辺境での団結

 はっきりと視界に大きな影が映り込み、魔力でかたどられたそれはこちらに猛然もうぜんと向かってきている。

 すぐさま模造刀を手に取り、ゆっくりと身体全体に赤のまといを施していく。さらに手から炎の魔力を乗せて、模造刀の刃先が燃え上がる。


 その様子に感心するような声が聞こえたが、振り返る余裕は無いまま霧から現れた紫色の巨人と対峙した。

 顔と見られる部分と手先、胸と腹、足先以外は紫色の剛毛で覆われており、白が強めの肌色の手足は人間の頭などミーロの実のように掴んで潰せるほどの大きさだ。

 丸く突き出した口から歯を剥いて、ヨダレを垂らしながら唸り声を上げる。露出した鼻の穴が膨らんでいるのを見ると、まるで敵ではなく餌を見つけたかのような興奮が見て取れた。


「キョキョアアア!!」


 巨体とは裏腹に甲高い鳴き声を上げたバンプは地面に付いていた巨大な両腕を振り上げたあと、なんの躊躇いもなくこちら目掛けて薙ぎ払うように右腕を振った。

 見て確認するのが困難だと判断していた俺は、魔力感知を実行して地面に這うように伏せて腕をやり過ごす。


 探知と違い、感知なら初動を魔力が教えてくれる。これはウィーポから教えてもらったもので、脱力していないと剣も魔力も鈍ると散々言われてきたからこそ自然に行えるんだ。


 空振からぶってがら空きの脇から斬ってやろうと、纏を足に集めて力強く地面を蹴る。一瞬飛んだ先に地面があるかという不安がぎるが、奴がやって来た方向だからと無理やり自分を説得する。


 両手で持った剣を右横に構え、当たる瞬間に腕に赤のオーラを集中させる。炎を纏った剣はいとも容易く魔物の脇腹にぞぶりと入り込み、なんの抵抗もなく振り抜いてそのまま一回転をして体勢を整える。


 想像以上に飛びすぎたか、冷や汗が流れるも霧の向こうに地面が見えて安堵が包み込む。上手く両足で着地して、そのまま身体を丸めて転がり衝撃を逃がす。

 いくら強化していたとしても、怪我をしては元も子もない。自らの身体強化を知る第一歩として、怪我を避ける方法から教えられたものだ。


 すぐさま片手を付きながら後ろを振り返り、脇腹から赤い帯を作るバンプを見据える。完全に体勢を崩している姿を見て、一撃で倒したんだと確信した瞬間。

 両脇から殺気を感じ取り、咄嗟にバンプの方へと不格好なまま飛んだ。程なくして左右から巨大な手が先程居た場所に叩き込まれ、土煙と石が飛び散る。


 白い肌色の手首と紫色の剛毛を見て、バンプは一匹じゃなかったと自分の慢心を責める。

 すぐに切り替えよう。ちょうど倒れかけているバンプの背中が迫っていたので、両足でそこに着地して衝撃を消し、くるりと半回転しながら地面に降り立つ。

 膝を曲げてしゃがみこむ形で着地した俺は、ゆっくりと立ち上がって両手で剣を構えた。


 敵の数は恐らく二匹、最初の個体は油断してくれたんだろう。だがここからは視界の悪さを克服しながらの戦闘になる。

 後ろで地響きがして、最初のバンプが倒れたことを知った。道幅は思いのほか広い場所なんだろう、バンプの気配が左右に広がったままだ。

 見えない場所に曖昧な魔力探知では突っ込みたくない。目で状況を見定めつつ、魔力感知に切り替えて様子を見る。


「リオン、大丈夫?」


 バンプの死体の上を走ってきたのか、隣にゴカゴが降り立つ。


「ああ、全然行けるよ!」


 横を見る余裕は無いけどね。

 その時、霧の奥が揺らめいたのを感じて、俺は慌てて後ろに飛ぶ。彼女もそれを感知したんだろう、ほぼ同時に飛んだ俺たちの居た場所を長い腕が凄い勢いで横に通り過ぎていく。


 右のバンプのものだと判断し、倒れているバンプの背中に着地したと同時に右回りに走り出す。

 こちらに道があるかどうかを確認する暇は無い。攻撃を繰り出した直後を狙うには最短で行かねばならない。


 腕にさらに力を込めて、霧の中から現れた巨大な魔物の姿を見上げる。奴は俺が来るのを分かっていたかのように、返す左腕でこちら目掛けて薙ぎ払おうとしていた。

 そんな甘い攻撃にいまさら当たるかと地面を強く蹴って跳ねた俺の下を腕が通過し、そのまま奴の左肩に真っ直ぐ剣を振り下ろす。


 切断の手応えを得て、着地した俺は転がったあとすぐ立ち上がり左足のけんを横に切り払う。


「キィッ!」


 でかくても所詮斬られたら死ぬ。左の膝を折った奴の心臓部を目指して足を駆け上がり、胸部分を切り上げた。

 大量の血しぶきをともなって脱力する魔物の顔が見えるが、俺はすぐさま反対側に居るはずのもう一匹のバンプの方を向き、空中で体勢を変える。

 攻撃が来たら対応できるよう肩付近の剛毛を掴むが、接近の気配は無い。


 下に向かって駆け下りて、もう一匹の存在を探す。


「アインスファイス!」


 ゴカゴの声だ。彼女か覚えた魔法の詠唱名が聞こえ、駆け出した先に霧をも払う炎の奔流が放たれる。

 マギのと比べると小さく感じるが、用途としては陽動に近い。

 魔法が向かう先に全速力で向かい、やがて着弾と共に魔獣の鳴き声が聞こえた。


 それと同時に霧に輪郭が浮かび上がり、股下まで移動した俺は頭に着弾し悶えている姿を見上げて地面から強く跳ね上がった。奴に対して背中を向けたまま模造刀を振りかぶる体勢で身体を切り上げていき、胸の辺りで前に振り下ろすように剣を振り抜く。


 二体目の倒れた地響きがしたあと、悲鳴を上げていたバンプは声を失って、苦し紛れにこちらに向かって倒れようとする。

 俺は奴の首元の毛を掴み、背中側に逃れた。ゴカゴの位置を心配して振り返るが、影響無い場所で煙が上がっているのが確認できて、倒れるバンプと共に地面に着地した。


 身体全体に突き抜ける衝撃を食らうが、赤のまといのおかげで痛みは感じない。恐らく周りにもう気配は無く、ようやく一息ついて地上に降り立つ。

 すると霧の中から拍手が聞こえて、ぬうっと現れたバルードが口角を上げながら近づいてきていた。


「見事だ。ゴカゴとの連携も素晴らしい、それに光の力を使わなかったな?」

「はい、あくまで切り札みたいなものなので、温存しておきたいと思って」

「だが、それを使う前に魔力を消費したら結局力を使う前に消耗しないか?」


 光の力は模造刀から得るもので、三回というのはその魔力の受け取りに身体が耐えられる回数という意味だ。

 俺はそれを説明して、彼は納得したように小さく頷く。


「君のその模造刀、特別製なんだね」

「ええ、父の……形見かたみですから」


 燃え盛っていた魔力が消えた模造刀の表面は魔物を斬ったとは思えないほど綺麗で、いたわるように撫でたあと背中のさやに閉まった。


「どうだった? 私の魔法」

「うん、完璧。おかげで助かったよ」


 褒められて得意げな彼女は、長髪を揺らして鼻を膨らます。


「ガルマ、ウィーポ。彼の力は見せてもらったよ」

「全く、スパルタじゃのう。儂が説明したというのに」

「……説明の仕方が悪いんじゃないか?」

「なんだとぉ?」

「まあまあ」


 大人たち三人は仲良さそうに会話をしていて、つかの間の平和を感じた俺はバンプの死骸しがいを眺める。

 こいつらのこの巨体、オークよりもでかかった。少なくともタンジョウの周りでここまで大きな魔物とは出会わなかったし、これもペリシュドが近いのが原因なんだろうか。


 豊富な餌がある環境では、魔物は大きく育ちやすいと言う。ニードルラビットは天敵の居ない東側で繁殖した結果、二年前より大きな個体が増えた気がする。

 あいつらはまだ良いとしても、こんなに巨大な魔物が多数でやってくるなんて考えるのも恐ろしかった。

 改めて西の現状を知ったが、それでもハヴェアゴッドに来たのには勝算があるからだった。


「バルードさん、俺の話を聞いてくれますか?」


 今ならまともに取り合ってくれるだろう。振り向いた彼に、俺はロディジーと共に考えた秘策を提案する。



◇◆◇◆◇◆◇



 ハヴェアゴッドに移って三日目、バルードはギルドの冒険者たちを中央受付の周りに集合させ、俺たちの秘策を皆に聞かせるようにと促した。

 丸テーブル席を移動させて各々が座り込む中にはブカッツらもおり、集まった全員が真剣な眼差しでこちらを見据えている。

 俺を中心にゴカゴ、そしてロディジーは受付側に立ち、全体の顔を見渡した。


「なんだよ子供じゃねえか」

「ガキに何ができるってんだ」

「俺たちのギルドに何の用だよ」


 散々な野次が飛び、中々言い出せずに居る中で一人の男が一喝した。


「うるさいぞお前ら! バルードがこうして集めた相手に、ガキも大人も関係ねえだろうが!」


 立ち上がって叫んだブカッツに反論する者はなく、一気に静まり返った場内で鼻を鳴らしながら彼は豪快に座った。

 心の中で礼を言って、俺はゴカゴとロディジーさんの顔を見て口を開く。


「皆さん、今から話すことはこのハヴェアゴッドを守るために考えた方法です。未熟な子供の考えですが、どうか聞いてください」


 口の中が渇き、何度も唾を飲み込む。大衆の前で話すことなんて鍛錬に無かったものだから、さっきから心臓がうるさくてかなわない。


「俺は、光の魔法が使えます。魔物が根本的に苦手としている属性であり、それを利用して光の壁を作ろうと思っています」


 白けたような顔で見つめてくる冒険者たちに呑まれそうになるが、ゴカゴが脇腹をつついた事により次の言葉を吐き出す。


「本来俺の力だけでは大規模なものは不可能ですが、こちらにおられるロディジーさんの力を借りてそれを実現させます」

「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」


 一人の男が、野次のつもりも無く意見を飛ばした。


「俺たちはお払い箱か?」

「ずっとこの街を守ってきたのになあ?」

「バルードさんも子供に頼るなんてよぉ」


 しかしそれを皮切りに、不満のような声が続出する。バルードの顔を見ると明らかに不機嫌そうで、ブカッツはその上を行く表情をしていた。


「ばぁばから見たら、あんたたちも充分坊やだけどねぇ」


 沈黙を保っていたロディジーが口を開き、再び静寂が訪れる。それこそ反感を買いそうな発言だったが、重い緊張感を帯びる声色に、俺でさえ何も言えなかった。


「いいかい、歴史に名を残す人間はね。必ずしも良い語り草をされるわけじゃないさね。あがめられる事もあるし、恨まれる事もある。功績の是非ぜひですら問われたりもする。坊やたちがやってるようにね」


 しわがれた声に力強い覇気、それはケンジャさんを彷彿ほうふつとさせる凛々しい語り口調だった。


「この子は、魔族の襲撃によって親を亡くしてる。それでも腐らずに鍛錬し、魔物に対抗するためここまで来た。あんたたちの街を守るため、魔物を食い止めるため、それらをたおすため」


 親関連の発言で、明らかに俺を見る目が変わった。同情、あわれみ、尊敬。向けられて嬉しいものも嫌なものもあるが、ようやく一人の人間として見てくれたような気がした。


「何をすべきかを考えな。あんたたちが守りたいものは何か。今まで守ってきたものは何か。つまらない意地を捨ててあんたたちの街を守ろうとするこの子に賭けてみるのが、大人になるための第一歩だとばぁばは思うがね」


 しわくちゃに細めた目のままこちらを向いて、言葉を促すように老婆は頷く。

 言葉を飾る必要なんてない。俺は姿勢を正して、深く頭を下げた。


「よろしく、お願いします」


 誰かが手を打ち合わせて鳴らした音が少しずつ増えていき、やがて全身を叩くほどの大きな波となって彼らの拍手が俺たちを包み込んだ。

 言いようのない込み上げる感情が頭を下げている俺の目から零れ落ちて、震える背中を撫でるようにゴカゴの手が置かれる。


「頼んだぞー!」

「失敗したら俺たちが助けるからな!」

「頑張れよー!」


 こころよく思っていない人も居るだろうが、それをかき消すほどの賞賛の拍手と温かい言葉を受けて、ようやく顔を上げる。

 涙だけではなく鼻水まで出そうになっている俺へ、間髪入れず差し出される白い布。それを受け取りながら隣のゴカゴに礼を言うため顔を見ると、気持ちのたかぶりから頬を紅潮させながら矛盾するように呆れた表情でこちらを見据えている。しゃに構えてても嘘だけはつけないみたいだ。


「さて、リオンや。早速向かうとするかねぇ」


 頷いた俺はもう一度冒険者たちに頭を下げて、彼女のあとに付いていく。その際にブカッツらを見たが、少し涙目になっているブカッツをマギが茶化しており、本気で怒っている彼をフォクセスが止める構図が映っていた。

 その姿に失笑して、彼らと目が会わないようにすぐさま前へと向き直す。


 受付から出た俺たちを囲むように冒険者たちは握手を求めてきて、困惑しつつも差し出される手を次々と握っていく。

 その手はどれも皮膚が固くなっており、傷や武器を振ることによる手豆によるものだと察した。

 彼らもまた、ここで戦い抜いてきたんだ。俺と同じく、大切なものを守るために。


 勇気を胸に抱いた俺は、気を引き締めて外へと向かう。魔物の侵攻はまだ無いだろうとバルードは言っていた。彼曰いわく周期がある程度決まっているらしく、次は一週間後と言われている。

 もちろんそんなのは信用できないし、俺の動向が監視されている場合は周期自体を変えてくるはずだ。

 だからこそ今しかない、これを成功させない限り西からの侵攻は止められない。


 光の壁により魔物を阻む。それが、此処に向かう前に決めていた第一の目標だった。

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