安らぎのひととき

安らぎのひととき

 ギルドに舞い戻った俺たちは、ブカッツが睨みを利かせていた為に誰からも声を掛けられる事は無かった。

 皆が集まっていた時もそうだが、どうやら彼には発言力があるようで、ギルドの中では一目置かれている存在であることが窺える。

 ただその一方で、ドルバや他の人から父の話を聞きたい願望もあった。さっきみたいに囲まれるのは御免ごめんだけど。


 入り口の階段を出て左に曲がり、そのまま行くといくつかの店が構えられている。出店のような形式を取っていたり、中に座れるような建物になっていたりと、タンジョウの街で見かける店とそう変わらないやり方で賑わっていた。

 その中の一店舗に入場し、壁際のすみにあるテーブル席に俺たちは案内される。入るなり店員に何かを伝えたブカッツによる計らいだろう。


「まったく、ケリウスの息子だと知った瞬間に色めき立つ奴らばかりたあ、うんざりするな」

「そうなのか? リオンくんが?」


 ブカッツと俺を交互に見やるフォクセスは、珍しく黒目を覗かせて動揺している。

 その首と肩は先程まで素振りをしていた証拠に形が分かるほど隆起りゅうきしており、スラリとした印象からは想像できないほどの熱を放っていた。


「まあでも、此処で英雄視されるのも無理ないわよ。だって、あたしたちが来た時は銅像まで建ってたじゃない」

「え、そうなんですか?」

「ええ、ここから西に行くまでの道にあったわよ。見ての通り、魔物に荒らされてしまって跡形も無いけれど」


 なるほど、彼らが来た時はまだ存在していたということか。もしかしたら、その下に何か隠されてたりして。


「この地に長く住んでいる者なら、詳しい場所も覚えてるんじゃないか?」


 考え込む俺の様子に、気を利かせたようにフォクセスの助言が飛んだ。


「まあとにかく、飯を食ってから行動しろ。特にリオン、力を使ってクタクタだろうが」


 言われてみればそうだ。本来、ちょっと走ったくらいじゃ息切れなんかしなかったはず。自分の疲れに対して無頓着むとんちゃく過ぎるのは少し問題か。


「ありがとうございます」

「……ん? まさかとは思うが、金はあるよな?」

「ありますけど、何か?」


 とげのあるゴカゴの言葉が大男に突き刺さり、それ以上彼は続けなかった。


「何言ってるの、せっかく同席したんだからあたしたちが払わないと顔が立たないでしょ?」


 横からブカッツを小突くマギは、こちらに向かってウィンクをする。フォクセスは困ったように笑いながら、一層目を細めていた。

 しばらくして出てきた料理はタンジョウのと比べて辛口で、標高の問題で他の街と比べて気温が低いこの土地柄に合わせて、身体が温まるようにと敢えて辛くしているそうだ。


 最初は汗が出て止まらなかったが、次第にそれが癖になってきていつの間にか平らげていた。さらに、デザートと称して冷たいシャーベット状の食べ物が半月の器に入って出される。それをすくって食べる為の金属の食器が刺さっており、白くて丸い食べ物からは冷気が立ち上っていた。


「これは一体……」

「クレアムと言って、高い山限定で採れるグレスノーという身を細かく削ったものを固めて作られたものよ。素材の味に甘味を混ぜ込んでいるから冷たくて甘いの。辛い料理のあとにぴったりよ!」


 明らかにマギの好みで注文されたクレアムが、全員に行き渡る。中でもマギのものだけは、三色それぞれ違う色のクレアムが団子状に重なって、豪華な塔が器の上で建設されていた。

 それをじとりとした表情で横目にするブカッツとフォクセスは、苦言を飲み込んでそのままクレアムを口に運ぶ。


 俺も同じように食べてみると、想像以上の冷たさにしばし固まってしまった。まるで氷を食べているような、そんな原始的な感想が生まれる。そのあと、雪解けのように甘味が押し寄せ、もう一度食べたくなるような後味を残して去っていく。


「……美味しい」


 ゴカゴも気に入ったようで、夢中になって口に運んでいる。女性の方がこの手のものは好きそうだけど、意外とブカッツもフォクセスも滞ることなく食べ切っていた。

 量もちょうどいい。まさに食後にぴったりの一品だ。タンジョウではスタブさんの料理で舌が肥えたと思い込んでいたが、まさか此処で新しい味覚を刺激されるとは。


「美味しかったでしょ? ミーロの実も食べたくなるけど、あたしはこっちの方が好きかな」

「あっ」

「どうしたの?」


 ミーロの実で思い出したが、そういえばスタブから貰ったのを完全に忘れていた。空間魔法で仕舞っていたとはいえ、生物なまものだからもしかしたらもう腐っているかもしれない。


「えっと、実はタンジョウからつ前にスタブさんからミーロの実を貰ってて……」

「え! 本当?」


 喜ぶマギを前に、俺は恐る恐る腰のカバンに手を伸ばして魔道具を取り出す。そして魔力を流して、ミーロの実を強く念じながら空間の中に手を伸ばして引き抜くと、巨大なミーロの実が入れた時のままの状態で現れた。

 それを見て安堵した俺は、得意げに掲げる。


「おお、こんなに大きなものは初めて見た」


 感心するフォクセスは声を上げ、ブカッツは無言で実を見据える。


「食べても大丈夫なの?」

「ああ、どうやら空間魔法で保管しているものは時間が進まないみたいなんだ」

「あら、知らなかったの?」


 目を丸くしたマギが呟く。そういえば彼女は空間魔法を使えるんだった。


「空間魔法って、どの属性の組み合わせで使えるんですか?」


 ゴカゴの質問が飛ぶ。確かにそれは気になる内容だ。


「あれは組み合わせというより、資質ししつ次第と言ったところね。あたしが扱えるのは火と雷だけど、イメージしたら出来ちゃったの」

「イメージ……想像力だけで、ですか?」

「そう。それよりも、それ、食べたいなあ」


 掲げる実を指差して、教えた報酬をと言わんばかりに笑みを浮かべる。仕方ない、出した以上はもう食べてしまおう。


「どう切り分けよっか」

それがしが五等分しよう、貸してくれ」


 名乗り出たフォクセスに実を渡すと、彼は懐から小刀のような武器を出して、実を宙に放ったと同時に目にも止まらぬ速さで得物を握った左腕を動かした。

 重力に従って机の上に落ちたミーロの実は切られたことすら気づいていないのか、果汁を出さずに五等分に割れる。


「料理人になっても活躍しそうね、フォクセス」

「それは褒めてるのかい?」


 各々が実を手に取ると、忘れていたかのように果汁が流れ出し、慌てて口に含んだ。五等分されてようやく通常サイズと言ったところか。

 仄かな甘みと喉を潤すほどの果汁が流れ込み、満腹であるはずなのに食べる行為が止まらない。クレアムの犯罪的な甘さを、自然の恵みがもたらす甘味で洗い流していく。


「うめぇな……」


 ずっと黙っていたブカッツは一言だけ漏らし、黙々と実を食べていた。二年間タンジョウに戻れていない彼らにとって、郷愁きょうしゅうに駆られるのは当然だったんだろう。

 最後はしみじみと食べ終えてようやく店を出ると、ドルバが俺たちに気づいて近づいてくる。


「ドルバじゃねえか、何の用だ?」

「おう、ブカッツ。なんだ、この子と知り合いかい?」

「そうよ、あたしたちは同じタンジョウ出身ですから」


 マギの言葉に感動しつつも、彼の目的は俺だろうと一歩前に出る。


「あの、ドルバさん。あの時はその、沢山の人に囲まれちゃって逃げてしまいましたけど、良かったら父の話を聞かせてくれませんか?」


 遠巻きから無遠慮な視線を感じるが、ドルバに頭を下げたのが意外だったのか、近くの人とひそひそ話しているのが窺える。


「お、おういいぜぇ。そんなにかしこまらなくてもいいのにさぁ」

「お前はいいかもしれんが、周りの奴らは遠慮というものを知らなさそうだぞ」


 一斉に顔を背けるギャラリーを見て、心に小さな光が灯るような安心感と共に、感謝の気持ちで表情がやわらいだ。


「ああ、あいつらもケリウスさんに恩があるから、その息子の事が気になるだけなんだよ。俺と同年代の奴らはみんなそうさ」

「とりあえず、場所を変えないか?」


 ドルバの肩を叩くフォクセスは、珍しく先頭切って歩き出す。その後ろ姿を見て、マギは耳打ちするように呟いた。


「あの人、人の視線が嫌いなのよ」


 繊細な印象の通りだ。続くブカッツに引っ張られるように、ゴカゴと並んで歩き出す。確かに周りを見ると、ドルバとそう変わらない年齢の人が多い。そもそも、ハヴェアゴッドの冒険者全体の年齢層が高いとも言える。

 彼らの眼差しは羨望のものが多かったが、圧も感じていた為あまり見ないようにした。


 道中の出店で飲み物を購入し、ドルバ含む六人で再び外へ出る。ギルド内は基本何もかも筒抜けなので、本来危険なはずの外に出るというよく分からない展開を繰り返している。

 とはいえ、今はガルマやウィーポ、ロディジーさんも居るから、この近くにいる限りは安全だなと心から思えるからこそ出来ることだろう。


「立って話すのもあれだから、特製のやつを出すわね!」


 全員が地上に出て、マギが早速空間魔法により椅子を次々取り出した。容量は魔力次第なんだろうけど、こんなものまで入れているのは流石冒険者だなと思わされる。


「あたしたち、依頼の間は野宿もあるから、予備含めてこういうのは揃えてるのよ」


 そう言って、最後に折りたたみの机を取り出して、飲み物を置けるように設置した。


「助かるよ」

「どういたしまして」


 六人が座り、右隣のゴカゴがこちらを一瞥する。なんだろうと首を傾げるが、次の瞬間、耳飾りのフォーンを通して彼女の言葉が入ってきた。


「(あまり人を信用しないようにね)」


 アステマインやオルジェントの件から、彼女は警戒しているんだろう。ドルバはともかく、この三人は信用できると思うんだけど。


「よーし、じゃあ乾杯!」


 酒を購入しているドルバが景気よく叫ぶが、誰も応じずに黙って一口を終えていく。「つれねえなあ」とぶつくさ言いながら半分ほど一気に飲んだ彼は、気持ちよさそうに息を吐いた。


「さて、何から話そうかな。そうそう、逆に何が知りたい?」


 その質問は有難い。俺はできるだけ必要な情報を整理して、口に出していく。


「いつ、父と知り合いました?」

「知り合った時期だと、えーと俺が三十四の頃だから、十七年くらい前だな」


 十七年前に、父はハヴェアゴッドに居たのか。そうなると、ヴァルハラと戦ったのも同じ年か。あれ、そうなると西の国が滅んだのっていつなんだろうか。


「あの、ペリシュドっていつまで存在してました?」


 眉間に少し皺を刻んだドルバは、溜めを作って答える。


「……十二年前だな。俺ぁペリシュドの首都であるフォーテインって街の出身なんだ。でも、フィオルって奴が魔物とドンパチやった結果、ぜーんぶ焦土になっちまったよ」

「それ本当?」


 いつもは温厚なマギが、ひりついた空気を纏わせて彼に問いかける。ドルバは髪の無い頭を撫でて、「本当だ」と答えた。


「でも、西の国が滅びたのは魔物の仕業だって」

「それは、誰から聞いた話だ?」


 そう言ったドルバの目が据わる。


「えっと、伝承でも伝えられてるし、本にも載ってる。あとは、フィオルさんの弟子であるケンジャさんも言ってました」

「……なるほどね。道理どうりで此処に誰も派遣されないわけだ」

「なに勿体もったいぶってんだ、はっきり話せ」


 痺れを切らしたブカッツが、机を乱暴に叩きながら彼を見下ろす。

 しかし、ドルバはひとつも臆せずに、逆に大男を睨みつける。


「お前たちが何を聞かされて、何を学んできたかは知らんが、あの時助けに来てくれたのはケリウスさんだけだったよ。ウィーポさんも居たけど、あの人は傷が深くてな。特に頭半分を覆う火傷は一生治らないのかと思っていたよ。ケリウスさんがハヴェアゴッドに残ったあと、彼は王都へと送られていった。多分人質としてじゃないか?」


 彼は言い終えて、再び酒を煽る。特徴的な髪型だと思っていたが、あれは火傷によるものだったのか。綺麗に治っているけど、一体誰が治したんだろうか。


「それはともかく、次の質問は?」

「君が知っている歴史について話してほしい」


 真剣な表情のフォクセスは、目を開いて彼を見据えた。なにか思うことがあったのか、鬼気迫る表情にも見える。


「長くなるぞ」

「構わない、リオンくんはどうだ? 先に聞きたいことは?」


 微笑みながらもこちらに窺ってくれる彼に、首を振って応える。俺も歴史に関しては気になっている。それに、何故ケンジャさんやクリストさんが知る伝承が違うのかも知りたい。


「そうか、じゃあまずは戦争のきっかけからだな」


 いつもよりも濃い霧が覗き込むように立ち込める中、ドルバは重い口を開く。

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