回想と決意
彼の話を要約すると、こうだった。
まず、ディスティニオル歴で言うと219年、今から二十九年前に第一次魔道具戦争が起こった。その少し前に魔道具が出回りだしたそうだ。
北の国モダンノストと戦争を始めて四年経つと、内乱が発生。多分、ファアムが街を追われたのもこの時期だろうか。
ドルバは首都からの脱出を試みるが、周りに魔物が溢れ返っているのに気づいて断念。内乱により物流が止まり長きに渡る食糧難だったが、それも俺の父が救ってくれたらしい。
ウィーポの話の通り、村を助けていた父は見返りとして街への食材仕送りを提案したそうだ。道中を行く仕送りの馬車に護衛を付けさせて、フォーテインの住人は守られていた。
そのあとも
仕切り直した彼は、城の周りに怪しげな連中が出入りする話をしだして、俺は真っ先にヴァルハラを思い浮かべる。
何度か密会を重ねたと言っていたから、その時期からなんだろう。
そして、今から十七年前にあたるその日に、首都であるフォーテインが魔物に襲撃されたという。守る兵士は騎士団のみで、それもほとんど王を守っていたと聞く。その中で助けに来たのはケリウスただ一人だったと彼は言った。
光の力を使いこなし、壁で魔物を食い止めた後に城に戻り、数時間後に戻ってきた時には大怪我をしたウィーポを担いでいたらしい。
ドルバたちは生き残りと共に父に付いて行き、フォーテインを東へ。途中魔物を蹴散らしたり、村から援助を受けながらひたすら東へ行き、やがてハヴェアゴッドに着いたそうだ。
そこから彼の身の上話が長くなるが、再び仕切り直しが入る。
彼は父と共に西からやってくる魔物を討伐して、ギルドの冒険者として生活していたらしい。そうしているうちに、フィオルがハヴェアゴッドに訪れる。彼の事を
フィオルと共に居たのはプリモア・オルディアというペリシュド出身の魔法使いで、俺と同じ赤い髪をしている女性だった。それはちょうどファアムから聞いた人物像と一致しており、俺はその人についてもっと聞こうかと思ったが、残念ながらそのあとのフィオルの暴走のせいでそこまで記憶に残っていないと言われる。
そして今、フィオルの話になってからマギとドルバの口論が始まり、
「フィオルさんはそんな人じゃない!」
「だーかーら、お前らの聞いた話は美化されてて、真実じゃねえんだってば!」
「嘘だ!」
頭を引っかかれて
普段の人懐こさからは想像もできないような凶暴な表情で
「俺からしたら、フィオルこそペリシュドにトドメを刺した奴だよ! そのせいで魔物が来ようと誰も派遣されることは無かった! そんな悪魔を止めてくれたのはケリウスさんだけで、なんとか此処もメオウェルクも無事で済んだんだ!」
酒が回っているのか呂律が怪しいドルバを落ち着けるために、フォクセスは彼を抑えたまま少しずつ離れていく。
「そんなの、信じない……!」
「マギ、落ち着け」
涙混じりの彼女はブカッツに宥められながら、荒い呼吸を繰り返す。
唖然としていた俺は、ゴカゴからの通信で我に返った。
「(どう思う? ドルバの話)」
彼女を一瞥するが、その視線はブカッツらに向いたままだ。その意向を尊重して、俺も同じように二人に目を向けながら魔力を飛ばす。
「(多分、ほとんどが真実だと思う。あの話だと、今のギルドで父のことを知る人たちは、皆がフォーテインから共に逃れてきたんじゃないかなと)」
「(じゃあ疑わしい話と言えば?)」
「(フィオルの件、だね)」
ケンジャさんの師匠であるフィオルは、メオウェルクだけではなく魔法使いの祖と呼ばれるほどの高名な人だ。仮にペリシュドを焦土にした話が本当だとしても、何か意味があってしたと思いたい。
「(どうする?)」
「(とりあえず、父の銅像の事だけ聞きたい)」
「(どうして?)」
「(なにかしらのメッセージが残ってないか見るために)」
とは言っても、時系列的に俺が産まれる前の話だ。俺の為に何かを
ふと、ウィーポの話していた光と闇の魔法についてを思い出す。時間を超越する話が本当なら、過去や未来を見ることも可能なんだろうか。
「ちょっとドルバさんのこと追っかけてきます」
「あ、おい待て」
「ブカッツさん、頑張って」
少女の応援を受けて、苦虫を噛み潰したような顔で俺たちを見送るブカッツは、再びマギへと集中する。
そんなに遠くへはいってないはずだ。フォクセスが向かった場所へ走っていくと、座り込んだドルバと傍らで見下ろす彼の姿を霧の中から見つける。
「ん? リオンくんか。マギは大丈夫だったかい?」
「はい、ブカッツさんが宥めてるはずです」
「……随分酔っ払ってるね」
ドルバの事を見下ろすゴカゴは、驚くほど冷たい声色で呟く。甲斐性無しのようにしか見えない彼は、ゴカゴの人生でそう出会ったことの無かった人種なんだろう。
もちろん俺もこういう人は初めてだが、苦労した人はお酒を飲んだら大体こうなるのは知っている。
「多分、光の壁を張るのに成功したリオンくんを見て、自分を助けてくれたケリウスさんと重なるものがあったんだろう。普段の彼はこんなでは無いからな」
苦笑しながらも、きちんと彼の事を立てるフォクセスはやはり心優しいと感じる。対してゴカゴは随分と冷たい目で、蚯蚓脹れの浮かんだ頭を見つめていた。
「あの、ドルバさん」
「あー?」
「父の銅像ってどの辺にあったんですか?」
「……さあなぁ、街がこんなになっちまってからはもう忘れちまったよ」
「そうですか……」
思わず肩を落とすも、他の人に聞いたら分かるかもしれないという思いで持ち直す。
「(もうこんな人ほっといたら?)」
どうやら彼女は、酒に溺れる大人が嫌いなようだ。ツンケンした通信に表情を歪めそうになるのを
「ああいう人、好きじゃない」
「酔っ払ってるところが?」
「ううん、何かのせいにして生きているところが」
俺は口を
彼は話してはいないが、故郷を追われたということは家族とも
「あれだけを見て、全て判断するのは早いと思う」
並んで歩く彼女の返答は無い。
「確か、魔力を飛ばせばいいんだよね?」
「……ええ」
試しに俺は手を向けて、風を掻き分けるような魔力を飛ばした。
砂埃と共に階段が現れ、安堵して小さく息を吐く。
「行こう」
階段に先行した俺は、喧騒に包まれたギルドへと戻ってきた。
相変わらず冒険者からの視線を受けるが、さっきまでと違って近寄っては来ない。ブカッツの存在が大きいおかげか。
「父さんのことについて聞いてくる」
重い空気から逃れるようにゴカゴに告げて、周りに居る人へ手当たり次第に尋ねていく。ドルバと同年代くらいの人を中心に聞いていくが、誰も銅像の場所までは知らない。
「なんで銅像の場所を知りたがるんだ?」
「父の
訝しげな男にそう答えたものの、段々と諦めの方が勝ってきていた。魔物が来ることが噂で広まりだした場内ではそれどころでは無さそうで、慌ただしく動き回る人で溢れている。
これ以上はただ迷惑なだけだろう。ゴカゴと合流したあと大人しくギルド中央周りのテーブル席に座り、バルードたちを待っていた。
「ねえ、リオンのお母さんってどんな人か覚えてるの?」
機嫌を直したように、隣で背もたれに倒れているゴカゴが尋ねる。その姿に安堵して身体の緊張を解いたあと、前に向き直して視線は机に落としたまま答えた。
「母さんは、俺が小さい時に亡くなったと聞かされてるんだ。だから、話の中だけでしか聞いたことがない」
「そうなんだ」
母のことは父より知らないかもしれない。ゴカゴは返事とは裏腹にこちらを真剣に見つめていて、自然と続きを促しているように感じた。
「父さんがよく話してたのは、太陽のような人ってことと、俺の髪色が母親そっくりだということかな。でも、父さん自身もお前は俺に似ているって張り合うようによく言ってたよ」
「ふうん、リオンのその髪はお母さん譲りなのね」
そう言われて、俺は自分の髪の毛を触る。首元まで伸びている髪は、そろそろ短く切りそろえたいくらいには伸びている。こめかみ部分もよく伸びており、普段はこそばゆいのを我慢している始末だ。
「そう、だね。だから、自慢の髪色だと思っているんだ、まるで母さんの形見みたいでさ」
「……名前は聞いたことないの? お母さんの」
「そういえば……無いな」
父はいつも、母の名前を呼ばずに濁していた気がする。
「ドルバの話で出てきた人は、どう思う? オルディアって人」
「……もしかしたらそうじゃないかなとは思ってる。それに、赤い髪って今のところ見たこと無いし、珍しいのかもしれない」
思えば、誰かと会うたびに髪のことを言われたような気がする。
父の手掛かりもそうだが、これからは母の手掛かりも
「なんだ、ずっとここに居たのか?」
隻眼の主バルードに声を掛けられて、事情を説明する。その後ろにはガルマとウィーポがおり、俺の話を聞いた彼は気難しそうに眼帯を掻いた。
「そうか、父親の過去のことを聞いたんだな。だが、おかしいな。フィオルの話は私の知るものとは違う。確かその話をしたのはドルバだったな」
「はい」
「(ドルバって人、そこだけ嘘をついてるのかしらね)」
ゴカゴと共に立ち上がって彼の話を聞いていた俺は、隣に立つ彼女からの通信を受け取る。その可能性もあるが、何のために嘘をつくのかが分からなかった。
やがてロディジーも合流し、ギルドのみんなを中央に集めるバルード。集まってくる彼らの眼差しは闘志に燃えており、ギルドマスターが話す前から覚悟の決まった面持ちをしていた。
「何回も集めてすまない。本当は宴でもしようかと思ったが、どうやらお客さんは待ってくれないようだ」
おどけたバルードの台詞に、笑いと野次が飛び交う。彼の
その様子を見ていたウィーポは肩を叩き、観衆の中の一部を指差す。
そこにはブカッツらが立っており、強ばる俺の顔を見てマギとフォクセスが笑っていた。
おかげで緊張が
「さて、皆にはもう伝わっているだろう。ここに居るリオンにより、光の壁が作られた。
そうだそうだと熱気が籠る歓声と共に、段々と場内は盛り上がっていく。狂気的な視線を向けられた俺は、目を逸らすようにバルードの背中を見つめ続けた。
ガルマさんとは違ったカリスマ性を持ってハヴェアゴッドを治める彼は、周囲を見渡しながら満足げに頷いて続ける。
「そして我らが勝利した
揺れるような歓声に包まれ、自然と身体の底から熱が込み上げてくる。何でもやれそうな万能感にも似たその感覚は、攻めてくる脅威への恐怖を薄れさせた。
「此処に居るのはタンジョウの代表者たち、そのギルドマスターであるガルマによると、明日の
そう締め
「役者よのう、バルードよ」
「よしてくれ、本当は俺だけで食い止めたいのが本音なんだ」
「さぁさ、明日に備えて寝ようかねえ。ばぁばはただの宿屋で寝ることにするよ」
未だに歓声が上がり興奮冷めやらぬ中で行こうとするロディジーをバルードは止めて、特別な部屋に全員を案内すると告げた。
冒険者の輪の外に出ていく間、何回も肩を叩かれたり期待の込められた眼差しを受ける。流石にゴカゴにはロディジーが守るように立ち塞がっていた為、誰も近づくことは出来なかったが。
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