再び外へ


「よし、食べ物は持ったな」


 大きなカバンを背負うようにして、クリストは立ち上がる。

 その際にはらはらと土が落ち、カバンの底はパンパンに膨らんでいるのが分かる。

 その中には食料と野宿に必要なものと、そして飲み物を入れる容器が入っていた。


 クリストは昨晩、ゲエテと共にギルドに行き、あるものをいただいていたらしい。

 それは、外出許可証だ。クリストは元々冒険者ではないので、不要不急の場合は外に出られない。しかし、許可証があれば自由に行き来できる。


 彼は、街の中にブシドウはもう居ないと踏んで行動を起こしていたのだ。ゴカゴの無茶ぶりにすんなり頷いたのも、そういう裏があった。

 そうなってくると、俺の行動もまた筒抜けだったんだと思えてくる。


 複雑な気持ちを胸に抱きながら、最後の持ち物の確認を済ませる。模造刀にカバンに、その中には杖と水の入った小さな容器。


「お父さん、カバンをわざわざ持っていかなくても、ゲエテから良いもの貰ったんでしょ?」

「あれは貰ったんじゃなくて借りたんだ。返さなきゃいけないものに頼りっきりになるわけにはいかない」


 クリストはそう言って、庭先の揺れる花を背に首を振る。

 良いものとは、魔道具の事だ。それも、収納の魔道具と言って、綺麗な丸い玉の見た目をしているがひとたび魔力をこめると、マギが杖を出す際に使用した空間の中に持ち物を入れる魔法と同じ効果が起こるのだ。


「使わないなら、なんで借りてるの……?」

「……彼がしつこかったから」


 クリストにしては煮え切らない態度だったが、ゲエテの面子めんつを保つためでもあったんだろう。

 いつもの空には、様々な形をした雲が常に形を変えている。上空では風が強いらしく、早くも花や木などは流れに身を任せるようにしなっている。


「ほら、早く行こう。リオンが待ってるよ」

「あ、ああ、すまない」


 恐らく彼にとっては、こうして外に行くのはほぼ初めてなのかもしれない。

 緊張する面持ちを見せながら、背中にかかる重みに腰を曲げてずっしりと歩き出す。

 荷物、多すぎやしないか?


「え、クリストさん?」


 北門の門番であるオウルは切れ長の目を丸くし、クリストの登場に心底驚いているようだった。


「一昨日ぶりだね」

「ええ、その節は助かりました」


 青年は思わず見惚れてしまいそうなほど美しい姿勢でお辞儀をして、顔を上げると同時に爽やかな笑顔を見せた。

 どの門番も灰色の頭巾を被って茶褐色の軽装の鎧を着るという、統一された装備を身につけているが、オウルの場合はその地味さを感じさせないほどの華を持っている。


 美形の彼の顔を見ていると、こちらを見て中腰になって微笑みを浮かべる。頭巾は髪が見えないようになっているが、眉毛の色が金であることから、金髪かもしれないと予想した。


「一昨日の子だね。フォクセスがやけに気に入ってた」


 そうオウルから言われて、俺は少し照れくさかった。フォクセスがそんな事を言っていたなんて、と少し冷めた感想を抱くが、まんざらでもなかった。


「そういえば、もう一人の子は?」


 オウルの相方をしている色黒の男は、槍を肩に乗せたままなんの気もなしに尋ねた。

 俺はもちろん、ゴカゴもクリストも閉口する。その空気に違和感を抱いた彼は、失言してしまったのかと焦りだす。


「キョウカン、彼は確か街でも有名な問題児だ。また悪さをしたんだろう」


 ある意味的を得た発言をするオウルであるが、彼なりのフォローが入ってキョウカンは壊れた人形のように何度も頷いた。

 

「しばらく戻る予定は無いが、何かあったらゲエテに伝わるようにしてある。その時は頼む」


 なにやら連絡手段があるみたいだが、恐らく魔道具を使うのだと予想して、俺は雲の流れを眺めていた。


「今日は風強いね」


 ゴカゴの短髪が風に揺れ、栗色の毛先が陽光によって輝いている。

 俺は自分の髪の毛に触れ、緋色のそれが肩まで伸びたのを確認する。

 だいぶ伸びたな。最後に切ったのは三週間前か。

 村には散髪の達人を自称する元冒険者が住んでいて、彼にはお世話になった。


「よし、待たせたね。じゃあ行こうか」


 門の外の広大な大地を背に、クリストが振り向く。

 今思えば、近くにオークやアッシュウルフが出る環境なのは知っているはずなのに、何故彼は自らも行くとはいえ外に行くことを許可したのだろうか。


 疑問を抱きながらも、クリストを先頭に三角形の形で街道を歩いていく。右にゴカゴが並び、前回はよく見れなかった地面の植物を観察しながら進んでいく。

 しばらく足取りは軽く、門番からの目もあるため三回目の外を俺は堪能していた。

 街道を道なりに進んだ先、小高い丘を登った先に果樹林があったが、そこに多くの人だかりができていた。


「聞いていた通りだな」


 何かを知っているような口振りで、彼は木々に群がる人だかりを眺める。

 見る限り、冒険者の集まりっぽいな。ただ、よりにもよってオークが出た場所に集まるなんて、どう考えてもおかしかった。


 近くまで来ると、彼らは大人三人分はあろうかという高さに成る木の実を取ろうと躍起やっきになっており、クリストに尋ねるとあれはメヂンの実と言い、薬に使われる原材料らしかった。


「あれをオークが食べようとしていただって? まさか、あれはそのまま食べるものではない。とても苦いし、三日は苦味が取れないと言い伝えであるくらいだ」


 ということは、オークは何故か食べられない実の成る果樹林に現れたということになる。

 乱暴に揺さぶられて落ちてくるメヂンの実を見ながら、俺は顎に手を添える。

 

「沢山生えてるんだから、あんなに必死にならなくてもいいのに……」

「必死にもなるさ。何せ依頼の関係で実をっているはずだからね」


 白々しく言っているが、ギルドからの依頼で冒険者が集まっているのだとしたら、時期からして明らかに不自然だった。

 俺はクリストさんが依頼を頼んだに違いないと見て、果樹林に近づいていく。

 近くまで来ると木は相当に高く、力任せでなければどうやって取るのだろうと考えさせられた。


「あら、どうしたの! また迷子?」

「え、この子がなんで外に?」


 メヂンの木を見上げていると、横から聞き覚えのある二人組の声がした。

 そちらを振り向くと、昨日のギルド入り口で出会ったお姉さんズが腰を曲げてこちらを見つめていた。

 

「この子じゃなくてリオン、じゃなかった。外に居たらなにか不都合でも?」


 ずいっと出てきたゴカゴが、お姉さんズに顔を近づける。突如現れた少女に二人は困惑しつつも、長髪の方が眉を下げながら小首を傾げる。


「ごめんなさい、言い方が悪かったね。子供が外に出歩いているのはかなり珍しいことだから、つい」


 頬を掻いて反省をする彼女は、やはり悪い人ではなさそうだ。そう判断する俺を、ゴカゴはなにやら冷たい目で見つめてくる。


「あれ、クリストさんだ!」

「え、嘘!」


 お姉さんズの短髪の方が大きな声を上げて、二人は急に色めき立つ。

 すると、実を収穫していた冒険者たちは手を止めて、次々とこちらに視線を送り出した。


「クリストさんだ」

「どうして彼が外に……」


 顔を見合わせる者や何故か手を合わせて拝む者などが生まれて、クリストは困ったように笑いながら小さな声で挨拶をした。

 彼の生業なりわい上、名が知られているのは当然だろう。


「皆、知っての通り一昨日ここでオークが発見された。また現れるかもしれないから、充分気をつけてほしい」


 彼がそう言うと、冒険者たちは素直に頷いた。

 なるほど、冒険者を外に駆り出すことによって、旅の安全を確保しているわけか。

 ちょっとずるいとは思ったが、俺たちの戦闘力を考えたら当然の策だった。


「よし、じゃあこの辺で魔物を倒そうか。助けもすぐに呼べるしね」


 得意げに語るクリストは、重そうなカバンを草の上に起き、中から何かを取り出す。

 それはかなり短い棒であり、パッと見は木の枝か何かだと思えるほど無骨な見た目をしている。

 

「これはね、魔力を送ると形が変わるんだ」


 そう言って彼が真剣な顔つきになったその時、突如棒がにょきにょきと先細りながら伸びていき、俺の模造刀と大差ない長さに変貌へんぼうした。


「わ、すごい」

「ゴカゴ、持ってなさい。杖は一回魔法を放ったらしばらく使えないんだろう?」


 魔法のステッキを手渡されたゴカゴは顔を輝かせる。あれならそこまで重さも無さそうだ。


「そのまま使うと粗末なものだが、魔力を流しながら打つと強力な打撃が望める。リオンくんの模造刀も、魔道具では無いかもしれないが同じ要領で強化できるはずだ」


 魔法に対しての知識に驚いたが、思えば書斎があるくらいだ。不思議なことではなかった。


「この辺は、本来ニードルラビットやグリーディピッグが生息している地帯なんだ。生態系が変わってるのだとしたら、彼らは遠い場所に移動しているかもしれない」


 クリストは遠くを指差して、解説しながら歩いていく。

 果樹林から東に少しずつ離れていくが、冒険者の姿は常に見えているため問題無さそうだ。

 その時、一陣の風が横から吹き荒れて、よろけた拍子に上を見た。

 

 あれは、なんだろうか。空を飛ぶ巨大な影が、俺たちの上を旋回している。目をこらすと、それは広げた翼をたまに動かし、しきりに顔にあたる部位を動かしていた。


「クリストさん、あれ……!」


 思わず指を差し、他の二人も一様に同じ方向を見上げる。


「あれは、バルトゥルだ。まずいな」


 顔色を変えたクリストはカバンを降ろし、中から短いこんを取り出す。

 そしてそれに魔力をこめると、瞬く間に両側が三倍以上の長さに伸び、巨大な棍となる。

 彼が明らかに臨戦態勢に移ったのを見てゴカゴと顔を見合わせたあと、俺は背中の鞘を腰に回してゆっくりと剣を抜いた。


 空を飛ぶ魔物は、初めて見るわけではなかった。村に居た時も、遠くの空にうごめく影があるのは珍しくなかった。

 しかしそれは、彼らにとって獲物が存在しているからこその無害さであり、生態系が乱れた今、本来の場所に未だ存在する餌は俺たち人間しか居ない。


 頭上を執拗しつように旋回する姿を見て、俺はそう予測した。


「来るぞ!」


 念の為にカバンから杖を出していると、首をもたげたバルトゥルがその翼を折りたたみ、一瞬の静止ののち、一気にこちらに向かって加速しだす。

 駄目だ、今から杖を構えてたら間に合わない!

 杖を地面に落とし、両手で模造刀を握る。


「この棍はただの棒じゃないぞ」


 魔道具であろうそれをクリストは縦にして構え、バルトゥルを迎え撃つ。

 奴の顔には凶悪なくちばしがあり、それに当たるとひとたまりも無さそうだった。


 棍に接触する寸前、突如その周りに白い揺らめきが現れて、それは自分たちを守るように扇形に広がった。

 目の前の現象にバルトゥルは僅かにくちばしを逸らしたのか、石を乱暴に砕いているような酷い音を立てながら、白の護りの表面に沿って左に抜けていく。


 そして、そのまま地上に激突し、派手な土煙つちけむりを巻き起こした。

 むせ返るような量の土煙に、俺は口を腕で覆う。横からゴカゴの咳き込みが聞こえたが、バルトゥルが落ちた場所から目を離すわけにはいかなかった。


「そこで待ってなさい」


 駆け出したクリストが土煙をかき分けて近づいていく。

 微かに見える煙の中で、おぼろげな影がこちらに手を振った。


「大丈夫だ!」


 勇ましい声が聞こえ、俺とゴカゴは互いに頷き合った。

 杖を拾い上げてカバンに仕舞ってから近づいていくと、衝撃で首を折ったであろうバルトゥルがくちばしの間から舌を垂れ流して無惨な姿で倒れている。


「こいつの羽根は貴重なんだが、綺麗な状態で倒すのは至難のわざなんだ」


 羽根を手に取りながら、独り言のように彼は呟く。その顔は戦闘を終えたと思えないほど、冷静な面持ちだった。


「おーい、大丈夫かー!」


 大きな音に気づいた冒険者が、声を掛けながら近づいてくる。

 参ったな、こういう魔物しか残ってないのだとしたら、何のためにまた外に出てきたのかがわからなくなる。


「リオン?」


 心配そうに顔を覗き込む彼女に、俺は無理やり笑みを作って返す。

 冒険者に対応するクリストを尻目に、俺は模造刀を指でなぞる。オークを倒した時に光を帯びたこれは、果たして魔道具のたぐいなんだろうか。


 バルトゥルは大きく、大人がようやく担げるほどの重量があるので、羽根をいくつかむしってあとは冒険者たちに任せることにした。

 状態は決して良くなかったが、感謝をしながら担いで歩いていく。街で解体でもするのだろうか。


「お父さん、色んな武器持ってきてるね」

「ああ、これらもゲエテから借りたんだ。正確にはゲエテを通してギルドから、だけどね」


 胸を張って答えるクリストに、ゴカゴは気のない返事をする。


「同じ借りたものなのに、こっちは遠慮なく使うんだ」

「……やむを得なかったからね」


 小気味よく小言を刺されながらも二人とも顔は笑っていて、冒険は順調な滑り出しとも言える。

 

「そういえばリオンくん、さっきの魔力の揺らめきは見えたかい?」


 恐らく白の護りの事を言っているんだろう。


「はい」

「ふむ、強い魔力とはいえ見えているということは、成長してるね」


 そう言って満足そうに微笑む彼は、棍を元の長さに戻してカバンの中に戻す。

 確かにだんだんと、自然に魔力の揺らめきが見えるようになっている気がする。


「私だって見えてたもん」


 何故かふくれっ面の彼女は、対抗するように声を上げる。

 そんな娘を、クリストはいつもの笑みで頭を撫でていた。

 相変わらず風は強かったが、刺すような冷たさは薄れて、背中を押すような暖かさが俺を包み込んでいた。

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