ギルドでの邂逅
いつもの大通りは人こそ多かったが、人々の表情にはどこか影が落ちている。一週間という期間はクリストの死を受け入れるにはまだ短く、彼の存在の大きさを改めて知った。
反対に故郷である村が襲撃されたって噂は、今はもう語る人を見かけない。辺境の村のことだ、それはそうなんだけど少し悲しかった。
人は忘れる、自分事でも無い限り。やがてこの出来事も、記憶から薄れていくんだろう。
ファアムと別れたばかりでぽっかり空いたような心の穴を感じながら、目指していたギルドの特大看板が見えてくる。
流石に歩きすぎて、汗が背中を伝う感触がさっきからしている。
仕方ない、荷物になるけどニビットを脱ごう。
書斎内の本を読んだことで最近知ったが、ギルドとは冒険者商業連合組合とも言うらしく、冒険者と商人の仲を取り持つ目的から成り立っているらしい。
その証拠に、買い取られた素材は商人に、その費用をギルド経由で冒険者へと渡される仕組みになっている。ギルドの利益とはその経由する際に発生し、冒険者に与えられる報酬の一割を手数料という名目で受け取っている。
さらに冒険者にはランクが振り分けられ、それを基準に請けることができる依頼の種類が変わっていく。
依頼とは基本商人が出すものであり、彼らの期待に応えるためにギルドはその難易度を決める。
それにより見合ったランクの冒険者が請けて、成功させる確率を高めているらしい。
マギはBランクと言っていたが、今となってはそれがだいぶ上のランクだったことが分かる。
その評価はギルドにとって信頼されている証拠でもあり、新人はまずFから始まる。
だけどまだ子供の俺はFですらないから、同伴者が必要なわけだ。
ギルドの扉の前で、ファアムのランクについてふと考えた。
聞いておけばよかったな。少し後悔しながらも、前よりは少し低く感じるドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。
酒特有の匂いと人が集まる熱気が俺を出迎えて、何度目かになるギルド内へ入場する。
年季を感じる木造の中身は、色味を深くした木目調の床から始まり、全てにおいて濃い
それらを照らすのは何処にでもある天井灯だが、色彩の関係で暖かみを持った光を放っているように見えた。
耳を塞ぎたくなるような喧騒と、鼻をつまみたくなるような酒の匂いが無ければ、きっと落ち着く場所だろう。
平均でも三十は超える人数が常に居る印象で、二階にも渡る構造ゆえの収容性だと感じる。
彼らが座るためのテーブル席が各階に設けられ、耳を傾けると大抵は依頼の話や武勇伝、そして西の魔族の話も聞こえてくる。
まだこの国の地理をよく知らないため漠然としているが、タンジョウの街にとって西の話は遥か遠い土地のような感覚なんだろう。そのためか、ケンジャさんやファアムが王都に向かうほどなのに、楽観視している人の割合が多かった。
今日は見知った顔は居ないな。ブカッツらもお姉さんズも居ないため、一人迷い込んだ子羊のような心細さがあった。
ゲエテだけでも居ないかと見渡しながら練り歩いていると、通り過ぎざまに一人で席に座っていた老冒険者が酷い咳をして持っていた飲み物入り容器をぶちまける。
「大丈夫ですか?」
すぐさま駆け寄ろうとするが、見ると今にも倒れそうな細身のお爺さんで、何故ギルドに居るのかが不思議なくらいの弱々しさだった。
毛先が僅かに黒みの残る綺麗な白髪は分け目を作らず後ろに撫でつけるように整えられており、揃った毛髪は光を反射するほど綺麗に並んでいる。
それとは裏腹に、飲んでいた液体と唾液が混ざったものを口の端から垂れ流し、ぜぇぜぇと
声を掛けた手前、捨て置くわけにはいかなくなり、カバンに入れておいた小さな布を取り出して渡そうとすると、やけに鋭い目つきで手を突き出した老紳士はそれを止めた。
「済まない、大丈夫だ。恥ずかしいところを見せ……ゴホッ!」
渋い声で
心配しながらかたわらに立っていると、見かねた一人の冒険者が寄ってきて、老紳士の背中を優しくさすっていた。
ようやく呼吸が整った彼は、胸元から白い正方形の小さな布を取り出し、洗練された手つきで口元を拭う。その気品ある仕草に見とれつつも、その場から離れようとすると彼は静かに立ち上がった。
子供の俺にとって大人はみんな背が高いが、すらりとしている老紳士はより一層高く見える。見たところ装備らしい装備をしておらず、黒を基調とした礼服を身に纏っている。
その割には髭は綺麗に剃られておらず、頬も痩けていてアンバランスな見た目をしていた。
「先程は失礼した。君もありがとう」
冒険者に礼を言って、俺に対しても優しく微笑みを返す老紳士。
「ところで、見たところ一人のようだが、いつも居た女性の方はどちらへ?」
「実は、今日から王都に向かうことになりまして」
どうやらこの人は俺とファアムが一緒に此処へ通っていたのを知っていたみたいで、俺は正直に答えた。
すると、彼は顎に手を添えて意味深に頷いたあと、再びこちらに視線を移す。
「ということは、君はこれから一人で依頼を?」
「できたらそうしたいですけど、同伴者が居ないと駄目だと言われてて」
質問に答えてはいるが、この人は一体何者なんだろう。冒険者に見えないし、ギルドに
彼は再びゆっくりと頷いて、「ちょっと待ってなさい」と急に受付カウンターの方へと歩き出す。
ギルドでは依頼を受けるための受付、素材換金のための受付、冒険者登録のための受付の三つに分かれており、それぞれ受付員が常に何かをしたためながらカウンターの奥で座っている。
分かりやすくなるように色もそれぞれ違っており、赤、黄、青を基調としている。
そのうちの赤い受付に老紳士は向かい、受付の女性となにやら話していた。
まさか、同伴者として相談しているのだろうか。彼のことは何も知らないし、特に助けたわけでもないから正直不安があった。
すると彼はこちらを向いて手招きをし、こうなったら逃げられないと思った俺は観念して近づいていく。
「リオンさん、ですね。こちらのオルジェントさんと組まれるとのことですが、よろしいでしょうか?」
カウンターの高さギリギリの俺に対して、少し身を乗り出し気味に受付の彼女は言う。軽く乗せただけの四角い帽子にはギルドの紋章が彫られ、赤い縁の眼鏡を深く掛けてこちらを見下ろしている。
「えっと……」
「組むと言っても、常に共に行動する必要は無い。君が依頼を受けたい時に声を掛けてくれたらそれでいい。私は常に此処に居るから」
何故こんなに優しいのかと彼の顔をよく眺めると、一週間の中で一日だけ教会でのお祈りが行われていた際にやって来ていた人だと気づいた。
彼はクリストのそばに居た自分の存在を認知しており、こうして助けてくれているんだろうと脳内で補完する。
「分かりました」
「では、了解を得られましたので登録しておきます。なお、ファアム様との契約は自動的に失効となり、再び彼女がこちらに訪れた際に通達しておきます」
再び椅子に腰掛け直したのか、もはや顔すら見せなくなった彼女は業務的に述べる。
というかオルジェントさん、も冒険者だったんだ。見た目からしてもただのお爺さんにしか見えないから、まさかギルドに出向いているなんて思いもしなかった。
「では私はこれで。リオンくん、三日後によろしく頼む」
「あ、はい!」
背中を向けて歩き出したと思ったら咳き込み出す老紳士を見て、本当に大丈夫かとさらに不安になっていく。
あれ、どうして三日後なんだろう。
彼の発言に違和感を抱いたが、どうせ自分が外に出れるのも三日後だ。むしろ都合がいいか。
「おや、君は子供じゃないか。どうしてギルドに居るんだい?」
男の声がして振り向くと、少し顎が出ている眉毛の濃い人の良さそうな男が中腰になってこちらを見つめていた。
ギルドに居るとこうしてたまに声を掛けられて、不思議がられたりする。今となってはもう慣れっこなので、特に動揺もしないけど。
「もう見つかったんですけど、依頼を受けるための同伴者を探してたんです」
「へぇ、さっきの人がそうかい?」
背中に鋼材のようなものが飛び出しているリュックを背負って、男は離れていく老紳士を指差す。
彼は胸ポケットのあるタイプの服を着ていて、そこに手帳と筆を差しているのが見える。
「彼はオルジェント、Dランク冒険者だね。でもそれは引退してからのランクだから、本当はAランクだったはず」
すらすらと情報を述べる彼は、口角を上げて得意げに鼻を膨らます。
「あ、ごめんごめん、いきなり人の情報喋っちゃうの悪い癖なんだ。俺っちの名前はナリス、王都出身の記者さ」
「きしゃ?」
「ああ、平たく言えば歴史を作る人さ。かっこいいだろ?」
歯を見せて笑う男は、そう言って親指を立てる。
いつぞやのブシドウがやっていたポーズを見て、少し複雑な気持ちになった。
「ん? どうした?」
「えっと、ナリスさんは何故ギルドに?」
「ああ、君は教会に住むクリストって人物を知ってるかい? 彼の死について色々と不審なことがあるから、その真相を調べに来たんだ」
不審とはどういう事だろう。どちらにしても俺は関係者ではあるが、正直に答えるべきか悩んでいた。
「そもそも彼は冒険者じゃなかったらしいじゃないか。なのに外にやるなんて、ギルドの管理はどうなってるんだろうね。その辺もしっかり聞かなきゃなんだが、此処のギルドマスターはおっかなくてね」
少し聞き捨てならない物言いを彼はしたが、確かに許可を出したのはギルドだ。
今は一理ある発言に、俺はぐっとこらえる。
「それに、同伴した冒険者はたったの一人だったらしい。なんか子供も居たようだけど、そんな
彼の言うことは正論だったが、ファアムや対応してくれた冒険者を侮辱された気がして、内心は穏やかではなかった。
その態度が表に出ていたのか、上がり続けていた声の音量を落とし、辺りを見渡しながら彼は声を潜める。
「まあとにかく、色々と謎が多くてね。しばらく滞在するつもりだから、また会ったらよろしくな!」
逃げるようにそそくさと離れて、他の冒険者へと話しかける後ろ姿を見た俺は、正直に話さなくてよかったと一人安堵した。
あの後もゲエテの姿を一応探しはしたが、どうやら今日は居なさそうだった。
恐らくゴカゴは、ギルド内の一室で過ごしているんだろう。彼女の心の傷は簡単に癒えるものではない。俺だって、癒えてはいない。ようやく芽生えた理性で、今は抑えているだけだ。
色々と良くしてくれた少女の顔を思い出しながら、出入り口の扉を開ける。
室内の匂いに慣れていた鼻が、外の空気をやたら新鮮なものと感じさせる。
気温は高かったが、ずっと手に持っていたニビットを再び羽織り、深呼吸を済ませて教会方面へと歩き出した。
やがて人通りが少なくなってきた頃、西の空に雲が湧き始め、それによりいつもより暗く映る花の道。
無風なのがどこか不気味さを醸し出し、その雰囲気に押されるように自然と小走りになっていく。
周りに建物こそあるが、住人が退去したあと放置されているものや、人が住んではいるが気配がまるで無いものなど、決して安心できる環境ではなかった。
俺は東門の所で見た黒い影のことを思い出し、頻繁に振り返りながら
木々の揺れさえ魔物の咆哮のようにやたら大きく聞こえ、気づけば全速力で走り抜けていた。
教会の影が見え、それでもなお足を緩めることはしない。ぞくぞくと背筋が凍り、背中に気配を感じた気がして振り返らずに扉を開けて転がり込んだ。
心臓が暴れる中、慌てて天井へ魔力を飛ばす。
薄暗いが室内を照らしてくれる光にほっとして、もう一段階明るくする。それでも足りない気がして、最大の明るさにしてようやく一息ついた。
ふらつきながら長椅子に座り、ニビットを脱いで背もたれに身体を預ける。背中がひんやりと気持ちいい。
夜までまだまだ時間はある。この日が来るまで燻製肉などを作ってくれていたファアムに感謝しながら、入り口の長机の上にある籠から食料をいくつか取った。
帰ったあとは書斎で本を読み漁るのが、ここ数日での日課だ。今日も例に漏れず、重い書斎の扉を開く。
本特有の匂いに包まれている部屋は、どこか気分を落ち着かせる。昨日読んでいた本が置かれた机に座り、気を紛らわすように目を通した。
メオウェルクの地理について調べていると、少し古そうな本が見つかる。
早速開くと見開きのページがあり、そこには今は滅んだ西の国、ペリシュドの国境までと、まだ名前も知らなかった北の国モダンノストと、東の国ロスペルの国境までの土地が描かれていた。
ざっと見渡したあと無意識に自分の村を探すと、フロン村と書かれた小さな村をタンジョウの南西方向で見つける。
「ここが、俺の故郷……」
そのまま北西に目を向けていくと、ペリシュドの国境近くにハヴェアゴッドを見つける。位置からして、村から此処タンジョウへ向かう距離の二倍はありそうだ。
やはり馬車が必要だ。納得した俺は、ついでに王都が何処にあるかを調べる。
名前こそ知らないが、恐らく国の中心にあるんじゃないかと国境と国境のちょうど間にあたる部分を眺める。
そこには、リングリーと書かれた一際大きな街が描かれていた。
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