再会と魔物退治
筋骨隆々の背中、肩には噛まれた時の傷が僅かに残っている。歴戦の斧を背負い、座っているはずなのに壁のようだ。その背中を頼もしく思っていた時期が懐かしい。
丸いテーブルに背中を向ける彼の斜め前には、それぞれマギとフォクセスが座って談笑をしていた。
「ブカッツさん!」
名前を呼ばれて振り向いた大男は、無愛想な顔に珍しく驚きの表情を浮かべ、幽霊でも見るかのような目でこちらを見据える。
「え、リオン? 嘘! 何でここに?」
真っ先に反応したのはマギで、ずっと被っていたとんがり帽子を外しているため
最初に抱いた頃の自信家っぷりは影を潜め、だいぶ大人びた印象を受ける。この二年で激戦区に身を投じたためか、顔にも疲れが見られた。
「リオンくん……? 大きくなったな」
目を細めるフォクセスの頬には二年前には無かった傷跡があり、結わえている髪は一層伸びた印象だ。より研ぎ澄まされた雰囲気を纏っており、今なら彼の実力が分かる。一切隙がなく、もし敵として対峙しようものなら、一歩も踏み込めなかっただろう。
「ああ、あの時のガキか。ふんっ、一丁前に大きくなりやがって」
「ちょっとブカッツ、嬉しい時は素直に喜びなさい」
「ばっ、誰が嬉しいってんだ!」
悪態をつくブカッツはいつも通りで、相変わらずマギには弱いみたいだ。よく見ると背負っている斧の形が少し変わっており、先端に槍のような穂先。斧の刃の後ろにはハンマーのような
「それにしても、ゴカゴちゃん。雰囲気が変わったね」
「……元々こうですよ、私は」
力無く開けている瞼が今にも閉じそうなゴカゴは、無感動に応える。再会はゴカゴ自身にとってもきっと嬉しいはずなのに、強がっているようにしか見えなかった。
「何かあったんだろう、俺たちのように二人とも雰囲気が変わっている」
細い目をさらに伸ばしたフォクセスは、そう言って会話を締めくくった。「そうね」と思い当たる節があるように身体を戻して背もたれにもたれた彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
「そ、れ、よ、り、も、お話聞かせてよ。……強くなったんでしょ?」
それは精神的にだろうか、それとも肉体的にだろうか。どちらとも取れる声色と表情を浮かべた彼女が寄ってきて、俺の頭に手を乗せた。
「え、なんですか?」
「身長、伸びたなって」
「おいマギぃ、じゃれてねえで話の続きするぞ」
苛立つような声を上げ、顔だけこちらを向いたブカッツが睨みつける。
何か大切な話をしていたんだろうか。俺とゴカゴは顔を見合わせて、彼女に断りを入れた。
「積もる話はまたあとでしましょう、俺たちもまだ此処に来たばかりなので」
「え、そお? うーん、じゃああたしたちここにいるから、また来てね!」
調子よく言った彼女は手を振りながら席に戻り、ちらりと見えたフォクセスと目が合うと、彼は少し申し訳なさそうに
久々に見た彼らは相変わらずだなと、緊張していた身体がようやく脱力したのを感じた。ゴカゴはどう思ってるか分からないけど、きっと喜んでいるんだろう。
「次はどこ行く?」
「遊びに来たわけじゃないのよ、一通り見たらロディジーさんの所に戻りましょ」
大人びた意見を持つ彼女だが、間違ってはない。
俺たちはとりあえずで此処に来たわけではない。ブシドウの目撃情報に、父の伝言。まるで運命のように引き寄せられた形で、今ここにいるんだ。時間を無駄にするわけにはいかない。
ざっと辺りを見渡しながら、二人で歩いていく。時折フォーンの会話を挟んで魔力を適度に扱いながら、広い室内を巡っていった。
此処はギルドというより、大きな居住スペースと言う方がしっくり来る。
かと思えば、本格的な飲食店も入っており、まだ昼過ぎくらいであろう時間帯では行列が出来ているために盛況具合が見られる。
他にも娯楽用の酒や腕相撲をする人など、地下都市の縮図を見ているようだった。
ただ、こちらを見る視線に関しては少し異様なものがあった。子供が居るのは珍しいのか、値踏みされるような目で見られるのを感じる。タンジョウとはまた違う雰囲気に呑まれぬよう、足早に中央の円形受付所へと戻った。
中央より少し離れた所には、丸いテーブルを囲むように椅子が複数ある席がいくつか設けられている。自由に座っていい場所なんだろう、そこにはガルマとロディジーが座っており、
「……どこに行っていた」
「ごめんなさい、ちょっと懐かしい人が居たから会いに行ってたんです」
「おお、そう言えばブカッツらがおったな」
三人の方を見るガルマは頷いて、空いている席へと俺とゴカゴを促す。ウィーポさんはどうやら立っている方が良いらしい。確かに武器屋でも座っている姿は見たことがなかった。
「さて、バルードから聞いた話じゃが、状況は思ったより深刻じゃぞ。西の魔物が活性化して二年、地上にあったハヴェアゴッドの街は半年でほぼ壊滅。バルードとケンジャが力を合わせてこの空間を作り上げ、街の住人と共に地下の街を建てたそうだ」
やはり地上は魔物の仕業か。
いつもは深刻な顔を見せないガルマは、眉間に強く皺を寄せ、俺とゴカゴを交互に見る。
「お前たちが会っていたブカッツらも奮闘したが、数が数じゃ。オークにしても数十の規模が常に来ると考えてみい」
俺はオークの群れの主を思い出していた。口の端まで裂けた顔、統率力がある様子、巨大な肉体に俊敏な動き。想像したくは無いが、紛れもない現実に歯噛みする。
「俺は……今なら光の力が一日に三回までなら使えます。この力なら、強大な敵が来たとしても退けられます。だから」
「おお、勇ましいね」
前のめりになっていた俺の背後から声がして、バルードが肩を叩いて顔を覗かせる。
驚きのあまり固まってその顔を凝視してしまうが、口元にのみ笑みを浮かべている彼は姿勢を戻して、俺の隣の席に座った。
「リオン、先の発言は本当かい? 光の力が使えるって」
「はい!」
「……それは頼もしいことだが、それでは防ぎきれない」
眼帯を掻きながら聞こえるようなため息混じりで言われ、ほくそ笑んでいる横顔を睨んだ。
「そんな怖い顔をしないでくれ、ただの事実だ。ただの力自慢で勝てるなら、今頃地下に逃げてはいない。それに、奴らはどんどん数を増やしている。一体二体倒せたところで、雑草のように生えてくる奴らを倒すには不十分だ」
「あいつらの中には指導者が居る、そいつを討てば侵攻も止まるはずだ!」
指導者という言葉に反応したのか、それまで前を向いていた彼は何も期待していないような目でこちらを見つめる。
初めて会った時からしたら想像もできない冷たい目つきに、背中が撫でられたようにぞくりとした。
「ほう、指導者、か。それが誰だか分かるのかい?」
「魔族じゃ、バルードよ。それくらいお主も知っておろう」
「ああ、知ってる。が、奴らの姿はここ二年で一度も見ていない。奴らも分かっているんだ、自分たちが討たれるわけにはいかないんだと」
「いや、違います」
二人の視線が一様に集まる。俺は村を襲撃したヴァルハラや街に潜伏していたフニムンの存在、そして未だ謎の魔族の事を簡潔にバルードに伝える。
「ヴァルハラにフニムン、か。奴らは君とロディジーが退けたから居ないとして、もう一人の名前は?」
「それは……分かりません。ただ、あいつは確か通りがかっただけと言っていたので、何かをしようとしていたのは間違いありません」
腕組みをしたまま渋い表情で俯く彼は、ガルマの方をちらりと見る。
それに対して真剣な表情で頷いた彼を見て、バルードは目をつむって何度も頷いた。
「ということは、もし仮に先程言った魔族のどれかが一緒に攻めてきたら、リオン、君のその光の力でなんとかなるって事だね?」
「……はい!」
自分の力があてにされた気がして、無意識に大きな声で応えてしまった。いまいち信頼されていないような気もするが、これだけは実際に実力を見せるしか手は無いか。
椅子を鳴らしてバルードは立ち上がり、ガルマとウィーポ、そして俺とゴカゴを見て外への階段を顎で指した。
どうやら早速お
石造りで少し不気味ではあるが、改めて見ると狭いこと以外は普通の階段だ。それを登ると、外の景色が見えてくる。
「肩の力を抜け」
前を行くウィーポが、振り向かずに呟く。この人は父に次ぐ剣術の師匠だ。言われた通りに深呼吸をして脱力を意識した。
階段出口が普通に見えてきて、なんの迷彩もされていない事に不安を抱きながらも全員が外に出ると、振り向いた時にはもうどこに入り口があったか分からなくなっていた。
「どうだい、ケンジャさんの魔法は。知恵の無い魔物には見抜けない、最高の城門さ」
自らのギルドを城に見立てたように、得意げにバルードは語る。確かにこれなら、わざわざ入り口を見張る必要も無い。
「これって、見えないだけで上を通ろうとすると行けちゃうんじゃない?」
「それは心配ない、意図して魔力を此処に当てない限りはただの地面と同じ質感だからな」
ゴカゴの疑問にも完璧に回答し、この場に居ないロディジーさんの実力が窺えた。
彼女は恐らく、ケンジャさんと同格レベルだろう。もちろん、魔道具による補助込みではあるけど、あの人から教えてもらった魔法学は本当に分かりやすかった。
「さて、あっちが西の国境へと続く道だ」
バルードが指差した先は灰色の霧に覆われており、何の目印もない道を見て少し困ってしまった。
「バルードさん、これ帰り道が分からなくなりそうなんですけど……」
「心配は要らない。私が居るし、ロディジーにも頼んである」
思えばこの人は、ロディジーさんに対しても敬語は使わない。ガルマさんとそう変わらない歳なのかもしれないけど、彼でさえ敬語を扱う人なのに。
「ん? どうした? 怖気付いたか?」
「いいえ!」
さっきからやけに挑発的な態度を受けて、負けじと声を張る。ゴカゴのため息が聞こえた気がしたが、気にしない振りをした。
歩き出したはいいが、何故か俺は先頭に行かされる。後ろをバルードとゴカゴが歩き、さらに後ろをガルマとウィーポという形だ。
まるで囮のような扱いだったが、何か考えがあると信じて歩き続ける。
やがて地面の色が変わっていき、土が見え隠れするようになった。さらに切り立った崖や山が霧の中から見え隠れし、崖に至っては霧で見えないが恐るべき深さで口を開けている。
「バルードさん、此処って……」
「なんだ、ハヴェアゴッド周りの地理を知らないのかい? 元々山に囲まれているこの街は、高い標高を誇っている。それ故に陸路で来ようとしたら、長く険しい道を何回も蛇行しながら進むことになる」
解説を聞きながら、
狭いぶん守りやすいかもしれないが、吹き飛ばされて落ちたら一巻の終わりだ。逆に魔物はどんどん現れる。
バルードが言っていたことがようやく分かった気がして、味気ない土色の道を歩いていく。
草木は道の端に生えてはいるものの、踏み荒らされているからかほとんど残っていない。名も知らない
常に霧がかっているのは標高が高いせいだろう。視界の悪さも相まって、いつの間にか魔物が出る領域に居る感覚がしないのも問題だった。
「リオン、君の力は三回までと言っていたがそれは何故なんだ?」
「負担が大きいんです、身体への。本来なら父のように、力量に見合った資質が無いと使いこなせない技なんでしょうね」
背中の模造刀を撫でながら、バレないように
久々に来る自身への怒り、冷たい空気を肺に吸い込みながら火照る内面を冷やしていく。
「では、その力を早速見せてもらいたい。前方に居るバンプを倒してみろ」
バルードはそう言うが、言われて目を凝らしても霧しか見えない。そこで、俺はロディジーさんから教えてもらった魔力探知の方法を取る。
それはケンジャさんが言っていたただの石ころにも魔力があることを探知する訓練により得た能力で、視界に頼らずに世界を
今の俺だと魔力を強く発する魔物ぐらいしか視えないが、
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