴方も早く着なさい」
鎧を着るように促していた彼女の意図に触れ、カバンの中の魔道具を手に取り、空間魔法を発動する。
クリストさんから貰った光の玉より大きいが、同じ玉の形をしているため気をつけないと間違えそうだ。
二つの似たような存在を
お腹だけが空いていてそれ以外は白銀の鎧に包まれるような見た目であり、足も同じように履くだけのタイプである。ただし彼女のと違って、肩が外側に向かって少し伸びる形の甲冑が付いていた。
鎧を着終えた俺は再び前を見据えて、高鳴る胸に手を当てる。後ろから聞こえる冒険者たちの声は、いずれも緊張感を帯びていた。いつも戦っている彼らでさえそうなのだ。震えそうになる足を睨みつけて、歯噛みして
「よし、配置に付いたようだな」
右側からやってきたバルードは全体を見渡しながら、わざと聞こえるような声で告げる。皆に周知する効果もあるんだろう。振り向くと、いつの間にか三人くらいでグループを組んだ小隊がバラけるように配置されている。
その中で前線サイドに居るのはブカッツたち、そしてドルバの姿もあった。彼の実力を見るのは今日が初めてになるが、恐らく心強いものとなるだろう。
「いいか、ある程度なら光の壁で耐えられる! だが、空中を
勇ましい返事が後ろから聞こえてくる。そのあとも彼は後方へ赴き、鼓舞するように冒険者たちに声を掛けていく。その姿はギルドマスターの鑑とも言えるようなもので、ガルマでさえ感心したようにそれを眺めていた。
「タンジョウが魔族に襲撃された時、儂は単独で動いてしまっておった。あの姿は本来のギルドマスターの形であり、見習うべきなんじゃろうな」
「仕方ないだろう、そんな時の代わりをするレタリーも、魔族の策略によってそれどころでは無かったんだ。過去の自分を責めるな」
「ふっ、お前に言われると少しは気が晴れるわい」
親友のようなやり取りを交わす二人の声が聞こえ、ブシドウの顔を思い出す。憎たらしい奴だったが、和解したあとは友と呼べる相手だった。
この戦いで彼と再会できるなら、敵として対峙する事になったとしてもそれでいい。
きっと、あいつを魔族の手から救う手段があるはずだから。
「よし、皆、これより魔物を迎え撃つぞ!」
「こちらからの魔法は壁を通り抜けるから、安心して撃つんだよ」
懸念されていたことを補完するロディジーの言葉に、先頭に戻ってきていたバルードは礼をするように静かに頷く。彼の顔つきは鋭く研ぎ澄まされたものになっており、いよいよ戦いの刻が近いことを自覚した。
「ふむ、そろそろ来たかのう」
ガルマの声に反応して、遠くに目を懲らす。早朝のために霧がまだまだ濃い、だが彼もまた敵の気配を感じ取っているみたいだ。
「ガルマ、まだ飛ぶなよ。体力は温存しておけ」
「わかっとるわい! 全く、妻より口煩い奴じゃ」
やんやと騒ぐ二人を尻目に、背中の模造刀を取り出す。
父が残してくれた光の力、あの日これを持ち出さなかったら今は無かっただろう。あの時は何も考えてなかったが、もしかしたらそれもまた導かれたものだったのかもしれない。
感傷に
ざわついていた冒険者たちの声が止み、緊張感が走るように空気がピンと張りつめる。
大地を踏み鳴らす大軍の接近、それを大地は悪気も無く伝えてきた。
「この地鳴り……」
バルードの呟きが聞こえて彼の顔を見ると、深刻な顔をしたままこめかみに一筋の汗を光らせる。
その表情から、今回の魔物の規模が今までとは全く違うことを予感した。
そしてそれは残酷にも、的中してしまう事になる。
「来たぞ!」
地鳴りを感じて数十秒、あまりにも早い到着を果たしたのは四足歩行で大地を賭ける魔物。それは霧から躍り出るように飛び出して、鋭い牙を剥く口を
ゲイルハウンド。所々赤く染まる毛皮に大地に突き立てる強靭な爪と脚、
例え離れていても、ものの数秒で眼前に迫る。タンジョウでは遭遇しなかったが、本によると大陸の西方面に生息すると言われている。
初めて見る魔物を凝視する間も無く、それは光の壁目掛けて飛びついた。
「ギャウ!」
魔物を浄化させるほどの能力を持つ光の壁は、触れたゲイルハウンドを跳ね返す。その際に高温の物体に触れたような焼け付く音と、吹き飛んだ魔物の身体から煙が立ち上る。
予想できた状況に、横に並んでいるバルードたちに動揺は無い。
「撃てぇ!」
「リングスファイア!」
隻眼のギルドマスターが号令し、後ろから放射状に俺たちを跨いで光の壁を超えていく炎の球。一斉に詠唱した魔法使いたちの攻撃は、体勢を立て直そうとしていたゲイルハウンドに着弾する。
通常、彼らを魔法で捉えるのは不可能に近い。あまりにも
断末魔と共に燃え上がり、すぐに横たわる獣たち。しかし、その後ろから次々と現れる魔物たちが彼らの
「行くぞ!」
号令と共に掛け声が響き渡り、模造刀を構えて身体に
「儂も行くぞい!」
「俺たちはいつ攻撃すりゃいいんだ!」
「巨大種のみを狙え! 壁がある限りある程度は防げるはずだ!」
既に眼前には視界を埋め尽くすほど魔物が溢れており、そのいずれも壁に阻まれてこちらに来れないでいる。だが、後ろからの圧により吹き飛ぶことすらできず壁に押し付けられていく彼らの肉壁が、少しずつ壁を超えてきていた。
まさに数の暴力に任せた野蛮な突撃を見過ごすわけにもいかず、絶命した肉壁に向かって炎の斬撃を飛ばす。
命中するものの、既に後ろから次々と合流しているのか、肉壁は弾けるだけで押し返すことができない。
もはや元の魔物がなんだったのか分からないほどの赤黒いグラデーションを見せつけるその光景は、耐性の無い者が見れば吐き気を催し深刻な精神攻撃ともなっていただろう。
「やれやれ、壁を強化しようかねえ」
さらりと言ってのける老婆は右手を前に突き出し、壁に向かって
恐らく光魔法の上乗せだろう、その波紋に触れた肉壁が砂のように崩れて消え去っていく。
「多すぎる、壁が無ければどうなっていたことか」
「押し返すぞ、バルード」
ウィーポの言葉に頷いた彼は、何も持っていない手から周りの景色を映す透明の柄が生えて、それは
オルジェントの姿を
目の前には濁流のごとく壁になだれ込んでくる魔物の群れ。そんなおぞましい塊を目掛けて、彼は剣を横に振るう。
鈴が鳴るような澄んだ音が響いて横に一閃
雪崩のように後ろに倒れ込むその後方から、さらに後続の魔物が追撃するように参戦するが、力が
そして、最後のひと押しと言わんばかりに瞬間に膨張した衝撃波が破裂し、それまで鬼気迫る表情で押していた四足歩行の獣や合流できた二足歩行の亜人種を一蹴するように
ただただ呆然とそれを見ていた俺は、やがて自分を打ち震わす興奮が身体の中に出現したことを自覚し、強く模造刀を握り締める。
「撃てぇ!」
隻眼の英雄が号令し、それに従って統率の取れた魔法弾が後ろから撃ち込まれる。倒れ伏した魔物たちは着弾した火球に焼かれ、怒号なのか悲鳴なのか分からない声を上げて一瞬で消し炭になっていった。
「……来るぞ」
優勢に見えた状況の中、一人冷静に呟いたウィーポの言葉のあと、霧の中から
「ゴブリンキング……?」
二年前にノースヴァルトの森で乱入した、あの個体と遜色ない大型のゴブリン。あの時は夜だったから身体の色も良く見えてなかったが、一般的に緑色の体色をしている彼らと違い、キングは青に近い暗い色をしている。
ちょうど緑青色に身を染めたゲイルハウンドと同じ色だ。
異様なほどの存在感を放ち、光の壁の
「そんな馬鹿な!」
後ろから狼狽えるように聞こえた冒険者の声が人間サイドの心の声を代弁しているように思え、強ばりそうになる身体を強引に動かして状況の確認に
その数、全容は霧もあり掴めていないが、見えているだけでも五体は居た。盗賊とはいえ魔道具を武器のように扱った六人がかりでも勝てなかったあの魔物が、五体。
まだ経験が浅い俺でさえ、この状況が如何に絶望的で想定を超える危機なのかが分かる。そして、先程の冒険者の声が何よりの証明になっていた。
「狼狽えるな」
冷静さを崩さないウィーポが、構えていた剣を真っ直ぐ突き出し、狙いを定めるように正面の巨人へと向ける。
「アインスドナー!」
剣先から閃光が迸り、不規則に折れ曲がる青白い光がゴブリンキング目掛けて走っていく。それはあっという間に壁を超え、悠然と歩いていた奴の腹に命中した。
鈍い音と破裂するような乾いた音が同時に響き、でっぷりと出ていた腹にぽっかりと陥没した赤黒い巨大な点が生まれる。
遅れて自分の腹を見下ろしたゴブリンキングは
「ウィーポに続け!」
斬撃をして水の刀身を消滅させていたバルードが叫び、再び彼の手には同じ剣が握られる。
それを確認した俺も奮起し、再度壁に迫る魔物の集団目掛けて炎の斬撃を飛ばす。
「マウドフレイム!」
マギの声が聞こえ、炎の斬撃を包み込んで翼のような形を模した魔法が魔物に命中し、勢いを止めないまま真っ直ぐ突き抜けていく。
「おー! 流石リオンくん、斬撃が強力だから魔法の乗りも違うね!」
浮かれた声を上げる彼女は、流石場数を踏んでいるということか。振り向いた俺に催促するように、次の斬撃に備えて両手を出して構えている。
「マオアーフレイム!」
負けじと言わんばかりにゴカゴの声が聞こえ、光の壁に張り付くような炎の壁が現れた。
というか、この二人は後方で戦うはずなのに何故こんな前線に来ているのか。
そう考えながらも、三度目の炎の斬撃を飛ばす。
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