光の壁と予感

 外に出ると腕を組んだウィーポと、待ちくたびれたような仕草をするガルマが待っていた。

 にやりと笑うタンジョウのギルドマスターに茶化されたが、庇うようにゴカゴが前に立ってくれたお陰で助かった。

 五人揃った俺たちは街の外周を目指す。狙いとしては、街全体の土地をすっぽり囲ってしまおうって所だった。もちろんそんな大規模な力を使えば、三回という回数関係無く俺は役立たずと化すだろう。


 それでもロディジーさんから貰った魔法の反動を抑える指輪があれば、身体が持たずに壊れるなんてことはないはずだ。

 それに、同じような事をタンジョウの街でもこなしてきたから。


「もし怪我したらすぐに言ってね」


 栗色の髪が揺れ、彼女特有の花の匂いがする。二年前と比べて生きる気力に溢れ、冷静ながらも力強い視線を送ってくれる彼女は、俺の心の支えでもある。

 クリストさんをうしない、喪失感に溢れていた彼女を果たして励ませていたかは謎だが、表面だけでは窺えない意志の強さというものをひしひしと感じていた。


「ありがとう、頼りにしてるよ」

「そろそろじゃ、準備はいいか?」


 先頭を行くガルマが振り返り、俺は深く呼吸をする。模造刀を手に持たずとも、光の力は引き出せる。だが、一度出せば戻すことはできず、生気が抜けていくような感覚が常に付き纏う状態となる。

 つまり、タイミング次第では自滅技にもなり得るのだ。


「……はい!」


 街の一番西の所まで辿り着く。多くの魔物に踏み荒らされて凸凹でこぼこの地面、草木すら見えない灰色の大地、遠くをかすませる濃霧のうむ

 死の大地と揶揄やゆされてもおかしくない有様だが、ここが西の果てだろうと判断したのは街を囲む城壁の跡が地面に見えるからだ。

 それは足首あたりの高さまで削られ、特徴的なほど横長く無ければ分からなかっただろう。侵攻の苛烈かれつさが見て取れて、俺は唇を横に強く結ぶ。


 この城壁の位置に、光の魔法で壁を作る。まずはこの一面だけだ。

 ロディジーが横に立ち、小さく頷く。振り向けば、腕を組むウィーポと腰に手を当てるガルマ、そしてその後ろで教会での祈りの仕草をしているゴカゴが映る。


「行きます」


 まずは魔力を練るのと同じように深い呼吸へ移る。父は模造刀には意思があると言っていたが、光の力を発動させる条件は二つ。

 ひとつは、危機的状況であること。もうひとつは、強く願うことだ。

 今は何一つ危機が迫っていない。だがどちらも俺の精神状態に依存しているのがわかっている。


 つまり、擬似的に自らを追い詰めればいい。その最も効率的で且つ確実だったのが、ヴァルハラを思い浮かべる事だった。

 ある意味仇敵きゅうてきに頼る形ではあるが、俺の中で最初に死を覚悟して、そして激情に駆られた瞬間でもある。

 思い出すだけで一つ一つの所作や表情に虫唾むしずが走る、それが皮肉にも力を誘発するなんてな。


 奴が巨大な闇の塊を振り下ろそうとした時の表情と、父の仇を討つ時の激情。それらを思い浮かべて歯を噛み締め、一気に視界を赤く染めていく。

 その瞬間、身体に強い衝撃が走り、一気に光り輝く魔法のころもに包まれた。

 準備はできた。


「安心おし、ばぁばが居るさね」


 ロディジーさんの言葉が後押しとなり、俺は両手を突き出して壁をイメージする。

 詠唱とは、何もただ技名を叫ぶ儀式ではない。魔法とは想像力、その想像力の手助けとなるのが詠唱というきっかけだ。

 あの日誓った思いを実現するために、俺は光の力に名前を付けた。


「リヒト!」


 両手に光が展開し、今にも爆発しそうなほどの魔力の膨張を感じる。


「デス!」


 ロディジーが横から俺の両手に手を置き、彼女の指輪が鈍く光り輝き始める。


「ケリウス!」


 最後の詠唱を終えた瞬間、眩い光が面の形に広がっていき、身体中の力が腕から抜け落ちていく感覚に襲われる。

 少しでも力を抜けば気を失い、光の壁は成らずに消え去るだろう。

 まだ放出の段階で力尽きるわけにはいかない。


「リオンや、大丈夫かい?」


 凄まじい光の奔流が腕に伝わり、それをじかに触っているロディジーはそれでもこちらを労わるように優しく問いかける。何も無い場所から風が吹き荒れているかのように俺の服と彼女の服は激しくはためき、それに伴い霧が晴れていく。

 勢いのあまりに腕が震えだして体勢を保てなくなる寸前で、老婆の補助が働いた。途端に身体が軽くなり、振動も収まっていく。


 夜の空に輝く星のように雄大にきらめいていた光は段々と収束し、半目だけ開けるのがやっとだった視界もようやく目の端から端まで広がる光の壁をとらえることができた。

 それはほんの少し黄色がかった白い壁のようで、反対側の景色が微かに見えるあたりかなり薄いのだろう。どこまでも続いている壁は、高さ自体はそこまで無いように見える。駄目だ、巨大過ぎて距離感が分からない。


 余裕が出てきた俺は壁を見て色々と考えるが、すかさず老婆の助言が飛んだ。


「リオンや、もう一息さね」


 そう、これで終わりではないのは知っている。

 今度はこの形を定着させねばならない。今はただ空に浮かぶ雲のように頼りなく儚い光でしかないからだ。

 再び、光の力を引き出していく。二回目だ。


「おおおお!」


 思わず叫び、全身を包んでいく光の反動に耐える。連続で何回もする事ではない。骨がきしみ、肉が裂けそうな痛みと、食べたものを戻しそうになるほどの圧力が掛かっていく。

 ロディジーから貰った指輪があってこれだ、右手の中指にめているそれの光を受けながら、両手へと光を流す。


「あれは、バルトゥルか!」


 後ろから野太いガルマの声がして、目だけで上空を見ると霧が晴れた空に黒い点がいくつも見えた。

 まさか、あれ全部が魔物なのか。ちらりと見ただけでは分からないが、百までは行かずとも五、六十は居るであろう規模だ。

 恐らく視界が良くなったことでこちらを見つけたのだろう、魔物の生息域である此処は群れは群れでも数が違いすぎる。


「こんな時に!」

「リオンや、落ち着きなさい。ガルマ坊に任せとき」

「……ロディジーさん、その呼び方はやめてくれい」


 流石のギルドマスターもロディジーさんには頭が上がらないようで、二人は力の抜ける会話を繰り広げる

 程なくして地面が一回揺れ、ガルマが魔法を使って上空に飛び立ったんだと察した。遠くからのバルトゥルの群れは点から段々とそのシルエットを明確にさせていき、それに立ち向かうように飛行する人影が近づいていく。


 その間にも壁を完成させるために、足踏みを一回挟んで体勢を整える。二回目の詠唱はゆっくりと心の中で、そう老婆から教えられた俺は呼吸も整えていく。焦っては失敗する作業だ、慎重に丁寧に光を壁へと伝えていく。先程のが濁流だとすれば、これは一筋だけ流れる清流だろう。


 遠くの方で、鈍い衝突音が響いてくる。接敵したガルマがバルトゥルを蹴散らしているんだろう。魔物たちに囲まれているようにも見えるが、一つ二つとその群れから墜落していく影が確認できた。

 

「その調子だよ」


 心を乱すとその分時間が掛かってしまう。もしバルトゥルがこちらに来たとしても、ウィーポやゴカゴが後ろに控えている。後ろを振り向く余裕は無いが、きっと魔物に備えているはずだ。

 光の壁を覆うように少しずつ伸びていく新たな光。ムラがあればそこから脆くなりやすいことは実証済だ。


 自分との戦いを繰り広げながら、正確さを一番に光をついやしていく。どれだけ完成したかはロディジーが教えてくれる。真剣な表情の彼女の合図を待っていると、近くまで来た数体のバルトゥルの鳴き声が頭上で響いた。


「アインスファイス!」


 すぐさま後ろで勇ましい少女の声が聞こえ、背後に熱源を感じたあと頭上から赤い光が降り注ぐ。状況を確認する余裕が無い俺は、心を乱さずにいるので精一杯だった。


「よし、これで仕上げさね!」


 ようやく声を発したロディジーが両腕に向けて魔力を流し込み、光の力を流し切る。壁との接続から離れた俺は、脱力感と共に座り込んだ。そのまま見上げた頭上では、ゴカゴが放った炎に包まれたバルトゥルが堕ちてきており、光の壁に当たった個体はその姿を壁に塗るように溶けていく。

 それを確認した時、壁の完成を確信した。


「よくやった、休んでろ」


 いつの間にか傍らにウィーポが立っており、その手に握った聖剣を天高く構えて動きを止める。


「アインスドナー!」


 詠唱と同時に紫色に輝いた剣の先から細長い光が弾けて、それは不規則に折れ曲がりながらバルトゥルに命中する。遅れて爆発に似た衝撃音が地面から僅かに上がっていた土煙を吹き飛ばし、直撃したバルトゥルの身体は赤い花を咲かせて天をいろどる。

 とんでもない威力と倒し方に、俺は尻餅をついたまま唖然と見上げていた。間もなくして奴の血が降ってくるかと思ったが、余韻となった雷が血液すら蒸発させたみたいだ。


 さらにそれは近くを飛んでいた他のバルトゥルにも感電したようで、気絶した彼らが力無く堕ちてくるのが見える。


「マオアーフレイム!」


 今度は少女の声がして、ゴカゴによる炎の壁が頭上に展開していく。一体残らず燃やすつもりだろうか。


「ゴカゴや、それだと彼らが火の玉になって落ちてきてしまうがね」

「え、あっごめんなさい」


 両手に赤と緑の光を灯したロディジーが炎の壁に向かって手を伸ばして、無詠唱で渦巻く風の奔流を手から放つ。それは炎もバルトゥルをも巻き込み、彼らは竜巻に取り込まれたような挙動のまま遠くへと運ばれていった。

 流石の実力を見せた老婆は、歯のない口元を見せて満足げに頷いた。


「……流石です」

「ばぁばは大したことないぞえ、この指輪のお陰さね」


 鈍色に光っていた指輪が眠るように光を収め、それを掲げるように手を見せるロディジー。確かに増幅効果もあるんだろうけど、火と木の魔法を適切な割合で扱わないと暴発の恐れすらある。それをいとも簡単にこなしている時点で、やはりケンジャさん並の実力があると言える。


 安堵の雰囲気を堪能していると、バルトゥルたちとの戦闘を終えたであろうガルマが派手に地上に着地して土埃を巻き上げる。少し離れていたとはいえ濃霧にも負けないほどの煙が立ち上り、見かねた老婆は風の魔法を唱えてそれらを吹き飛ばしていく。


「おうおう、完成したんじゃな!」

「ガルマ坊や、もう少し静かに着地せんかえ」

「お、おうすまぬすまぬ」


 こうして見ていると、ゴカゴとブシドウのやり取りを思い出す。彼女も同じことを考えていたのか、こちらの視線に気づいて目が合ったゴカゴは、つんと顔を背ける。

 あれから二年、未だ再会できてはいない。だが、ペリシュドに居るのは間違いないはずだ。今はただ、生きていることを祈るのみ。


 それにしても、本当に成功させてしまった。

 光の壁は厚みを増し、陽の光を受けて不規則に煌めいている。一律に光らないということは表面の滑らかさが足りていない証拠だが、完成させただけでも御の字だ。


「これでどれだけ持つんだ?」

おおよそ……一月ひとつきかねえ。でも何回も継ぎ足すように力を注げば、長く形を保てると思うぞえ」


 代わりに答えた老婆は、誇らしそうに壁を見上げている。彼女の助けあっての成功だ、ひとまずはギルドの皆に顔向けできるだろう。


「なるほど、ところでバルトゥルを蹴散らしたのはいいんじゃが、奴らの挙動がおかしくてのう」


 頭を掻きながら納得いかない表情でガルマが切り出す。その身体には傷一つなく、バルトゥルに対して無傷で勝利したみたいだ。


「おかしい、とは?」

「まるで何かから逃げているようじゃった」


 ウィーポからの問いかけに、不穏な推測を返すガルマ。

 バルトゥルは羽を広げれば相当に巨大な鳥型の魔物であり、大人の人間二人が手を広げたのと同じくらいはある。

 しかもずる賢く、危険に敏感だ。そんな奴らが大群で逃げる相手とは。

 強敵の予感がして、震える足に鞭打って立ち上がる。


「無理しないで」


 相変わらずゴカゴは冷静な口調だが、身体を支えるように近くにいてくれるのは有難い。


 この光の壁があれば、ある程度の魔物なら防げるはずだ。現にバルトゥルくらいなら触れただけで消滅した。彼らの魔力は人間や自然が持つものより濃く、聖なる力が宿った光の魔法に対して脆弱ぜいじゃくな節がある。

 魔族に対して深手を負わせられるほどの力だ、そこいらの魔物なら簡単に倒せるのも頷ける。

 だが、物量で来られたら話は変わる。浄化する力が追いつかずに、呑み込まれる可能性がある。


 ……結局可能性だ、他に光魔法を扱える人は父とロディジーさんくらいしか知らない。本じゃ分からないことが多すぎる。


「ゴカゴ、もし壁の向こうに沢山の魔物が現れたら回復薬を頼むよ」

「……ええ、分かったわ」


 空間魔法の魔道具により回復薬は持ってきており、原材料となるメヂルの実ならこの二年間でギルドの依頼と鍛錬を兼ねて集めてきている。

 彼女の力を使うのはあくまで緊急の時のみ。今はバルトゥルを恐れさせた存在が来ないことを祈るしかない。

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