父の軌跡

 先頭を行っていたウィーポは気を利かしたのか、敢えて彼らを素通りし、それを見送ったマギはこちらを向いて声を潜ませながら尋ねてくる。


「上手くいったの?」

「はい、なんとか」


 それを聞いたブカッツの耳が僅かに動いたが、表情は相変わらずの不機嫌顔だった。


「ふん、あれだけ大見得おおみえ切ったんだ。成功して当然だろう」

「まーた、素直じゃないんだからあなたは」


 呆れたように身体を押される大男は、鼻を鳴らして顔を背ける。それを見て顔をほころばせていると、後ろに居たゴカゴがフォクセスの所在について話題に出した。


「あの人は日課の素振りをしに地上に居るよ。こうしないと身体がなまるって言ってね」

「それは凄いですね……」

「おま……リオンも行けばいいじゃねえか」


 お前と言いかけたブカッツは、ゴカゴの方を一瞥いちべつして言い直す。


「あはは、ブカッツ。前に怒られたことまだ気にしてるんだ」

「うるせぇ! 俺は学習能力には定評があるんだよ!」

「まあ確かに、ねぇ」


 一見すると面白いやり取りだが、今日こんにちまで彼らが生き延びているのがその証拠なんだろう。誰が欠けてもパーティーは成り立たない、そう思わされる三人だ。


「それより、バルードさんに報告は良いのか?」

「あ、はい。してきます」

「ゴカゴちゃんもお疲れ様! 今夜は宴よ!」


 宴と聞いて、教会での夜を思い出す。あの日は結局、まともに参加できなかったな。

 感傷にふけっていると、ブカッツとマギの視線が俺の後方へと向き、釣られて振り向くとガルマとロディジーさんがギルド入り口から現れていた。

 特にガルマの壮年の顔に刻まれた皺は険しく、なにやらかんばしくない情報を仕入れたかのような面持ちだ。


「おお、お主らも居たのか。ブカッツに、マギよ」

「酷いぜガルマさん、俺たちも一緒させてくれないなんて」

「それはすまなかったな、じゃがお主らがおるからこそ儂らも安心して出向けるものよ」


 へえ、ガルマさんと話す時のブカッツはこんな感じなのか。珍しいものを見たように彼の顔を眺めていると、がんを付けられた。


「それよりも、リオン。光の壁は見事じゃったぞ! あれがあれば、明日は何とかなるだろう」

「明日、ですか?」


 そう尋ねると、微笑んでいた彼は口角を下げて、厳しい目付きで話し出した。


「こちらに向かってきている魔物の軍団がおる。ここから遠く離れた位置からじゃが、あの速度だと明日には着くだろう」


 重い口調に、場の雰囲気は一気に緊迫きんぱくした。気づけば俺たちの帰還に気づいた冒険者たちが周りに居て、彼らも同様にガルマの次の言葉を待っている。


「とりあえず、バルードの所に行こうかねぇ。立ち話はばぁばにはこたえるよ」


 おどけるロディジーは俺たちの間を通り、中央の受付まで歩いていく。

 それを見送ったガルマと目を合わせると、彼は小さく頷いた。


 皆で中央に向かうと、既にウィーポとバルードはテーブル席にてこちらを待ち構えていた。そして、俺を見つけたバルードは労いの言葉を掛けてくれたあと、ガルマの報告を受けてうんざりするようなため息を吐く。


「早すぎる。本能でこちらの動きを感じ取ったか」

あるいは、意図的にこちらに仕向けた存在が居るか、だな」


 席に座る二人は言葉を交わし、バルードは立ち上がってある部屋へと案内しようと提案する。

 その際に後ろに居た冒険者たちは示し合わせたように解散し、残ったのはブカッツとマギくらいだった。

 

 連れてこられた部屋の中は入った瞬間から奥に縦長い長方形の机があり、その周りに肘掛け付きの椅子が十二席ほど設けられている。それ以外は特に何も無く、特筆とくひつすべきものはない。恐らく集まって話し合う場なんだろう。


「流石にあいつらの前では話せない。不安にさせるだけだからな」


 そう言いながら、各々へ着席するよう促すバルード。奥から年齢順に座り、俺とゴカゴは入り口に一番近い側の席に並んで座った。

 一番奥の席にバルードが座り、ゆっくりと全体を見渡したあと両肘をついて手を組み合わせ、手の上に顎を乗せる。


「さて、今回の大行進スタンピードについてだが、リオンの築いた光の壁を利用しようと思う。そこで、光の壁について聞きたい」

「そうさね、まずあれは魔物を浄化する力がある。並大抵の子なら通ることすらできねえさ。問題は大きな子だねぇ。魔石を蓄えるほどの子だと浄化する前に通れてしまうし、場合によっては壁そのものを破壊されるぞい」


 具体的な壁の性能に関しては、恐らくロディジーさんの方がよく知っているはず。

 流暢りゅうちょうに答える老婆の横顔を見ながら、無意識に頷いていた。


「なるほど、強力な壁だな。リオン、ロディジー、改めて壁の作成に感謝する。あとは、空からの攻撃は防げるだろうか?」

「バルトゥルみたいなのは普通に乗り越えてきおったぞ」


 肩をすくめるガルマに対して、斜め前に座るウィーポがバルードに案を出した。


「……乗り越えた魔物を迎撃するように冒険者を配置させたらどうだ?」

「検討しよう」


 視線だけ向けた彼は案を受ける。本格的な作戦会議を前に、俺の出る幕は無さそうだ。


「リオン、光の力は明日にはちゃんと三回使えるか?」

「あ、はい!」


 三回とは言っているが、運用方法次第ではもっと上手くやれるはず。


「ゴカゴは癒しの力があると聞いているが、それは無制限に使えるのか?」

「いえ、あれは生命を魔力に変換しているようなものなので、使いすぎると死に至ります」

「ほう、まるで結果が分かっているみたいな言い方だな」


 意地の悪い言い方に思わず立ち上がりそうになるが、マギが強く咳払いをしたあと代わりに立ち上がった。


「バルードさん、ゴカゴちゃんの事をあまり知らないならそれ以上突っ込まないでね。ここに居る皆が怒るから」

「……分かった」


 組んでいた手を離すほど呆気に取られた隻眼の男は、右目で周囲の様子を確認したのちに重く返事した。

 知らないなら無理はない、が許されることでもない。ちゃんと発言してくれたマギに、信頼の眼差しを向ける。


「バルード、そもそもこういう仕事は儂ら大人がこなす事じゃろう。子供に酷な役割をさせるのか?」

「そんなつもりは無い。君たちが来てくれて大いに助かっている。主に壁の件でな。だが、大行進スタンピードを何回も経験している我らにとっては出来るだけ戦力を把握しておきたいんだ。例え後方で支援をさせるにしても、だ」

「俺は、前で戦えます」

「……私も」


 ここで大人たちの親切を受け取って、はいそうですかとは引き下がれない。


「おいガキども、お遊びじゃねえんだぞ」

「いつまでも子供扱いしないでください、ブカッツさん」

「ああ?」


 横に居るブカッツは大声を上げるが、マギはすかさず彼を宥める。彼の言いたいことも分かる。ああ見えて心配してくれているんだろう。だけど、危険を承知で来ている以上甘えてられない。

 俺は前傾姿勢で机の上に身体を乗せて、一番奥に座るガルマの方を見つめる。


「ガルマ坊もバルードも、難しく考えすぎさね。戦うことを禁止するんじゃなくて、ばぁばたちが戦いながら守ればいいだけの話よ」

「それはそうじゃが……」

「うむ……」


 意をんでくれたロディジーさんは、俺とゴカゴの参戦を取り決めてくれた。


「ふっ、過保護な奴らだ。こいつはケリウスの子だぞ、バルード」

「なに、ケリウスの……?」

「なんじゃ、知らんかったのか」


 驚いたのはバルードだけではなく、マギとブカッツもまた表情を固まらせている。やはり勇者としての父の名前は有名みたいで、同時にその子供だという事実は衝撃的だったんだろう。


「なるほど、全ての辻褄つじつまが合ったよ。その光の力、ケリウスのものか。あいつは元気にしているのか?」

「父は……俺を守るためにヴァルハラに……」


 言い淀んでしまった俺は、再びあの光景を思い出す。消えない復讐の炎は二年前と比べて大人しくはなっていたが、未だ心の奥底で燃え盛っていた。


「そうか……」


 彼もまた、父を知る者なんだろう。組んだ手に力が入って震えており、食い込んだ爪からは血がにじんでいる。


「前言撤回だ。リオン、君も前線で戦ってくれ。ケリウスの光の力なら私は安心して任せられるし、全力で君を護ろう」

「ありがとうございます」


 組んだ手を机に着き、頭を下げる彼に対して俺も同じ動きを返す。

 その後、具体的な陣形の話や計画を打ち合わせて、バルード、ロディジー、ガルマ、ウィーポ以外は部屋から退出する運びになった。


「おい、リオン」


 部屋から出て歩いていると、横に並んだ大男の腕が視界に入り、ブカッツの顔を見上げた。


「なんですか?」

「……ガキだと言ってすまなかったな」


 照れ隠しなのか、人差し指で鼻の下を擦りながら、目も合わせずに彼は言った。その時、後ろにマギの姿が映り、その顔が悪戯を思いついた子供のような表情をしているのに気づく。


「あらあらブカッツさん、この子の父親がケリウスだと知って早くも変わり身かなぁ?」

「てめぇ、ぶっ飛ばすぞ」


 周りに居る冒険者はケリウスの名前を聞いてザワついていたが、俺は二人のやりとりを見て素直に笑いが込み上げてきた。

 多分彼はそんなつもりでは無くて、彼なりの哀悼あいとうの意を示してくれたんだろう。


「おいマギ、フォクセスにも話を通すぞ。あの素振り馬鹿は、いつも肝心な時に居ないからな」

「はいはい、照れ隠しね」


 夫婦漫才めおとまんざいのような掛け合いをしながら、二人は地上への階段へと向かう。

 ゴカゴと取り残された俺は彼女と顔を見合わせて、食事でもしようかと歩き出す。

 霧のせいで太陽の位置が掴めない故に時刻の感覚が掴めていないが、だいぶ腹が減っていたので恐らく昼付近だろうか。


「なあ、リオンだっけ? 光の壁の」


 二人で歩いていると、突然横から話し掛けられた。髪を剃りあげており、額と頬には傷が二つに頬はけている。元々そういう顔なんだろう、身体は程よい筋肉が付いているのが窺えて、歳を取ってそうな見た目の割には若々しい肉体を持ち合わせている。


「はい、そうですけど」

「俺ぁ、ドルバってんだ! なあ、ケリウスの息子ってのは本当かい?」


 相当に声がでかい男だ、顔をしかめそうになるのを我慢しながら質問に対して肯定こうていする。

 すると、急に感極まったような表情でこちらを見つめた彼は、握手を交わそうと手を差し出す。


「俺ぁ、お前の父親に、命救われたんだ」


 握手を返すと、固く握り締めてくる。そして、その声を聞いたであろう冒険者たちが続々と周りに集まってくる。


「兄ちゃん、光の壁は上手くいったか?」

「はい、上手く行きました!」

「流石はケリウスさんの息子さんだ!」

「いやあ、俺は最初から上手くいくと思ってたんだよ」


 やたらと囲まれて会話が繰り広げられて困っている俺の手を、ゴカゴが握って輪の中から抜け出した。


「あ、おいちょっと!」


 ドルバが何かを言いかけていたが、人の間を縫うように進んで入り口の階段を駆け上がり、地上で息を切らしながらしばらく地面と睨めっこをしていた。


「ありがとう、ゴカゴ」

「……あの人たち、なんか嫌な感じがした。まるで貴方の父親の功績みたいな言い方をしてたわ」

「流石にそこまでの意図は無いと思うけど……」

 

 ハヴェアゴッドの街を守る彼らの体裁ていさいの為にそうは言ったが、確かに良い気分はしなかった。父の名前を知った瞬間目の色を変えていたのは事実だし、彼女の言うような気配を感じたのは確かだ。

 改めて、彼らにとって父は英雄だったんだなと思わされる。


「私は、自分を変えようとした人の努力を無視する人は全員信用できないと思ってるから」


 それはきっと、彼女が持つ信念というものなんだろう。白い肌を紅潮させて、こちらを見つめたゴカゴにドキリと胸が脈打つ。


「あれ、何してるのゴカゴちゃん。それにリオンくんも」


 ちょうどそこには、フォクセスと合流したブカッツとマギが立っていた。


「なんだ、飯屋ならギルドの中しか無いぞ?」

「あ、いや、えっと」


 この人たちの手前で、冒険者たちから逃げてきたなんて言いづらい。彼らにとっては戦友なんだから、悪く言われるのはきっと良い気分では無いだろう。


「何かあったんだろう、息を切らしているあたり逃げてきたような印象だ」

「ああ、逃げる? 誰から逃げるってんだ?」

「あれでしょ、光の壁作るのに成功したから、囲まれそうになって逃げたとか」


 マギの推測はおおむね当たっていたため、俺たちは何も言わずに彼らなりの結論が出るまでに息を整えていた。


「なるほどな。おい、飯にするなら一緒に来い。変な奴らが寄ってきたらぶっ飛ばしてやる」

「随分と面倒見が良くなったねえ」

「うるせっての!」


 ちょうど顔を綻ばせるフォクセスの表情とシンクロした俺は、彼と見合ってはにかんだ。

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